10日ぶりに走った。近所を流す程度のランだが、懐かしい香りの輪を幾度も潜り抜けた。金木犀(キンモクセイ)である。花の香と言えば、初夏のクチナシやラベンダーも印象的だが、中でもキンモクセイは別格だ。 人間の五感の中でも、嗅覚は情動や記憶との結びつきが強いそうだ。たしかに、キンモクセイの香を感じると、ある特定のシーンを必ず思い出す。中学三年の秋の夕暮れ時、友達と二人、その友人の自転車に腰掛けながら、長々となにかを話し込んでいる、そんな景色とキンモクセイの香が一体になって記憶のカプセルに格納されている。 話の内容は思い出せない。おそらく、普段の何気ないシーンが、キンモクセイの香によってタグ付けされ、…