Facebookに流れてきた非常に興味深い話 (まずは下のリンク先を読んでね) 読んでみて思ったのは やっぱり 身体や動きに関する学びは体験からしか得られないし 体験を重ねることでしか深められないってことですよ アレクサンダー氏は 動きなどを判断するときの ”身体感覚があてにならない” そう考えて あてになるものに再教育していこうとしたけど 今や そうした判断の物差しにする感覚自体が育っていないと この会話では語られています 「なんか違うな、変だな」という感覚も ”観察の解像度を作る身体側の物差しがあって初めて働くもの” であり ”ナマの経験を持たない人間は(中略)それが正しいか間違っているか…