村上春樹の長編小説。
新潮社より2009年から2010年にかけて全3巻が刊行。(文庫版は6分冊)
BOOK1、BOOK2は2009年5月に発売。BOOK3は翌2010年4月に発売された。2012年3月から5月にかけて文庫版が発売。
BOOK1とBOOK2が発売された当時は、既にBOOK3を執筆中であることは発表されていなかったが、物語が完結していない事、劇中の日時が9月までだった事から、BOOK3の存在が噂されていた。公表されたのは2009年9月になってからであり、その際、発売は翌年の夏とされたが、実際に発売したのは、それより早い2010年の4月であった。
タイトルは英国の作家ジョージ・オーウェルの代表作であるディストピアSF小説『1984年』から来ている。同書に登場する独裁者ビッグブラザーは、『1Q84』に登場するリトル・ピープルの源泉となっている。
本作においては、カルト集団や原理主義者などが行う一種の洗脳行為、「特定の主義主張による『精神的な囲い込み』」に対する、著者が持っている強い関心が現れている。村上は、オウム真理教による地下鉄サリン事件の被害者60人以上に取材し、ノンフィクション『アンダーグラウンド』を上梓し、続編として、加害者側であるオウム信者8人への取材を『約束された場所で』としてまとめた(海外では両著は一冊にまとめて刊行されている)。『アンダーグラウンド』を発表した直後の1997年、村上は読者の質問に対し、地下鉄サリン事件をベースにした小説を今後書く可能性があることを示唆しており、それが実現したのが、この『1Q84』である。
作品の舞台となる2つの月が存在するパラレルワールドを構想したきっかけは、米同時多発テロ事件である。ワールドトレードセンタービルが倒壊する破壊される映像を見て、この世界とは別のところに違う世界があるにちがいないと感じたという。
村上の代表作『海辺のカフカ』や『世界の終りとハードボイルドワンダーランド』の形式と同じように、BOOK1とBOOK2では主人公が2人おり、それぞれの物語が1章ずつ交互に描かれている。
奇数の章は女性の主人公「青豆」の物語が描かれ、偶数の章は男性の主人公「天吾」の物語が描かれている。最初は全く関係のない2人の、独立した物語が交互に描かれているように感じるのだが、読み進めていくうちに2つの物語がつながり合い、筋の通った1つの物語になっていくという形式。
BOOK3では2つの物語に加え、「青豆」と「天吾」を調べる「牛河」が登場し、第3の主人公として「牛河」の物語もつながっていく。
ベストセラー作家としての地位を確立してる村上春樹だが、本書の売上は驚異的であり、BOOK1とBOOK2は、発売1週間で96万部に達し、テレビニュース等でも大きな話題として取り上げられ、社会現象ともよめるヒットとなった。最終的には、各巻ともミリオンセラーとなり、文庫版もベストセラーとなった。
村上春樹の小説としては、読者に対して分かりやすく、親切すぎるという意見がある。殺し屋とカルト集団の対決、少女作家とゴーストライターといったプロットは、通俗的であり、テーマの提示もストレートに過ぎるが、国際的に大きな注目を集めている著者が、できるだけ多くの読者にメッセージを届けたいという責任感が強く表れているのだと説明する評論家もいる。