1896年(明29)天野高之助刊。同じ版型で1902年(明35)に日本館からも出ている。江戸時代から歌舞伎や絵草紙で何度も取り上げられた話で、明治の講談筆記本でもこの邑井一(むらい・はじめ)の他、松林伯円、玉田玉秀斎、春錦亭柳楼らが競って口演した類書が出版された。「大岡政談」の頭書だが、絵草紙のタイトルを踏襲しただけで、大岡越前は出てこない。配下の同心石田幸十郎が最後の審判を下す。大岡の名前が入っただけで客の入りも、本の売上も増えたからだろうと思う。芸者上がりの人妻お富と大店の若旦那で美男の与三郎との道ならぬ恋路ゆえに人生を踏み外していくという話。邑井一の口説は流暢かつ軽妙で、落語家の語りに近…