発端

入社から6年、デスクワーク専門で動かないことと甘いもの好きの影響は確実に体を蝕んで重くしていた。それでもBMIが標準範囲にある間は高を括っていたのだが、流石に肥満域ぎりぎりの所に差し掛かるにあたり放置もしておれなくなって来た。ていうかジーンズの上に腹が乗ったのはちょっとショックだ。
とは言え食事制限というのはキツい。勿論カロリー過多が肥満の主要原因なのだが、普段の摂取量を減らせばそれは空腹感になって返る。それを我慢し続ける自信はない。
減らせないなら増やせば良いのだ、消費カロリーの方を。つまり運動である。だが生来運動を苦手とする身、縄跳びだのジョギングだのが長く続くとは思えない。水泳なら少しは乗り気になるのだが、残念ながら2時間程度の遊泳では大した運動にもならない-----いや、これが一人で泳ぎに行けるなら随分違うと思うのだが、現状ではどうしても幼児を連れて行かざるを得ず、すると全力で泳ぐどころか浮輪を掴んでゆるやかに浮かぶ以上のことは事実上不可能である。
そこで考えたのが自転車通勤だった。引っ越しによって職場までの距離が半減し、走行距離16km程度に収まった。実は高校時代に片道15kmを毎日自転車で通学していたので、この程度の距離ならば経験豊富である。通勤時間ならば子供を連れず一人で動けるし、そのことで妻に負担をかけることもない。完璧だ……


だが、事はそう簡単ではなかった。自転車を購入し通勤に使いたい旨を告げた私を待ち受けたのは、激しい反対の声であったのだ。
住宅ローンの支払いと今後の子供の養育で、家計にはあまり余裕がない。ホームセンターの9800円車ならばいざ知らず、何万も出費できるほどの経済状態ではない-----これが一つ。
もう一つの理由は単純かつ絶対であった:「危険だから駄目」。
金銭だけが問題ならば解決しようはある。何も何十万もする高級自転車を欲しているわけでもなし、日々の出費を抑えて貯金することで資金を作ることだって不可能ではない(まあ本当にそれが続くかというのは疑問だが)。しかし、危険を理由にされては反論のしようもない。実際、自転車の事故死者数を見ると、確かに他の交通機関よりも危険と言わざるを得ないのだ(劇的な差があるわけではないにせよ)。
彼女はとりわけ長距離走行を懸念していたようだ。しかし、運動として行なうからには長距離の走行は避けて通れぬポイントである。近場の買い物程度に用いるくらいなら、歩いた方がまだしも消費カロリーは高い。
結局、この問題は「日々の通勤は許容できないが休日にサイクリングロードを走るのは可」という辺りに落ち着いた。

顛末

どうせサイクリングロードに行くなら、妻の分も購入して一緒に走ろうという提案は好意的に受け入れられた。ただし当面は子供らが乗れないので、それを実現するには2台ともにチャイルドシートを取り付ける必要があるが。
いずれにせよ買い物などでも機動力のなさは問題視されていたので、導入時期未定としながらもこの期に車種選定を進めることにする。既に決定していた私の車種はクラシカルなデザインのミニヴェロだったので、同じくクラシカルな印象のものを探すことにした、ただし、彼女は割合大きめの身長にコンプレックスがあり、「より大きく見えてしまうミニヴェロは不可」とのことだったので26インチ以上のシティサイクル、またはその類型を前提に検索を進めた。


いくつかの候補はあったが、その中でとりわけ印象の良かったのがルイガノTR2である。
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革のサドルとハンドルグリップ、それに落ち着いた車体色。中でも渋目の緑色をした車体色「玉露」は、革パーツと、それに合わせたタイヤサイドの茶色とよくマッチした印象深い構成であった。
しかしまあ、他の人も考えることは同じようで、この時点で既にどのオンラインショップに問い合わせても玉露のみは「完売、2007年モデルは入荷予定なし」。もう2008年まで待つしかない。
いずれにせよ彼女は「今すぐ使えるわけでもないので後でいい」としていたし、予算枠を考えると(私のぶんに一切のオプションを装備しなかったとして)もオンライン店舗の割引販売されたものでぎりぎり収まるかどうかという価格になってしまう。実際には保安上必須の部品をいくつか追加せねばならないから、どうしても足が出る。
そんなわけで見送りの予定だったのだが、ふと訪れた東急ハンズ渋谷店で実車を見掛けてしまった。入手できない筈のものを目にして再燃する炎。ハンズは定価販売なので当初予定より1万円近く高い。どうしよう……


ところで本日より、妻は子供らを連れて先に里帰りすることになった。私は仕事があるので一人こちらに残り、月末にまとめて取得した夏休みで合流する予定である。ということは……

  1. 今これを買っても暫くは怒られない
  2. 半月ほどは自転車通勤しても咎められない

妙な打算が働き、衝動的にその場で買い求めてしまった。当然、その場から乗って帰る気満々である。
いずれこの事実を知らせた時、妻はきっと怒るだろう。だから今のうちにここで謝っておく。
ごめん。


そんなわけで、取り敢えず自分の自転車が来る8月末までの間、このルイガノTR2であちこちを走ってみようと思う。

旅程

東急ハンズ裏手で自転車を受け取る。
以前、職場から自宅までのルートは検索したことがあったから、大体の道はなんとなく判る。しかし渋谷からの道はよく判らない。というか、滅多に来ない渋谷の道自体がよく判らない。
取り敢えずブックファースト渋谷店に寄り、地図を購入する。

葉書サイズで携帯し易く、23区をカヴァし、コンビニやファストフード、自転車店の記載など走る時の情報確認に相応しい作りの地図である。難を言えば、判型がかなり小さいためにどうしても視認性が悪い点は残念だ。特に渋谷駅は52ページと61ページに跨っており、現在位置認識に苦労した。
地図上は出発点から目的地はほぼ真北にあるようだったので、太陽の方向と時間から大まかな方角を掴み走り出したのだが、結果としてこれは正解であったようだ。この時選んだルートは明治通り、これは実に渋谷から王子までを繋ぐ大道路であり、つまりはまず迷うことなく目的地付近まで到達できるルートだったわけだ。


さて、本日の気温は35度、日陰にいてさえ暑さに耐えかねる熱気である。そんな中で長距離を走行しようというのだから、水分補充には気を付けねばならない。
早々にコンビニでタオルとスポーツドリンクを補充する。残念ながらまだカゴが付いていないので、ベルに袋を引っ掛けて吊っておくことにした。少々見た目が情けないが、致し方あるまい。
新宿に差し掛かる頃には既に1リットルを飲み干してしまった。再度コンビニでドリンク補充、ついでに暫く休憩して熱くなった体を冷却する。
1リットルのものがなかったので、冷凍のジュースを購入し体に当てて冷やすことにした。これは溶けるまでに時間がかかったため結局飲めはしなかったのだが、これだけでも随分と楽になるものだ。


ギアは7段しかないが、これでも結構なスピードが出る。多分、最大で30km/hぐらいの速度にはなっているだろう。
基本的には車道を走るのだが、途中車が道を塞いでいたりして止むなくギアを落とし歩道をゆっくり走ったりもする。また、かなり頻繁に信号で止まりもした。
スタート時点で15時半、帰宅が17時半。道程は20km弱だから平均時速10km/h、ただし途中でコンビニと書店で都合30分ほど時間を取っていることも考慮すると14km/hというところか。


これが当日走ったルートGoogle Mapでは距離が出ないのでMap Fanのルート検索で調べる。ほぼ同一ルートでおよそ19.5km。
これくらいなら2時間で行けるというか、2時間もかかるというか。電車なら30分程度の距離だと考えると少々かかりすぎではある。せめて電車の2倍程度に収まらないと、移動手段としては意味が薄い。徒歩も含めた全行程と考えても、職場までの19kmに1時間半、駅から職場までの距離がちょっと離れ気味のため現状の移動時間が55分。まあこれなら許容範囲か。

雑感

乗ってみた感想をいくつか。
TRシリーズは、ルイガノの分類上「トレッキング用」に分類されている。トレッキングとはハイキング以上登山未満というか、旅行以上冒険未満というか、そんな位置付けの言葉だ。自転車用語ではマウンテンバイクで山道を走ることを呼ぶらしい。
つまり、大雑把に言ってマウンテンバイクに分類されるということだろう。実際、オンラインショップのいくつかではそのように分類されている。
しかしTR2はアルミフレームにサスペンションなしという構成になっている。これは最も衝撃吸収性能の低い組み合わせだ。明らかに不整地走行向きの車体ではない。まあ「トレッキング」の中には明らかにシティサイクルなデザインのものまで含まれているから、この割り当て自体が何かおかしいように思うのだが。


ところで都市というのは見た目の印象よりも凹凸が多い。ロードバイクなどで滑らかに走行できる範囲はかなり限定されており、大半の道は道路工事の跡でデコボコしていたり段差を越えて歩道を走らざるを得なかったりする。
で、そういう時にTR2はちょっと弱い。いや、太めのタイヤを履いているから乗り上げ自体は難なく行なえるのだが、硬いアルミフレームでサスなしの構成だから衝撃が全部乗り手に伝わるのだ。短距離なら気にするほどでもないかも知れないが、長距離ではこれが確実に体力を奪う。


また、トップチューブを下げたフレームデザインはスカートなどでも乗り降りし易いという触れ込みだったが、足を縮めてサドル前から跨ごうとするとフレームに当たってしまいバランスを崩して乗り難い。実際にはダイアモンドフレームのロードバイクと同じく後ろから大きく伸ばした足をサドル後へ振り上げて乗るのが適切なようだ。


シマノのレボシフトは印象よりも出来が良かった。この手の変速機構は昔、安価な製品で触れた経験しかなかったのだが、その時の印象と違い、軽い力でかっちりと小気味よく動く。ただし親指の付け根を押し当てて握り回す構造上、頻繁に使用するとその辺りの皮膚が痛くなってくる。スピードを出さない街乗りに限定してしまうなら、ギアは4あたりで固定して使うのも手かも知れない。


サドルとグリップは革(あるいは革風素材かも知れないが)で、中に柔らかなクッションが入っているのでフカフカした感じ。フレームの衝撃吸収性が低いTR2ではこのクッションがかなり重要になってくる。
ロードバイクのような高速走行に慣れたユーザだとついサドルを高目にセッティングしてハンドルに体重を預けてしまいそうだが、むしろシティサイクルのようにサドルを低目にしてサドルで体重を支えるべきかも知れない。そうでないと、腕が衝撃を強く受けてかなり疲弊する。

駐輪

目下最大の問題は自転車置き場である。職場のビルには駐輪スペースがない。すぐ近くの都営地下鉄駅に隣接した無料の駐輪場があるのだが、これはあくまで地下鉄利用者を対象に、ここから職場/学校までの通勤通学に利用することを前提としたもので、逆にここまで乗ってくることは想定外だし、そもそも地下鉄利用しないユーザに貸してくれるとは思えない。本格的に自転車通勤する気なら、いっそ一駅だけの定期でも購入して「一応ユーザだから」という手も使えないことはないが、取り敢えず現在は「ちょっと行ってみるだけ」で毎日通勤までしようとは思っていないので、この案は見送りである。
そうすると、どこか道端にでも停めておくしかない。長いチェーンは買ってあるので不可能ではないのだが、どうしても雨晒しになってしまうのは憂慮すべきポイントだ。まあ天気予報で雨になりそうな日には乗らないのが一番だが。
実は自宅マンションの駐輪スペースも確保していない。登録制なので申請せねばならないのだが、なにぶん 土日は休み、平日は17時で閉まる管理人室で手続きせねばならないので、少々敷居が高いのだ。
止むなく、現在は自宅まで運び上げて玄関に置いてある。これが通用するのもベビーカー不在の間だけ、また下に置いておかないと妻が帰ってきたときにたちどころにバレてしまう(笑)。