安土桃山時代から江戸時代にかけて活躍した豪商。本姓は「中島」。当主は代々「茶屋四郎次郎」を襲名する習わしである。初代と2代目、3代目が絶頂期だった。 初代は三河国より上京して京都で商売を始めた茶屋清延(1545年〜1596年)。2代目は清延の長男の茶屋清忠(?〜1603年)。3代目が清忠の弟の茶屋清次(1584年〜1622年)。
「茶屋四郎次郎」 四郎か次郎、1個でよくない? でお馴染み?の名前! 「大黒屋光太夫」みたいにインパクトのある名前だし、サッカー選手の「ミレンコヴィッチサヴィッチ」とか、川崎フロンターレの「ファンウェルメスケルケン際」みたいにリズミカルで、是非フルネームで復唱したい名前でもあるwwだが実は「茶屋四郎次郎」は屋号で、本名は「中嶋」だったらしい。 「茶屋〜」は、戦国時代の豪商で政商だ。 京都の呉服商だった父は「商売は武士と手を組むのがいい」と見て、徳川家康に目をつけた!そして息子を会いに行かせ、この時から「茶屋」は家康との縁ができた。この息子が「茶屋」の初代となり、彼はかなりの知恵者であった。 本…
1996年11月にオリジナル文庫として出版された。それを今、読んだ。なぜオリジナルなのかと言えば、1990年2月に『利休 破調の悲劇』が出版されていて、それに「老い木の花」と「家康と茶屋四郎次郎」「『綺麗さび』への道」という小論が加えられて文庫本化されたことによる。さらに文庫本には、大正14年から平成8年(1996:著者71歳)までの年譜が付されている。 調べてみると、著者は2017年5月、91歳で逝去されていた。合掌。 「利休 破調の悲劇」は文庫本で実質80ページの作品であり、これだけでは文庫本化できないということから、発表媒体の異なる3つの小論が加えられたそうだ。「あとがき」に著者自身が触…
アナツバメ(海燕)の巣。アナツバメの分泌物で作られている。ベトナム中部沖のチャム諸島(クーラオチャム)などの海島で採取された。高級食材として知られ、少なくとも江戸初期までには日本にも輸入されていた。 アナツバメの巣 ダンチョン(塘中)の特産品 日本での利用 参考文献 アナツバメの巣 燕巣は、海燕すなわちアナツバメ類のうちジャワアマツバメなどの巣をさす。アナツバメは体長9〜10センチメートル、背と腹に灰色の羽毛があり、尾と翼は黒く、翼の先が尖っている。 アナツバメはベトナム中部の海島に集中して生息しており、18世紀に北部鄭氏の南征軍に従軍した黎貴惇は『撫辺雑録』の中で「嶋傍燕窩無数、鳥以千万計」…
2日放送の大河ドラマ「どうする家康」は、徳川家康の上洛編が描かれ、これまで三河中心のローカルなドラマだったのが、いよいよ広がりを見せていくというプロローグのような回となりました。 それに伴って、家康を取り巻く人々にも新しい人物が次々と登場しています。人物の描き方は、脚本家や演出、さらに「主人公が誰なのか」など、さまざまな要素で異なってきます。本日は率直に登場人物の感想を書いてみたいと思います。 ※すべて個人の感想ですのでご容赦を! まずは明智光秀です。 大河ドラマでは、3年前に光秀主役の「麒麟がくる」で新しい光秀像が描かれ、強く印象に残ったのですが、そのイメージを引きずっているせいか、今回の初…
京都には多くのお寺があり(一説にはコンビニの数より多い)、 門前に法語を掲げているところもたくさんある。 そんな中で、既成の印刷物ではなく住職が自分の考えで選び、 あるいは自分の言葉で書いているものが面白いと思い、注目してみる。 また、このお寺は、茶屋四郎次郎の屋敷跡であったと高札が立っている。 面白い名前だったので、高校の歴史ですぐに憶えたことを思い出した。 前半の写真は中京区、後半の2枚は上京区である。 さすが豪商だけあって、各地に屋敷があったらしい。
歴史の闇に葬られた真実 歴史の闇に葬られた真実 茶屋四郎次郎(初代・茶屋清延:1542〜1596年、三代目・茶屋清次:1584〜1622年) 歴史は勝者によってつくられる 勝者=善と単純に結びつけてしまう思考の危険性 徳川家康の命を二度動かした商人 茶屋四郎次郎(初代・茶屋清延:1542〜1596年、三代目・茶屋清次:1584〜1622年) 歴史は勝者によってつくられる 我々がよく知る歴史の記述は、必ずしも客観的な事実の記録ではなく、勝者の視点や都合の良いように解釈・再構成されることが多い。 歴史は、過去の出来事を単に記録するだけでなく、その出来事をどのように解釈し、どのように伝えるかによって…