第27回 錬金術の叙階定式書 第5章(10)

薬草の根は外側に冷たく内側に暖かであると医師らは言うが、この例証は香しい菫草(ヴァイオレット)を観察すれば明らかである。薔薇が内部に「冷」、外部に「赤」であるというのは一般的な自然学にもいわれる通りである。アナクサゴラスはその『自然変成』のなかで「あらゆる事物は外部と内部に互いに対立する性質を示す」と述べている。この法則には真実が秘められているけれども、構成素が非常に平明で単純な薬草、たとえばスカモニアや月桂樹(ローレル)は別であって、それは野菜のようには育成しない。留意せよ、いかなる混合物に於いても、あるひとつの元素が支配権を求めて孜々としている。こうした傲慢、貪欲な傾向は、人間にも、他の多くのことにも見受けられるが、しかし、あらゆる人間の身分も立場も、死という平等原理をまぬかれることはない。これが、人の世に高級な法を布く神の手段であり、あらゆる野心も欲望もが虚無なることを示すものである。すなわち、王であれ物乞であれ墓に入ればおなじことなのである。ありうべき平等の規範から逸脱されている場合は、このような仕儀にて「第一動因」を扱わねばならない。アリストテレスは、かような本義について「汝の石の構成は完全なる均等なるべし、無益な争いは避けられねばならぬ」と記している。我々の列挙したあらゆる色彩を、各々の適正な序列に従って現出させよ。自然がみずから望むままの生成過程をもたらすべし、かくして、この甚だしく多彩な色彩のなかに、汝が探し求める色に似た唯一のものが優勢となってゆく。以上のごとき仕儀が、色というものを己の指標に役立てるということである。色については更に語るべきことがある。しかし、如何にして遙かなる色彩の変化にて「第一動因」をそれと認めるかという、汝の目的にかなう記述はこれまでに充分なされ私の義務は充分に果たされた。もちろん、かように構成要素も少なく単純でありながら、永久不変の白さに到達する最終段階までに我らの石がみせるこれほどの色彩の変化については、学識ある者であっても不思議に思う向きは少なくなかろう。だがこの神秘は僅か数行に説明できることである。これらの色彩はマグネシアの資質に因っており、その性質は、水晶が元に置かれた物質のあらゆる色を映し出すごときもので、いかなる形姿や配合にも変成することができるのである。それ故、「ただひとつのものの奇跡を起こして神は、ただひとつのものからあらゆる驚異が産まれいずるよう定めた」というヘルメスの言辞はまさに至言である。だからこそ、通俗の自然学者にはこの有徳の石を見出すに至ることができなかった。石は彼らの理解を超越していたのである。

ハーブ、薬草についてはコレマタ深い世界。その風味や香りには、劇的ではないにせよ、確かに一定の効果がある。気分転換にアロマ・オイルを使う、なんていうとオシャレさんみたいだが、けっこう数種類、常備していたりする。なるほど、こういう「自然療法」的な効果のあるエッセンス抽出の歴史もまた、錬金術的といえばそうだ。しかし、ちょっと検索したところでは、その種類とか効能、楽しみかたのような情報には事欠かないようだが、「根」がどうとかいう、育成に関する情報まではなかなか出てこなかった。今後の課題。(東邦大学メディアセンター「薬草園の世界」薬草植物一覧表調剤薬局日記「薬草&ハーブ」の頁
■スミレ草:(wiki項目に加筆。画像は植物の写真を沢山とってらっしゃる「春花秋遠・冬鳥夏叢」さんより拝借、もとのページには美しい写真がたくさんある。)スミレの仲間は現在盛んに種分化が進行していると考えられるため非常に変化が激しく、日本では各地の変種や色変わりをも含めて、学名があるものが250もある。分布は沖縄から北海道までの全土に渡り、各地に固有種がある。道ばたや野原に咲くものもあれば山奥の渓流のほとりに咲くもの、高山のお花畑に咲くものまで様々である。日本では野の花の代表のように見られ古くから親しまれた。世界中には様々なスミレがあり園芸用に栽培されているものもまた多数ある。日本の園芸用語として小型の物はヴィオラ(viola)の呼称で呼ばれることがある。欧米ではパンジー以上にヴァイオレット(ニオイスミレ)が栽培され香水や化粧品に加工される他観賞用植物としてもさまざまな品種が作出されている。スミレは山野でごく自然に見られるイメージがあるが、それ自体が人間との関わりの結果とも言える。スミレはかなり劣悪な環境下でも生える一方、周囲の草が濃く草丈が高いと生えにくい傾向がある。そのため人の手の入りやすい野原や登山道脇などが生育に適した環境になる場合が多い。これが、我々の目に触れる事が多い理由の一端である。絶滅が危惧されているスミレの仲間に関して各地で保護活動が行われている理由の一つにも、このような性質がある。
■スカモニア:ひじょうに情報が少ないけれども、辞書的には「小アジア産サンシキヒルガオ属のまきつき植物。スカモニアの乾燥根。スカモニアの根から得た樹脂。下剤。」ということらしい。
検索すると出てくるのはサイト「バルバロイ」さんの「ネプゥアリオス『反発性と共感性との関係にあるものらについて』」という刺激的な翻訳文の一節で、画像もそちらのものをお借りしました。
どうやら、黄色いアサガオのような花をつける植物らしい。
こちら「バルバロイ」さんギリシア古代哲学の文献を翻訳されているようでエキサイティング。思わず『ヘルメス文書』についての項目に熱中してしまう……。
■月桂樹:(またwikiを加工、画像もwikiから拝借。)学名 Laurus nobilis はクスノキ科の常緑高木。葉は香辛料として用いられる。芳香があって古代から用いられた。ギリシャ神話のアポロンとダフネの物語に由来しギリシャやローマ時代から神聖視された樹木の一つ。古代ギリシアでは葉のついた若枝を編んで「月桂冠」とし勝利と栄光のシンボルとして勝者や優秀な者達、そして大詩人の頭に被せた。葉、実は、それぞれ月桂葉、月桂実という生薬名を持つ。月桂樹の葉に含まれるシネオールという芳香成分は蜂さされやリューマチ、そして神経痛などへの効果があるとされている。シネオールは唾液の分泌を促進するため、食欲の増進や消化を助け、肝臓や腎臓の働きを活発にすると言われている。また葉には穏やかな麻酔作用もあるとも言われる。欧州の伝承療法では、毎朝2枚の月桂樹の葉を食べることで肝臓を強くすることができるとされている。水はけの良い土を選び日当たりの良い場所で育てる。枝が伸びやすいので適度に漉かして内側の風通しや日当たりを良くしておく。これにより病害虫の発生も抑えることができる。乾燥にも強く、枯れたように見えた場合でもバケツなどに水をはって一晩漬けてから土に植え替えることで新芽が出る。

さて、ここで重要なのはハーブの話ではない。これまで何度も言われてきた「第一動因」の有り様は「地・水・風・火」のどれでもあってどれでもなく、「乾・湿・冷・温」のあらゆる特性を内蔵した、すべてのきたる原因、なのであった。そして、ここらでちょっと「錬金術思想のもつ社会変革への夢」のテーマにもなるような記述が出てくるが、「あらゆる人間の身分も立場も、死という平等原理をまぬかれることはない。これが、人の世に高級な法を布く神の手段であり、あらゆる野心も欲望もが虚無なることを示すものである。すなわち、王であれ物乞であれ墓に入ればおなじことなのである。」というくだりは「ダンス・マカブル」を思わせる。こういうサイトで話題にすると「黒の過程」とゴッタになってしまいそうな気もするが、契機、連想の範疇くらいのもので、まったく、とはいえないが、ソウ深く関連させるものでもない、と思う(なんだそりゃあ)。ただ、この文面のすぐ後の部分から「におい」に関する記述が始まり、そこではちょっとコレと関係ありそうな、連想働いてそうな「メメント・モリ」の風情もあったりする。
中世の怪物やダンス・マカブルの画像いっぱい「Medieval Macabre」
それから、最後のところでまた「マグネシア」が言及されて、なぜにこんなにイロイロな色彩が現れるかについて「これらの色彩はマグネシアの資質に因っており、その性質は、水晶が元に置かれた物質のあらゆる色を映し出すごときもので、いかなる形姿や配合にも変成することができる」という比喩が出てくるが、この辺は前回でてきた「光学」の趣味に結びつけてもよい気がする。遠近法や鏡、光の科学には、人間の自意識を刺激する、あるいはソコから極度に鼓舞されたところがあるようにも思える。
バルトルシャイティス著作集2『アナモルフォーズ』
バルトルシャイティス著作集4『鏡』
真贋のはざま」内「鏡――見る者が創り出す不思議
画像の元ページ「The Wavy Face of Light: Darkness, Shadows, Colors and Fringes」も面白い。