日本ウマ科学会・第18回学術集会シンポジウム「スターホースの走りを科学する」レポート〜安藤康晴氏(ノーザンファーム早来)『育成調教のキーポイント』ほか

 11月28日、東京大学農学部1号館8番教室にて、日本ウマ科学会・第18回学術集会シンポジウムスターホースの走りを科学する」が開催された。以下のレポートは、このシンポジウムを傍聴したMilkyHorse.com組合員(ぴんしゃん)が個人的に速記したメモを元に、講演の概要を書き起こして再現した暫定版である。正式なシンポジウム講演録については、日本ウマ科学会誌「馬の科学」43巻2号に掲載される見込みなので、公刊後そちらを参照されたい。
 ちなみに、本シンポジウムは実質的にディープインパクト特集だったせいか、マスコミの注目度が高く、当欄報告者が現認しただけでも、日本経済新聞(野元賢一記者)、朝日新聞(有吉正徳記者)、日刊スポーツ(岡山俊明記者)、スポーツニッポンサンケイスポーツラジオNIKKEIグリーンチャンネルTOKYO FMによる取材があった。なお、主な傍聴者には、当欄報告者が現認しただけでも、岡田繁幸総帥、秋田博章氏(ノーザンファーム場長)、山野浩一氏(競馬評論家)、後藤信夫氏(馬像彫刻家)、萱野茂氏(二風谷アイヌ資料館長)、友道康夫調教師(栗東)、目黒貴子さんが含まれている。他にも、JRA調教師・調教助手・騎手と思しきグループ、JRA所属獣医師と思しきグループ、馬産関係者(特にノーザンファーム社員)、乗馬関係者、農学・獣医学系の学生、その他物好きな一般競馬ファン*1が散見された。
 出席者数については、当欄報告者は150席+追加席+立ち見を合計して約200名と推測していたが、実際には254名と報道されているので、そちらの人数の方が正確なのだろう。

第1講演:野元賢一氏(日本経済新聞運動部)『真のスターホースとは』

―14時13分、開演―

(後日補完しますが、よもや他に傍聴しているブロガーさんがいるとは思わなかったです。お互いに見付からなくて良かった。)

日本ウマ科学会・第18回学術集会レポート・その1
(BrainSquall)
http://b-squall.com/archives/2005/1129111441.php

―14時38分、終了―

第2講演:塩瀬友樹氏(JRA栗東診療所)『VHRmaxを用いた競走馬の体力評価』

―14時40分、開演―

(NHKスペシャル「ディープインパクト〜無敗の三冠馬はこうして生まれた」で既出の内容だったため、レポートを割愛します。)

日本ウマ科学会・第18回学術集会レポート・その2
(BrainSquall)
http://b-squall.com/archives/2005/1130115531.php

第3講演:高橋敏之(JRA競走馬総合研究所)『走行中のバイオメカニクス

―15時00分、開演―

(11月29日付のスポーツ新聞各紙で集中的に報道されているため、レポートを割愛します。ちなみに、東京大学は会場であって、主催は日本ウマ科学会なので、「最高学府からお墨付き」というサンケイスポーツの記事見出しは勇み足(婉曲表現)だと思いました。なお、翌日のマスコミ報道では、この第3講演に最大の注目が寄せられたと報じられていますが、後述の通りディープインパクトに注目を寄せていたのはマスコミ関係者だけであって、関係者からの質疑応答が集中したのは、いわば実務との関わりが深い西内装蹄師による第4講演とノーザンファーム・安藤氏による第5講演だったというのが、当欄報告者の印象です。)

東大で解析!ディープ強さの秘密…最高学府からお墨付き
(サンケイスポーツ)
http://www.sanspo.com/keiba/top/ke200511/ke2005112901.html
インパクトの強さに科学のメス
(スポーツニッポン)
http://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2005/11/29/06.html
東大でインパクト分析、伝説の名馬と酷似
(日刊スポーツ)
http://www.nikkansports.com/ns/horseracing/p-hr-tp0-051129-0004.html

第4講演:西内荘氏(装蹄師)・青木修氏(装蹄師)『蹄鉄の摩滅が教える走りのテクニック』

―15時26分、開演―

(NHKスペシャル「ディープインパクト〜無敗の三冠馬はこうして生まれた」で既出の内容だったため、レポートを割愛します。)

第5講演:安藤康晴氏(ノーザンファーム早来)『育成調教のキーポイント』

―15時50分、開演―

 安藤康晴氏は帯広畜産大学馬術部」を卒業後、3年間の畜産経験を経て、早来町・旧社台ファームに入社(1988年)。早来町ノーザンファームに異動し(1994年)、現在に至る。ディープインパクト号のノーザンファーム調教主任。

 (「同業者も多数見受けられる会場で、ノーザンファームのいわば企業秘密ともいうべき育成調教ノウハウを明らかにはしたくないのですが、今回はオフレコということでお願いします(笑)。」という趣旨の前説から講演は始まった。)

 ノーザンファームの年間生産頭数は、ディープインパクトが産まれた2002年度は240頭だったが、2005年度は生産頭数を約300頭まで増やしている。「馬に良いことは何でも採り入れる」という吉田勝己ノーザンファーム代表の方針の下、調教コースについてはウッドチップ走路の導入から始まり、屋内坂路の整備にまでこぎつけた。また、人材育成にも力を注いでおり、苫小牧市ノーザンホースパークを研修施設として併用し、通常勤務を終えた牧場従業員は1日2時間(18時〜20時)を乗馬に充てて、技術向上に努めている。この人材育成を重視する方針は、吉田勝己代表が(慶應義塾)大学馬術部出身であることから着想を得たものである。

 *

 ところで、ノーザンファームは1994年創業以来、約10年間で5頭の日本ダービー馬を輩出している。この5頭を育成調教技術の面から講評するならば、1994年・フサイチコンコルドは、通算3戦目でのダービー制覇が物語っているように「奇跡」である。1999年・アドマイヤベガは、母ベガからの「血統の力」を無視することはできない。2001年・ジャングルポケットで「二度あることは三度ある」という感触を持ち、2004年・キングカメハメハによって「もはやフロックではない」と認識を改めつつあった。そして、2005年・ディープインパクト輩出に及んで、初めて、この10年間の育成調教の方向性が「少なくとも間違ってはいなかった」という現状分析を得るに至ったところである。

 それでは、「少なくとも間違ってはいない」ノーザンファームにおける育成調教のコンセプトとは何か。ここでは今年春のノーザンファーム従業員向け講習会で用いた資料を「惜しみなく(笑)」披露し、解説を試みることにしたい。

「ウマの足を速くすることはできません!」

 ①私たちにできること、それは肉体的・精神的にウマを壊さないことだけです。
 ②そのウマの生まれ持った才能を、レースで100%発揮できるよう導けるか否か?
 ③ほとんどの場合、その才能を引き出せずに、ウマの邪魔ばかりしています。

 たとえば、ノーザンファームの2002年度産駒についても、230頭の中に実はデープインパクトを上回る素質馬がいて、その才能を引き出すことができなかったのではないか、と今でも自問自答している。

 最近は、いわゆる"best to best"配合が日高地区でも主流となりつつあり、馬の素質は確実に上昇しているはずである。にもかかわらず競走成績に結び付かないというのであれば、育成調教―特に1歳秋―の段階で、馬の邪魔ばかりしていることが原因の一つとして考えられるのではないか。

 ここで重要なのは、育成調教における乗り役の技術水準をレベルアップさせることである。

 たとえば、「15-15」を例にするならば、「15-15のギャロップで坂路を上がった」ではなく、「どんなフォームで、どれだけ余力を残して、15-15のギャロップで坂路を上がった」かを判断できる能力水準が、乗り役には求められている(ノーザンファームでは、その能力水準習得を乗り役の目標として課している)。

 また、「ひっかかる」「巻き込む」「立ち上がる」という挙動を馬が見せるとするならば、それは馬体に無理がかかっているせいであって、馬はその苦痛から逃れようと反抗しているのだと考えなければならない。従って、ここで求められる乗り役の能力は、まず①この問題を認識することができ、次に②その原因を見極め、③対処法を判断することができる、という水準のものである。

 このような見地から、ノーザンファームなりの競走馬育成調教における到達目標は、「馬の重心と騎乗者の重心の一致」、すなわち調和したバランスの良い動作こそが究極であると考えている。というのも、このような「馬の重心と騎乗者の重心の一致」こそが、馬が生まれつき備えている自然体の動きを最大限引き出すことに他ならないからである。

 このような到達目標を掲げるに際しては、いわゆる競馬馬術と乗馬馬術との違いは考慮していない。そのような事情は馬の知ったことではないし、乗り役の言い訳とするべきではない。競馬と乗馬に共通する"best"な馬術は必ず存在する。

 ここからは、「競馬と乗馬に共通する"best"な馬術」の一例として、人から馬への合図―扶助のあり方について論じてみたい。

 馬が扶助が受けやすい"best"な姿勢というものは必ず存在する。それはまさに

Everytime on the bit.

に他ならない。"on the bit"とは、馬が背を伸ばし(てハミを受け)、荷物としての人を運びやすい姿勢である。これは馬術の基本姿勢だが、競馬の育成調教の場面でも、基本中の基本として徹底されなければならない。基本中の基本こそが究極なのである。

 育成調教中の走行の九割が並足であるという。とするならば、育成調教の仕上がり具合は、並足のときにどれだけ"on the bit"を乗り役が意識し、これを守ることができるか次第といっても過言ではない。

 そして、このとき、人の良きパートナーとしての馬に対する"horsemanship"が乗り役に備わっていれば、馬が人を乗せて楽しんでいるように見える騎乗法に自ずから到達できるはずである(実際には馬は苦しいだけだろうから、あくまでも「見える」ということである)。

 *

 (こうした育成調教技術を備えている優秀な方や、備えたいという意欲のある方は、ノーザンファームでは随時求人していますので、ぜひ入社してください。詳しくは公式ホームページまで。」という趣旨のオチで講演は締めくくられた。ちなみに、この講演でディープインパクトに固有のエピソードが披瀝されることは一切なかった。)
―16時15分、終了―

質疑応答

―16時25分、開始―

(全部で12件の質疑応答がありましたが、そのうち特に印象的だった数件のみ、採り上げます。)

質問
 「(塩瀬友樹氏の第2講演によると、)ディープインパクト号のVHRmax数値が良好だとのことですが、古馬のVHRmaxと比較してみても優位な数値だといえるのでしょうか。同馬は次走予定の有馬記念(GI)で古馬と初対決するとのことですし、もしもデータがあるのならば興味深いので、お答えいただけますでしょうか。」(TOKYO FM記者)
 
回答
 「VHRmax数値のサンプリングは今年から始まった研究ということもあって、採取対象馬の頭数が極めて少なく、古馬のVHRmax数値のサンプルをまだ用意できていないのです。従って、古馬のVHRmax数値との比較については、現時点ではデータがありません。」(塩瀬友樹氏)

質問
 「(西内荘装蹄師の第4講演によると、)ディープインパクトの蹄鉄の摩滅はほとんどないとのことですが、先ほどのお話ですと、それでも今年秋になってからは少し摩滅が進むようになってきたとのことでした。これは同馬の成長力の現われと見て、構わないのでしょうか。」(ラジオNIKKEI記者)
 
回答
 「同馬の蹄鉄の摩滅が若干進むようになったのは、坂路調教を開始した時期と一致しています。調教の負荷が高まった分、それに比例して蹄鉄の摩滅が進むというのは、一般的な傾向です。また、調教走行中よりも曳き運動中の方が、むしろ蹄鉄は摩滅しやすくなりますので、同馬の曳き運動量が増えているせいと考えることもできます。いずれにせよ、同馬が確実にパワーをつけてきていることは間違いありません。」(西内荘装蹄師)

質問
 「(西内荘装蹄師の第4講演によると、)ディープインパクトは猫のように後肢で耳を掻いたり、自分で後脚の蹄を舐めて身繕いをしたりするなど、とても馬体が柔らかいとのことでした。そのような動作をすることは、当歳だと珍しいことでもないのですが、加齢するにつれていつの間にかしなくなるような印象があります。『ウマの邪魔をしない』育成というコンセプトは、このような馬体の柔軟性を失わせないという点においても当てはまるのでしょうか。」(浦河町の馬産関係者)
 
回答
 「馬体の柔軟性が生まれつきのものであり、それが成長するにつれて失われていくというのであれば、育成過程で『ウマの邪魔をして』馬体を硬くさせてしまっているおそれは考慮に値します。」(安藤康晴氏)

質問
 「育成調教で馬にスピードをつけていくというノウハウは、『ウマの邪魔をしない』育成というコンセプトの下ではどのように実践されることになるのでしょうか。」(乗馬関係者)
 
回答
 「鍛えてスピードをつけていくという発想ではありません。育成調教のあらゆる場面で"on the bit"を徹底し続けることによって、その馬に自然体な走法をさせることができれば、その馬が生まれながらに備えているスピード能力は引き出されるものと考えるのです。」(安藤康晴氏)

質問
 「ディープインパクトの重馬場適性、ダート適性はどうでしょうか。札幌競馬場ではダートコースで調教していたそうですね。」(一般学生)
 
ミミ彡  ゚̄ ̄' 〈 ゚̄ ̄ .|ミミ彡 (ざわ…ざわ…)
 
回答
 「厩舎関係者は壇上にいないし…。競馬記者の方に尋ねてみた方が相応しいのではないでしょうか。とりあえず、ダートを苦にするという印象はありません。一般論としては、フォームの綺麗な馬は悪い馬場を苦にするといわれていますが、ディープインパクトの場合は、走ってみなければ分かりません。」(安藤康晴氏)

―16時50分、終了―


 以上のレポートは、このシンポジウムを傍聴したMilkyHorse.com組合員(ぴ)が個人的に速記したメモを元に、講演の概要を書き起こして再現した暫定版である。正式なシンポジウム講演録については、日本ウマ科学会誌「馬の科学」43巻2号に掲載される見込みなので、公刊後そちらを参照されたい。(文責:ぴ)

*1:そういえば、東大ホースメンクラブの連中が10名傍聴していたらしいけど…。