島村抱月と中島孤島が、読売新聞紙上で互いを非難する応酬をしていたところへ、徳田(のちに近松)秋江という第三者が参入してきた。 秋江はこの当時、島村抱月の下で『早稲田文学』の編集に携わっており、孤島が編集部を去ってしばらくの間、実質的には編集事務を一人でこなしていた。 ※徳田秋江(とくだしゅうこう)・・・1876(明治9)年生まれの作家。中島孤島より2つ年上だが、東京専門学校は孤島より2年あとに卒業。卒業後は出版社に勤務するが、ほどなくして辞めて『早稲田文学』の編集部に入る。徳田姓は本名だが、「徳田秋声」と間違われやすいということから、のちに「近松秋江」と名乗るようになる。 秋江は同じく「読売新…