鉄道車両で、架線などから集電した電気により電動機を駆動して走る機関車。Electric Locomotiveを略してELと呼ばれる。直流機、交流機、交直流機がある。 現在の多くの客車は、客車自体に電動機を搭載し駆動する電車が主流のため、電気機関車を用いた旅客用列車は少数派となっている。 ※ 画像は国鉄EF81形電気機関車
平素より当ブログをご贔屓下さいまして、感謝を申し上げます。 本日はこちらの車両のショーティーモデルをご紹介いたします。JR貨物 EF210形 直流電気機関車 0番台 です。販売を終了してしまったBトレインショーティーのラインナップでは、今や希少な現役車両です。国鉄型電気機関車の置き換えとして製造されたEF200形が登場します。世はバブル期、イケイケで荷物取扱量も大幅に増えると見込んでいたJR貨物は、EF2000形に6000kWという とんでもない高出力を持たせた設計とします。しかしパワーアップに見合う電力供給を行うための地上施設の整備が進まず、EF2000形は「オレまだ本気出してない」という不…
今から12年半前の2013年7月、広島で見た電気機関車。まずは、貨物列車の後ろに付いて補助機関車として列車を押しているEF67形のトップ番号 EF67 1。 EF67形は山陽本線の瀬野駅 - 八本松駅間の連続勾配を走行する貨物列車の補助機関車(補機)として使用されていました。直流電気機関車はふつうは青を基調とした色をしていますが、EF67は赤色(もみじ色)で、ひじょうに人気がありました。しかも走行していたのは、全国でもここだけというレアな機関車でした。この撮影時は、すでに後継機EF210-300番台の投入も始まっている時期で、EF67 1はこの撮影の翌年に運用から外れました。この日は、瀬野で撮…
先日入線したレーティッシュクロコダイルの記事は(恐らく)今年最後にして最大の大物ロコであるにも拘らず、いつになくポエマーな内容になってしまいましたので、肝心の模型についてほとんど触れずに来てしまいました。 ですので改めて今回のモデルについて紹介したいと思います。 実車は1921年に登場した古典機の一つですが、現在でもイベントや記念運転で活躍する事があるという「スイスのEF55」みたいな存在らしいです。 普通「クロコダイル」と聞いてファンが連想するのは下の写真の様な大仰なものだと思いますが、今回のモデルはクロコダイルの中でも小柄な方に属し、デザインもそれほどあくが強くないのが特徴。 ですので日本…
2025年9月3日(水) 関西遠征4日目の今日は車を借りて京都の日本海側天橋立へ訪問。 天橋立に向かう前に国鉄が製作した唯一の8動軸機であり、国鉄史上最大級の電気機関車であるEH10が保存されている大阪吹田に寄り道してきました。 1950年半ばから始まった高度経済成長期。 終戦から10年足らずで日本は戦後復興から立ち直り圧倒的な経済成長を果たしていくことに。 そうなると当然ですが物流量はあっという間に急増し、鉄道貨物が流通の主たる手段であった当時は東海道本線の輸送力強化が図られていきました。 終戦時は浜松~京都間が非電化でC62をはじめとした蒸気機関車が牽引機の主役を担っていました。 1951…
■国鉄最後にして唯一のチョッパ機だったEF67形 《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 1980年代に入ると、EF59方の老朽化が大きな課題になっていきました。しかも、その後継として期待されたEF61形200番台は、過大ともいえたパワーが仇になり、重連での運用は禁止とされ、1,000トン以下の列車を単機で運用するという限定が加えられてしまい、EF59形を置き換える計画はご破算となってしまいました。 そうはいっても、いつまでも戦前製省形電機を種車に製作したEF59形を使い続けることはできません。すでにEF53形として新製されてから50年近くが経ち、老朽化だ…
新車入線のはなしですが、今回はいつもとはやや趣の異なる内容になります。 多分に情緒的な記事ですがそこはご勘弁を。 おそらく今年最後の大物入線となるKATOのレーティッシュクロコダイルを仕事帰りに引き取ってきた夜のこと。 自室の窓から差し込んでくる月の光が殊の外明るく、妙に幻想的な気分になりました。 それを眺めているうちにふと思ったのは 「レーティッシュクロコダイルにはこんな夜がふさわしい」という無意味にポエマーな気分でした(大汗) さっそく手持ちのカメラを動員して「月明かりのクロコダイル」をカメラに収めようとしたのですがこれがまた難しい。 手持ちのコンデジでは夜景とマクロを両立させた画質で撮る…
《前回からのつづき》 1987年に広島区配置のまま国鉄分割民営化を迎え、EF61形200番台はEF67形とともに、203号機を除いた7両がJR貨物に継承されました。動態保存を目的としたEF60形19号機を除いて、初期の60番台F級機として唯一、新会社に継承されたのでした。 しかも皮肉なことに、EF60形として誕生した時にはクイル式駆動を採用したことで、その構造に由来する故障を頻発させ、以後の量産車は吊り掛け駆動に変更されたことで運用も切り離され、その煩雑さなどから持て余した結果、瀬野八用補機となって形式もEF61形200番台に変えられたのが、第2次車以降の量産車はすべて国鉄分割民営化までに廃車…
《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info EF61形200番台が配置され、EF59形と同様に補機運用に就きます。旅客列車や比較的軽量の貨物列車では単機での運用では特に問題はなく、順調に事が運んでいるように見えました。しかし、EF61形200番台を重連で連結する必要がある重量の貨物列車での運用時に、瀬野八の勾配を登り続けているときに、何らかの事情で本務機の機関士が急制動をかけたとき、登坂中であったため補機であるEF61形200番台に乗務した機関士は、マスコンを力行操作していました。つまり、本務機はノッチオフして急制動をかけて減速しようとしましたが、そのことを乗…
《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info EF61形200番台のもう一つの外観上の変化として、1エンド側、すなわち東京方の連結器は、EF59形と同様に走行中に解放できるように、自動解錠装置となる解放てこを作動させるための空気シリンダーも設置されたことです。そして、10000系高速貨車と連結するため、ブレーキ管と元空気だめ引き通し管の接続部をもった、空気管付密着自動連結器に交換されるとともに、重連運用を想定したため重連総括制御装置の追加と、これのためのジャンパ連結器も設置されました。 その一方で、歯車などの駆動装置には大きく手を加えられませんでした。EF60形…
■古豪機の置き換えとして期待されるも欠陥をもったEF61形200番台 《前回までは》 blog.railroad-traveler.info 1969年から瀬野八の補機として活躍していたEF59形は、種車が戦前製省形電機であったため、すでに古豪機といえるものでした。そのため、老朽化が進んでいたこと、特にEF56形を改造した車両は蒸気発生装置の水蒸気や水が車体を腐食させていたため、早い時期に後継車に置き換えることが望まれていました。 1970年代後半に入ると、EF59形の後継車両の計画が具体化しはじめていきます。 計画では1200トンの重量列車を単機で押し上げることを目的としていました。EF59…