1893年(明26)日吉堂刊。この作品の作者名は明記されていない。奥付に編者として記されたのは版元の社主だった。明治20年代は社会体制の安定、言文一致体の浸透、印刷技術の向上などによって多様な出版文化が花開いた時期だった。特に探偵小説はまだ犯罪実録的な内容だったが、第一次ブームとして広く読まれた。 この事件も江戸末期の安政年間に騒がれた実話で、江戸城の御金蔵から千両箱2つを盗むという大胆不敵な犯行だった。明治維新から10年余り昔に遡るのだが、それだけ江戸時代は近かった。本文は漢文調で統一され、読みにくさはあるが、文体は整っており、しかもルビが付されていたので、何とか読み通すことができた。 金蔵…