皆さんこんにちは。 607年。 推古天皇の時代、 倭国から海を渡って中国へ向かった使節がいました。 遣隋使です。 遣隋使と聞いて、 真っ先に思い浮かぶ人物といえば、 小野妹子ではないでしょうか。 しかし、そもそもなぜ当時の日本である倭国は、 危険な海を越えてまで隋へ使節を送ったのでしょうか。 そして有名な、 「日出づる処の天子」 とは、いったい何だったのでしょうか。 今回は、 中国を統一した隋の登場から、 遣隋使が送られた目的、 小野妹子の派遣、 その後の遣唐使へと続いていく流れまで見ていきましょう。 目次 遣隋使とは? なぜ倭国は隋へ使節を送った? 推古朝で進んでいた政治改革 なぜ600年の…