宝永6年8月5日。巳刻(午前9時)、長袴で建中寺を詣でる。宝永6年8月7日。この日の朝丑刻(午前1時)、供を揃え、寅刻(午前3時)に衣冠を重ね定光寺を詣で、酉刻(午後5時)に城へ戻る。相応寺筋は提灯を出さなくてよいとのことで提灯を出さなかった。飛騨守・伊与上が供をする。宝永6年8月13日。この日、岐阜へ出向くはずであったが中止となる。これは鳥殺生(狩猟)のことでわざと延期した。宝永6年8月14日。未(午後1時)過ぎ、南御屋敷に初めて入る。宝永6年8月15日。御屋形瓦長屋物見へ入り、八幡祭を見物し、午半(午後0時)に帰る。袴はなく高麗門より馬で入る。大びらき(開きは戸のことか?)から庭を通ってや…