90〜00年代のプロ野球選手。現・読売ジャイアンツコーチ。
右投右打、ポジションは捕手。背番号は51→32→31番。
1967年7月7日生まれ。大阪府出身。
上宮高校から1986年、ドラフト4位で南海ホークスに入団。
1987年5月、森脇浩司・永田利則との2対1の交換トレードで、広島東洋カープに移籍。
カープで才能が開花、達川光男の後を受け、1992年、正捕手となる。
打撃もよく、1994年と1996年には、ビッグレッドマシンの一員としてチームを優勝争いに導いた。
また、捕手ながらも俊足であった。
また、人望に優れ、生え抜きで無いにもかかわらず、選手会長を務めた。
2002年、木村一喜、石原慶幸の台頭により、出場機会を減らす。
2004年オフ、コーチ就任要請を固辞。読売ジャイアンツに移籍。
4月17日の対ヤクルトスワローズ戦で、23年ぶりに桑田真澄とバッテリーを組む。*1
同年、現役引退。
2006年、読売ジャイアンツの二軍バッテリーコーチに就任。
*1:中学時代には桑田真澄とバッテリーを組んでいる。