1890〜1961。評論家、文芸評論家。新潟県佐渡生れ。 早稲田大学英文科卒。読売新聞社記者時代シベリア出兵論に反対、『ある時代の群像』を生む。社会主義理論の研究につとめ、「無産階級」を創刊。以後、社会、政治評論と文芸評論の2面に筆をふるい、その半生は日本の社会主義運動、プロレタリア運動と表裏一体にあり、常に指標的評論を発表しつづけた。 戦後は20年『日本論の文学』の発表を機に批評活動を再開、また日本ペンクラブの再建につとめた。
0:56 AM (10/11/22)1 1 もうすでにこんな時間だから、今日の記録は簡単なものにしておく。そもそも、とりたてて語るような出来事もない。 2 今日は仕事のある日だった。祝日だったらしく、朝の電車は空いていた。電車内では本を読んでいた。これなら、通信する必要がない。まあ、出勤時の電車内で本を読むのはいつものことだが。 3 わたしはなんの役にも立たないとされる本を読む。文学なんて、なんの役にも立たないので流行らない。みんなビジネス書か、自己啓発書か、ライトノベルか何かを読んでいる。あるいは何か、資格試験の教材とか。わたしはそうしたものを、まったく読まないというわけでもないが、少なくと…
佐々木孝丸(1983年)* 「青蛙の剣 伊吹聰太朗」https://hamadakengo.hatenablog.jp/entry/2021/06/05/215803 から、1年以上ぶりの更新となった。紹介したい脇役本はたまっているけれど、一昨年からやっていたオーラル・ヒストリーに没頭してしまい、更新が止まってしまった。 2020(令和2)年9月から毎月1回、演出家でテレビプロデューサーの嶋田親一(しまだ・しんいち)さんへの聞き取りをしていたのである。伊吹聰太朗が在籍した新国劇とゆかりが深く、本ブログ「長崎の鐘」https://hamadakengo.hatenablog.jp/entry/2…
前回の『セムガ』の前田河広一郎はやはり昭和五年に、同じ日本評論社からアプトン・シンクレア『資本』を翻訳刊行している。両者が併走するかたちで出版されたことは裏表紙見返しの『日本プロレタリア傑作選集』の広告が伝えていよう。そのリストは本探索1253で示しておいた。 『前田河広一郎 伊藤永之介 徳永直 壷井栄集』(『現代日本文学大系』59、筑摩書房)所収の「前田河広一郎年譜」を確認してみると、大正時代末からシンクレアの翻訳を手がけていたとわかる。それらは『ジャングル』(叢文閣、大正十三年)、『義人ジミー』(改造社、同十五年)で、おそらく『日本プロレタリア傑作選集』の企画とリンクしているのであろう『資…
少し飛んでしまったが、本探索1272でふれたトロツキイ『自己暴露』の実質的な翻訳者と思しき田口運蔵に関して、『近代出版史探索Ⅱ』389のウェルズ『生命の科学』の訳者の一人としても挙げているが、荻野正博『弔詩なき終焉』(御茶の水書房、昭和五十八年)が出されていることをしり、入手した。それは本探索1265で書いているように、地方の小出版社からひっそりと刊行された平輪光三『下村千秋 生涯と作品』もかつて偶然に購入し、様々に教示されたことがあったからだ。 それに近年地方大学の人文系の教授たちから出版の相談を受ける機会が続けて生じ、おそらく平成に入ってのことだろうが、それまでは存在していた人文系研究者、…
昭和に入ってのプロレタリア文学全盛の時代にはそれらの分野に類する多くの文献が刊行されていたはずで、野々宮三夫『世界プロレタリア年表』も、その一冊に挙げられるだろう。同書は菊判函入、上製一九四ページとして、昭和七年に希望閣から出されている。 この『世界プロレタリア年表』はタイトルにふさわしく、プロレタリア資料集の趣で、二部からなり、第一部は欧米諸国、日本、支那におけるそれぞれのプロレタリア運動史である。例えば、「日本之部」を繰ってみると、プロレタリアが登場するのは明治十三年=一八八〇年の四月十七日で、「国会開設請願運動引続き熱烈に起され請願二府廿二縣八万七千余に上る」とある。そしてそのクロニクル…
本探索1270で、葉山嘉樹の『海に生くる人々』が堺利彦と青野季吉を通じて、改造社の山本実彦のところに持ちこまれていたことを記述しておいた。改造社は大正八年の『改造』の創刊、翌年には賀川豊彦の『死線を越えて』のベストセラー化、同十五年は『現代日本文学全集』の画期的成功によって、社会科学書や文学書を始めとして、多くの持ちこみ企画があったと考えるべきだろう。改造社の側からすれば、葉山と『海に生くる人々』はそれらの中の一エピソードにすぎないし、陽の目を見なかった企画も多かったにちがいない。(『海に生くる人々』) (『現代日本文学全集』) しかし幸いにして出版に至ったと見なせる社会科学書があり、『社会科…
これは戦後に飛んでしまうのだが、やはり青野季吉絡みなので、ここで続けてふれておくことにしよう。 最近論創社から野田映史編の追悼集『別役実の風景』が刊行され、恵送された。別役たちが早稲田小劇場を立ち上げる前に属していた劇団自由舞台の昭和四十年代半ばの末期に、私もその近傍にいたこともあり、興味深く読み出したところ、意外な事実を知らされたので、それを書いておきたい。 同書は五章からなり、演劇人としての別役の様々な顔が語られているのだが、第四章の「『季刊評論』の歳月」は彼のリトルマガジンの関わりへの言及で、有馬弘純という人が「林檎の翳―別役実へのオマージュ(hommage)」を寄せていた。これは認識し…
青野季吉『文学五十年』には出てこないけれど、彼の訳として、トロツキイ『自己暴露』がある。これは「わが生活(Ⅰ)」というサブタイトルを付し、昭和五年にアルスから刊行されている。おそらく続刊と同工の函はいかにも当時のプロレタリア文学出版物を彷彿とさせるもので、トロツキイの顔が大きく描かれ、その裏には「革命 成長の生理学 その溌剌たる芸術的表現がこれだ!」というキャッチコピーが躍っている。本体の造本にしてもトロツキイのクロニクルを浮かび上がらせるチャートを擬し、ひとかたならぬ装幀の思い入れを感じさせる。装幀者の名前は見当らないが、恩地孝四郎のようである。 この『自己暴露』の続刊『革命裸像』は入手して…
前回、葉山嘉樹の「淫売婦」などが『文芸戦線』に発表されたのは青野季吉を通じてだったことを既述しておいた。これには少しばかり補足も必要なので、もう一編書いてみる。 まずは『文芸戦線』だが、これはその半分ほどが近代文学館により復刻されている。しかし入手しておらず、未見である。それでも『日本近代文学大事典』第五巻の「新聞・雑誌」には一ページ半に及ぶ長い解題も見えているし、詳細はそちらに当たってほしいので、葉山と青野の関係も絡めてその初期をトレースし、簡略に示す。 『文芸戦線』は大正十三年六月に関東大震災による『種蒔く人』廃刊のあとを受け、後退しかけていたプロレタリア文学運動を再建する目的で創刊された…
本探索1255の小林多喜二の『蟹工船』の成立にあたって、葉山嘉樹の『海に生くる人々』が大きな影響を与えたことは近代文学史においてよく知られていよう。この日本プロレタリア文学の記念碑とされる『海に生くる人々』は大正十五年に改造社から刊行され、例によって近代文学館による複刻が手元にある。(改造社版) (複刻) この四六判並製のアンカットフランス装、三〇九ページの小説は汽船万寿丸が三千トンの石炭を詰めこみ、暴風雪の中を室蘭港から横浜へ向けて乗り出した場面を始まりとしている。冬期における北海路の天候はいつも険悪で、船にしても船員にしても、太平洋の怒涛の中へと繰り出していくようだった。それは次のように描…
いったい、『東京暮色』に何が起こっているのか。このとき頭をよぎるのが、またしても『暗夜行路』である。 小津作品の中でも最も暗く救いのない印象を与える作品。『東京暮色』というよりは、これでは『東京暗夜』と称したいぐらいである。過去の不倫が物語の伏線となっている点で、この作品は『暗夜行路』の記憶から出発したと考えられなくもない。実際、志賀直哉を崇拝し、私的な交際もあった小津に、『暗夜行路』映画化の勧めはあったらしい。「『早春』快談」で、岸松雄が〈ちょっと聞いたのだけど、小津さん『暗夜行路』をやるのですか〉と質問したのに、小津と野田はこう答える。 小津 まだやるともやらないともきまらない。 野田 小…
1959年10月、風報編集室から刊行された「風報」の随筆アンソロジー。編集は「風報」同人の尾崎士郎、水野成夫、尾崎一雄。挿画は赤木都留江、加藤英夫、宮永岳彦、尾崎俵士、佐野隆人、杉山吉茂、内田武夫、海野謙四郎、尾崎一雄、寺田政明。背文字は尾崎士郎、表紙・扉は水野成夫。 目次 『風報』発刊について 尾崎一雄 蟻が飛んでます 阿川弘之 甥 網野菊 「鼻の下」前話 青野季吉 天神さん 青柳瑞穂 芸術家の妻 荒正人 ゴマメの歯ぎしり 有馬頼義 鏡里のこと 浅見淵 生物(詩) 浅野晃 切抜き通信 江戸川乱歩 犬の名 遠藤周作 百合の花 圓地文子 奈良の野猿 藤枝静男 懐沙の賦 深田久彌 悪魔 福田恆存 …
川端康成先生「少年」の新潮文庫版の予約が始まりましたね!2022年3月28日発売予定です! 私は確実に帯付きが欲しいので、本屋さんで予約しようと思います。 発売が待ち遠しいですね! さて、川端康成先生の親友(意味深)の石濱金作先生の大プッシュを始めた管理人です。 詳しくはこちらをご覧ください。 石濱金作「豚と緬羊」 - うみなりブログ。 とうとう石濱先生の著作リストをまとめることに成功しましたので、未来の自分の為に残しておきます。
『科学ペン』三省堂発行、昭和11年11月号は第1巻第2号。迷信邪教批判特輯。 伊東忠太は方位家相について、森田正馬は宗教に関する迷信についての文章を寄せた。「迷信を斯く見る」と題したものは諸家からの短文回答。A 新聞雑誌の九星欄に対する感想 B 一般迷信に対する感想 についてのもの。 九星といふのは一白、二黒、九紫などの種類を生まれ年に当てはめた占ひのやうなもの。科学的根拠はないが、民間で広く信じられた。回答者は71人に上り、11ページにわたる。Aの質問について、話の種になるとか、あえて禁止する必要はないなどの意見もあるが、多くは否定派。 「言語道断です」(青野季吉)、「馬鹿々々しい限と考へま…