東北北部は古来より馬産地として有名でした。 盛岡藩では馬の買い付けが盛んに行われ、幕府からは公儀御馬買衆 (馬の買い付けをする役人) が大量に派遣されていました。 城下町には馬見所が設けられ、毎年秋に行われる買い付けの日には、藩内すべての馬が集められたとか。 周辺は馬町 (うままち) と呼ばれ、馬喰 (ばくろう) と呼ばれる馬商人が多く居住していました。 馬町とは、現在の清水町周辺になります。 明治期になると盛岡馬産畜産組合ができ、馬町に馬検場 (検査兼セリ場) が誕生します。 馬検場は大正期に新馬町 (現在の松尾町) に移りました。 数少ない馬町の名残が・・・ 「峯壽院 (ほうじゅいん)・馬…