夢 file7-no.12

多分卒業式だ。君は卒業式の中にいる。周りは奇妙に歪んでいて、ぼやぼやしているけれど、これは卒業式。
君は退屈だと感じる。だって、ステージ上の校長先生の話はまるで火星からの通信みたいにブレているし、君は3年B組だかC組だか知らないがとにかくナントカ組の列の最後尾にいる。そして、体育館は人の発する熱と窓から差し込む春の日差しでゆらゆら揺れている。全てが退屈に結びつく。
急に後ろのドアが開き、テレビや映画でよく見かけるアイドルが入ってきたので、君は「なんだ。これは夢か」と納得する。そう、夢だよ。これは夢。ここは夢。
君はそのアイドルのことを特に好きだと思ったことはなかった。だから、夢だと分かってからもちょっと不思議に思う。寝る前に彼のことを考えたりもしなかったのに、どうしてあたしの夢に出てくるんだろう、と不思議に思う。だけどこれは君の夢であって、そうじゃない。夢なんてものはいろんな所に繋がっていて、君が見ているこの夢が、誰かの夢に浸食していたり、逆に君の夢の中に誰かの夢が入り込んだりもするんだ。つまり制御は出来ないんだよ。夢には脚さえあるからね。君はただ夢に乗っているしかないんだ。手綱もあるにはあるけれど、やんちゃな君の夢を支配するにはとても役不足だ。
「さあ」とそのアイドルが言う。君にだよ。もちろん。君の夢では大概君が主役だもの。
「さあ早く」とアイドルは君の手を取る。
「僕と一緒に抜け出すんだ」
君は言われるままに彼と一緒に退屈な体育館を出る。結婚式で、突然入ってきた男に奪われてゆく花嫁のようだ。鐘がなり、体育館の外は桜咲くヴァージンロードみたいだ。彼と君は夢中で走っている。渡り廊下を抜け、校舎の中を通って、正門をくぐり抜ける。正門は紙で作った花で飾られている。『卒業式』と書いた看板がある。日の光が眩しくて、まつ毛がチラチラする。君たちは商店街を走る。コロッケの揚がる匂いがする。お腹が減ったな、と君が思った瞬間、アイドルは立ち止まり、振り返って君を見る。君は汗だくで笑いかける彼を見て、鼻が素敵、と思う。彼の鼻はとても立体的なのだ。
「疲れたね」彼は言い、そこでエンドロール。続きが気になるけれど、急に終わるのが夢なんだ。

ベッドで目を覚ました君は、彼の鼻を思い出してちょっと笑う。走ったから、すこし疲れている。
とにかく、おはよう。今日はいい日になると思うよ。