プロ野球選手、指導者。
通称「ジョニー黒木*1」。
右投右打、ポジションは投手。背番号は54番。
1973年12月13日生まれ、宮崎県日向市出身。
延岡学園高校から新王子製紙春日井を経て、1994年、ドラフト2位で千葉ロッテマリーンズに入団。
ボビーチルドレンの1人として、入団当初はリリーフとして期待されるが、先発に転向。
1996年からは5年連続規定投球回登板し、小宮山悟、伊良部秀輝、エリック・ヒルマンが抜けたマリーンズで先発の柱として活躍する。
1998年7月7日、グリーンスタジアム神戸でのオリックス・ブルーウェーブ戦で連敗脱出をかけて先発。
勝利まであと1人となった9回2死の場面で、ハービー・プリアムに同点本塁打を打たれる。
マウンドで号泣し崩れ去る姿が全国中継された。*2
この悪夢を乗り越え、シーズン最多勝獲得。
エース投手となり、1990年代のマリーンズを支えた。
2001年、開幕9連勝を記録するなど絶好調だったが、この年右肩を痛めてしまう。
オールスターゲームのファン投票で1位獲得、期待に応えて強行出場、先発して好投する。
しかし、この強行出場がたたり、この年の夏から戦線離脱する。
2004年におよそ3年間のリハビリを経て戦列復帰。開幕当初は勝利に恵まれなかったが、
6月2日、北九州市民球場での福岡ダイエーホークス戦で劇的な復活勝利を挙げる。
このまま完全復活するかと思われたが、右ひじ痛でまたもや離脱。
2005年8月28日、7回を無失点に抑えて1年振りの勝利をおさめた。
2007年、現役引退。
引退後は野球評論家に転身。辛口解説が評判となる。
また日本テレビ「Going!」にも準レギュラー出演。*3
2013年、北海道日本ハムファイターズの一軍投手コーチに就任。
黒木知宏〈千葉ロッテ〉―サムライハート (スポーツアルバム (No.6))