本稿は、古事記、日本書紀などに見える記述を素材とし、史料の範囲で確認できる事実と、そこから導き得る推論を整理した学術的性質の私的考察です。史料の性質上、本文には複数の解釈が成立し得る部分があり、ここで述べる内容は確定的な結論ではなく、あくまで史料に基づく一つの可能性にすぎません。なお、本稿は学術的仮説であり、特定の学説を否定する意図はなく、引用は学術研究の紹介であり、民族的価値判断とは無関係です。 鎌足と不比等から見た飛鳥〜奈良国家形成 鎌足が生まれたとされる614年頃は推古天皇の治世だった。そもそも推古天皇と蘇我馬子は587年に物部氏を滅ぼした丁未の乱の中心人物であり、かつ、異母弟の崇峻天皇…