正徳4年10月16日。明け方前、父親から血が大量に出る。しばらくの間血が止まらず。しかし、落ち着いた様子である。卯半(午前6時)、少し苦しがり、頭を押さえさせてその手に取りつく。自ら脈をとって、脈は以上ないと言う。文左衛門も診ると、脈はとても弱っていたが、しばらくして元に戻る。この時にまた脈を自らとって脈が出たと言い、先ほどは死ぬと思ったがまたよくなったと話す。先ほどの騒ぎに久野弥四郎などを呼びにやったのでやって来る。その他にも分四・勘太がやって来る。安藝殿から使者が来る。黄檗東輪寺がやって来る。寺社奉行が命じて香後(法語)なども行わず、拝礼だけをさせる。