EPUB(いーぱぶ)とは米国の電子書籍標準化団体の1つであるInternational Digital Publishing Forum(IDPF)が普及促進するオープンな電子書籍ファイルフォーマット規格。ネット上では「epub」「ePub」などと表記される場合もある。そのオープン性と単純さから、対応する電子書籍ハードウェアや電子書籍アプリケーションは多い。
瀬那十五年九月十五日 子供たちが去ってしまうと圭輔は満足気に腰をおろした。 「子供というものは全く可愛いものですね」 嘘だった。彼はこう言おうと思って言いまちがえたのに相違なかった。 『僕って全く可愛いところのある人間でしょう』 三島由紀夫「獅子」 午後二時二十九分。あおさと醤油をかけた木綿豆腐、紅茶。書店から司馬遼太郎の小説以外の本がぜんぶ消えるという悪夢をみる。さっきからエルトン・ジョンばかり再生されている。きのうは「だいたい図書館にいます」のEPUB化で一日の大半の時間を費やした。過去noteなどで書き散らしたほとんどの雑文を「厄払い」も兼ねて書籍化したいんだ。850日分以上ある「だい図…
瀬那十五年九月十日 ある人の身振りや話し方、身のこなしそれ自体は特別おかしく見えないのに、誰かがそれを模倣した途端に極めて滑稽になり得るというのは、実に興味深い現象です。そして、模倣が優れていればいるほど——その身振りが本人のものと同一であればあるほど——それはより一層おかしくなります。 Alenka Zupančič,The Odd One In:On Comedy(Gemini・訳) 午後二時六分。ミスターイトウのラングリー、カシューナッツ、緑茶。腕を切断され血を垂れ流している男がパラシュート落下していて、「脱出装置」的なものをいじったせいで自分だけロケット噴射的に飛ばされ、地面に叩きつけ…
瀬那十五年九月九日 冷笑とは、まさに「もの」を安全な彼方に保つことによって、「もの」に手を出させず、見えないままにしておくことに完全に没頭しているものなのだ。 Alenka Zupančič,The Odd One In:On Comedy(Gemini・訳) 午後一時二十三分。チンしたご飯、木綿豆腐。ABBAの「チキチータ」が脳内再生中。劈頭から尾籠な話で恐縮なんだけど寝てるあいだ肛門が痒くて掻いてばかりいた。だから指がウンコ臭い。このごろ腹がやたらにゆるく液状の便ばかりしているので皮膚がただれているのかも。起床時間後ろ倒しによる「冥界くぐり」は不合理なので中止した。あの全会一致はなんだった…
論文を読むにむけて、英語が苦手なのでMarkdownにして翻訳して読んでいることを前に書いた。引き続き読んでいるのだが、最近はEPUBにして、iPhoneのブックアプリで読んでいる。もとはポッドキャストも一緒にオーディオブックとして管理したかったからだが、EPUBをブックでスクロール読みにすると使い勝手がよかった。 唯一不満だなぁ…と思っていたのが画像の入れ方だったのだが、すぐに解決できることがわかった笑 ChatGPTに聞きながら調べてみると、Doclingでオプションを調整すれば、画像も抽出、参照するMarkdownを作成でき、Pandocで画像入りEPUBも作成できるとわかった。 今回は…
7月のプライムデーセールの記事で、気になるものとして記録していたXTEINK X3ですが、実はその後、プライムデーセール中に購入していました。 プライムデーセールでは20%オフの11,120円でしたが、現在開催中のスマイルSALEでも同じ価格になっています。 pgary.hatenablog.com XTEINK X3 電子書籍リーダー 3.7インチ E-Ink搭載 58g軽量 カードサイズ 16GB内蔵 SD対応 ミストレグレーXTEINKAmazonXTEINK X3は、3.7インチのE-Inkディスプレイを搭載し、重量わずか58gという、手のひらにすっぽり収まるサイズの電子書籍リーダーで…
瀬那十五年八月二十一日 人は、たいていのばあい、一生のうちに、いくつかの生を経験するもので、習慣も友人も愛するものも、すべてが、ある日、不意に捨てさられてしまうなどということが、よくある。けだし、人間の生活などというものは、おおむね、このように、不連続な、一貫性を欠くものなのだ。 ロジェ・グルニエ『シネロマン』塩瀬宏・訳 白水社 午後十二時三十九分。木綿豆腐、コーヒー。離床が遅れた。大男に誰もいない通路で無理やり背負われる夢を見る。オイラはあのあとたぶん犯された。小さな湖畔の森の影から~の歌がさっきから頭を離れないんだ。もう末期かもしれない。置く場所が悪かったのか木綿豆腐が凍ってたんでチンして…
あ瀬那十五年八月七日 人間は、決して所有したことも、何らの権利も得たこともない存在を取り戻そうと試みる中で、攻撃性と占有によって特徴づけられる拡張的政策のなかで、互いを殺し合い、強迫的に新たな人間を生み出し続けている。 Julio Cabrera, A Critique of Affirmative Morality(Gemini・訳) 午後十二時六分。インスタントコーヒー(ヘーゼルナッツフレーバー)、どらやき。オイラがもし野比のび太ならあのポケットからきっとオナホール固定器具と独裁スイッチ(「教育用」じゃないやつ)を出させ、最高の腰振りオナニーをやったあとに地上からすべての人間を抹消する。さ…
ガクッと落ち込みが来てあまり寝られず朝になる。コンビニまで散歩してサンドイッチとカフェラテ。 就労。気分はクリエイティブ。 昼食そうめん。 午後、少し休む。 なんとなくソワソワして落ち着かない。 投稿し続けてボツっている詩の原稿をどうにかできないかということで、Webサーバにepubリーダーを置いてepub形式で公開することにする。とりあえずガワはできたので、コツコツ中身を入れていく。 https://dm99x.net/bibi/?book=book01.epub いずれ冊子にしたい。 いろいろなことを考えるが別になにかが解決したりはしない。寝不足はダメだ。 ずいぶん体調はマシになったがまだ…
瀬那十五年七月二十一日 お金を持つということは、私たちの存在の終末性が私たちをあまり深く傷つけないように、私たちと終末性の間に防壁を配置できることを意味する。私たちの社会において無一文になるということは、わずか数日でゴミのように切り捨てられることを意味する。(あるいは、むしろ無一文になるということは、お金が隠蔽していた、私たちが常にであった「無(ナダ)」を露呈させることにほかならない)。偶然ではなく全世界の大部分を占める貧者たちは、そうした保護を欠いており、強力な者たちを終末性から守るために、存在の終末性のあらゆる厳しさを一身に受けて苦しんでいる。(住み込みの召使い、運転手、秘書といった)貧者…
瀬那十五年七月二十日 子供は、世界とは何よりもまず探索の対象であり、その知識を得ることが好奇心を満たし、不安を軽減させてくれるものだと教えられる。しかし、「世界とは何よりもまず私たちの苦悩そのものであり、私たちを苦しめるものを探索することこそが、世界を単なる我々の表象の『対象』と見なすよりも、はるかに濃密な世界へのアクセスを可能にするのだ」とは決して考えさせてもらえない。子供は、世界が最も相応しいのは「表象」であるという考えを受け入れることに抵抗する。世界を自分の中に表象することが、なぜその最も内奥にある本質を最もよく示すことになるのか、理解できないからである。おそらく世界とは、表象の亀裂の中…