1925年、千葉県生まれ。歴史家、思想史家。 東京大学文学部史学科卒業。東京経済大学教授、米国・プリンストン大学客員教授、国立歴史民俗博物館客員教授などを歴任し、現在、東京経済大学名誉教授。専攻は日本近代史、思想史。 1960、61年に民衆思想史の論文で「民衆史」という新しい分野を拓き、1975年には『ある昭和史―自分史の試み』(中央公論社)で「自分史」を提唱。また、水俣病事件や「日本はこれでいいのか市民連合」など市民運動にもかかわる一方、三〇年にわたりシルクロードやチベットを踏査。
www.shimacul.okinawa この日の午前中は仕事だったので、午前は仕事をしつつ冨山一郎氏の講演を聴き、午後はこの集いに参加してきた。色川大吉について、私はほぼその著作を読んだことがなかったが、よくしてくださる先生から案内があったので参加した。 時間通りに間に合うつもりが、周辺は非常に混雑していて、駐車に時間がかかり、開始から二十分ほど遅れて参加することになった。会場は満席で、立ち見になるが…と言われたが、それでも良いと参観。立ち見とは言われたが、会場の方が椅子を探して用意してくださった。
「ほんとうに橋川が色川より上だと、思っているのかい?」 「問題にならんと、思うね」 「そいつあ『明治精神史』が読めてねえんじゃないかなあ」 高田馬場駅からほど近くの、立飲み酒場だった。給湯器のような酒の自販機があちこちにあって、備えつけのガラスコップを置いて百円硬貨を投入すると、細い蛇口からトクトクと酒が注がれた。床に落ちても割れる心配のない、厚手の、重みあるコップだった。帳場近くに婆さんが腰掛けていて、おでんか冷奴かバタピーの小皿の注文に応じていた。立ったまま肘が突けるような丈高い小テーブルが、店内を不規則に埋めている。 意気軒高な酔漢たちのほとんどは、背広にワイシャツネクタイ姿で、判で捺し…
この国の右派は、彼らの正体を容赦なく暴き立てる『はだしのゲン』を、何としても教育現場から排除しようと常に画策している。 今もまんまじゃん、そりゃ日本会議としたら見せたくないわな。#はだしのゲンを無くすことに抗議します pic.twitter.com/UUTW829NmI — 桃太郎+ (@momotro018) February 18, 2023 『はだしのゲン』が何がスゴいのか。ソレは戦時中、国家に尻尾を振っていた軍国主義者・愛国主義者たちが戦争に負けた途端に過去の行いや責任を放棄して、アメリカの犬に成り下がったことをマンガを通して痛烈に批判していたことだ。#はだしのゲンを無くすことに抗議し…
内橋克人さんの訃報の数日後、色川大吉さんが亡くなったと知った。 日本のリベラルを支えてきた巨人が相次いで鬼籍に入られた。 (wikipediaより) 色川さんは「五日市憲法草案」の発見で知られる。 「日本帝国憲法」(五日市憲法草案) 1968年、今の東京・あきる野市の農家の土蔵で見つかった1881年起草の憲法草案で、全204条のうち150条で基本的人権について触れている。この草案は地元の農民の学習発表をまとめたもので、当時の庶民の権利意識の高まりを示すものとされている。 2012年、天皇皇后(当時)があきる野市の資料館で「五日市憲法草案」を見学 これを読んで美智子皇后(当時)が感動したという逸…
色川大吉 さん 歴史学者。 1925年(大正14年)7月23日、生まれ。2021年(令和3年)9月7日、死去。 訃報 色川大吉さんが死去 歴史学者、「自分史」開拓: 日本経済新聞 歴史学者の色川大吉さん死去 96歳 「ある昭和史」で自分史ブーム | 毎日新聞 色川大吉さん死去、96歳 歴史学者「ある昭和史」:時事ドットコム 歴史家・社会運動家の色川大吉さん死去 民衆史の研究をリード:朝日新聞デジタル 色川大吉さん死去 民衆史、「五日市憲法草案」発見:東京新聞 TOKYO Web
朝刊を開くと訃報記事が目に飛び込んできた。 その下段には名優ジャン・ポール・ベルモンド死去の報も。 歴史家・社会運動家の色川大吉さん死去 民衆史の研究をリード:朝日新聞デジタル 学生時代、歴史や政治を勉強していた自分は色川氏の著作に触れ、多くを学んだ。無味乾燥な事実の羅列的な通史や子細な研究論文とは異なる歴史叙述によって、歴史、特に近現代史への興味が膨らんだ。 10代の最期の頃に氏の歴史エッセイ『歴史の方法』に触れ、そこから『近代国家の出発』、『明治精神史』と読みついでいった。漱石や藤村と異なる北村透谷など明治草創期に文学に興味を向けたのも多分『明治精神史』の影響だ。『歴史の方法』はE・H.カ…