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Chikirinの日記 RSSフィード

2009-05-31 違和感のあった広告記事ふたつ

5月29日の日本経済新聞に一面&見開き2面をつかった広告記事がふたつあった。広告不況、特に新聞はひどいので、広告掲載料はかなり下がっているとは思いますが、それにしても今時、そんな予算使うのって誰?というと、消費者金融業界と森ビルさんでした。

どっちの広告も直感的な違和感を感じる内容だったので、自分用のメモを兼ねて書いておくです。


「日本経済にノンバンクは不可欠」という広告記事。

ご存じのように、消費者金融に関しては、多重債務問題、そして直接間接的に多くの自殺、刑事犯罪の原因となっていること*1が大きな問題になった。そしてこれらの抑止のために、二重金利の解消、総量規制などの「貸しすぎない」ための施策が法律で決められた。しかし、これにたいする消費者金融業界の反発は非常に大きい。

この広告記事の中で、慶應義塾大学法学部教授、弁護士の小林節氏と、政策研究大学院大学の教授福井秀夫氏が、ほぼ同様の主張をされている。

おふたりとも貸し金業界への金利規制、総量規制に反対の立場である。そして多重債務問題に関してこのふたりの学者が提案する解決方法は、業界規制ではなく下記だという。

多重債務問題にしても、究極の解決策として、破産制度がある。あるいは国の福祉(生活保護)に頼ればいいことだ。(小林氏)


本来、多重債務者対策が目的であれば、自己破産と生活保護で解決できたはずだ。(福井氏)

とのこと。


「多重債務問題」が、「自己破産」と「生活保護」で「解決」できるとお二人とも口を揃えてらっしゃる。業界からいくら講演料や研究費をもらってらっしゃるのかしりませんけど、一回「解決」の意味を辞書でひいたほうがいい。

勘弁して。


★★★


もうひとつは 両面をつかった森ビルの広告  20&21面

「空に希望を。地上に緑を。地下に喜びを。」というキャッチと共に全面にイラストが描かれている。

地球の地下に道路、電車、美術館や音響設備などの窓の要らない施設、大型小売店などの店舗、倉庫などをすべて移し、地上には空に伸びる高層ビルのみ。で、道路を含む交通施設や低層住宅が地表から無くなるので、地表が余っており、そこが公園とか畑になっているというイラスト。

これにより都会でも「職住接近」が可能になり、「縦方向での空間利用による都会と自然の融合」を実現すべき、というのは森さんが何十年も前から一貫して主張されている都市計画の根本思想だ。彼はこれしか言わないし、実際そういうのばっかり開発してる。そして今時こんな「自分の思想を紹介する」広告まで出している。


いいんだけどね。


彼が考える「自然」とか「都会の癒し」という概念が、ちきりんはやっぱり違うと思ってる。ちきりんは52階とかに住むことを「自然」とは感じられないよ。



そんじゃーね

*1:多重債務で困った人が強盗や振り込み詐欺などの犯罪に荷担する、という意味で。

2009-05-30 “下取りセール” そして10年

2019年の春。とある朝。学校に行こうと玄関で靴を履きながら、ちき子は深くため息をついた。靴箱からあふれ出したものすごい数の靴をかき分けながら自分のスニーカーを見つけるのに今朝も一苦労したからだ。「また増えたかも」とちき子は思った。昨日また父親がどこかから古い靴を持って帰ってきたのだろう。

「いつまで続くんだろ、これ」 ちき子は後ろ手に玄関のドアを閉めながら思った。どんよりとした曇りの日だった。一瞬、傘をもっていくことも考えたが、その考えは無理矢理に頭の中から追い出した。あの傘立てから自分の傘を探すという行為を想像してめまいがしそうになったからだ。

ちき子は思考をとめて春にしては肌寒い戸外に大股で踏み出した。「学校へ行こう!」と口に出して言ってみた。そうすれば少しだけ明るい気分になれることに、つい最近気がついたから。


★★★

思えば、あれが始まったのは2008年の年末だった。秋に起った世界規模の金融破綻のためにどの国も深刻な不況に陥っていた。日本も例外ではなく、派遣切り、雇用不安が喧伝され、人々の消費は一気に冷え込んだ。そこにイトーヨーカ堂というスーパーが実施したのが“下取りセール”だった。

自宅にある不要な衣料、雑貨などを下取りしてもらえるというこのセールは、家中に溢れる“もうおそらく一生使わないであろうもの”に嘆息しつつも処分のきっかけが持てていなかった消費者の購買意欲に火を付け、不況下に2割の売り上げアップという驚異的な結果を導いた。

この“魔法の売り方”を不振にあえぐ百貨店、アパレルメーカー等が見逃すはずはなかった。斯くして、2009年の春にはこの“下取り”セールは様々な業態、小売店に次々と普及していった。

婦人靴や男性用の革靴、鞄、傘や衣服、水着、鍋やフライパン、照明器具や空気清浄機、布団に枕・・・下取りセールはおよそ街で売られているすべてのものに適用が始まった。人々がどれほど、家の中に「要らないのに捨てられなかったもの」を“隠し持っていた”のかが、明らかにされた一年だった。


翌年にはさらにこの動きは加速し、人々はどんどん“下取り”に慣れていった。それはつまり“下取りをしていない店ではモノを買う気が起らない”という人が増えることを意味していた。ものを買えば包装してもらうのがあたりまえ、という感覚と同じくらい「モノを買うなら、不要品を引き取ってくれるのがあたりまえ」という常識が日本中に広まり始めた。

数年後にはどの店でもレジに並ぶ人はみな、二つの商品を抱えていた。ひとつはこれから買おうとしている商品、そしてもうひとつは「これから引き取ってもらう商品」だ。なかには、どちらの商品が売る商品で、どちらが買う商品なのかわからないくらい綺麗な商品を下取りにだす客も混じっていた。


下取りセールの拡大と定着は、不思議な現象を生み出した。住宅地のゴミの量が急激に減り始めたのだ。人々は不要品を捨てなくなった。いや、「益々捨てなくなった」というのが正確であろうか。今やなんでも引き取ってもらえるのだから、なにひとつ“ゴミ”と呼べるものはない。一部の地域ではゴミ収集は週に一日に減っていた。なにせ生ゴミ以外のゴミが全くでなくなってしまったのだから。

一方で地下鉄やJRは新たな悩みを抱えていた。朝のラッシュが今まで以上に混雑するようになったからだ。その原因は明らかだった。通勤する人々が手に手に「夕方買い物をする際に下取りにだす商品を家から持ってきている」からだ。

晴れているのに傘を何本も持って乗っている客もいれば(古い傘を5本下取りに出せば、新しい傘が1本半額になる!というキャンペーンが始まったばかりだった。)、風呂敷に包んだ鍋を網棚に乗せているOLもいる。サラリーマンはネクタイを鞄からはみ出すほど詰め込んで、電車に揺られていた。さすがに枕や毛布を持って乗り込む客は少なかったものの、毎朝ゴミ袋や手提げ袋に入れた衣料や雑貨が、大量に住宅地から都心の商業エリアに運ばれたのである。

また、新宿や渋谷など商業エリアのある自治体も困り切っていた。デパートや店が出すゴミが大幅に増えたからだ。今や居酒屋までが「文房具を一人十点まで下取りし、店で使える焼き鳥一串券を差し上げます」などというキャンペーンをやっていた。その居酒屋の出すゴミは毎日ゴミ袋数十個にもわたり、その袋の裂け目からは多くのシャープペンシルや使い込んだ定規、さらに危ないものでは折れ曲がったコンパスなどがのぞいていた。


しかし、本当に困った現象が起き始めたのはさらに数年が過ぎた後だった。“下取りに熱中する人々”が現れたのだ。きっかけは“下取り商品ドットコム”というウエブサービスだった。これは、自分が買いたいものを売っている店が下取りしてくれる商品を探すサイトだ。たとえば靴を買いたいと思っている男性。でも今のところ捨てたい靴はない。そんな場合、このサイトで“下取りに使える古い靴”を手に入れられる。

対価は“別の下取り可能商品”だ。たとえば、捨てたい靴はないけど、捨てたい鍋はある、というならこの鍋を出品することで靴を手に入れ、、、そしてそれをもって新しい靴を買いに行くのだ!!


また、あまりモノを持っていない若い人や留学生などは、様々に知恵を絞った。中国人留学生向けの生活マニュアル本には「日本には古品を持ち込め!」と指南してあったし、ネットで「僕は今度、鞄を買いたいのだけど、誰か下取りに出せる古い鞄を譲ってくれませんか?」と呼びかける若者も現れた。

目を付けた業者もいた。下取り品をポイントに換算し始めたのだ。下取りできそうなものをそのサイトに送ると、ネット上で使える“下取りマイル”というのがもらえるのだ。そして自分が買いたいものが出てきた時に、そのマイルで必要な下取り品を手に入れるのである。昔は飛行機会社のマイルを集めていた人のうちの何割かは、今では“下取りマイラー”に転向したといわれている。

また経済産業省も増大する“下取りマイル”の大きさに警戒を示し、下取りマイル仲買業者が潰れた際にも消費者が不利益を被らないよう、なんらかの法的規制を検討していた。



学校へ最後の角を曲がりながら、ちき子は思いを巡らせていた。父が下取り可能な商品を手当たり次第に集め始めたのはいつだっただろう?と。2年前か?それとも3年くらい前だっただろうか?

父は何事にもはまりやすい性格だった。“集める”という行為が純粋に好きだったのだろう。小さい頃は切手を集めていたとも聞いたことがある。それが最近は“下取り商品”を集めるために多大なる時間を割くようになっていた。

どこからもらってくるのか、ちき子の家には、将来の下取りに備えて集められた古い靴、破れた傘、ぼろぼろの文房具、焦げ付いた鍋、意味不明な量の衣服、などがストックされるようになっていた。もちろん家族は皆、父に助言した。「こんなに集めても、もう向こう数年は買い物に困らないわ」と「もうそろそろ下取り品を集めるのはやめましょうよ。」と。

しかし父は譲らなかった。「いいか、よく聞け。ちき子だっていつかは嫁に行く。その時に、新居にはいろんなものを買いそろえないといけない。鍋だって布団だって電気だってカーペットだっている。子供が生まれたら洋服やおもちゃ、文具もいるだろ。その時にこそこれらの下取り品が威力を発揮するんだ。わからないのか?」と。

ちき子はため息をついた。私はまだ14歳だ。お嫁に行くまでにいったい父はどれほどの下取り用商品を集めるつもりなんだろう。


ちき子の家は今やゴミ屋敷と化していた。人の良い父は下取り商品を集めていることを隠していなかったから、近所の人が不要品をよく持ってきてくれていた。「これをどうぞ。お役に立てれば嬉しいですわ」といいつつ不要品を持ってくる近所のおばちゃんが、ちき子はあまり好きになれなかった。「これじゃあ、うちはゴミ集積場扱いじゃない?」

思わず声に出してつぶやいてしまった。


その時、うしろから同級生のT子が明るい声をかけてきた。「ちき子、おはよう! 今の、お父さんのコトでしょう?」そうだ。T子は父のコトをよくしっている。なぜなら彼女の父親も少し前まで下取り商品のフリークだったのだ。それがある日、気がついたらしい。「要らないモノをひきとってくれるというから嬉しくて購買意欲が刺激されていたのに、今の俺は反対に“要らないモノ”を増やしているじゃないか」と。

「おはよう。そうね・・いいよね、T子ちゃんのお父さんは気がついたから・・」とちき子はため息をついた。T子はいった。「お父さんにも勧めた方がいいよ。うちのお父さんも“下取り中毒者”のための自助グループに通って初めて理解したんだから。あれは効果あるよ。」

「うん」とうなずくちき子を安心させるようにT子は言った。「うちのお父さんが“ちきおさんならきっといつか、わかる日がくる”って言ってたよ。」と。



そう言われてちき子は、父ちきおのやさしい笑顔を思い浮かべた。そして、もう一度大きく頷いた。「うん、ありがとう!」

いつの間にかどんよりとした空の雲に切れ目ができ、太陽の光がその隙間から差し込み始めていた。今日はいい天気になるかもしれない。



そんじゃーね。

2009-05-29 僕に正論は要らない

自分の人生がどうしてこうなってしまったのか、僕にもわかりません。自分なりに一生懸命やってきたつもりだったのに・・


就職活動の時、社会に出るのはすごく不安だった。大学に入った時もそうですけど、僕は友達を作るのが苦手です。新しい場所になかなか馴染めない。朝、大学に行っても、どこにいけばいいのか。それがわからない。だから行かなくなっちゃいました。そして、留年しました。

もちろん授業があれば教室に入ればいいんだけど、みんなあちこちに座って楽しそうに話をしてるでしょ。僕はどこに座ればいいんだろうって。わからない。一人で座ると、みんなが僕のことを見ている気がするんです。あいつ、また一人だな、って。そう言われている気がして。


授業が終わった時もそうです。忙しそうにすぐに出ていく人もいるし、その場で友達と話し始めて熱心に相談してるグループもある。僕は、僕はどうしたらいいんだろう、っていうのがわからない。立ち上がって出て行こうか。授業は終わったんだから。でも、教室を出てどこにいく? 学食? 売店?

どこに行っても風景は同じです。みんなグループでなんだかんだ話してる。とても忙しそうなんです。僕はどこに行けばいい?


3年になって研究室に入ってから、少し楽になりました。研究室だと人数も少ないし、先生もひとりひとりに対応してくれるから。学部生とはいえ理系だから論文を書かないといけないし。それは個別に指導してもらうわけだから、僕も先生と個別に話す必要があります。

僕にも初めて大学で“用事”ができたんです。“話す人”ができたんです。だから、学校に行っても迷わなくてよくなった。今までは、学校に着いたとたんに「どこに行けばいいんだろう?」って思ってた。でも研究室に入ってからは、それがなくなりました。「研究室に行けばいいんだ」って分かったから。

それまでは誰かに「おお、久しぶり、どこ行くの?」って声を掛けられただけで、すごく困ってました。どこに行けばいいんだろう、どこに行くっていえばいいんだろう、って。

何気なく声をかけてくれた人が戸惑ってしまうくらい、僕は緊張してしまう。でも研究室に入ってからは全然困らなくなりました。「ああ、これから研究室に行くんだ」って言えばいいんですから。


話を戻しますね。3年生の時、就職をするか院に進むか、みんな進路を決めるんです。僕は最初、大学院に行こうと思ってたんです。大学に残って研究者を目指したいって思いました。最初にも話したけど、社会に出るのは怖かったです。僕なんて全然やっていける気がしなかったです。だから院に行きたかった。

でも先生に相談したら、就職の方がいいんじゃないかって言われました。大学院に行っても今は食べていくのがすごく大変だって。アカデミックポストはすごく限られていて、進学しても仕事が見つからないよって。

それはそうだと思うんです。僕もそういうことはいろいろ聞いて知ってました。でも、僕が聞きたいのはそんな正論じゃないんです。大学院に進めば、まだ当面は先生に指導を受けながら生活できます。それは僕にとって、次の5年間、自分と向き合って話をしてくれる人を確保できる、ってことを意味してるんです。

近所の人や、高校の時の同級生に会った時に「どうしてるの?」って聞かれたらすぐに答えられるでしょ? 「電子回路の研究をしてるんだ」「今から大学に行くところなんだ」って。

大学で誰かに会っても「研究室に行くんだ」と言えばいい。もう、怯えなくていいんです。誰かに「どこにいくの?」「これから何するの?」って聞かれた時に、どう答えればいいか分からなくて不安になる必要がなくなる。


先生は「進学しても就職できない」と言ってたけど、そんなのわかってたし、寧ろその方がいいじゃないかと思ってました。だって大学院を出たり、博士号をとっても就職できない時代なんだから、僕が就職できなくても、僕のせいじゃないでしょう?

みんな、「ああ、今はアカデミックポストが限られていて大変だよね」って言ってくれる。実際先輩を見ているとそんな感じだった。


アカデミックポストが手に入るのは、先生みたいにお父さんも大学教授だったとか、東大を出てるとか、そういう人だけなんです。それか、もちろん天才みたいな人とか。

僕なんか、僕のレベルの大学なんかで博士号を(もちろん、もしもとれたら、ですけれど)とっても、就職できないのはわかってました。

でもそれでいいと思ったんです。だって、最初から就職するのが難しい道を選んでおけば、就職できないのは僕のせいじゃないんだから。


先生の言うことは正論でした。僕のためを思って言ってくれたんだと思う。就職するべきだって。だけど、僕に必要なのはそんな正論じゃなかった。

僕は、僕を守ってくれる何かが欲しかったんです。僕を守ってくれる“立場”というか。昔だったら母親とか、高校だと担任の先生とかがいるでしょう?

研究室に入ってからは“指導教官”が僕にとってそういう人だった。僕にはそういう人しかいなかったんです。だって友達なんてどうやってつくったらいいのか、わからないんですから。


最初の会社は、先生が見つけてくれました。こういうところを受けてみろって。学校にきていた資料から見つけてくれたみたいです。合格するって思いませんでした。こんな人間を採用する会社なんてないですよ。だから、ありえないって思ってた。だけど合格しました。内定がでたんです。

もしかしたら、先生が別の、化学の先生とかに頼んで推薦をしてたのかもしれない。デキる学生との抱き合わせ推薦だったのかしれませんね。そうじゃないと僕なんか内定しませんよ。

先生は・・・僕を大学から研究室から追い出したかったんだと思うんです。僕みたいなのにこれからまた何年もつきあうなんてうっとうしいなって思ったんじゃないか。そんな気がしました。

僕は、勧められたから就職活動をしたけど、でも本当は大学に残りたかった。だからどこも内定しないでもいいやって思ってました。その方がいいなって。

でも内定しました。先生が裏で手を回したからだと思う。なんでそんなことをするのか。僕を追い出したかったんだな、ってことしか思いつかないですよね。


仕事は、勉強したこととは全然ちがっていて。工場で不良品の検査とかをする仕事です。

なんか、よくわかりませんでした。これを僕がやってるって意味が。それに、会社って大学より面倒なんです。大学だったら誰とも話さなくても、一人でご飯たべてても何にも言われないでしょ。でも、会社の人ってすごくうるさいんです。

部署の人が、みんな一斉に昼ご飯を食べるし。同じ食堂で。それで皆、なんだかんだ話しかけてくるんです。僕は全然、話しかけられたくないのに。

「週末は何してたんだ」とか聞かれるのは最悪ですよね。別に何もしてないし、なんでそんな僕をいじめるような質問を、みんなでご飯を食べている時に聞く必要がありますか?

学食みたいに広ければ、離れてひとりでぽつんとご飯を食べてればいいけど、社食ってすごく込むんです。逃げる場所が全然ない。地獄みたいでした。


辞める理由があったと思うんです。僕の勉強したのは電子回路で、仕事は食品関係です。全く関係なかった。だからそれを理由にして辞めればいいと思った。だって、学んだコトを活かした仕事をしたい、っていうのは変じゃないでしょう?

だから先生に相談したんです。そしたら「辞めるな。頑張れ」って言う。「そんなにすぐに辞めたら誰も雇ってくれないぞ。これから大変になるぞ。」って。「少々、学んだことと違う仕事でも、やっている間におもしろくなるかもしれないだろ」って。

また正論です。


馬鹿げてますよね。僕は元々大学院に残りたかったんです。先生が勧めるから就職した。でも就職してみてダメだとわかったら、戻ってくるのが当たり前でしょう?

僕は先生が「そうか、すまん。就職を勧めて悪かったな。わかった、大学院に戻ってこい」って言ってくれると期待してた。だから辞めたんです。会社を。


でも、そうはならなかった。だから僕は言ったんです。「だって電子回路の勉強をしたのに、食品の会社の仕事なんてやっても意味がない」と。

だって、これが“僕が辞める理由”ですから。母にもそう言ったし、他の人にもそういいました。だってこれなら“言える理由”でしょう?


そしたら先生は・・・電子回路も扱っているメーカーを、っていうか町工場みたいな会社ですけど・・を紹介してくれました。でもそれは僕が期待していたこととは全然違いました。僕が期待していたのは「わかった、院に戻ってこい」っていう言葉だったのに。

なんでそう言ってくれなかったか。よくわかりますよ。だって、僕だってイヤですよ。僕みたいなのにつきまとわれたら。うっとうしいじゃないですか。こんな暗い奴。


後は同じことの繰り返しでした。ただ、条件はどんどん悪くなりましたね。もっと小さい会社に、もっと安い給料でって。最初の会社なんて今から考えると天国みたいでした。だって1ヶ月も研修がありましたから。小さな会社に行ってみて、びっくりしました。入社したその日から仕事、なんです。

同じことを繰り返して、結局バイト生活になりました。

全然食べていけないですよね。月に数万円しかもらえなくて食費にも足りないくらいでした。足りない分は母親が助けてくれてたけど、でもいつまでもそんなことしてたら情けないじゃないですか。

「大学院に行くから授業料を出して欲しい」なら言えるけど、だってそれなら恥ずかしいコトじゃないですからね。でも、働き始めているのにずっとお小遣いをもらうなんて。


先生はずるいです。大学院に残っても仕事はないっていう。それが僕を院に入れてくれない理由なんです。だけど、自分はちゃんと大学院に残って仕事を得ている。自分にはできているのに、どうして「お前にはできない」って言われないといけないんでしょう? おかしいでしょう?

もちろん、先生みたいになりたいなんて思っていません。生まれも違うし、頭も違う。先生はすごく明るくて、皆に好かれていて、学生からも人気がありました。

あんなふうに自分がなれるなんて思ったことは一度もありません。僕が望んでいるのはそんなだいそれたことじゃない。でも、自分ができていることを「お前には無理だから、別のところに行け」って言うのは、ひどいと思いました。そう思いませんか?

先月、最後の相談に行った時もそうでした。先生は僕にいいました。「すぐに辞めないで、もう少し頑張れ」って。先生は全然わかってなかった。だって、僕は頑張っていたのに。もう限界だっていうくらい頑張っていたのに。


わかっています。僕の人生が上手くいかないのは先生のせいなんかじゃありません。僕の、せいなんです。

でも、先生はバカですよ。先生は、僕を大学院に入れてくれさえすればよかったんです。仕事なんか見つからなくてもよかった。そんなことを心配してくれる必要はありませんでした。僕は、僕を犯罪者にしてしまった先生を、一生許せないかもしれません。





※このエントリはフィクションで、現実の事件とは一切関係がありません。

2009-05-27 韓国100年間の指導者達

韓国の盧武鉉元大統領が自殺だって・・、びっくりしました。

あの国は、大統領が退任後に逮捕されるのも珍しくもないし、時には死刑判決を受けたりもする国ですから、ちきりん的には逮捕が近いと聞いても「また?」って感じでした。

でもご本人にとってはやっぱり「我が国の慣習だから、退任後はとりあえず逮捕されるニダ」ってわけにはいかなかったんでしょうか。ご冥福をお祈りします。


で、せっかくなんで(?)「過去100年の韓国(朝鮮半島南部)の最高権力者」を年表諷にまとめておいたですよ。星がついているのが今回自殺した盧武鉉氏ですね。


f:id:Chikirin:20090527210426j:image:w450


なんか大変な歴史ですよね。100年のうち3分の1以上は日本に占領されてるし、その後は米ソの代理戦争で国土ぐっちゃにされて(青いところ)、そのうえクーデターによる軍事政権の時代(グレー部分)がまたもや3分の1を占める。

選挙で選ばれた文民の大統領はピンクとオレンジのところだけです。ちなみにオレンジが保守(対北強行=反共、親米)でピンクが革新(太陽政策、嫌米)政権です。


ふーん。


というわけで、建国以降の大韓民国の大統領に関して、就任の経緯、任期中の時代背景などについてごく簡単にまとめておいたです。


(1)李承晩 イ・スンマン 

1948年7月〜1960年3月(12年)・・・上の表の青いところ(その左の水色は米軍直接管理時代)

・就任まで:没落両班*1の家に生まれる。日帝からの独立運動に参加し逮捕、拷問などを受けて米国に逃れる。海外から独立運動をしていた。日本の敗戦を受けて帰国しCIAの支援で大統領に就任。共産主義のことも日本のことも忌み嫌っていた。*2

・退任:あまりにひどい不正選挙に怒りまくった民衆の民主化要求暴動にて失脚。すぐに米国に亡命。そのまま現地で死亡。

・在任中の歴史:日本から独立した喜びもつかの間、米ソの代理戦争に巻き込まれ、北朝鮮との朝鮮戦争で国土は壊滅的な被害を受ける。経済的にもアメリカの援助なしには立ちゆかない最貧国状態であった。


(2)尹普善(二文字目は本当は“さんずい”に“普”という字)ユン・ボソン 

1960年8月〜1962年3月(2年)

・就任まで:ソウル市長など一貫して政治家。国会議員による間接選挙で大統領に就任。

・退任:軍事クーデターにより失脚。その後も政治活動を継続するが朴正煕に勝てず。

・在任中の歴史:つかの間の民主化時代であったが、政界、財界は混乱を極めており動乱・政争の中でクーデターを阻止できなかった。


(3)朴正煕 パク・チョンヒ

1963年10月〜1978年7月(15年)

・就任まで:貧農の生まれ。満州国軍軍官学校出身。(←事実上、日本の軍人) 軍事クーデターにて権限を掌握し、その後、自ら大統領に就任。

・退任:最後の方は独裁者的になり、政敵はすべて粛正していた。そんな中で腹心の部下に暗殺(銃撃)される。(最後の方はアメリカとも敵対しており、アメリカの謀略説も流れた。)

・在任中の歴史:北朝鮮と対峙しつつも軍事より経済を優先し、財閥とタッグを組んだ強力な開発計画により“漢江の奇蹟”と呼ばれる韓国経済の大躍進を実現。*3この時期に北朝鮮との経済格差を逆転し、かつ一気に差を広げた。


(4)崔圭夏 チェ・ギュハ 

1979年12月〜1980年8月(1年弱)

・就任まで:両班の出で祖父は学者。京城第一高校や東京高等師範学校の英文科を卒業し、ソウル大師範学部教授、33年間の官吏を務めたエリート官僚。前大統領が暗殺されたため、棚ぼた繰り上げによって就任したが、リーダーシップは発揮できず。

・退任:全斗煥に事実上粛正されて退任。

・在任中の歴史:クーデターで政権を握る二人の軍人大統領の狭間で、戒厳令下、短期間だけの任期であった。光州事件も止められなかった。


(5)全斗煥 チョン・ドファン 

1980年8月〜1988年2月(8年)

・就任まで:陸軍士官学校卒の軍人。前大統領の暗殺に乗じ、再度、軍事クーデター(形式的には国会議員による選挙)を実施して大統領に就任。陸軍士官学校11期生を中心とする軍派閥ハナ会のリーダー。*4

・退任:民主化運動の高まりを受け、後輩に大統領職を譲り退任する。院政を行うつもりだったが、退任後、逮捕され死刑判決を受ける。(その後特赦)

・在職中の歴史:民主化運動に対して軍攻撃をしかけ多数の市民を犠牲にした光州事件の首謀者として悪名高い。就任後は経済成長に腐心し、高度成長政策を継続。


(6)盧泰愚  ノ・テウ 

1988年2月〜1993年2月(5年)

・就任まで:陸軍士官学校で全斗煥と同期。全斗煥時代の腹心。政権奪取の経緯については今、韓国ドラマで勉強中なのでちょっと待ってね!

・退任:任期満了で退任。その後逮捕され懲役刑 (その後特赦)

・在職中の歴史:ソウルオリンピックの開催など先進国の仲間入りを果たした時期。ただ大韓航空機爆破事件が起るなど北との関係は未だ緊張したものであった。


(7)金泳三 キム・ヨンサム 

1993年2月〜1998年2月(5年)

・就任まで:政治家。政党党首として活動。久しぶりの文民大統領として選挙で選ばれる。

・退任:任期満了で退任。退任後は普通に生活。

・在職中の歴史:長く続いた軍事政権の後始末に積極的に取り組む。しかし経済は踊り場を迎え、アジア通貨危機に巻き込まれてIMF管理下におかれるという恥辱的な出来事が起り、人心を失う。


(8)金大中 キム・デジュン  

1998年2月〜2003年2月(5年)

・就任まで:長きにわたり民主化運動のリーダーとして活動してきたカリスマ政治家。朴大統領によって密使を送られ、日本のホテルで拉致されるなど常に権力者の迫害を受けてきた。戦後初めての「革新」政権の大統領として当選。

・退任:任期満了で退任。引退はしているものの長く強い政治影響力を持つ元老的立場でもあった。

・在職中の歴史:アジア危機から立ち直るため、IT戦略、サムソン電子などの特定産業の支援などを通じて韓国経済を立て直した、新自由主義的な構造改革リーダー。これにより韓国は一気にIT大国にのし上がったが、痛みを伴う改革により貧富の差も拡大。社会問題も大きくなった。

また建国以来初めて「米国離れ」「北寄り政策」=太陽政策、を採用し、平壌訪問と金正日氏との会談を実現。後にノーベル平和賞を受賞している。


(9)盧武鉉 ノ・ムヒョン 

2003年2月〜2008年2月(5年)

・就任まで:貧困層生まれ。苦学して弁護士となり人権問題、民主化問題に目覚め政界へ。インターネット選挙が盛り上がり、草の根選挙で支持されて選ばれる。(今のオバマ大統領選挙のようであった。)1946年生まれで「日本統治時代」を経験していない初めての大統領。

・退任:任期満了で退任。その後は田舎に帰り隠遁生活を送るも、政治資金問題で逮捕が近づき、自宅裏山で自殺。

・在職中の歴史:金大中氏の後継者であり、新自由主義的な政策、親北の融和・太陽政策を継承。一方で米国との関係は急速に悪化。国内の経済格差も大きくなった。アジアの韓流ブームもこの時代。


(10)李明博 イ・ミョンバク 

2008年2月〜現職(任期は5年)

・就任前:貧困層生まれ。現代建設で頭角を現し政界に転じる。あだ名がブルドーザーと呼ばれる土建屋タイプ。元ソウル市長。財閥企業で特進してきたビジネスの手腕を評価されて当選。経済の立て直しを期待されていたが、昨年からの世界経済危機で再びウォンが暴落し危機に直面。今後の経済的な舵取りが注目される。

外交的には10年ぶりに太陽政策を破棄。北朝鮮から悪党呼ばわりされている。



以上です。今日のエントリを書くに当ってこちらの書籍を参考にしました。

韓国現代史―大統領たちの栄光と蹉跌 (中公新書)

韓国現代史―大統領たちの栄光と蹉跌 (中公新書)



日本は世襲が多いけど*5、韓国のトップは「貧困層の出身」が多いですね!


そんじゃーですにだ〜




*1:李氏朝鮮時代の官僚階級。基本的には支配者層だが、日本の武士と同様、経済力は様々であった。

*2:この時代の話は“ソウル1945”というドラマに詳しい。

*3:この時代の話は“英雄時代”という韓国ドラマに詳しい。

*4:この前後3代の時代については、韓国ドラマ“第五共和国”を見ればよくわかる。
 
ドラマで学ぶ韓国現代史、ですね・・

*5:てか、今日の麻生総理と鳩山党首の党首討論なんて“大資産家同士の対決!”って感じでしたね・・

2009-05-26 要らないモノは要らない

ちきりんは混乱ラバーだと書いた。だから昨年の10月以降の経済混乱は、心躍るワクワクすることだった。なんだけど、あぁ結局たいしたことは起こらないのね、と最近わかり始めた。世の中はほんとつまんない。

混乱が好きな人はちきりんなどごく少数であって、他のすべての人が(オバマ大統領をはじめ)混乱を避けるために全力を尽くしているのだから当然といえば当然なんだろうけど。

でもさ、皆もう一度理解したほうがいい。いくら混乱を避けるためとはいえ、いくら失業を避けるためとはいえ、「要らないモノは要らない」ってことを。


ダイエーをなんだかんだとこねくり回して何が起ったか?結局は10年以上かけて解体しているだけだ。ものすごい額の税金を投入してね。*1

なんで経済産業省から再生機構から頭のよさげな人が*2あれだけ寄ってたかってダイエーが建て直せないか?


答えは明白だ。

「いらんから」でしょ。


ダイエーがないとものすごい困る、という状況じゃないのだ。大きいところはイオンで十分だし、他にも小売店はいっぱいある。「ダイエーが他社より価値ある会社である理由」が何もないのだもの。そんな会社はいくら財務的に助けても生き残れない。



同じことが世界規模で行われようとしている。一応チャプター11を申請したとはいえ会社自体は存続させる方向で進められているクライスラー。この会社ほんとに要ります?来週にはGMの帰趨も決まるだろう。ほんとうにこういう規模の、このタイプの会社がこれから世界に必要だろうか?

もはや世界で必要な車は、先進国で売られるエコ系の車と、途上国で売られる超格安の車だけとは思わないか?


日本も同じです。潰れそうな会社が3社寄って生き残れるってのは、どうやったら考えつくのかおしえてほしい。(ええっと、ルネサスなんとかっていう半導体の会社ね)

管理部門の重複が解消できてコスト削減になる?投資規模が大きくできる?

だからさ、、、言ってるじゃん。そういうのはすべて「必要な会社」がより強くなるための条件なのであって、「要らん会社」がコスト削減しても、なんの意味があるのかよくわからないだよ。


日本もアメリカも欧州も同じです。いくら再生だのファンドだの公的支援だのやっても、「存在価値のない会社が存在し続けるのは不可能」なのだ。これから向こう10年以上、先進国の人達が生み出す価値(お金)の多くが、これらの「要らない会社を救うために使われたお金」の穴埋めに使われる。

最・悪。



最近の動きを見ていると、ちきりんはつくづく思う。これって「先進国の世界が終わるってことなんだな〜」って。アメリカも日本も欧州もひっくるめて全部終わりなんだな〜って。


そういう意味ではパラダイムシフトは必ず起る。

なんだけど・・


とにかく早く見たいのよ!!

だって私は混乱ラバー!!!



あ〜あ。

そんじゃーね


*1:債権放棄をした銀行経由により税金投入

*2:ほんまにいいのかどうかしらんけど

2009-05-25 “安定的優遇度”計算方法

職業人生の「安定的優遇度」を簡単に計算できる判定表を作ってみました。サラリーマンや公務員などの勤め人向けです。

自分の“安定的優遇度”を知るためには、まず「基本ヒエラルキー表」から勤務先組織の様態を選んだ後、「雇用形態による掛け目表」から立場を選択し掛け合わせます。その後も該当する項目の掛け目をどんどん掛けていきます。(すべて掛け算です。電卓が必要かも・・)

みなさんも試してみてくださいね!


★★★

<基本ヒエラルキー表>

勤務先の組織をひとつ選んでください。


(1)東証一部上場企業・・・100%

(2)東証一部以外の市場に株式を公開している企業・・・80%

(3)株式未公開だが、(1)が株式の過半以上を直接保有する子会社・・・80%

(4)私立の学校、私立の病院*1・・・70%

(5)法律事務所・・・90%

(6)会計事務所、その他の“士”事務所・・・70%

(7)上記に含まれないすべての民間企業・・・60%

(8)行政団体(官庁、都道府県庁、市町村役所、日銀)・・・100%

(9)準公的団体(国立大学法人、特別行政法人、その他、特別法によって設立されている特殊方法人など)・・80%

※勤め人以外の方は今回の対象外です。


<雇用形態の掛け目>

(1)正社員・・・100%

(2)直接雇用の有期契約社員、期間工*2・・・40%

(3)パート、アルバイト(直接雇用)・・・30%

(4)請負社員、派遣社員・・・20%

(5)海外法人の現地採用社員・・・40%


<保守性掛け目1>

(1)設立が1975年以前である。・・・100%

(2)設立が1976年以降2001年以前である。・・・90%

(3)設立が2002年以降である。・・・70%


<保守性掛け目2>

(1)免許、許認可系インフラ業種である(電力、ガス、銀行、通信、放送等)・・・100%

(2)上記に当てはまらない業種すべて・・・90%


<保守性掛け目3>

(1)日系企業・・・100%

(2)米系企業・・・60%

(3)米系以外の外資系企業・・・80%


<存続可能性の掛け目>

以下の項目については、当てはまるものはすべて連続して掛けてください。


(1)過去5年ずっと赤字である(民間企業の場合)、過去数年は定員割れしている(大学の場合)、ここのところ財政再建団体への転落が懸念されている(地方行政団体の場合)、そういう団体の域内にある公的病院もしくは公的学校である。・・・60%

(2)中央官庁である。(統廃合や政治に振られて右往左往する可能性が高いため)・・・70%

(3)筆頭株主が投資ファンドである。・・・40%

(4)民間企業であるが、行政から補助金を受けている。・・・90%

(5)社長が行政と敵対している*3・・・80%

(6)社長がカリスマで、融資や取引の信用の大半は社長個人の存在感のおかげである・・・70%

(7)大きな声では言えないが、外部に漏れたら大スキャンダルになるようなことが内部で行われている。・・・50%

(8)過去10年の間に、株の買い占め、TOB、買収などの対象になったことがある・・・70%

(9)過去5年の間に、継続的かつ大幅に“ネット上のサービス”に顧客をとられている。(例:旅行社、新聞社、書店など)・・・50%

(10)過去数年の間に、みなし管理職問題、過労死問題、労働基準法違反などで訴訟になったり、監督官庁の指導、懲罰を受けたことがある・・・30%



以上です。




どう?

納得できるかんじ?


「婚活」なんかに使ってほしいな。「安定的優遇度60%以上の人を希望」とか。




そんじゃーね。


.

*1:勤め先として、です。開業医の話は除くです。

*2:ポスドクなど含む

*3:いきなり逮捕されるかもしれません。

2009-05-24 危険度の推定

先日書いた「インフルエンザの危険度」=「感染拡大度合い」×「毒性の強さ」という話に関して、そりゃそーなんだけど、でもじゃあなんでWHOはこういう基準にしないのかといえば、多分「毒性レベル」の判定がそんな簡単ではないってことなんでしょう。

この点はいろいろ報道を見ていて、「確かに難しいなあ」とちきりんも思った。ので、そのあたりちょっとまとめておくです。



先日のちきりん表の横軸には毒性レベルを表すものとして“致死率”を使ったけど、この“率”系の数字はこれに限らず扱いが難しい。

トヨタの売り上げが20%伸びたらすごいと思うが、始めたばかりのネット販売サイトの売り上げが80%伸びたからと言っても、前年がひどすぎるだけ?とも思う。

加えて“率”ってのは“分子”と“分母”で計算されるが、この二つは別の要素で動く。よくイチローが「打率はコントロールできる指標だから目標にできない」って言ってるのと同じ。


たとえば、WHOによると2003年以降の累計でH5N1型(鳥インフルエンザ)の感染者数は424人、死亡者数は261人。つまり鳥インフルエンザの致死率は62%。これが「鳥インフルエンザがやばい!」という理由の一つなんですが・・・うーむ。だよね。

通常の季節性インフルエンザは毎年、日本だけで1000万〜1800万人が罹患していて、亡くなるのが1万〜1.5万人くらい。こちらは致死率0.15%未満。この「424人」という数と「1500万人前後」という感染者数を同列に扱って致死率を比較し、“どっちが危ない”と本当に言えるのか。

どの国でも感染症を疑われて「亡くなったら」検査をするだろう。だけど一定レベル以下に貧しい国では高熱がでても病院に行かない人はいくらでもいる。鳥インフルエンザが強毒性であることを否定するわけではないが、その感染者数がホントに「424人」なのかってのは微妙なところだ。


これは今回の豚インフルエンザも同じ。メキシコは死者80名÷感染者4174名=1.9%と2%に近い。ところが次に死者の多いアメリカでは10名÷6552名=0.15%と致死率はいきなり10分の1以下になる。

なんでこんなに違うのか。ウイルス自体は遺伝子レベルで同一と判明しているわけだし。メキシコの感染者数の補足率が低いと考えるのが最もありそうな仮説ではあるまいか。


というか、今回のウイルスが(おそらく)実態以上に怖がられた理由はここにある。最初に感染が拡がった国が先進国じゃなかったから致死率が非常に高く出た、ってことだ。

メキシコでは病院にやってくるのは“死にそう!”になった人ばかりで、“寝てれば大丈夫”というレベルの人は“いつものように”病院なんか行かずに家で寝てたんじゃないかと。なので病院の中だけで見れば「ものすごい強毒性」という感じがしてしまったのかな、と。


怖れられている強毒性の新型インフルエンザは東南アジアからでてくるだろう、というのがおおかたの予想だと思うが、それだって実際以上に「すごい高い致死率だ!」と驚愕するような数字で登場するんじゃないかな。

上の例だと致死率6割ですからね。こんなのそのまま報道されたらパニックだよね。まさに殺人ウイルスって感じだ。

反対に日本みたいに熱がでたらすぐに病院にいくし、医者もすぐにインフルエンザを疑って検査するしタミフル使いまくる、みたいな国では致死率は他の国が参考にするのは危ないくらい低くでる可能性もある。(いや実際低いってコトなんだけど。)つまり「感染者数は調べれば増える、調べなければ増えない」ってことだ。


もうひとつ。悪名高き「スペイン風邪の死者が、1918年当時、世界人口18億人の時代に6億人が感染し、5000万人の人が死んだ=致死率8.3%」という話も解釈が難しい。

今と違って交通機関も発達していない時代にこれだけの感染をしたというのは驚愕だが、当時は今のような検査体制も治療薬もなかっただろうし、多くの人が医療のカバー範囲の外にいた。栄養状態、衛生環境も今とは全く違う。上下水道が整っている時代かどうかで感染症の広がり方が大きく異なるだろうと思うし、医療のレベルも違う。

結核も感染症だと思いますが、薬が手に入る前と後の致死率は大きく違うわけで。


つまり、致死率に影響を与える条件要素はいろいろあるってことだ。

たとえば、薬が効くか、予防接種が存在してるか、免疫のある人がどの程度いるか、などにより、最初のウイルスが同じであっても(同じ毒性であっても)、結果としての致死率には大きな差がでると思う。

今回も高齢者の患者が少なく、なんらかの免疫を持っている可能性が指摘されていたけど(昔流行ったインフルエンザと共通点があるからとか。)、たとえば特定の国の人だけがそういう免疫を持っていたとする。昔そのエリアで同じようなものが流行ったことがあるとかでね。

すると、もし次のインフルエンザがその国で流行った場合、その国での感染者数、死者数、その率、などは、必ずしも(免疫を持つ人がほとんどいない)他国では参考にならない。安心してるとひどい目に遭うかもしれない、わけだ。

★★★


というわけで、ざっと考えただけでも致死率に影響を与える要素として、


<ウイルス自体の毒性の強さ>

・H○N○型

・病気としての特徴、ウイルスの強さ(この辺、ちきりんはよくわかりません)

の他に、


<環境要因>

・時代(衛生レベル、医療レベルの違い)

・国の経済レベル1(平均値)

・国の経済レベル2(貧困層の数、率)

・発生時期(夏か冬か)


<治療体制>

・薬の有無と効果

・ワクチンの有無と効果

・免疫のある人の率


などがあり、これらが致死率を大きく(おそらく致死率の“桁”を)変えてしまう。致死率10%と1%って全然違うでしょ。1%と0.1%もね。でもそれくらい違う数字がでるわけですよ。いろんな外部条件によってね。


★★★

で、じゃあ危険度をどう表すのか、判定するのか。上記の項目をすべて取り入れた方程式を作って・・とか言ってると結局ごちゃごちゃになってしまう。と考えていて、ちきりん的に一番公表して欲しいと思うのは、下記のような事例の絶対数かな、と思った。


・先進国にずっと住んでいた人で(旅行者とかを除く)

・持病のない

・15歳以上60歳未満の人で、

・一般的な医療を受けた人のうち

・死亡した人の数


この情報の方がメキシコでの死者の数より参考になる。アメリカでも死者がでてるけど、確か最初の死者は“メキシコから帰ってきた赤ちゃん”と報道されてた。そりゃーねえ、と思う。NYで教師の人が死亡したらしいが、この人が健康体であったのかどうか(持病があったか)などが報道されてないので、解釈が難しい。

たとえば今回の豚インフルでは、上記の条件に該当する死者はひとりでもでているのだろうか?


実はこういう情報ってあまりないよね。季節性インフルエンザだって毎年1万人が日本で亡くなっている。多くは高齢者や持病のある人だと言われているけど、実際のところその1万人のなかに、上記の条件の人(健康体の成年で、ふつうに医療を受けていたのに亡くなった人)はどの程度いるのか?ってのはよくわからない。

ちきりんは別に「弱者が死ぬのは仕方ない」と言ってるわけではありません。ではなくて、「健康な成年が医療を受けても死ぬ」ってのは、レベルの違う危険だと思うのですよ。先日の表でいえば、横軸の右端の“E”に分類したいのは、致死率ではなく、そういう毒性なのかどうか、ということだ。

上に書いてきたように、致死率ってのは、文化や経済状態も併せた複合要因での“結果の数値”に過ぎないわけだから、“他への推定”の源として使いにくい数字だよね。根源的なウイルスの毒性の強さを表す数字じゃない。

本当は“根源的なウイルスの毒性”レベルがわかり、それに自分の国や個人個別のリスクファクターを乗せていって、それに応じてそれぞれの国や人が対策の判断をする、というのがいいんじゃないかと。

そしてその“根源的な毒性”を一番推定しやすくなる数字が「まともな栄養状態でまともな衛生環境に住む、健康な成年で、治療の甲斐無く死んだ人は何人いるの?」ってことかな、と。


こんなん知りたいと思うのは、ちきりんくらいなんですかね。まあ個人情報とかもあるんで公表しにくいのかもね。いずれにせよ今回の騒ぎはいろいろ勉強になることが多いです。



そんじゃーね。

2009-05-22 平民金子さんと・・・

Tシャツがお揃いだと気がついた。


これがちきりんのTシャツ↓ (しかも割とお気に入り)

f:id:Chikirin:20090522205116j:image


↓と、こちらでラケットでタバコ吸ってる人のTシャツ

http://d.hatena.ne.jp/heimin/20090517



そんじゃ・・・・ね。

2009-05-21 賢いか?定年ガイドブック

同じく旅行中に読んでいたもう一冊、週刊新潮のGW合併号の記事から“賢い定年ガイドブック”というコラムについて。そこでは、とある方が「賢い定年」を送っている例としてとりあげられていた。

その人は大手一流金融機関の広報部門に17年間在籍した人で、定年後にNPO法人を設立し、いろんな会社の若手広報マンに自分のノウハウを伝える仕事(半分ボランティア)をしているとのこと。


で、その人の言葉として掲載されているのが下記。

「新聞記者とのつきあいも、夜な夜な記者クラブに押しかけ“飲みにケーション”で信頼関係を築いていった。そんなゼロからの経験から、若い広報マンの悩みに応えたいと思っていたのです。」

・・・この人が若い人にどんなアドバイスをするのかが手に取るように分かる一文ですね・・・


他の箇所では

「まだまだ働ける。とにかく働けるだけ、働きたい。家内には、俺は死ぬまで働くと宣言した。自分には忙しいのがリズムになっている。回遊魚のマグロと同じで、泳ぎ続けないと逆に死んでしまう。」

とおっしゃっているので、そういう方なんでしょう。きっと子育ても親の介護も、そして自分の介護も全部“家内”がやってくれるんだろうな。



前にも書いたように、ちきりんは“ばりばり働く”ということ自体を否定するものではありません。

なんだけど、この人みたいに「働き続けないと死んでしまう」という人が、若い人もそういう働き方をすることを前提としてアドバイスしても、「私たちには同じことはできないっす。」という人も増えているんじゃないかなとも思う。

彼が「教えたい」という若手広報マンには「女性」も含まれているのだろうか?もしくは「共働きの妻を持ち、子育てや家事を分担している」という男性の若手広報マンは含まれているのだろうか?


いや、たとえ彼と同じような「家内」をもつ人であったとしても、「夜な夜な記者クラブに押しかけ“飲みにケーション”で信頼関係を築いていった。そんなゼロからの経験から」なにかを教えてもらって、それを実践することができるのだろうか?

別に彼が「毎日飲みに行け!」と文字通り若手に教えているとはもちろん思わない。記事を読むかぎり非常に盛況だ(相談が多い)そうなので、いろいろ役に立つ、より実践的な広報ノウハウも教えていただけるのだろう。

しかし、この記事全体から伝わってくる“この人が学んだコト”“自分の経験に基づいて教えてくれそうなこと”は、「まさしく定年した世代の人」のにおいがすることだよなあ、と感じてしまう。



こうもおっしゃってますよ。

「定年後、休暇をとったのは十五日だけ。「充電」なんてしてたらダメ。今の時代、三ヶ月も半年も休んでいたら、社会の動きから置いて行かれる。」

きっと働いていていた間も、休暇なんか全然とらなかったんだろうな。



充電ばっかりしているちきりんには、ちょっと遠い世界の人のようでした。そして同時に、こういう事例を「賢い定年ハンドブック」というコラムに掲載する週刊新潮も、ちきりんからは遠いところにある雑誌なのねと思いました。



そんじゃーね。

2009-05-20 「3つの偽り」 by堺屋太一氏

リーマンの破綻による金融混乱が続き、今年1−3月のGDPは(年率換算で)マイナス15%にもなると発表されてました。これでひとつ思い出した記事があるので、それについて書いておきます。

旅行中に読んだ週刊現代のGW合併号に堺屋太一氏が書いた記事です。関西出身、元通産官僚で作家、“団塊世代”の名付け親でもある堺屋氏は、ちきりんの尊敬&信頼する洞察家のひとり。今回の記事も“なるほど”ってことでちょっと感心しました。


今日の発表とも絡みますが、IMFが発表している今年の先進国成長率予想“米国はマイナス 2.6% ,日本がマイナス 6.2% ”という数字をあげて、「なぜ日本経済だけがこれほどの惨状に陥ってしまったのでしょうか」と問いかけ、その答えとして、「直接の原因は輸出の落ち込みですが、その背景にあるのは、官僚による「3つの偽り」の弊害です。」と指摘しています。


「3つの偽り」とは?


1.「偽りの自由化」


小泉構造改革で自由化が進んだと言われているが、進んだのは製造業と携帯電話業界、タクシー業界くらいです。本当に自由化が必要な21世紀の成長産業である、医療、介護、教育、農業などは一段と規制が強化されています。


ものづくりだけを自由化したので、経済全体が輸出依存型になってしまったのです。これは小泉改革が悪かったのではなく、その改革を中途半端に終わらせた官僚の罪悪です。

2.「偽りの国際化」


官僚は「日本は国際化が進んだ」と言い続けてきましたが、それはモノだけの国際化でした。その他の分野、たとえばおカネやヒトの国際化はむしろ後退しています。


たとえばブルドックソースやJパワーのケースのように、外資の資本参加をはねつけています。

労働賃金が高くて高齢化が進んでいるのに2008年に日本人の人口は純流出(入国より出国が多い)に転じてしまいました。これは先進国で唯一の現象です。特に注目すべきは、研究者や若者の流出が多いことです。

3.「偽りの成長」


2002年から2007年にかけて日本はいざなぎ景気を上回る長期成長を続けているといわれてきました。しかし実際には、世界経済の成長に引きずられて輸出が伸びていただけで、経済成長率でみてもG7の中で七等賞にすぎません。


また、15兆円の経済対策について、

しかもこの不況に対して、麻生総理は霞ヶ関に経済対策を丸投げしてしまった。大型補正予算は額こそ15兆円と巨額ですが、中身は各省官僚がこれまでやりたかった事業を持ち寄っただけ。メリハリどころか目玉の一つもありません。


(中略)


15兆円を有効に使えば日本の社会を劇的に変えることができます。たとえばリニアモーターカーを東京から福岡まで通すことも可能でしょう。世界最高の研究施設を10カ所造れます。未来に希望を抱けるような目玉事業を興すこともできるのです。


しかし今回の経済対策を見て、「これで世の中がぐっと便利になる、おもしろくなる」と胸を弾ませた読者の方はおられるでしょうか。


あと、官僚について至言だと思ったのは下記。

日本の官僚はおカネには清潔だが、権力には貪欲です。他人(民間)の仕事や暮らしを自分の思うままに動かしたいのです。


その後、現在の公務員制度改革が官僚によって「より、官僚に権限を集中させる仕組み」として作り上げられようとしている現状を説明した上で、

日本経済を疲弊させながら自分たちの権限拡大に邁進する官僚の暴走を止めるために、国民はどう対応していくべきなのか。まず読者の皆さんには、ふたつのことを肝に銘じてもらいたいのです。


ひとつは「官僚は偉くない」と認識すること。そしてもうひとつは、その官僚を変える公務員制度改革こそが日本を救うということをはっきりと知っておいてほしい。



ちきりんは、自分のブログの中で「世の中では何が起きているのか。世の中はどうなっていくのか。私たちはどこに向かうべきなのか。」ということを考え、書いていきたいと思っています。

(もうひとつは、「人間ってなんなのか。生きる意味って何なのか」みたいなこと。つまり、“社会”と“人間”がちきりんがブログで書いていきたいと思っていること、です)

また、それを「わかりやすく、インパクトと説得力のある文章として構成し、表現したい。」と考えています。

そんなちきりんにとってこの堺屋氏の記事は「お手本」のような文章だったので、今日は半分以上が引用というエントリになってしまいましたが、記録として書いておくことにしたです。



がんばろ! (堺屋太一氏は今 73歳。と考えるとちょっとメゲます。今の年齢でこんなレベルでは一生追いつけないってことかも、とも思う。でもあきらめたら進歩しないし、自分にだって何かがあるに違いないと信じて頑張ります。。。)



そんじゃーね!

2009-05-19 WHOちきりん新基準を発表!(ネタ)

インフルエンザの致死率等について調べていてこのサイトに来られた方へ:このエントリはネタです。内容的に信頼のおけるものではありませんので真に受けないでください。



他の多くの方と同様にちきりんも、、WHOのインフルエンザに関する感染のレベル分けである“フェーズ5”とか“フェーズ6”という基準を今回初めて知りました。それが下記なんだけどね。ご存じのように今はフェーズ5ですが、6への引き上げが検討されています。


f:id:Chikirin:20090519162152j:image


でもこれって、わかりにくくないですか?

なぜかというと、動物と人の間のインフルエンザ一般について書いてあるようで実は違うからだよね。鳥インフルエンザのように致死率がすごく高い、強毒性のものなら“レベル6”になったら本当にやばい。

だけど今はWHOの人達自身がこのフェーズについて言及する時には、常に断りの一言を入れている。いわく「これは感染のレベルであって、ウィルスの毒性を表すものではない。」って。

でも素人としてはそんなこと言われると「危ないんだか、危なくないんだかよくわからん」じゃんと思う。“最高レベルの6に引き上げ!”なのに“最高レベルといっても毒性のことじゃないからあわてるな”と言われると混乱しちゃうよね。


なんでこんなわかりにくいかというと、「感染のレベル」と「毒性のレベル」のふたつのかけあわせで「どんだけ危ないねん?」ってのが決まるっていうのに、今の基準がそのうちのひとつだけしか使用してないから、っぽい。


というわけで、ちきりんが「ふたつの基準」で作ってあげたよ。名付けてWHOちきりん新基準!!*1

縦軸が今のWHOの基準。これは今のと同じです。感染のレベルをフェーズ1から6までの6段階に分けている。次に、新設した横軸はウイルスの毒性の強さを表していて、AからEに分けてみました。季節性のインフルエンザや今のところの豚インフルエンザがB,香港風邪はC,鳥インフルエンザや昔のスペイン風邪は致死率2%とも言われてるので、最高レベルのE!って感じで。*2

なお、読み方は、“フェーズ1−B”というように2軸の組み合わせで表すことになります。

f:id:Chikirin:20090519162446j:image


これによると、今の状況は“フェーズ5−B”ですね。オレンジのマルを付けたボックスです。感染が拡がると“6−B”になるかもしれないし、豚インフルエンザが強毒性に変化すると“5−C”とかになるかもしれません。

この表では現在の段階である5−Bが一段上に移動しても大きな変化はありません(ボックスの色が同じでしょ)が、ひとつ右側に移動すると“色”が一段階濃くなり、これはちょっとヤバイってことがわかります。

つまりその意味するところは、「現時点で縦の軸(感染レベル)がどこにあるレベルなのか」というのも大事な点ではあるのでしょうが、加えて横軸「今回のはいったいどれくらいの毒性、致死率のウイルスなのか」ということを早期に見極めることも、対策としては非常に重要であるってことでしょう。


ちなみに今、関西でおこっている混乱は、“5−B”の事態にたいして政府や県・府が“5−E”の対策に走っているから起っているものです。今は縦軸しか基準が存在しないので、“5の事態が起こってるんだから5の対応をとっている”ってことなんだろうけど、実際には色の濃さが3段階も違うってのに同じ対策をとってるわけで、これじゃあ都市機能も麻痺するだすよ。


というわけで、ちきりんは個人的には今後はこの表を使うことにしたよ。



そんじゃーね。


*1:読み方は“ふーちきりんしんきじゅん” 意味的には“誰やねん・ちきりん基準”

*2:なお、豚インフルの致死率は今のところまだよくわかってないんだと思います。メキシコだけ異常に死者が多いですが、むしろ母数となる感染者の数の方が補足されてないだけ(病院に行ってない人がいっぱいいるでしょ)って気もするし、死者数はさすがに隠せないだろうけど感染者数は調べなければ増えないんで風評を怖れてのコントロールもあるかもだし。まあとりあえず、このあたりは仮置きで。なんせそもそもネタだしね。

2009-05-18 予行演習としての豚インフル

関西でいきなりの大流行。既に世界で4番目に感染の多い国になってるそうです。

で、前にかいた危機管理というエントリを思い出した。今回の豚インフルの流行はその時に書いた“リアルな予行演習”として非常に意味があるんじゃないかと思う。


今まで日本は“万が一の時の対応動作を決めておく”という準備をやっていた。それは「中国やインドネシアなどのアジア諸国から、強毒性の鳥インフルエンザがやってくる」というのを想定した対応マニュアルだった。

今回は、

・中国&アジアからではなく、中米&北米から(=日本から遠い)

・強毒性ではなく弱毒性の

・鳥ではなく豚インフルがやってきた。

こういう「ちょっと弱めの病気が」「遠いところから」入ってくる、というのは、本番への予行演習として非常に役に立つと思う。


今回はまだ感染流行の初期段階だが、それでも既にいろんな学びがある。たとえば・・


(1)ほんとに備蓄が必要なのは何?

前に農水省をちゃかしたエントリを書いたが、まず備蓄すべきは食料よりマスクと消毒薬だよね。

今や東京でさえマスクは品薄状態でなかなか手に入らない。「予防のためにマスクと手洗いを」と言われても肝心のその用具が入手できない。一方で日用品や食料に関しては入手困難な状態になるとは思えない。

家を出られなくてもネット通販でおおよその日用品も手に入るし、食料は出前も可能。都会では歩いて数分のところに24時間営業のコンビニもある。日本は水道の水も十分に飲めるし食料を備蓄する必要性がすごく高いとは思わない。

なんだけど、花粉の季節が終わったらいきなり店頭からマスクが消えるってのはいかがなものよ、と思う。厚生労働省はタミフルを備蓄するのも大事だが、まずはマスクがいつでも大量に流通させられるように準備させておくべきだよね。

というわけで、今回の騒ぎが収まってモノが店頭に戻ってきたら、まず備蓄すべきはマスク、消毒液、うがい薬などだと思う。一人暮らしの人、体温計持ってない人もいるでしょ。今のうちに買っておいた方がいいと思うよ。


(2)社会的な影響をどうする??

今は「机上で作った対応マニュアル」をそのまま発動している国&大阪、兵庫だけど、橋下知事も言ってたように、これ、ものすごい経済活動、社会活動への影響がありますよね。

学校もだが保育園が7日も閉鎖したら、一人親や共働きで子供を預けていた人は仕事に行けなくなってしまう。このご時世、そのせいで仕事を失うくらいの人がいてもおかしくない。

それにもし強毒性の鳥インフルがもっと大規模に、またもっと長期化して流行したらどうするの?冬の通常のインフルエンザだって2ヶ月くらい流行してるじゃん。鳥インフルが同じ状況になったら2ヶ月、学校を休校にするのかしら。

しかもそれが受験の時期だったらどーすんだろ?センター試験の実施日とかずらします??でもそんなの1ヶ月もずらしたら多分新年度に間に合わなくなるよね。年始年末だったら初詣の神社も閉鎖する?卒業式や入学式、マンモス大学の試験期間とかも。

実際、今回は上手く乗り切ってもまた次の冬に再流行する可能性は十分ある。夏の間にもうちょっと現実的な対応策を考えておかないとやばいよね、と多くの人が感じているのではないかと思う。


(3)保険的な考え方が必要でしょう。

これも前述の危機管理というエントリに書いたことだけど、“補償保険”的なものが必要だと思う。

既に関西ではいくつかのイベントが中止になっているようだけど、そのことによって経済的な損失を被った中小、零細企業はいったいその損失をどうするんだろ?誰も補填してくれないよね。

また、旅行会社は「神戸へのツアー中止」を検討しているし、いろんな会社が「関西出張の見合わせ」を決めている。韓国は日本を“危険エリア”に指定したし、他国では「日本への渡航自粛」を呼びかけているかもしれない。

当然、関西のホテル、交通機関への影響がでるだろう。日曜日にデパートにでかけたり映画に出かけたり、という人も減るでしょ。関西の修学旅行が一斉中止になったら?京都や奈良の観光業界も甚大な被害を被るだろう。

USJなどのような遊戯施設だって行政から「閉鎖依頼」がでてもおかしくない。そういう時、失われる収入は誰が補償してくれる?USJはともかく周辺の飲食店とか、潰れる会社とかでても不思議ではない。

特に小さな企業等に関しては、なんらかの補償制度か保険制度がないと、経済的な損失を最小化するために「開催&営業か中止&閉鎖か」という判断にブレがでると思う。今だって、行政が絡むようなイベントは中止されているが、ゲームセンターやスーパー銭湯的な施設など「学校より危ないんじゃないの?」っていう施設は営業を続けている。そりゃー閉められないよね、その損失とか考えたら・・


(4)医療体制は全然整ってないのね・・

神戸では既に“発熱センター”がオーバーキャパになってるらしい。高熱が出ている人が大挙して発熱センター周りでウィルスをまき散らしながら何時間も待ち時間を過ごしたら・・・流行の支援策って感じだよね。

たかだか百人単位の感染数の今でそんなだったら、千人、万人の感染者がでたらどーなるのだ?そもそも「患者は全員入院させる」って方針が無茶なのでは?とか思うよね。通常の季節性インフルエンザには毎年2000万人が罹患し1万人以上が亡くなっている。こんなやり方ではそういう規模の流行には全く対応できないよね。

また、少し前には東京の医療機関でいくつも「診療拒否」があったと報道されてた。これが強毒性だったら病院はいったい本当に患者を診てくれるの??


ん〜、こんな規模の流行で“いっぱいいっぱい”になっちゃう医療体制ってどうよ?本格的にもっと広く流行したらもう全く手に負えなくなることが“目に見えちゃった”という感じですよね。

タミフルや予防接種の開発もいいけど、本当はこういう状態になると一番役に立つのは「簡易検査キット」みたいなものですよね。難しいのでしょうがそういうのが開発されたらすごく効果がありそう。自分で鼻の粘膜をこすって液につけると数時間で、一定の判定ができるようなキット。簡単妊娠判定薬みたいなね。こういうのがあると、病気を疑われる人が外にでずに一定の判断ができるし、医療機関に押し寄せる人数が減らせる。もちろん(それ以外は)健康体の人のみ用となるのでしょうが。


といろいろ考えていると、今回の騒ぎも先日のテポドン騒ぎと同様、日本はちょっと騒ぎすぎな感じもする(=通常のインフルエンザと同じなのに何でこんなに騒いでるの?と思う)一方で、“予行演習”と考えるなら今のうちに騒いでおくのも悪くないかな、と思える。きっと今回の騒ぎから学びがあって、行政も企業も医療団体もいろいろ再検討し、対応マニュアルを更新するんじゃないかな。

そして、国民自身が「何が起るのか」「何をやっておくべきなのか」について事前に知れることも、とても意味がある。そういう意味では、ちきりんは今は東京だが、関西で働いている人、お子さんの学校が休校になって困ってるとかいう人達が、積極的にいろんな状況を発信してくれれば役に立ちそうに思います。


ふむ。とりあえずは弱毒性のが流行ってるうちにいろいろ勉強しましょうぜ。

ってことで。


そんじゃーね。





★★★

<関連エントリ一覧>


危機管理=http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20070801

感染症の社会面について=http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20090502


以下は“おちゃらけ系”エントリです。あらかじめご了承ください。

豚インフルエンザやば〜=http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20090427

豚インフルエンザに備えて=http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20090430

インフルエンザにしろ風邪にしろ=http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20090208

2009-05-17 満足度アンケートもね

旅行の話に戻ります。


先日の旅行では、

(1)王族の経営するホテル

(2)日本の化粧品メーカーが経営するエステ

(3)欧米ホテルマンが経営するホテル&エステ

の3つを利用したのですが、おもしろかったのが「顧客満足度アンケート」の違い。サービスを受けた後に記入する「○○は満足でしたか?」みたいなアンケートね。その、上記の3カ所の違いがおもしろかったです。



(1)の王族の経営するホテルではアンケートは求められませんでした。ホテルでもレストランでも全然なかったと思います。まあ王族にしてみれば「自宅に招いた客からアンケートなんかもらわないでしょ」ってことでしょう。


(2)の日本メーカーが経営するエステでは、最後の会計の後に「よろしければアンケートを書いていただけますか?」と依頼され、承諾して書き込みました。そしたら絵はがきセットを「アンケートを書いてくださった方へのお礼です。」と言って頂きました。


(3)欧米経営のホテルとエステはつい最近、ブランド名を変えたばかりのところでした。ここがなんだかすごくて、「すべてにアンケートが付いている」のです。

レストランの食事をすると請求書にアンケートが付いてくるし、エステももちろんだし、単にカクテルを飲んだだけのバーでもでてきます。

特に最後の日に日本料理レストランでビビンバを食べた時(←どこ行って何喰ってんねん?って感じですね。)は、請求書のホルダーにアンケートがついていたことは知っていたのですが(もういい加減面倒になっていたので)書かずにお会計をして立ち去ろうとしたんです。そしたら店員の方(現地の方)がわざわざ“すっ”っと再度そのアンケートを私の目の前に差し出すのです。

んで、まあ、わざわざ拒否するのもどうかと思ったので、ささっと書いて出てきたのだけど・・・


ん〜


と思わせられましたね。そんな強引に「顧客満足度」調べて、誰が満足するねん?と思いました。


サービス自体は(1)も(2)も(3)もそれぞれにすばらしかったです。なんだけど、敢えて言えば三番目のホテル&エステは「顧客満足度アンケートが多すぎでしょ?」ってのを“顧客満足度アンケートに書きたいくらい”に感じました。4時間のエステコースならともかく、単に一杯飲んだだけでアンケート書かせられるのってちょっと面倒ですよね。「顧客満足って何かわかってる?」って感じです。



でね、この違いが経営母体の違いとつながってるな〜と思ったんです。


(1)王族は顧客満足度アンケートなんかしない。

(2)日本企業は「丁寧に頼んできて」「お礼まで用意して」アンケートを実施。

(3)欧米企業は「極めて形式的に」「顧客満足度データを収集」している。


って感じかな、と。特に(3)はつい最近経営者が変わったばかりなので、すごく意気込んで「顧客の声を集めてすばらしいホテルサービスを実現するぞ!」とか息巻いているんだと思う。で、末端のサービススタッフが「顧客の声」を集めるのに必死になっている。

もちろんこれは末端の現地サービススタッフの責任ではありません。新たに経営者になった人、もしくはその人が雇った上部スタッフの方針でしょう。おそらく彼らは全然現場を見て無くて、アンケートがどういうふうに集められてるか気がついてない。ただ「分析できる現場の情報さえ入手できれば、サービス向上策、顧客満足度向上策が見えてくる!」と思っているんじゃないかな。結構笑えます。



というわけで、サービスってなにさ、顧客満足度ってなにさ、ってことについて、ちょっと考えたりもした旅行でした。


そんじゃーね。


(以前の関連エントリ:http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20080625 ・・ちょっと矛盾してる??)

2009-05-16 喧嘩できない間柄

世の中には「喧嘩できる相手」と「喧嘩できない相手」がいます。

私達は「喧嘩できない相手」との喧嘩を、無意識に避けようとします。


どういうことだって?


喧嘩できる相手、もしくは場合とは

(1) 喧嘩しても関係性が壊れない場合、と

(2) 喧嘩して関係性が壊れても問題ない場合 であり、


喧嘩できない相手、場合とは、

(3) 喧嘩すれば関係性が壊れ、かつ、関係性を壊したくないと思う相手や場合です。



たとえば、最も喧嘩が多いのは兄弟姉妹とか夫婦の間柄でしょう。なぜこれらの関係性において喧嘩が多いのか。答えは上記の (1) にあります。

そういった関係の場合、ちょっとくらい喧嘩してもその関係性が壊れることはありません。だから私たちは安心して喧嘩できるのです。


兄弟姉妹なんてしょっちゅう喧嘩してますが、翌日になればすっかり忘れたように仲良くなれる。

夫婦でも何度か大きな喧嘩があっても、たいていの場合は一度の喧嘩でその関係性が崩壊したりはしません。

人は「喧嘩しても関係性に影響を与えない」場合には、安心して喧嘩できるんです。

人が喧嘩するのは、その関係性にたいして“喧嘩しても壊れることはない”という安心感や安定性を意識下において感じているからだ、とも言えます。



もちろん夫婦でも (2) や (3) の場合もあります。「この喧嘩で関係性が壊れるかもしれない」と思う場合です。

そういう場合、人は瞬時に判断します。「自分はこの喧嘩で、彼、彼女との関係性を壊してもいいと思っているのか?」と。そして時には喧嘩を思いとどまる。

「この喧嘩をしたら関係性が壊れるかもしれない」と思う時、実際に喧嘩するのは (2) の場合のみ。

それはすなわち「今、喧嘩したらもうだめかもしれない。しかし・・・それでも今は怒るべき時だ!」と思えば喧嘩する。そして実際に関係性が崩壊する場合もあるでしょう。


反対に、「今喧嘩したら離婚に至るかもしれない。それはやっぱり避けたい」と思う場合は、人は無意識に喧嘩することを避けます。言葉を飲み込む。衝突を避けようとする。

たとえそれが一時しのぎの緊急避難策に過ぎないとしても。

そうして私たちは、“一度の喧嘩で壊れてしまう不安定な関係”への「決定的な一撃」をなんとか避けようとしてあがき、もがくわけです。


反対にいえば、「喧嘩もできないようになったら本当の終わり」なのだとも言えるでしょう。


★★★


今回の民主党の党首選。おもしろいのは、岡田氏と鳩山氏の戦い様です。


岡田氏は記者会見の中で問われた時、「ふたりの間の政策には大きな違いはない。」と答えました。

鳩山氏は自分が当選するや否や「小沢さんにも岡田さんにも執行部に入って欲しい。挙党態勢だ」と言いました。

そしてテレビの前で何度も何度も握手をしました。笑顔で。


ふたりとも、いや民主党の全員が、よくよくわかっています。

彼等の関係性は、ほんの少しの喧嘩で崩壊してしまう危ういモノだと言うことを。


自民党の総裁選で、安倍さんも麻生さんも小泉さんも、それぞれのライバルと戦って党トップの座を勝ち取りました。

その時には、それなりに「党内の熾烈な戦い」があったでしょう。レベルは全く違うけど、ヒラリークリントン氏とオバマ氏も激しく戦いました。


でも、岡田氏と鳩山氏はそういうふうには戦えません。

お互いの政策の優位性を叫ぶこと、相手との違いを明確に示すことさえできない。

その違いを浮き彫りにする議論自体が、民主党の未だ分裂した党情勢を如実に表してしまうことを恐れるから。


兄弟にしろ親子にしろ、絆が切れないと思うから喧嘩する。でも私たちはそんな簡単にご近所の人と喧嘩したりはしない。

ご近所とはこれからも長くつきあっていく必要があるのに、一度でも大きくもめたら、その関係が修復できないかもしれない。

子供の同級生の親御さんともそんな簡単に喧嘩しないでしょ。頭にくることがあっても、ぐっと飲み込んだりする。

人は、関係性を壊す可能性のある喧嘩にはとても慎重になるものなんです。

一回喧嘩したら修復できない溝になる、と思えば、人は喧嘩することをなんとかして避けようとする。


自民党は総裁選の時だけでなく、しょっちゅう喧嘩してる。派閥争いという形で。

小泉元首相の政策に批判的で、自ら後継総裁選に出馬して涙をのんだ高村氏は、高村派からまったく登用されなかった組閣の後に記者の前で悔しさを隠そうともせずに唸りました。

「うちの派閥にも多くのすばらしい人材がいるのに・・」と。奥歯を噛みしめ、悔しさを滲ませながら。

しかし鳩山氏にはそんなことは絶対にできません。

自分が勝ったからといって、岡田氏を支持したグループを干してしまうなんて、決してできることではない。


自民党には、喧嘩をしても争っても自民党という絆は崩れないという自信があるんです。

喧嘩を繰り返す兄弟や腐れ縁の夫婦がもつような、強固で図太い関係性を彼らは築いている。


一方の民主党は、下手に喧嘩したらまた分解してしまいかねないと、彼等自身が本気で心配してる。

そういう事態になることを、心の底から恐れ、怯えてる。そして、必死の形相で「喧嘩を避けよう、仲良くしよう」とする。その姿は見ていて痛々しいほど。


この組織としての脆弱さこそが、国民がこの党に政権をゆだねてよいのかと逡巡する、大きな理由になっている。


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そんじゃーね



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2009-05-15 “日本の便利”をもっと世界に!

海外旅行をすると日本の便利さを痛感することが多いですよね。特に水回りの設備については圧倒的です。


まずは「洗浄機能付き便座」。ようやくアジアの高級ホテルで見るようになってきましたが、欧米ではまだほとんどないですよね。

マドンナが来日した時にホテルで使用し、「この便座を外してアメリカに持って帰りたい!」と言ったらしいですが、使えば気に入るのは欧米人も同じだと思います。なのになぜ全く普及しないんでしょう?TOTOとINAXの営業力の問題?ちょっと不思議です。

いずれにせよ、まずは使ってもらうのが一番と思うのですが、来日した外人客もよくわからないから(ホテルのトイレについていても)使ってないように思います。

いきなり欧米の市場で普及させるのが難しいなら、せめて来日した人には使ってもらえるよう、一流ホテルのトイレには「使い方」を英語など外国語と絵(!)で書いた説明書を目立つように置いておけばいいんじゃないでしょうか?


その説明書には、

「日本はおしりを洗う国!」とか、

「洗ってジャパン!」

「まさか、まだ紙を使ってます?」

などのキャッチコピーをつけて、派手にマーケティングすればいいのにと思います。


★★★

さらに「洗い場付きのお風呂」ももっとアピールすべきです。格安のビジネスホテルがスペースの節約のためにユニットバスを使うのはわかりますが、巨大なバスルームをもつ一流ホテルでさえ、欧米では「バスタブ+(それとは別の場所に設置した)シャワーブース」という組み合わせです。

せめて日本にある一流ホテルは、「洗い場付きのお風呂」(もちろんシャワー付き)を設置し、もっと積極的に外人宿泊客にアピールすべきじゃないでしょうか?

「バスタブで暖まる」「シャワーで洗う」という組み合わせが自在にできる「洗い場付きのお風呂」を便利と思うのは決して日本人だけではないでしょう。また、バスタブを使ったらトイレまで湿気だらけになる西洋諷のバスルームを彼らが“すごく快適”と考えているわけでもないように思います。

こういうと、「欧米人はそういうお風呂の入り方はしない。」と言う人もいますが、「あのお風呂の便利さ、気持ちよさ」が伝えられれば、変わる可能性は十分あると思います。二十年前には欧米人にはイチイチ「ナマのお魚は食べられますか?」「お箸は使えますか?」とか聞く必要がありましたが、今や寿司ほど海外で食べられている日本食はないし、お箸だってみんな上手に使います。人間は「うまい!」とか「気持ちよい!」とわかれば、慣習を変えていくものなのです。

というわけで、オークラとか帝国ホテルとか「日本の一流ホテル」には、プライドを持って「日本にはもっと便利な形式の、気持ちいいお風呂があるんですよ!」という“押し”をしてほしいです。


★★★

あと、特に欧州では未だに「固定シャワー」をよく見かけます。欧米にだって背の低い人もいるだろうし、足だけ洗いたい時などにも超不便です。レインフォール型のシャワーなら固定でもいいけど(あれはアレでとても気持ちよいので!)、洗うためのシャワーとしては可動式の普及が強く希望されます。

また「混合水栓」ではない、お湯と水を別々に操作する水栓器具もみますよね。真鍮の水栓金具にタイルがついていたり、見た目はおしゃれで素敵なのですが、今時「湯」と「水」を別々に出して適温を調整するなんて面倒くさすぎます。


★★★


水回りではありませんが、「おしぼり」も世界に広まってくれたらいいなーと思うもののひとつです。飛行機内では、最近は日系以外の航空会社でも出てきますが、(アジアの一部を除き)海外のレストランでおしぼりが出てくることはほとんどないですよね。

食事前に手を拭くというのは極めて合理的だし、しかもパンを手でちぎって食べる国におしぼりがないのはすごく気になります。

「おしぼり屋」という、飲食店に毎日おしぼりを洗浄消毒して配布し、翌日には回収するという専門業者が日本ではどこの街にも存在してるわけですが、こういうビジネス自体が海外にはありません。おしぼりの普及に必要なのはおしぼりという“モノ”ではなく“おしぼり屋というシステム”だと考えると、あのシステムが海外に普及するのは難しいでしょう。でも最近は使い勝手のいい使い捨てオシボリもでてきました。これも是非広まって欲しいです。


★★★

それ以外にも、日本には便利でホスピタリティの高いモノがたくさんあります。

「郷に入れば郷に従え」という言葉もあるとおり、私も海外に行った時に「全く日本と同じにしてほしい!」とは思いません。けれど同様に、海外から日本に来た人には、より積極的に「日本という郷の慣習」に触れてもらい、「日本ならではの便利さ」を体験してもらいたいとも思います。

そういう意味では、日本にあるホテルがわざわざ「西洋風のバスルーム」を用意して海外からのお客様を迎える必要はないと思うのです。そういうことしてると「日本のすばらしきモノ達」が広まりません。

飛行機内のおしぼりサービスだって、「日本航空に乗った時に配られたオシボリがめっちゃ気持ちよかった!」という米国人顧客の声がユナイテッドやアメリカンに伝わって普及したのだと思いますが、私たちも「日本のコレってこんなに便利なんですけど!快適なんですけど!」と、もっと積極的にアピールすべきではないでしょうか。


そんじゃーね。

2009-05-14 満喫

前半のホテルのロビー

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お部屋のベッド前にある、床から天井までの巨大窓から。朝起きたらこの景色!

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下記は「ホテルのプール」ではなく、私が泊まった部屋についているプライベートプールなんです。

こんなでかいプールが部屋についてるなんて感激。森の中で泳いでいる気分になれます。

しかも毎朝、朝食を部屋まで運んでくれるので、プールサイドで泳いだ後に食べられる。

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エステルーム。真ん中のリラックスプールの向こうに“森林ジャグジー”(?)があります。

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どこに行っていたかは、このあたりの写真をご覧頂ければわかるかも。

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食べ物はこんな感じってことで。

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ラフティング怖かった・・

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↓ぎゃおえぇぇ〜↓

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棚田がすごく綺麗。

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稲穂の美しいこと

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満月のセレモニーの沐浴

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後半のホテルはモダン系

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この写真、下部がプール、上部が海です。プールを海に向かって泳いでいくとすごく雄大。サンセットもこの方向で見られるので“夕日に向かって泳いでる感じ”になれるです。

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こちらも海です。プールみたいに見えますね。

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こちらはまさしく海

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楽しかったです。

旅行中いろいろ考えることもあったので、明日以降少しずつ書いてみます!


そんじゃーね。


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2009-05-06 才能の枯渇

もうだめ。

もうなんにもおもしろいことは書けない。


だって、書くことを何も思いつかないのだもの・・・

以前は次々と湧き出るように頭に浮かんできていた「これを書こう!」というアイデアが・・・


もう


全然でてこない・・・





だから、



しかたないので、、、、





南の島でも行ってきます・・・・





昨年のGWの旅行の写真はこちら→http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20080507


行ってきま〜す。



じゃね!

2009-05-05 まだいける、と思ってた?

前に「最後通告は37歳」というエントリを書きました。

それは「将来が現在の延長線上にしか存在しなくなる」年齢であり、人生の再スタートができなくなる年齢だという話でした。

37歳まで“ぐーたら”だった人は“一生ぐーたら”だし、37歳までに決断できなかった人は、一生決断できない。それは、“今の自分とは違う将来や夢”を語ってもよい最後の年齢なのです。


若手俳優など芸能界のスターも、このあたりで役柄が変わりますよね。というか、変えないとやっていけなくなります。

元々が綺麗な人が多いし、メイクもメンテも完璧だからみんなとても若く見えるけど、それでも 37才を越えて、清純派女優、アイドル、わーきゃー騒いでるだけでかわいいタレント、的なポジションを維持していくのはちょっと大変になります。


演技力でもいいし、大人の色香や、司会者としての才能などなんらか別のものが必要になるでしょう。

また、芸能活動ではなく、レストラン経営やデザイン、グッズ販売などのビジネスに舵を切る人もでてきます。

スポーツ選手も同じでしょう。

30代半ばは明らかな体力の衰えを迎える時期。キング・カズみたいに「ずっとやる!」と決めるのも(彼のように断固たる意思を持って進むなら)ひとつの生き方だし、指導者を目指すもよし、完全に違う世界に入るのもあり、というところです。

いずれにせよ、30代半ばの“転換期”が乗り切れるかどうかで、後半戦の人生が決まるという大事なタイミングなのです。


★★★


この年齢での“転換”には、「主体性が求められる」という特徴があります。

タレントさんでも、10代で売り出した時は事務所の作ったイメージ戦略にのり、言われるままに歌ったり踊ったりしていればいいです。

ですが、30代半ばの転換期には、もちろんアドバイスをくれる人はいるでしょうが、基本は自分が舵を切ってどちらに進むかを決める必要があります。

これは会社員も同じです。

23才の新卒の就職時期には、周りが一斉に「はいっ!ここが転機ですよ!学生から社会人になってください。ここで一生が決まるからマジメにやってくださいねっ!」と号令をかけてくれます。

だからマジメにやっていれば時期を逸するということはありません。

でも、30代後半の転機は、誰も合図をしてくれないので、ぼーっとしているといつのまにか過ぎてしまい、あれっ?と思うと40代になっていたりします。


よく「新卒就職活動の一発勝負がよくない」といわれます。確かに就活の結果がその次の 10年、つまり 35歳くらいまでの人生を大きく左右するとは思います。

けれど、「大事な時期」はもう一度 10年後にやってくるのです。それは“最初の勝負”であった就活を上手く乗り切った人にもやってきます。


繰り返しですが、この“二回目の勝負”は、就職活動みたいに“全員で一斉に動く”イベントとは違い、誰もお膳立てをしてくれません。

だから「転機があること自体」に自分で気がつき、どう舵取りをするかを自分で主体的に考え、決断して動く必要があるのです。

本当にずっとこの会社にいていいのか?転職すべきなのか?等々、自分で意識して考えないと、多忙な日々を送る間に“ずるずる”37歳までの時間が過ぎてしまいます。


また、今まで成功していた人ほどこの転機のマネジメントは難しくなります。

就職活動時期が不況で“挫折認識”のある人は、ずっと「次こそは!」と思っているでしょう。

でも最初に上手くいった人は、リスクをとるのが怖くなります。そこそこ上手く行ってると「もうちょっとこのままでもいけるんじゃないか」という気がしちゃうのです。

そうやって「まだいけるんじゃないか」「まだもうちょっとはいけるだろう」といいながら決断を先延ばしにしていると、37才でなにか変だと気がついて、あれっ?と思っている間に 40才になって……ということが起こります。


というわけで、30代前半のみなさんへ。

人生において37才は重要な通過点です。そこから先は、未来は確実に見えるものになります。

かといって、37歳の「最後通告」直前でじたばたしても間に合いません。35才くらいまでに、「キャリア後半戦」のための準備を整えておく必要があるのです。それが軌道に乗って37歳を迎えれば、そのまま次の上昇気流に乗れるでしょう。

最後通告は 37歳だけれでど、実質的に大事なのはその数年前の時期なのです!


そんじゃーね。


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2009-05-04 忌野清志郎 別の世界へ

かっこいい人でしたよね。

ここまでかっこいいってどうなのよ、ってくらいかっこよかった。


美学がある人ってのは皆かっこいい。



遺影の選択がいいなあと思った。

バンドマン清志郎ではなく、亡くなったのは“お父さん”ってことで。



ご冥福をお祈りします。

2009-05-02 感染症の社会面について

新型インフルエンザが疑われていた横浜の高校生がいたでしょ。一日たって季節性のインフルエンザだとわかった時、その高校の校長先生が取材記者の前で体を震わせて涙をぬぐっていた。

「もう、万歳です。」「どうなることかと思った・・」と。

言葉にも詰まりながら、めがねを上げて涙をぬぐい、心から嬉しそうというか感激というか・・ものすごい心配だったんだな、と伝わってきた。


これをみて思ったよ。

感染症ってのは、病気以外もいろいろ怖いんだなあ、と。


日本も衛生状態が悪かった昔は感染症も多かったでしょ。赤痢とかコレラとか。その頃、だれかの家から赤痢患者がでれば本人はもちろん隔離入院させられるんだけど、その人の家とか職場に保健所がきて消毒をするのよね。

今は消毒もそれなりに洗練された方法になってるけど、昔はその辺一帯に白い薬剤をまき散らす、みたいな方法で、しかもそれを近所の家とか、その人が出かけていた先とか全部やられる。家中にそんなもんまき散らされたらあれこれ使えなくなるものもあるし、仕事や生活に支障がでる。その家の子供が遊びに言ってた家とか、近隣の家も有無を言わせず消毒薬だらけにされて、一番悲惨なのは近隣で食べ物屋をやってた店。時には客足が遠のいてつぶれたりさえする。

・・ものすごい迷惑がかかるわけです、近所に。で、その結果、感染症の患者を出した家の人が近所に迷惑をかけたことを苦にして首をつる、ってこともあったらしい。


という話を、あの校長の“心底ほっとした”というかんじの涙を見ていて思い出した。

今はもう少々周りの人の生活に不便がでても、病気になったという理由でそこまで(精神的に)責められることはないと思う。のだけど、よく考えてみたら、今でもそれなりにいろいろ大変かな、と思った。


たとえばアメリカから成田に着いた飛行機の中で感染が疑われて病院に運ばれた女性がいたでしょ。(検査の結果、新型ではなかったようです。)この女性はもちろん隔離入院させられましたが、この席の周りの10人だか20人だかも女性の結果が出るまでの間、成田近くのホテルに滞在させられた。

これさあ、その人達の予定とかどーなんですかね??

たとえば彼らがツアーに参加して日本に訪れていて、で、このために参加できなくなった。誰かツアー代を保障してくれたりすると思います?乗り継ぎで香港に行く予定の人とかもいたかもしれない。でも必ずしも飛行機チケットは日を延期できるものではないかも。そういうのだとどーなるんだろ、と思う。


GWに旅行を予定している人も多いでしょ。たとえば伊丹から成田経由でパリに行こうとしていた、と。伊丹から成田の便で、近くに座っていた人が成田で「高熱」を発見され、簡易検査で感染が疑われて隔離された。あなたは近くの席にすわっていたという理由で、成田発パリ行きにはのせてもらえず、一日成田に足止めされた。当然ツアーには参加できなくなる。

これ、どーおもいます??


いやもちろん、当たり前だし、仕方ないし、そーすべきなんでしょうよ。なんだけど個人の立場にとってみると、「ひえ〜〜〜」って感じだよね。


てか、昨日まで同じ会社で働いていた人が今、高熱で病院に運ばれたら、明日にはあなたの家に会社の保健医から電話があり、緊急に検査をしろ、その結果がでるまでGWも遊びにいかず家に待機しろ、とか命じられるかもしれない。「ええっ?、明日からハワイに家族旅行の予定なんですけど!?」って言っても「家にいてください」って言われるかも。どーする?いや、家にいるんでしょうけど・・・ちょっと複雑な気持ちでしょ。


前に大家族でお住まいのある方が「我が家は全員インフルエンザの予防接種をする。家族の中に高齢者や赤ちゃんがいるのでうつしたら大変だからだ。予防接種は弱者へのエチケットだ」というような趣旨のことをご自身のブログに書いていらした。なるほどと思った。ちきりんは自分なりの理由でここ数年は予防接種を受けることをやめてしまっているが、こういう「予防接種するか否か」なども家庭によって考えや判断が異なるだろう。

でも学校のクラスで感染が広まれば、元気な子供は寝込むだけかもしれないが喘息やその他の持病があったり、体力の弱い子には大きなリスクがある。そういうお子さんの親御さんは「全員に予防接種を義務づけてほしい」と思われるかもしれない。予防接種すべきだ派と個人の判断に任せるべきだ派にも、それなりの心理的な確執が起こりえるのかもしれない。


そういえば、人間じゃなくて養鶏所の鶏が鳥インフルエンザにかかるケースが時々あるよね。すると半径何キロかの養鶏所はどこも卵や鶏肉の出荷を止めなくちゃいけなくなる。最近は補償制度もそれなりに整っているようだけど、どう考えてもそれで得られたはずの利益がすべて戻ってくるとは思えない。

自分の養鶏所からでた鶏の病気のせいで、近隣すべての養鶏所に迷惑をかけてしまう。ことの性質からいって「当然」であり「適切」な処理だろう。なんだけど、一定のコミュニティの中で、最初に病気がでた養鶏所の方にどういう精神的なプレッシャーがかかるか、というのは想像に難くない。


今回も、メキシコの周りの国では「メキシコが対応を誤ったからこんなことになった!」と思う国があるのかも。上記の養鶏所の鳥インフルエンザも実際には韓国から日本へ、日本から韓国への感染もあるようだ。「あの国のせいで・・」と思う人も?

都道府県もそうだよね。もしも横浜で対応がまずくて感染が拡がったら、我らが東京都知事なんかも口さがないことを言いそうなタイプだよ。なんたってここは、まだ感染症例が出る前からすでに厚労省大臣と横浜市長がくだらん言い争いしてる国だし。



今回の報道ではメキシコの感染者数や死亡者数が(報道上)いきなり減ったりしているし、豚インフルエンザという言葉が風評被害を呼ぶということで「新型インフルエンザ」に変更された。

うがって考えたら、最初の国がメキシコくらいだからWHOもある程度踏み込めたかのかもしれないが、これが政治的に非常に大きな力を持つ国からの発生であったら、WHOの判断にももっとプレッシャーがかかった可能性もある。渡航制限なんかを勧告されたら、どの国もすごい影響がありますよね。



というわけで、感染症って疾病という面だけでなく、社会的な意味でもいろいろあるなあ、と。なんていうか、“社会の成熟度を問う病気”だよね。感染症って、と思いました。



そんじゃーね。

2009-05-01 格差と諦念

格差には、「不平等だ!」「ずるい!」「変だ!」とか、「なんとしても解消されるべきだ!」と、大きな怒りや不平等感を呼ぶ格差と、あんまり気にされてない格差があるよね。

というか、格差が一定レベルを超えて大きくなると、人ってあんまり格差に怒らなくなるような気がする。

派遣社員の人って、正社員の人にたいして「同じ仕事なのに給与や待遇が違うのは不平等だ!」と怒るけど、親から何十億ももらってる麻生さんにも鳩山さんにもあんまり怒ってないでしょ。


身近なところで考えてみても、たとえば、兄弟で弟のお小遣いが2千円で自分の小遣いが千円だと、「すごい不公平!」「ずるい!!」と思うでしょ。

近所に住む同級生の○○君のお小遣いが 5千円だと聞いて、それは彼の家が金持ちだからだと聞くと、「世の中の矛盾」とか「社会正義」について考えたくなるよね。

だけど、長嶋茂雄さんとか松下幸之助さんの子供の小遣いが20万だとか50万円だとか聞いても、同じように頭にきます?たいして頭にこなくないですか?

(注:上記の2名の固有名詞は単なる例です。このクラスのお金持ちの話をしている、ということを言いたかっただけです。)


同じように、自分と同じような仕事をしている人が、本社勤務(もしくは親会社勤務)だという理由で年収が200万自分より高い、と知ると、かなりムッとするはず。

でも、その会社の創業者の孫の収入が配当だけで年に 6億円だ、と聞いても、あんまりピンとこなくないですか?

その創業者の孫が、たまたま自分と同じ大学の同期や後輩だったりして、その人が別に個人としては威張っている人でも傲慢でもなければ、ごく普通に友人になれるだろうし、一緒に飲みにいけば時には自分がおごったりすることがあっても不思議ではないよね。

でも理屈で考えたら反対だよね。どっちかというと、親会社や本社に入っている人は自分で努力していい大学やいい会社に入っているのだからまだ許せるけど、単に親から資産を相続した人のほうは許せない!と考える方が、理屈はあってる。

でも感覚的、感情的には、逆な気がするわけ。


こういうのって、お金だけでもないんです。

身の回りにかっこよくてモテモテの友人がいれば「いいあな、自分もあいつみたいにかっこよく生まれていれば・・」と感じることはあるかも。

でも超美形なタレントや俳優を見る時には、自分と比べてどーのこーのという感想さえ持ちにくい。



つまり、人が嫉妬したりうらやましがったり怒ったりする「格差」というのは、一定のところで最大化し、その後は格差が拡大すればするほど「不公平感」「怒り」「嫉み」の量が減っていくんじゃないかな、と思った。

図で書くとこんな感じ。


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一億総中流時代には、原点にいる人からみて、少々いい人でも“赤丸”のところにいるように見えたので怒りは少なかった。

それが、今は“赤の二重丸”のあたりにいる人がいっぱい見えるようになってきた。だから、その格差に対する怒りが爆発してる。

が、そのうち格差がもっと進んで青い丸のあたりの人ばっかりになれば、また怒り、嫉み、不平等感などの“縦方向の差”は小さくなっていく。ってか、意識されなくなる。

アメリカなんて、金持ちはめっちゃ金持ちだし貧しい人はめっちゃ貧しいけど、下の人ほど“ここは自由と平等の国だ!”とか言うでしょ。

おいおい「格差の国やろ」って感じだけど、彼らはそう感じてないっぽい。青い丸のところって原点と“縦”の距離は小さいから。富の差(横の距離)があまりに遠すぎて、不平等感とかをむしろ感じにくくなってる。

欧州も労働デモはよくやってるけど、ダイアナ妃の実家も“スペンサー伯爵家”でしょ。お屋敷もすごいよね。でもそういう層にたいして怒ってる人ってあんまり見ない。


発展途上国の貧しい人も同じ。ああいう国って格差も大きいし、彼らと旅行者であるちきりんなど日本人との格差もすさまじい。

でも、そういう貧しい人も(ちきりんなど)先進国からの旅行者にたいして、羨望、嫉妬や不公平感をほとんど感じてないように見える。で、全然くったくなく、下手すると何かをご馳走してくれたりもする。

いわゆる典型的な「こんな貧しいのに卑屈にならずその瞳がキラキラして」っていう事例ですが、これも向こうは原点、こちらが青丸あたりにいる関係だからじゃないかな。よくわかんないんだと思うのですよね。あまりに遠すぎて。


たぶん格差が一定以上になると“非現実感”と同時に“諦念という感覚もでてきて、あんまり“不公平感”とか“嫉妬・羨望”を感じなくなる傾向にあるんじゃないかと思う。



なので、昨今の日本で格差問題が大きくとりあげられるのは、格差がまだ中途半端というか小さいからであって、このまま格差拡大と固定が進んでいけば、そのうち格差問題は、社会問題ではなるかもしれない。

まじ?



そんじゃーね。