えらく哲学的なタイトルになってしまったが、論じたいのは純粋な「実務的」(?)な内容だ。 所定の労働や作業的な中身であると、「時給換算で〇〇円」と弾き出されるのはリーマン的習性の一つかもしれない。 自分の場合、そうした換算をすることがほぼ、ない(あるいはできないことが多い)。 「お金ではない」という価値観を持っているのでは無論なく、単にお金が発生してない「趣味(かっこよく言えば『クリエイティブ』?)」の領域に留まるからだ。 無論、ゆくゆくは、という期待ないし見通しがあるから続けているし続けてこれている、に過ぎないが。 「お金」が発生しているほうが、むしろ「ラク」な面もあると考えられる部分もある。…