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西南戦争

(一般)
せいなんせんそう

士族反乱の代表例

神風連の乱 秋月の乱 萩の乱 佐賀の乱 西南戦争


西南戦争 西南の役(えき)
1877年(明治10年)
西郷隆盛を中心とする鹿児島士族の反乱。征韓論により下野した西郷は帰郷して私学校を興したが、その生徒が西郷を擁して挙兵。ともに下野していた桐野利秋篠原国幹村田新八別府晋介らが率い薩摩軍は北上、東京を目指した。その途上で熊本鎮台(熊本城)を包囲したが、稚拙な作戦により陥落させることができず徴兵による政府陸軍に鎮圧され、最後は西郷ら薩摩軍幹部らは鹿児島に敗走、城山に陣地を築き立てこもったが政府軍の集中砲火にあい、多く自刃した。明治初年の士族反乱の最大で最後のものとなった。以後の反政府運動の中心は自由民権運動に移る。
(goo辞書http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%C0%BE%C6%EE%C0%EF%C1%E8&kind=ej&mode=0&jn.x=43&jn.y=14ほかを参考にまとめました)

1877(明治10)年
鹿児島を中心に起こった新政府に対する不平士族最大の反乱
熊本、鹿児島を中心に激戦を繰り広げた
熊本城籠城戦と田原坂の戦いは特に名高い
政府軍が勝利し、一連の士族の武力反乱は集結した
この戦いで乃木希典が軍旗を奪われたのは有名

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