宝永7年2月12日。4人の小頭から廻状がある。平田院住持の頼みごとであった。主計頭100年忌のため仏壇を造るので各自1人200文ずつ寄こすようにと云々。隼人正・飛騨守衆は昨年冬100石につき8匁の割合いで出していた。昨晩、新六から源太左を呼びに来て、明日13日槍を見物なさるので、5つ(午前8時)頃に御下屋敷に出向くようにと云々。