二月のある朝、目が覚めると空気がやわらかかった。 黒澤はクローゼットの前で少し迷ってから、今季まだ一度も袖を通していなかった黒の薄手のコートを手に取った。ダウンをしまうのはまだ早いかな、とも思ったけれど、暖かい空気がそうさせなかった。 駅までの道を歩くと、同じことを考えた人が多いのか、街がなんとなく明るかった。マフラーを外して手に持つ人、自転車をこぎながら目を細める人。みんな示し合わせたわけでもないのに、一斉に薄着になっていた。 少し歩くと、うっすらと額に汗がにじんだ。薄手のコートでも、今日はまだ暑いらしい。 黒澤はつぶやいた。「もう暖かくなってしまったか」 春はまだ先だとわかっていても、こう…