喜久井伸哉 「不登校」最終解答試論③ はじめに行為ありき (ゲーテ『ファウスト』) 私は幼少期に、「学校に行きたいけど行けない」身体に見舞われた。 自分の意思は「行きたい」と思っているのに、行為は「行けない」状態になる。 「行きたいけど行けない」というあの身体さえなかったなら、私はガッコウに行っていた。 「不登校」は、意識や選択の問題ではなかったと断言できる。 私はあの身体について、うまく表現されたものを知らない。 「不登校」の解説書を読んでも、当事者にとって「よくわからない」、「言葉にできない」こととされてきた。 一般的にも、障害でないのに意思と行為が一致しないことは、理解しがたいだろう。 …