閑院宮

(一般)
かんいんのみや

宮家の一つ。
享保3年(1718年)、東山天皇の皇子・直仁親王により創設。新井白石の建言によるものだった。
第2代典仁親王の第6王子兼仁王が後桃園天皇の跡を継ぎ、光格天皇として即位した。


昭和22年(1947年)、第7代春仁王が皇籍離脱、閑院純仁と改名するが子はなく、昭和63年(1988年)6月、85歳で純仁氏が逝去し断絶。

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