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Chikirinの日記 RSSフィード

2009-08-30 Twitter諷ちきりん

本日は選挙の日なので、Twitter諷エントリでお送りいたします。(やや意味不明)*1



9:25 選挙行った。小雨が降り出した。投票率下がるかな? まあ、めんどくさがり屋には政治力はもてないやね。 


9:36 兵庫で不在投票と今日と、二重投票ができたらしい。そんなん他にもいると思うな。この問題が大問題化したら“個人認証強化→ネット選挙”の流れになるかも?


11:24 今からピザ作る。生地コネから始める。当然だがランチには全く間に合わず、夕食に間に合うかって感じだ。いいか、今日は夜更かし予定だから夜食に間に合えばよいや。


14:01 案外早くでけた。生地を寝かせる時間って30分でよいのね。いただくです。↓なんかボコボコしてますね。ちきりんは丁寧な性格じゃないのですわ。

f:id:Chikirin:20090830135735j:image



18:17 あ〜もうすぐですね。8時と同時に当確がでるのって誰だろ。民主党は岡田さんとか鳩山さんとか何人かいそう。自民党は“小泉進次郎君が第一号”かな。是非、いの一番に万歳してほしいやね。国民全員で苦笑しましょう。


20:09 始まった!


20:17 これとか→http://www3.nhk.or.jp/senkyo/flash/index.html これ見てる→http://www2.asahi.com/senkyo2009/ NHKは保守的だね。個人的に興味あるのは公明党の太田さんかな。暑くて倒れそうになってたよ。


20:28 NHKが「福岡8区、麻生さん、やや優勢です」とか言ってて笑える。“やや”って失礼じゃない?


20:40 ありゃ、石破さんが激やせしてる!


20:44 いろいろあるなあ→“大阪市選管「大柄で有権者と思った」”“大阪市選管は30日、市内の投票所を父親と一緒に訪れた小学生の女児(11)に誤って投票用紙を渡し、女児が投票してしまうミスがあったと発表した。”


20:50 現時点で自民が議席を確保してるのって九州と中国地方が多いね。邪馬台国の名残?それとも薩長系なのか?(既にかなりお酒が・・)


21:10 ちきりん的にはニュースZEROが一番おもしろいかな。


21:15 元同級生と元同僚が国会議員になるだすよ。陳情とか行ってみる?陳情はないか。国会見学くらいは行こかな。


21:32 前回の郵政選挙の時、大負けした民主は岡田代表が暗〜い会場に一人でぽつんと座っていた。なぜかあれを思いだした。世の中は変わるってことよ。今、不幸のどん底の人も希望をもってほしいです。


21:47 鳩山さんってほんとつまんない感じだな〜。これでモテるっていうんだから、お金の力はやっぱりすごい。


21:52 今回、議員の平均年齢はかなり若返るんじゃないかしらん。おっこちた自民党の大御所はみんな引退だと思うし。それだけでもめでたい感じよね。ほんともう、死ぬまで働くのはやめようよ。


22:04 選挙番組飽きた。永ちゃんのミュージックビデオに切り替えた。次の山場は12時くらいかしらん。大御所の比例復活の可否が見え始めるのはその辺?


22:16 大勝利に酔いしれて、台風が直撃してこようとしてるのをしばし忘れるよね。(天気の話じゃなくてさ)


22:21 「元首相の海部俊樹氏(78)落選。1960年の初当選以来、連続16回当選し、49年間の議員生活で落選は初めて」って。どこの誰よ、この人を半世紀も選んできたのは・・?


22:41 テレビが解説モードに入っちゃって超つまんない。こんなタイミングで日本経済をまじめに論じるなんてセンス悪い。混乱ラバー向きな番組はどれ?


22:45 進次郎君、やっと当選したんだ。楽勝かと思っていたよ。へえ。


22:52 “幸福の科学に対する無視具合”ってのがすごいよね。没収供託金の合計はどれくらい?それって新規信者獲得費用としてどうなんだろ。


23:01 麻生さん辞任。今の時点で一番楽しみなのは、「次の自民党の総裁が誰なのか」ってことだね。ちきりんとしては、小渕優子氏を押したい。幹事長はもちろん進次郎君。おこちゃまコンビでかわいい感じ。


23:09 あ〜、仕事思い出した。今日中に仕上げて送らないといけない資料がひとつあるのでちょっとの間、ネット切ります。また後で。じゃね!


0:11 ちょっと目を離した隙に、公明党がなくなってる?


0:17 太田さん、北側さん、冬柴さん、全員アウト。信念を持って推進した定額給付金が実施できたのだからよもや悔いはあるまいが。


0:25 今、舛添さんが何を考えてるか知りたい。自民に残る?それとも思い切って? ここでの判断が彼の命運を決めるよね。どうどう、どうする? 


0:32 ついでに“そのまんま”な人も今後どうするのか関心あるなあ。今なら総裁候補にしてくれるかもしれないから、もう一回言ってみるとか?


0:46 人生ゲーム政権交代編によれば、最初の難関は「組閣」ですね。かなーり楽しみ!


0:50 小沢さん的には、参議院で自民党員を切り崩して、そっちでも過半数を狙うってあたりがネクストステップかしらん?


0:56 さてさて皆様、稼ぎもないのにやたらと金払いのいい男と結婚したご感想は? とりあえずくれるっていうものはもらっちゃう?


1:01 ごめん、実はさっきやりかけた仕事がまだ終わってないのよ。ので、今日はもう止めます。

終わりだよ、終わり。ほんとの終わりです。そんじゃーね!



*1:コメントも140字以内でお願いします。

2009-08-29 国民審査

一昨日のエントリでちきりんは「農政と票」の関係に触れ、下記のような票の試算を記しました。

A.「美田を息子に残すために趣味的米作りをやっている自称農家の票」=1300万票

B.「農業で食べている本当の農家の票」= 21万票

C.「東京の有権者のうち投票する人の票」=659万票


絶望的なほどに大きいAの票。しかし実は「一票の格差」と「東京の投票率」が変われば、この力関係は変えられます。

たとえば上記試算では、一票の重さは「田舎では都会の約3倍」とおいてますが、これが半分の1.5倍に縮まるだけで、A票は半分の650万票に。また投票率については、田舎が85%、東京が約65%と仮定したけど、こちらも東京で10%アップすれば、C票は770万票に。こうなればAとCの政治的パワーは逆転します。

一票の重さに関しては、最近は選挙のたびに(票に格差があるのは)違憲であるという裁判が起こされるけれど、最高裁はそれにたいして全く違憲判決を出さない。これが各政党が競って田舎に手厚い政策を掲げ続ける理由のひとつになってるわけです。

そしてこの最高裁の判断にたいして、「いいかげんにしろよ」と言おう!という活動が今回はいつになく盛り上がっており、昨日の朝刊の全面広告をご覧になった方も多いのではないでしょうか。*1

彼らが呼びかけているのが、明日の衆院選と同時に行われる「国民審査」において、自分達の意思を正しく示そう、という運動。で、この「国民審査」ってなにさ?というと・・


Q1.国民審査って何?

最高裁の裁判官について、国民が「罷免するか」「そのまま任務についていてよいか」という審査をする制度です。


Q2.いつ行われるの?

裁判官が就任直後の“衆議院選の投票と同時”に行われます。その後、10年在任している人については再度行われます。

つまり、明日の衆院選の選挙にいけば、有権者は(1)衆院選の比例と(2)小選挙区の選挙に加え、そこで同時に(3)「国民審査」の投票をすることになります。


Q3.どのように行うの?

今回は、国民審査を受けるのは9名です。彼らの名前が記された表を渡されます。

信任しない場合は、名前の上のボックスに「×」をつけます。信任する場合は何も書かずに投函します。(ここがポイントです)「○」をふくめ、「×以外」のどんな記号を書いても、その表は無効票扱いされます。


Q4.よくわからないから何も書かずに出せば、「信任した」ことになるということ?


そうです。なので、有権者の選択肢としては、

「×をつけて不信任を表明する」か、

「何もつけずに信任するか」

最初から用紙の受け取りを拒否するか(よくわからない場合や、参加したくない場合)

の3つです。


Q5.何人が×をつければ罷免されるのですか?

有効票の過半数が×をつければ罷免されます。


Q6.いままで罷免された人はいるのですか?

いません。

審査をうけたのべ148人全員が信任されました。ちなみに前回の国民審査では6名の裁判官の不信任率はだいたい8%前後でした。

ただし過去には、沖縄基地関連訴訟で沖縄知事に敗訴を言い渡した最高裁判所にたいして、沖縄県内では30%を越える不信任比率となったケースなどがあります。(全員に×をつけた票がたくさんあったそうです。)


Q7.信任する人には○をつける制度に変更すべきではないですか?


そういう意見の人もいるようです。少なくとも「制度がわかりにくいほど(何も書かない人が増えて)信任されやすくなる」というのは問題があるようには思えます。

また、投票所で紙の受け取りを拒否して(もしくは返すことで)棄権することができる、こともあまり知られていません。


一部の裁判官を“不信任”、残りを“棄権”するという選択肢も与えられておらず、“不信任の人だけに×”をつけたら、残りの裁判官は“信任したとみなす”とされてしまうのも納得のいかない人もいるでしょう。

というわけで、制度論としては様々な意見があると思います。


と、ここまでが国民審査の概略です。

ちきりんはずっと書いているように「倍以上にもなる票の格差を違憲と判断しないのはおかしい!」と考えており、今回はこのページの情報を参考に、一部の裁判官に×をつけたいと考えています。

また、一票の格差以外の論点も考えて投票したい方には、法律系のフリーライターの方が作られているこちらのサイトのこのページの下部の情報も参考になるのではないかと思います。


最高裁判所は日の丸や君が代問題などの思想に関わる裁判、自衛隊の合憲性、死刑制度の是非、国籍法、戦中戦後補償問題や薬害訴訟問題など、様々な判断に関わっています。

また、最近よく取りざたされる「正社員の解雇要件」として、「解雇する場合は、正社員より先に契約社員等を解雇すべし」という判断をしたのも(過去の)最高裁の裁判官です。

案外私たちの生活に関わる問題にも彼等は判断を下しています。もしもそれらの考えが「おかしい」と思うなら、有権者は「私としては貴方の考えは間違っていると思いますよ」と表明すべきだと思います。

少なくとも「よくわからないから、(棄権の意思で)何も書かずに投票したら、信任したと見なされる」というのは、いかがなものかと思うわけです


もう一度、まとめておきましょう。私たちの選択肢は下記です。

(1)不信任したい裁判官がいる場合→その人の名前の上にだけ「×」をつけ、それ以外の欄には何もかかない。(名前をメモって行かないと忘れちゃうよ!)

なお、全員不信任の場合は全部に×をつけます。


(2)全員を信任する→何も書かない。


(3)棄権したい→用紙をもらったらその場で「棄権します」と言って用紙を返す。



このことについて書く、最後の効果的なタイミングは今日しかないかも、ということで、今日は国民審査について書いてみました。


そんじゃーね。


*1:“一人一票実現国民会議”の広告。http://www.ippyo.org/question1.html ちきりんは日経新聞で見ました。他の新聞に載っていたかどうかはわかりません。

2009-08-27 農政に見る民主主義の罠

選挙前になると政治家って常に「高齢化が進んでる上に経済的にも苦しい、超かわいそうな農家を守り抜く所存でありますっ!」と言い出しますよね。

その一方で、マスコミが拾ってくる農家の声の中には、農政への批判も少なくありません。


というわけで、農業経済学がご専門の本間正義東大教授がテレビ番組*1で使ってらした日本の米農家に関する資料を見てみましょう。

<2007年 水田農家の所得等>

作付面積農家戸数経営主の年齢総所得年間農業所得農業経営費
ha万戸万円 万円 (10a)万円
0.5ha未満59.1万戸66.7441.5 -10.5 16.9
1未満43.2万65.7477.33.613.7
2未満24.664.4 446.6 45.3 11.4
3未満6.762.3 467.3 137.1 10.4
5未満3.961.4 474.8 191.9 9.8
7未満(-) 58.3486.5275.89.2
10未満2.1(7ha未満を含む58.7613.6324.08.6
15未満0.555.7 729.2530.98.5
20未満(-)52.6857.8730.98.2
20以上0.2(20ha未満を含む53.31266.41,101.97.7
合計140.3万戸      

めっちゃおもしろいデータですね。*2 まず一番左の欄をご覧ください。この欄にある作付面積ごとに、いろんな数字が分けて集計してあります。

上からの 2段( 0.5haと 1ha未満の農家)を合わせると、1ヘクタール未満の農家の戸数は 102万戸もあり、全体の農家( 140万戸)の 73%にも上ります。つまり、圧倒的に小規模な農家が多いってことですね。ちなみにカリフォルニアの米農家は 50-100ヘクタール級の作付面積が普通です。


しかもこの人達は農家のように見えて、実は農家ではありません。だって彼らの“年間農業所得”を見てください。10万円の赤字と年間 3.6万円の黒字です。(これらは収入ではなく利益に当たる額です)

一年間農業をやってこれでは食べていけませんが、総収入欄を見ればわかるように、農業以外の収入は結構あります。

農業外収入として考えられるのは、家族の誰かが郵便局、役場職員、学校の先生などとして働いている給与か、もしくは田んぼの一部を駐車場やアパートにしていたり、スーパーやコンビニ、パチンコ店などのロードサイド店に敷地として貸しており、土地の賃料収入があるのでしょう。

総収入は 500万円弱ですが、農家って基本は持ち家だし、米、野菜も自家栽培だったりするので、それだけあれば食べるのに支障はないと思われます。てか年齢からみて、年金も既にもらってそうだしね。


さて、一番右側の生産効率を表す農業経営費というところも見てください。一定面積あたりの田んぼにたいしてどの程度の経費がかかってるかという数字ですが、作付面積の大きい農家に比べて、小さな農家は倍以上のコストがかかっています。だから赤字なわけですね。

でもこの数字を見る限り、農業は、面積が大きくなれば生産性が倍になると証明されてます。“ちまちま”してるから赤字なのであって、農地を集約すればコストは半分にできると証明されているんです。つまり、別に外国から安い米を買わなくても、農地を集約するだけで、日本の米は今の半額にできるはずなんです。

経営主の年齢も見てください。これら作付面積の小さな農家の経営主年齢は今や 70才に近く。でも規模が大きな農家の経営主の年齢は、大企業の社長より若いくらいです。高齢化問題とは農業の話ではなく、“小さな農家”の話なのです。


まとめてみましょう。

平均 68才の人が、ごくごく小さな田んぼを持っていて、めっちゃ非効率にお米を作っています。米作りでは年に 3万円儲かるだけですが、昔田んぼだった一部の土地をパチンコ屋に貸してるんで、その賃料で生活できてます。


この人達は本当に農家なのでしょうか?

“農家”じゃなくて、“田んぼももってる地主さん”とか、“米作りが趣味のおじいさん”と呼ぶべきなんじゃないの??



こういう(自称?)農家が 102万戸(全体の7割以上)あるんです。

夫婦でやってるんだろうから、102万戸ってのは有権者数換算で 204万人分です。おばあちゃんも同居してたら、102万戸 → 306万票となり、別居してる長男夫婦も「いずれは俺たちが相続する農地だし」と思っていて、親と同じ投票行動をとるなら・・・510万票になります。



ここで各県別の有権者数を見てみましょう。*3たとえば東京都の有権者数は 1024万人です。しかし投票率が低いので、前回の衆議院選の投票者数は 659万票です。


極小農家の利害関係者の票は 510万票、彼等の投票率は非常に高いので 85%と仮定すると、実票数は 433.5万票です。

東京都の全投票者数が 659万票。これって、いい勝負だと思います?


もうひとつ落とし穴があります。それは一票の価値です。極小農家があるようなエリアは、東京にくらべて一票の価値が 2〜4倍も大きいのです。ここでは中をとって 3倍とすると、

・極小農家の利害関係者の実質的な票数= 1300 万票

・東京都の実質的な票数 = 659 万票


ありゃま〜


東京は圧倒的に有権者数の多い都道府県です。それとくらべても、極小農家は倍の票をもっているのです。


最初の表で、水田農家の総戸数が 140万戸とありました。日本全国の世帯数は 4900万戸くらいですから、農家は日本全体の 2.8%にすぎません。極小農家の 102万戸で計算すると 2%だけです。ところがそれが票になると、極小農家と関東圏全部の政治力は同じになってしまうのです。


しかも実際には票だけではなく、農家は農協を通して選挙の手伝いをしてくれます。ポスターを貼らせてくれたり、講演会のサクラとしてやってきてくれる。大都市の有権者がそんなことします?


ちきりんが政治家だったら、まちがいなく「米価を補助金で支え、コメの関税自由化には断固反対! 現行の 770%の関税を維持して一切の輸入を拒み、ついでに戸別所得保障も!」もちろんやります。

当然ですよね。


★★★


さて、これら小さな水田を持つ“自称農家”の方々は、なぜ 70才近くにもなって全く儲からない農業をやめないのでしょう? 他の収入も十分にあるにも関わらず。なんで?


理由は、「子孫に美田を残すため」です。


子孫に美田を残すためには、

(1)相続コストを安くする = 農地や、農業に必要な資産の相続税は、特別に優遇されている

(2)維持コストを安くする = 農地であれば、固定資産税などの税金も格安

(3)オペレーションコストを下げる = 赤字は個別保証などで補填してもらう

ことが必要になります。


彼らが 70才近くになっても重労働の米作りを(形だけでも)止めないのは、農業を止めると相続税も固定資産税も優遇されなくなり、息子が土地を相続する時に多額の相続税がかかってしまう。

だから形だけでも、米作りは止められないのです。


そして、農業を継がず近くの街で働いている彼等の息子らまでが「農家の親と同じ投票行動をとる」のもまた当然です。なぜなら、彼等こそがこの美田の相続権利者なのですから。

こうして 102万戸の票が 1300万票に化けるのです。


★★★


次に、農業所得が総収入の大半である=「農業で食べている」本物の農家をみてみましょう。上の表では、 10ヘクタール以上 15ヘクタール未満のところで農業収入が 530万円となり、総収入の 7割を超えています。

彼らこそが、本当の意味での“農家”ですよね。そして彼らこそがテレビのインタビューで「農家は困っている!」と憤っている人達です。


彼らは農地をもっと買い増して規模を拡大すれば、より効率的に米を作ることができ、儲けられるようにります。

しかも周囲には、維持&相続コストが安いから一応、米を作ってるという零細・高齢農家(?)がたくさん存在してる。


これらの自称農家は、農地の維持・相続コストが優遇されていなければ、当然、農地を手放します。そうすれば、本当に農業で食べている人達がその農地を買い、より競争力のある農業が展開できるのです。

しかし農地は売りにでたりしません。超非効率でもいいから農地として保持しておいて息子に譲るほうが得だからです。将来、息子が家でもたてる時に、パチスロ屋の敷地として売るほうがいいのです。


私は別に「企業に農地を売れ」とか「農地を宅地や商業地にしろ」と言っているわけではありません。「自称農家の農地を、農業で食べている本物の農家に売りましょう」と言っているだけです。自然破壊も起らないし田園風景も破壊されません。

食料の安全保障とやらにも問題はありません。むしろ生産性が高いので、米の生産量は増えるはずです。


ではこれらの「本当の農家」の主張を、政治家は聞いてくれるでしょうか?

もう一度、上表を見てください。7ヘクタール以上の農家の戸数は合計で 2.1万戸、20ヘクタール以上に限れば 2千戸しかいません。これでは全く政治力にならないです・・・。


しかも彼らは農水省の減反政策にも苦しめられています。彼ら“本当の農家”がより多くの米を(安く)作り始めると、米の値段が下がり、効率の悪い“自称農家”の赤字額がより大きくなってしまいます。今は 10万円の赤字ですが、100万円の赤字になるかもしれない。

そうなると、政府が自称農家に払う補填費用も増えてしまう。それを避けるため、農水省はまじめにやってる農家に「減反しろ!」というのです。

農水省が支援しているのは、本業の農家では無く、農業票につながり「農政族」を当選させてくれる自称農家のほうなのです。



もう一度計算しておきましょう。

「美田を息子に残すために、相続のその日まで(死ぬまで)趣味的米作りをやっている自称農家の票」= 1300 万票

[102万戸 × 5人(利害関係者)× 85%(投票率)× 3倍(一票の価値)]*4


「農業で食べている本当の農家の票」= 21万票

[2.8万戸× 3人(利害関係者)× 85%(投票率)× 3倍(一票の価値)]


「東京の有権者のうち投票する人の票」= 659万票*5


こういう現実を知れば、誰が政党の政策担当者であったとしても、所得保障など、まずは極小農家に最も有利な政策を提示し、農業を本当に支えている本格的な農家の人達(=本物の農家)のことなど、眼中にも入れないことでしょう。


民主主義ってこういうことなんです。




農業問題: TPP後、農政はこう変わる (ちくま新書)
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*1:番組名は朝日ニュースターのニュースの真相。なおデータの大元は農林水産省の「農業経営統計調査」「農林業センサス」

*2:8月27日付けの日経新聞、経済教室では、同じく農業経済が専門の神門善久明治学院大学教授が、同様の問題について寄稿されています。そこでは、日本の稲作農家 200万戸、うち稲作が主な収入源である農家は 8万戸となっています。なにか定義が違うデータがあるのでしょう。ただし、趣旨は本エントリと同様で、ちきりんが“自称農家”と呼んでいる農家を、神門教授は“偽装農家”とまで呼ばれています。学者の方の言葉遣いとしてはかなり辛辣でびっくりです。

*3http://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/data/shugiin44/pdf/h17sousenkyo_050911_04_01.pdf

*4:一般的には“農業票”は 900万票から 1000万票と言われることが多いです

*5http://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/data/shugiin44/pdf/h17sousenkyo_050911_04_01.pdf

2009-08-25 人生ゲーム 政権交代編

ちきお「ねえねえ、新しい人生ゲーム買ってきたんだ。一緒にやろうよ!」

ちきりん「へ〜、今回のは何バージョン?」

ちきお「今回のはちきりん向きだよ。“人生ゲーム政権交代編”だって。」

ちきりん「へえ、おもしろそう。」


ちきお「でしょ?じゃあ始めよう。ええっと、“最初にサイコロを二つ振って、その目を掛けた数字の10倍が議席数になります。議席数の多い方から先行です”って書いてある。じゃあ、僕まず振ってみるね。」


コロッ


ちきお「5と6だ。ってことは、掛けて30だから・・」

ちきりん「え〜、ちきお300議席獲得なの??」

ちきお「そーみたい・・・できすぎだね・・」


ちきりん「じゃあ、あたしも頑張ろっ。エイッ」

コロッ



ちきお「2と4だ。ってことは・・」

ちきりん「えっ、たった80議席ってこと??信じられない・・・」


ちきお「へへへ。今日は僕勝てるかもね。じゃあ、僕が先行だから・・・あっ、先行の人は首相指名ができるんだって。じゃあ、首相は僕。ちきお首相」



ちきりん「む〜。こんな議席じゃゲームの最後まで持たないよ。ねえねえ、このゲームのゴールはどこなの?」

ちきお「説明書を読むね。ええっと、“このゲームのゴールは4年後の総選挙で政権を握ることです。ただし、一年後には参院選があり、そこで議席の再調整ルーレットを回します。また、最初の4ヶ月は“年内ゾーン”と言われ一番厳しいゾーンとなっています。まずはこの年内ゾーンを巧く乗り切れるよう各プレーヤーは頑張ってください”だって。」

ちきりん「そうか。じゃあ、年内ゾーンでの逆転、もしくは、それがダメでも一年後の参院選のところで逆転のチャンスがあるんだね。よしっ、頑張るわっ!」


ちきお「ちきりんが本気出したら僕勝てないよ。ゆっくりやってね。じゃあ、僕が先行なんで、ルーレット回すね。」

パカパカパカ。パカッ (←ルーレットの回る音。センスないですね。すみません)


ちきお「3つ進むだから・・・ここだな。ええっと“M女史に自分を外務大臣に任命しろと言われて悩む”だって。任命する場合は、支持率が1割ダウン、任命しないと議席を2つ失う。ええ〜、どうしよう・・・」

(ちきおの判断については、諸事情により非公開とさせていただきます。)


ちきりん「ふーん、そういう判断をするんだ。じゃあ、私の番ね」

パカパカパカ。パカッ

ちきりん「4つ進む。えっと“仲間の一部が離党して新党を立ち上げる。議員数が50人に減る”・・・えええええええっ!??」


ちきお「あはは〜ちきりんも大変だね〜!じゃあ僕。」

(今後のルーレットの音は、諸事情により省略させていただきます。)


ちきお「あれ、まだ僕組閣ゾーンから逃げられないよ。ええっと“国民新党から、日本郵政を所轄する総務大臣は我が党から任命しろと要求される。”任命した場合は支持率2割ダウン、しない場合は・・・えええ〜、なんか組閣の罠にはまってるよお、僕」

(ちきおの判断については、引き続き、諸事情により非公開とさせていただきます。)


ちきりん「ほらね。そんなに多数の議席を持つと組閣も混乱するのは当然だよ。こっちなんか議席も少ないから身軽になっちゃったわ。

ええっと・・5だからカードを一枚引いて読む、と。カードは・・“ちきおグループのメンバーから極秘オフ会の開催の提案がある。提案を受ける場合は・・・”ほぉ〜」


ちきお「なんだよぉ、その声。なんか企んでるな。そのカード何が書いてあったのさ?」

ちきりん「そんなん言えるわけないでしょ。あんたこそ早く“組閣ゾーン”を終わらせないと大変だよ」


ちきお「組閣ゾーンはさっきのでなんとか通り越したよ。さて、ルーレットを回すね。・・・2だ。ええっと

“インフルエンザが蔓延。医療現場が混乱しワクチンも足りず国民がパニックに陥る。経済体制にも大打撃で4回休む”

・・・・えええ、ようやく組閣が終わったばっかりなのに、何さこれ!!」

ちきりん「ほらあ、大変じゃん! やっぱりあんたに首相なんて荷が重いんじゃないの?」


ちきお「ムッ。そんなことないよ。頑張るよ。早くやってよ。連続4回、ちきりんの番だよ。」

ちきりん「はいはい。・・・あら、私はまた“極秘会談”だわ・・・」

〜ちきおがインフルエンザ対策に追われ4回休んでいる間に、ちきりんは多くの極秘会合を繰り返す〜


ちきお「ああ、ようやくインフルエンザ対策が終わった。ええっと5つ進むから・・・ここか。えっと“労組が社保庁と郵政の改革を元に戻せと要求。公務員の給与削減にも反対し、党内が紛糾、一部の仲間が離反。20議席を他のプレーヤーに渡す”だって!」

ちきりん「ふふふ。その20議席はもらったわ。極秘会談を続けてた甲斐があるわね。じゃあ、私の番ね」(と、ルーレットに手を掛ける)


ちきお「ちょっと待って!ねえねえ、ちきりん、いったん中断してご飯食べない?」

ちきりん「確かにおなか空いたね。もうこんな時間だ。じゃあ、休憩にしよう。」

ちきお「うん。いったん中断しよう。でね、食事後に最初からやり直そうよ!」

ちきりん「最初から?なんで?いいけどさ。だってこんな議席数ではどうせもたないし。」


(食事が始まる)


ちきお「だって僕、やりなおしたらもっと巧く進められると思うんだ。さっきちょっとやって、すごくいろいろわかったから。もぐもぐ」

ちきりん「何がわかったの? パクパク」


ちきお「ええっと、たとえばね、来年の参院選までの1年が勝負なのかと思ってたけど、本当の最初の勝負は、“年内ゾーン”だよね。あのゾーンをパワーを維持したまま通過しないと、次のゾーンに進めない気がしたんだ。もぐもぐ」

ちきりん「ふーん、で、そのためには何が大事なの? ぱくぱく」


ちきお「年内ゾーンの落とし穴は3つあるみたいなんだ。

1.組閣

2.インフルエンザ対策

3.労組の要求管理


この3つでこけたら、最初に300議席もあっても逆転されちゃう可能性があると思った。僕、後ろの方のマスに大きな字で書いてある“年金”とか“財源”とかに目がいってたんだけど、あのゲームの実質的なポイントはそこじゃないと思うんだ。もぐもぐ。」

ちきりん「最初が大事ってわけね? ぱくぱく」


ちきお「うん。最初の年内ゾーンが大事だと思う。特に

インフルエンザ対応がスムーズで、きちんと乗り切れるかどうかがすべて

とも言える。僕なんてあそこで4回も休みだよ。すごい長い期間の足止めをくらっちゃったもん。パニックの責任をとって、“年金”に強いっていう理由でせっかく厚生労働大臣に任命しておいたN氏も辞任に追いやられちゃうしさ。 もぐもぐ」


ちきりん「なるほどね。まあとにかくご飯食べてからまたやろうか。ぱくぱく」

ちきお「うん!」



続く



ただし続きは“ちきりんブログ”じゃなくて、9月以降にテレビニュースなどで放映予定です。みんな見てね。



じゃ。

2009-08-23 追悼 金大中氏

本日は、金大中氏の国葬@韓国です。追悼の意を込めて、彼の人生を振り返っておきましょう。


1904年 日韓議定書の締結(←植民地化への緒)

1906年 初代統監の伊藤博文が率いる韓国統監府が設置

1910年 日本が正式に韓国を併合

1919年 大規模な対日独立運動である“三・一運動”が勃発

1924年 金大中氏が生まれる。(戸籍の出生日)・・・生まれた時、既に自分の国は存在せず、“日本に支配されている”状態でした。日本名は“豊田大中”らしいです。


1945 年 8月 15日 21才の大学生の時、日本が連合軍に降伏して韓国は日本の支配から“解放”されます。21才まで“日本の植民地”で育ったのだから、日本語ぺらぺらなのも当然といえましょう。

この瞬間が朝鮮の人は一番希望に溢れていたのだと思います。ようやく日本から解放されて、いざ自分の国が取り戻せる!と。

が、1948年 大韓民国の建国。同年に北朝鮮も建国。解放の歓喜にわいた1945年から3年後。一度も独立を得ることなく南北に分断され、“二つの国”が成立してしまいます。この時、金大中氏24才。運送業などで働いていたようです。


1950 年〜 1953年 朝鮮戦争。さらなる不幸の襲来です。朝鮮半島は、同じ民族で米ソ代理戦争を戦う事態に追い込まれます。日本は朝鮮特需で戦後復興のきかっけをつかみましたが、朝鮮半島は3年にも及ぶ地上戦で完全に焦土化。金大中氏 26才から 29才の時。

ここまでの人生を考えると、そういう興味のある人なら政治家を志すのは理解できる。「この国、なんとかせなあかんやろ」と思うよね。


1954年 熾烈な戦争が停戦した後、30才で初めて選挙にでますが落選。その後も 2回くらい選挙にでますがことごとく落選。ようやく1961年、37才で初当選。

うーん、結構、遅咲きですよね。少なくとも30才からは政治家を志していたわけだから、7年間の下積みいうか浪人というか。当時の韓国の平均寿命は不明ですが、人生 50年と考えると37才で初めてイチ政治家、というのはいかにも遅いスタートだと思います。

しかも実はこの1961年には、朴正煕氏が軍事クーデターを起こして政権を掌握するという大事件が起っていて、このため金大中氏も事実上は議員としての活動はできてない。7年もかけてようやく当選したのに、軍事政権でチャラ。不運な感じですよね。


さて、ここから韓国は長い“軍事政権の時代”に突入します。そしてそれは“軍事化の反対の方向=民主化”を目指す金大中氏にとって「迫害されつづける時代」の始まりでした。

主な事件としては、1973 年におきた東京での拉致事件。軍政下の韓国を避け、日本やアメリカで民主化運動をしていた金大中氏は、東京のホテルに滞在中にいきなり踏み込んできたKCIAのスパイに拉致されます。

多分殺される運命にあったのでしょうが、事件が表面化し国際社会が騒いだため(日本じゃなくて、主にアメリカが「そんなめちゃしたら、もう韓国のこと支援せーへんで」と言ったため)、5日後に(殺さずに)ソウルで解放。この事件の際、彼は 49才。


もうひとつの事件は朴氏の後の(同じく軍事クーデターで政権をとった)全斗煥氏に“光州事件”の首謀者とされて内乱罪等で“死刑判決”を受けた事件。

光州事件は民主化運動なんだけど、軍部が市民に発砲して(というか戦車で対峙して)多数の死傷者がでた事件です。韓国市民としては、北朝鮮には狙われてるは、自分の国の政権も軍で自分達を殺そうとするは、「おいおい、ええ加減にしてくれよ」状態。

軍の発動を指揮した全斗煥氏は、この運動を「北朝鮮と組んだ金大中氏の策謀」とでっちあげて彼を裁判にかけ死刑を宣告します。

実際死刑囚だったのだけど「おいおい、死刑になんかしたら、一切の援助を行わへんで」と再びアメリカがプレッシャーをかけたため、無期懲役に減刑、その後は刑の執行停止、それから米国へ出国など、と命拾いしています。この時が 1980年で 56才。

1980年って 29年前ですよね。この時点で“死刑囚”だったんだから、ここからの逆転劇がすごいです。マイナス100からの大逆転!


その後、1985年に韓国に帰国。1987年は大統領の直接選挙が導入されるということで、韓国では民主化運動がすごく盛り上がる。金大中氏はここで初めて大統領選に出馬。しかし最終的には全斗煥の子分であった軍人の盧泰愚氏が大統領に。

さらにその 5年後の 1992年に再度、大統領選に出馬するけど、今度は同じ民主化運動家ではあるけど、どっちかというと保守派の金泳三氏に敗れる。

金大中氏って運が悪いのか選挙が下手なのか時代に合わないのか知りませんが、よく落ちる人だよね。最初に議員になる時も何度も落ちてるし、大統領選もどんだけ落ちてるねん、って感じです。この1992年の選挙で負けた時、彼は既に 68才で、次の大統領選は5年後。

普通は「ここで終わり」でしょう。誰もがそう思ったし、彼自身もここで「政界引退」を表明します。


が、3年後の 1995年には政界に復帰しその 2年後の 1997年 ようやく!!!大統領選に当選。(就任は 1998年で 74才からの大統領)そして彼は韓国が南北に分離してから初の「対北宥和政策」、いわゆる太陽政策を採用します。


21才の時、生まれた時から日本の植民地だった自分の国が“すわっ独立!”と思ったらいきなり南北に分けられて国土を焼き尽くす戦争が続き、ようやく停戦、と思ったら軍人がクーデターで政権を握ってしまう。その後もやっと民主化時代!と思ったら、ライバルの保守派政治家にトップの座をさらわれてしまう。結局、苦難の政治家は74才でようやく大統領という肩書き得、悲願の「統一朝鮮」実現への道を突き進みます。


そして 2000年、世界が驚愕した「初の南北首脳会議」

金正日氏と金大中氏が平壌で会談。両者満面の笑顔で握手。この時、76才。


その年の終わりに韓国初のノーベル平和賞を受賞。授賞式で彼は言ってました。「私は韓国の民主化のために何度も死線をさまよった」と。ほんとだよね。よくここまで生きていたよね。上には書いてませんが何度も何度も拷問も受けてます。

任期通り 2003年に 79才で大統領職を辞し、そして先日、死去。享年 85才。彼の勝因はずばり“寿命が長かった”とうことでしょう。

なお今までの大統領の葬儀は大半が「国民葬」で、一段“格”が高い「国葬」は韓国の中でも、朴正煕大統領と金大中氏だけとのこと。朴氏は大統領の任期中に暗殺されたので「現役大統領のお葬式」だったわけですから、今回は初めての「元大統領の国葬」ということになります。まあ韓国内ではいろいろ意見もあるようですが。


壮絶な人生でやんすよね。韓国内にはもちろん反対論者も多いのですが、それでも韓国近代史を代表する民主化の闘士、民主化運動家のひとりと言えるでしょう。


ご冥福をお祈りします。



あわせて読みたい → 韓国100年間の指導者達(関連エントリ)


★★★

(余談)

って考えてて、ふと「日本の民主化の闘士って誰だろう?」と思ったりもした。日本で歴史上で有名、もしくは評価が高いのは、


(1)戦国時代の武将(織田信長、豊臣秀吉、武田信玄、上杉謙信等々)

(2)尊皇攘夷時代の武士(坂本龍馬、西郷隆盛、新撰組)や維新の立役者(伊藤博文以下いろいろ)

(3)戦後復興時のリーダー(佐藤栄作、岸信介、ちょっと離れて田中角栄など)


だと思うけど、どれも「民主化の闘士」って感じじゃないでしょ。


なんでだろうね。日本は比較的、民主的な国だったってことかな。んなこともない気がするけど。

戦争前に天皇制や大資本支配に反対を唱えてた共産党のリーダー達を「民主化の闘士」と呼ぶ人は(共産党員以外には)あんまりいない気がする。この辺、おもしろいね。


まあそういうことで。


そんじゃーね。

2009-08-22 ちきりんも一言:日清食品の研修

日清食品の若手管理職にサバイバル法を教えるよというエントリを読んで、とてもおもしろかったので、元ネタの記事と日清食品のウエブページを見てみた。

で、今日のエントリは「大学の入試問題諷」に書いてみる。科目は現代国語と現代社会かな。



設問 下記の新聞記事(産経)と、日清食品のウエブページの文章を読んだ上で、問1〜7に答えよ。

食品大手の日清食品ホールディングスは、26日から2泊3日で、グループ会社の若手管理職社員を対象にして、瀬戸内海の無人島で生活させる“サバイバル研修”を実施する。

対象は、日清食品で7月に課長職に昇格した13人に、明星食品などグループ会社4社の管理職4人を加えた40歳前後の17人。

この研修では「チキンラーメン」と水、小麦粉、ビニールシートしか持たされない。まきをひろって火をおこして手作りの道具で調理し、ビニールシートで寝泊まりするなどのサバイバル生活を強いられる。

同社では若手管理職の心身を鍛えるため、平成15年からこの研修を開始。17年までは無人島で、18年から20年までは埼玉県の山中で研修を実施してきた。

以下略

http://sankei.jp.msn.com/economy/business/090817/biz0908172125010-n1.htm


日清食品のホームページより

日清食品 新任管理職研修  自活力を高めるため「無人島」で実施

日清食品株式会社(社長:安藤宏基)は、8月26日(火)〜28日(木)まで兵庫県飾磨郡家島諸島の無人島で2泊3日の新任管理職研修を実施致します。

今回研修の対象となるのは管理職(課長職)に今月新たに昇格した8名で、研修には社長の安藤宏基も参加し陣頭指揮をとる予定です。

以下略

http://www.nissinfoods.co.jp/com/news/news_release.html?nid=629


問1 この会社の“若手管理職(課長職)”には“女性”は存在すると思うか。いないと思うか。自分の意見を述べた上で、その理由を説明せよ。


問2 この会社の“若手管理職”に“女性”がいた場合、その女性もこの研修に参加するべき(させるべき)だと考えるか。自分の意見を述べた上で、その理由を説明せよ。

なお、あなた(この問の回答者)が男性の場合は「男性はあなた一人、女性管理職16名+女性社長1名と共に2泊3日の無人島研修に参加せよと命じられた場合」を想定した上で回答してください。


問3 この会社は、新卒採用の活動の中で「我が社は女性にとって働きやすい職場です!」とは言っていないはずだ、と思うか。それとも“言っている可能性がある”“言っていても何の問題もないでしょ”と思うか。あなたの意見を述べよ。

なお、この問に答える際には「女性にとって働きやすい職場」とはどんな職場か、という点をよく考慮した上で回答すること。


問4 この会社は、「女性活用グループ」を社内に作ったり、「女性役員を増やしたい」などと言ったことは決してない、と思うか。それとも“いや、案外そういうことをやっている、言っている可能性があるかも”と思うか。あなたの意見を述べよ。


問5 この研修と、日本経済新聞に掲載されている小説の共通点を述べよ。


問6 下記の文章について、あなたの考えを自由に述べよ。

「画一的な構成員だけで成り立つ組織の問題は、自分達が画一的であることに気がつかないことである。」


問7 このエントリ→日清食品の若手管理職にサバイバル法を教えるよと、ちきりんのエントリの視点の持ち方の違いは、何からきていると考えるか。この違いから言えることを考察せよ。




そんじゃーね

2009-08-20 はてなで書き始めた理由

ブログを書こうと思いたった 4年前、いくつかのブログサービスを比較し、どこで書こうか考えたのですが、その時“はてな”に決めた理由は、「画面デザインのシンプルさ」と「日付」でした。


私の文章は長いので、できるだけシンプルな見た目がいいと思い、あちこち比べてみたのですが、“はてな”は他より圧倒的に読みやすいと思えました。


そして、もうひとつ、私にとって極めて重要だったのが、「日付が URL に入っており、かつ、画面でも見やすい場所にある」ことでした。


私は資料を読む時、まず「日付」を探します。

これはもう癖みたいなもんです。仕事の資料はもちろん、新聞や雑誌、新書や小説などの本を読む時(買う時)にも、まずは「いつが初版なの?」というのを確認します。

だって情報ってのは時代背景とセットで初めて意味をもつわけで。


今書かれたものと、小泉総理時代に書かれたもの、ITバブル期に書かれたものと、その前の土地&株のバブル期に書かれたもの・・・時代背景を抜きにしては何であれ理解できません。

反対に、今読めば“ごくごく当たり前に思えること”であっても、それを書いた時期をみると「おお、こんな時代にここまで言ってるんだ!」と驚くこともあります。


音楽や映画も同じです。海外の音楽や演劇なども常に「いつの時代に創られた作品なの?」ということを最初に確認します。

音楽だって歌劇だって、作られた時代を織り込んだうえでの表現だと思うから。

抑圧されていた時代には、それをすり抜けるための苦肉の表現方法があるし、はじけていた時代ならある程度の冒険はあたりまえ。

時代によって込められる感情の種類も、その表現方法も違ってくるはずなんです。


同様にネット上の情報に関しても、まずは日付が見つからないと中身を読む気がしません。

だって「最近オレは・・・」と書いてあっても 10年前の情報かもしれない。

「弊社ではこういうサービスを行っています」「料金はこちら」と書いてあっても、既に倒産した会社のホームページが残っているだけかもしれない。

ブログより個人が管理してるサイトの方が多かった頃なんてもっとひどくて、“New!”という文字がチカチカしてるところをクリックしてみたら「平成 10年に○○を始めます!」と書いてあってずっこけたり・・。


ところが実際には、日付が見つけにくいページの多いこと。ブログにしろニュースにしろ、「日付はどこ??」って感じのページデザインがたくさんあります。

私はまず日付を確認しないと中身を読む気になれないので、日付が一番下にあると、いちいちスクロールして日付を確認してから、またスクロールアップして文頭に戻るわけですが・・・この手間だけで読む気が失せます。


“続きを読む”をクリックしないと日付が確認できないヒドい記事もあるし、エントリと広告の合間に日付が埋もれていて見つけにくいデザインや、年号なのか西暦なのか不明瞭だったり混じってたり・・・もはやそれだけで読む気を無くします。

てか、ニュースサイトで“年”の表記を省略するとかあまりに非常識だと思うんだけど、どう??


上部に日付が表示されている場合でも、日付だけすごく小さいフォントの場合もあります。あれをみると、「この情報の提供者にとって、日付は大事な情報ではないのね」と思います。


そもそも日付は必ず文頭に置くのがルールです。

みなさん、仕事の資料を作って、作成日時を一番最後のページに入れたりします? 

しないよね。最初のページの右上(もしくは左上)に入れるでしょ。

が、実際にはニュースサイトの日付が文末、というケースもたくさんある。

新聞サイトのくせにそんなことするのって意味がわかりません。

紙の新聞はどこを読んでいても「一番上」に日付があります。なんでネットだと、日付を後ろにするわけ?? 


さらに“はてな”がナイスなのは、エントリのURLにフル表記の日付が入ることです。

たとえば、今日のこのエントリのURLは下記です。

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20090820


これだとクリックして文章を見に行かなくても、2009年の 8月 20日に書いた文章だとわかります。こういうURLを使っているブログサービスは、そのときは他に見つけられませんでした。

ブログはストック型のメディア(書きためておくメディア)なので、インデックスの付け方がとても重要で、URLを見ただけで、何年前のエントリかわかるというのは、(日記を書いている私にとっては)とても大事です。


というわけで、どうでもいいようなことですが「日付をこんなに大事に思っている人も世の中にはいる」んです。


今使っているこのブログデザインはそういう意味でとても気に入っています。

日付が文章の頭にどでかい字で“年・月・日”とフルに表示されており、このデザインなら日付を探すのに苦労する人はいないでしょ。

どこでブログ書こうかな、と思っていた時、このデザイン(たぶん標準に近いような一般的なテンプレート)を見て、「おお、日付がわかりやすい!」と思った。

それが、はてなでブログを書こうと思った理由です。


f:id:Chikirin:20150810175729j:image:medium

そんじゃーね。


http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+personal/  http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+shop/

2009-08-18 食料自給率100%の世界

<アメリカにて>

オバマ氏「ヒラリー、何を読んでるんだい?」

ヒラリー氏「日本のミンシュトウの資料よ。もうすぐ政権をとりそうな党なの」


オ氏「そうか。ヒラリーはいつも勉強熱心だね。で、なにか大事なことが書いてあるかい?」

ヒ氏「それがね、“食料自給率100%を目指す”って書いてあるの。」


オ氏「えっ? それって食料の輸入禁止”を目指すってことかい?」

ヒ氏「そおねえ、日本には輸出競争力のある農産物なんてないから、自給率100%を目指すってことは輸入ゼロを目指すってことよね。

でも今時“食料禁輸”なんて本気かしら?それとも印刷ミス?」


オ氏「うーん、普通に考えれば印刷ミスだと思うけど、あの国は時々意味不明なことをするからなあ。」

ヒ氏「日本が本気で食料禁輸を目指したら、農業大国の米国としては対策が必要ね。」


オ氏「そうだね。牛肉の輸入を再開させるのも大変だったのに、食料全部とは大変だ。我が国としてはどうすればいい?」

ヒ氏「そうね、じゃあ“うちはハイブリッドカー自給率100%を目指す!”と主張するのはどうかしら?“エコカー自給率100%でもいいわ」


オ氏「おお、それはいい案だ。国有会社GMの再建にもすごく役に立つし!」

ヒ氏「でしょ! じゃあもし日本が“食料自給率100%”なんて言うなら、米国もエコカー自給率100%を目指しましょう!」



<中国にて>

胡錦涛主席「温家宝君、ニーハオ、熱心に何を読んでるんだい?」

温家宝首相「主席、日本の民主党の資料を読んでるんですよ。」


主席「おお、そうか。いつも勉強熱心だね。で、なにか大事なことが書いてあるかい?」

首相「それが・・・“食料自給率100%を目指す”って書いてあるんですよ」


主席「えっ? それは“食料の輸入禁止”をめざすってことか?」

首相「日本には輸出競争力のある農産物はひとつもないですから、自給率100%を目指すってことは輸入を極力減らすってことですよねえ。

しかし今時、食料禁輸なんて本気でしょうか?それとも印刷ミスでしょうか。」


主席「うーん、普通に考えれば印刷ミスだと思うけど、あの国は時々意味不明なことをするからなあ。」

首相「日本が本気で食料禁輸を目指したら、日本へ野菜や冷凍食品、食料加工品にうなぎまで大量に輸出している我が国としては対策が必要になりますね。」


主席「そうだな。ぎょうざ事件がようやく下火になったのに。我が国としてはどうすべきかね?」

首相「では我が国としては、“薄型テレビ自給率100%”を打ち出すのはどうでしょう?

日本の薄型テレビの自給率は200%を超えてるんじゃないですかね。あの国は電気製品の自給率は全然計算しないくせに、食糧だけ自給率を計算して問題視するんですよ。あまりに身勝手です。

日本がこんなこと言いだすなら、我が国も“自国に国際競争力のない分野での自給率100%”を目標に掲げるのは問題ないと思います。」


主席「なるほど。薄型テレビは国内メーカーも育成したい分野だ。それに“自給率100%”という言い方は国民のナショナリズムにも訴えることができる。これはまた巧みな言い方だな。」

首相「そういう小ずるい言い方を編み出すのは日本の霞ヶ関のお家芸ですから。

では、日本が“食料自給率100%”を主張するなら、我が国は薄型テレビの自給率100%を主張しましょう。」



<フランスにて>(←農業大国)

サルコジ大統領「ボンジュール、フィヨン、何を読んでるんだい?」

フィヨン首相「ああ大統領、実はにっぽんのみんしゅとう・・ (以下略)



★★★


30年後の霞ヶ関

農水省A課長「次官、こちらにいらっしゃったのですね。」

農水省B次官「うむ。ちょっと胸がいっぱいになってな。」


A課長「そうですね。日本もすっかり変わりました。」

B次官「うむ。見てみろ、まるで原始時代のような風景にもどっただろう?」


A課長「はい。思えば30年前に民主党が自給率100%をうたって以来、東京にも自然が戻ってきましたよね。」

B次官「うむ。対抗策としてとられたアメリカの“エコカー自給率100%政策”で自動車会社が潰れ、中国の“薄型テレビ自給率100%”政策で電機メーカーが全部やられたからな。最後まで牛肉の輸入をやめようとしなかった吉野屋はじめ牛丼屋もみんな潰れてしまった。

おかげで今は都会でも田舎でも皆、ベランダや庭に野菜を作るようになったし、朝昼晩と米飯を食べるようになった。これこそ、我が国の有るべき姿なのだよ。」


A課長「その通りです。あれ以来、多くの国の政権が次々と“○○自給率100%”という政策を導入して鎖国政策が蔓延、世界貿易は一気に縮小しました。もちろん日本も何も輸出できなくなり、外貨がないから石油が入らなくなった・・」

B次官「トラクターも田植機も動かなくなって、年寄りに農業を任せておくことができなくなった。で、派遣社員やワープアが農業に戻ってきたというわけだ。」


A課長「はい。おかげで日本はすっかり農業国に戻りました。ほら、あっちの田んぼでも若者が田植えを。それから、向こうの畑では若者がキャベツを収穫しているようです。みんな安い給料できつい仕事なのによく頑張りますよね。」

B次官「うむ、第二次産業が壊滅してから若い奴らには他にできる仕事もないしな。若者が額に汗して一生懸命肉体労働をしているのを見ると、昔のようなすばらしい日本に戻った気がして感激するよ。」


A課長「それに第二次、第三次産業がなくなりましたから、官庁も減りましたし。」

B次官「うむ、経済産業省とか外務省とか“FTA, FTA”とうるさかった役所がなくなったのはまことに喜ばしい。なんせ、自動車会社も電機メーカーも潰れてなくなったのに、経済産業省だけあっても仕方ないしな。わはははは。」


A課長「はい。おかげで、農水省は今や日本で最も重要な官庁になりました。昨日も就職希望者が列をなしていました。」

B次官「うむ。今や日本をリードしているのは農水省とJAだからな。大学生の就職ランキング一位もJAとうちが争っているらしいぞ。ははは。」


A課長「感激ですね・・・」

B次官「うむ。私の目の黒いうちに日本を農業国に戻すのが、農水省の夢だったのだからな!」


A課長「次官!」

B次官「うむ。  うむ。  うむ。」(左手で課長の肩を叩きながら、自分もそっと感激の涙を拭う)



<完>




<食料自給率について書いた過去のエントリ>

・いいじゃん 食料自給率40%で http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20070810

・米の自給と安全保障論の欺瞞 http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20071015

2009-08-16 「高速道路の無料化」は注目の政策

今回の選挙政策の中で、ちきりんが一番“おもしろいっ!”と思っているのが、民主党の言っている「高速道路の無料化」です。

これ、ちきりんは「やればいーじゃん」と思ってる。で、何が起るか試してみればいーじゃないかと。「できない」「ダメだ」「無理だ」とか言ってると議論だけで終わっちゃうし、現状から何も変化しないでしょ。


加えて“反対派”の人が言う理屈はぜんぜん説得力がない。

たとえば、「通行料金を無料にしたら、道路のメンテナンス費用が捻出できなくなる。道路が穴ぼこだらけになるぞ」という反対論者の主張のひとつ。ほんまかいな。そんなことにはならないよ。


なぜなら、

(a) 高いのは、新たな道路の新規建設費であって、メンテナンス費用じゃない

(b) 現在のメンテナンス費用は高いかもしれないが、不要なメンテ=無駄も多い

(c) 道路の通行料金以外で収入を確保する方法はいくらでもある、と思うから。


(a)現在無料化に反対している人の本音は、「そんなことしたら、新たに田舎に高速道路を建設する費用が捻出できなくなるからヤバイ!」なんだよね。それを「メンテ」の話にすり替えてる。

(b)そもそも無料化したら、今、全国津々浦々で“24時間稼働”してる料金徴収所のコストは人件費含め全部いらなくなる。

あと、日本の道路は“標識多すぎ”だし、“電灯も明るすぎるし多すぎ”るし、“工事も多すぎ”です。

高速道路上にある緑色の標識板があるでしょ、行き先などが書いてあるやつ。ああいうのも米国や欧州に比べてやたらと多いし、ものすごく綺麗(=無駄に数年ごとに取り替え、道路族ファミリーの会社にお金が落ちる)。

あの標識を作って売ってる企業に、国交省の天下りの役人がいないと思います? あの看板、すんごい高いんじゃない?


(c)サービスエリアでフライドポテトとか焼きそばを売ってる店があるでしょ。ああいう店は、あの“出店権利”をどうやって得ているの? それ、入札で売ってほしいんだけど。そしたらかなりの収入になるんじゃないの? 有名ラーメン店とかに出店してもらって歩合で家賃もらったらどうよ。

その他、サービスエリアで商品プロモーションしたい企業とかもありそうだし、田舎の土地の安いところで、サービスエリア併設のアウトレットモールがあってもいい。通行料金以外でも収入増のネタはいくらでもある。


ってか、先進国で高速道路が無料の国はたくさんあるんだから、日本だけ「無料化したら道路が穴だらけになる」とは思えないな。シムシティじゃあるまいし。


あと反対理由としてよくいわれるのが、「高速道路をタダにすれば、一般納税者の収めた税金が高速道路のために使われることになる」という議論。「ドライバーだけがメリットを得るのは不公平だ」、という意見です。

これもイマイチ納得できない。

(a,b,c)上記で書いたように「メンテ費」だけなら税金を投入しなくても済むのでは?と思うし、

(d) 高速道路を無料にしたら、一般道路の交通量が減り、そのメンテ費用が減って、一般納税者の税負担も減るではず(下記の d の部分参照)


加えて

(e) 高速道路の無料化がドライバーにしかメリットがないと思うのは視野が狭すぎ、です


(d)ですが、田舎じゃ誰もバカ高い高速道路になんて乗らないから、高速道路はガラガラでしょ。一般道路も十分立派で、そっちで十分だし。

でも、もしも無料だったら一般道路を使わずに高速を使う人はたくさんいるはず。タダならそっちのほうがいいじゃん。信号もないし子供も狸も飛び出してこないし。そしたら一般道路の負担は相当減ると思うんだけど。

今、一般道路は通行料は無料だから、そのメンテ費用は他の自動車関連税と一般の税金から捻出されてます。

たとえば“県道”なら県の税金も使われてるわけです。でも、それらの一般道路の交通量が減ったら、そっちを掘り返したりメンテする費用は減るわけで、一般の人の税負担も減りそうじゃん。


加えて(e)につながるのですが、高速道路が無料化されて、今は一般道路を走っている車がもっと高速道路を走るようになったら、

(e-1) 一般道路の交通事故も、市街地の排気ガスも減るよね。自転車も歩行者も楽になるはず。バスも渋滞に巻き込まれなくなるからバス利用者にも得。ドライバーだけじゃなく、すべての人にメリットがあると思う。

(e-2) 野菜も電気製品もすべての物流費が削減されるんだから、モノが安くなるはず。

この点に関していえば、特に都会の人に集中的にメリットがある。だって大都市は「何も生産せずに、大規模消費をしてる場所」なんだから、すべての消費物を毎日(一日も欠かさず)外部から“運び込んでる”。そのコストが下がったら、すごく得です。「高速道路の無料化で得するのは車を使う田舎の人だけ」という主張自体が意味不明。


(e-3) 長距離の宅配便料金も下がるから、田舎でネットビジネスをやって都会の人に通販しているような会社の売上にも貢献するんじゃないの?お取り寄せも安くなるでしょ。


(e-4) 高速の出入り口周りの街が活性化する。今、トラックなどは高速を一度降りると新たに料金がかかるから、いったん高速にのると最終目的地まで絶対に降りない。なので休憩も食事もサービスエリアでしかとれない。高いし不味いし飽きちゃうし、そもそも決まったビジネスしかない。

でも、無料だったら休憩のたびに高速道路を降りればいい。田舎などでインターチェンジの周りなんて田んぼとラブホテル以外なんもない、みたいな土地の安いところで、長距離ドライバー向けの商売を新たに始めるのも可能になる。なにかしら、「中途下車ができるようになったことによる価値」がでてくると思うのよね。


そして、当然ですがより大きなメリットとして、

(f) 相当大量&多額の「道路族」「道路ファミリービジネス」「国土交通省」の不要な仕事や不要な頭数、無駄なお金、が減らせると思う。しかもこのメリットはドライバーだけでなく全国民が享受できる。

「無料化したら“多額の借金”は誰が返すんだ?」と言う人もいるけど、今まで有料(かつ、あんなに高額な通行料金)の下で、それだけの借金を作ってきたわけでしょ。ということはそもそも通行料金でそんな借金を返すのは無理なのであり、通行料が有料のままであっても、どうせ税金で返すことになるわけです。

だったらいっそ無料化して(f)のような税金の無駄をやめてその分を借金返済に充当する、というのはひとつの考え方だし、そのほうが一般の納税者の負担も軽くなる。


というわけで、「この政策は、車に乗らない人にはメリットがない」などというのは、おかしな意見だと思うです。


なお、今やってる「土日だけ」「一般乗用車だけ(トラック等除外)」「ETC車だけ」「千円」みたいな中途半端な方法は「高速道路無料化」とは全く違う話です。

あれは「土日とお盆に高速道路を渋滞させて、産業物流の邪魔をし、JRや飛行機会社の売上を低減させると共に、CO2の排出量を最大限に増やして、ETCの販売促進をする」のが目的です。

だいたい「キャパシティ産業」ってのは、“使用率の平準化”を目指すのが当たり前なのに、週末や夏休みなど、最も混む時期に割引するってどういう神経してんだか。

それに、“多額の資金を注ぎ込んで作ったのにガラガラの地方の高速道路を有効活用して経済効果を生み出す”というのが重要な点なのだから「1000円」なんて中途半端なことしても意味ないんです。

タダなら毎日一般道ではなく高速に、という人はいるだろうけど、一日千円(月3万円)かかる高速に毎日乗る人はいないでしょうが。

★★★

というわけで、ちきりんは「高速道路無料化反対!」の人の意見のうち、納得できるものが全然ない。

なので、「無料化すれば?」と思ってます。


まあ、上記以外にも高速道路を無料化したらすごくいろんなことが起ると思う。ポジティブ、ネガティブの両方含めてね。

当然、他の交通機関への影響があるだろうし、トンネルが開通して青函連絡船がなくなるみたいに、新しいビジネスのために淘汰される会社もでるかもしれない。

物流(人モノ含め)が大きく変わると、生活やビジネスの様式やパターン自体が、何かしら大きく変わる可能性がある。突然どこかのド田舎みたいなところが大発展(or没落)しちゃったり、通勤の流れが変わったり。

とにかく、上記に書いたこと以外に多くの「おおっ!高速道路を無料にするとこういうことが起るわけか!」というようなこと、今はまだ想像もできてないことがたくさん起ると思う。大失敗とか大混乱も含めて。


だから、ちきりんは「やってみてよ!」と思うわけ。まずは実験的にやってみてほしい。で、何が起るか見てみようよ。

というわけで、「高速道路無料化」はちきりんにとって、最も楽しみな政策案です。


そんじゃね〜

2009-08-13 「朝日新聞の声」の欄

朝日新聞には、読者からの投書を集めたコーナーがあります。“声”欄といいます。

昨日12日の“声”欄には8個の投書が紹介されていました。下記がその8個の投書のタイトルです。タイトルの前に、投書した人の年齢も書いておきました。

(関西で購入した朝日新聞なので東京とは少し版が違うかもです。)


<年齢および投書タイトル>

(1)74才 フランスに倣い教育投資を

(2)31才 最低賃金アップ 社会に有効

(3)49才 核のない世界へ、私も行動を

(4)70才 胸が痛んだ実家の取り壊し

(5)49才 家族5人、一つ蚊帳の中就寝

(6)52才 芸能界あげて薬物汚染断て

(7)75才 21年来の扇風機、つらい別れ

(8)49才 蝉しぐれに七回忌の夫思う


投書をしている8人の年齢は、

30代 1名

40代 3名(といっても全員49才)

50代 1名

70代 3名

8名中、7名が49歳以上です。まあこれが朝日新聞の平均的な読者層なのでしょう。(もしくは“ターゲット顧客”そのもの、なのでしょう。)


★★★

次に、それぞれの投書の内容をご紹介しましょう。(青字で)

また、それぞれの投書の趣旨?(=朝日新聞の主張?)をまとめておきました。(赤字で)



(1)74才 フランスに倣い教育投資を

内容:フランスのように大学も含め授業料を格安にすべき

朝日の主張:社会主義の実現を!


(2)31才 最低賃金アップ 社会に有効

内容:最低賃金アップは重要だ。ただし、正社員にしわ寄せがくるのは困る。なお、企業の競争力の話は関係ない話だ。

朝日の主張:社会主義の実現を!


(3)49才 核のない世界へ、私も行動を

内容:ほぼ題名どおり

朝日の主張:戦争反対!


(4)70才 胸が痛んだ実家の取り壊し

内容:父がなくなって10年、ようやく実家を取り壊す決心がついた。父が出征先の中国から送ってきた手紙が見つかった。あらためて平和のありがたさを痛感した。

朝日の主張:戦争反対!


(5)49才 家族5人、一つ蚊帳の中就寝

内容:昔、蚊帳を使って家族全員で寝ていた頃、夜は暗かった(今のように街は明るくなかった)

朝日の主張:早寝早起きが正しい生活である!


(6)52才 芸能界あげて薬物汚染断て

内容:酒井法子の話にかけて薬物汚染を非難

朝日の主張:薬はよくない!


(7)75才 21年来の扇風機、つらい別れ

内容:21年使ってきた扇風機が壊れて非常に残念という内容

朝日の主張:物を大事にしよう!


(8)49才 蝉しぐれに七回忌の夫思う

内容:地上での短い命をうたいあげる蝉しぐれにかけて、命の大切さと平和な世に感謝する

朝日の主張:命を大切に!&平和は尊い!



ある程度、自分の新聞の主張に近い“声”を選ぶのはありえるにしても、さすがに露骨過ぎないかしら、と思った。それにしてもこの欄、誰が読んでるんだろ〜。



でも、わかった。


そうか。これは、



「朝日新聞の」「声という名前の」「欄」という意味ではなく、

「朝日新聞の声」を掲載する「欄」ということなのだな、と。



というわけで、「朝日新聞の声」をまとめると、

(1)社会主義の実現を!

(2)社会主義の実現を!

(3)戦争反対!

(4)戦争反対!

(5)早寝早起きが正しい生活である!

(6)薬はよくない!

(7)物を大事にしよう!

(8)命を大切に!&平和は尊い!


・・・


思想と道徳のページ?



そんじゃーね。

2009-08-11 コンテンツとパッケージング

今日は、「コンテンツの価値」と「パッケージングの価値」について考えてみます。

たとえば個別の漫画は“コンテンツ”です。これに対して、漫画雑誌は様々なコンテンツを集めて組み合わせ、一冊にして提供する“パッケージング商品”です。どういう漫画を組み合わせるか、新しい漫画家をどう発掘するか、と考え、魅力的な作品を取り揃えていくのが雑誌制作というパッケージング作業です。

一般雑誌、新聞、そしてテレビ局などの場合は、コンテンツを作ると同時にパッケージングも手がけています。コンテンツ作りとは個々の記事や個々の番組を作ること。それに加え「何と何を選んで、どういうスケジュールで提供するか」という、紙面編成、番組編成を決めていくのがパッケージングです。

ブログでも同じような概念がありますよね。ちきりんが書いているブログはコンテンツ。複数のブログを集めて紹介しているサイトは、ブログの“パッケージング・サイト”です。


さらにメディア以外でも同じ概念があり、たとえば旅行では、

・「飛行機チケット」「ホテル」「食事」「観光地」=個々のコンテンツ

・「ツアー企画(組成)」=パッケージング


「タンカー手配」「保険契約」「手形回収」=コンテンツ

「全部お任せください!」という商社パッケージング


スーパーマーケットやデパート、コンビニなども

食品や家庭用品など個々の商品=コンテンツ

店作り、品揃え、棚作り、全体のプロモーション企画=パッケージング


会社の業務では「研究」「開発」「製造」「販売」「経理」などがコンテンツで、

「経営」とか「事業開発」はパッケージング、とも言えます。


家庭でも、親の仕事とは一種のパッケージングです。

「学校」「塾」「習い事」「友達との遊び」「家族の時間」=コンテンツ

どれを選び、選んだものにそれぞれどう時間配分をするか(=どういう生活をさせるか、どういう子供時代をすごさせるか)を決める子育て方針=パッケージング、と考えられます。


★★★

最近メディアの世界では「パッケージング」で価値を出す(儲ける)ことがとても難しくなっています。個々人の趣味思考が多様化してきたため、一般的なパッケージングに満足する人が少なくなってきたからです。

貧しい時代は皆の希望が同じです。まずは「おなかいっぱい食べたい」と思い、次に「家にテレビや冷蔵庫が欲しい」と思います。貧しいと「欲しいもの」が同じになるのです。

でも豊かになると人によって欲しいモノが変わってきます。車が欲しい人もいますが、要らないという人もいるし、海外旅行に行きたい人もいるけれど、興味がない人もいます。肉が好きな人もいるけどベジタリアンも現れる、といった具合です。一言で言えば、「豊かになる」とは「多様になる」ということなのです。


情報への要求に関しても同じことが起こっています。情報が乏しい時代は、皆が必要と思う情報は画一的でした。だから新聞やテレビは「マス」に対して、一般的な情報を取りそろえて提供していればよかったのです。

ところが豊かになって社会の同質性が低くなると、「自分はこの分野の話だけを詳しく知りたい。他の分野には関心がない」と、個人の情報ニーズが分化してきます。誰も彼もが「昨日の野球の結果が知りたい」わけではなくなるのです。このため「政治経済からスポーツ分野まで、一般的な情報を一通り揃えています」というマスメディアで満足できる人が減少しています。

また、ネットにはRSSなど「個人のためのパッケージングツール」もありますし、Twitterもフォローする人を選ぶことで自分が見たい情報をパッケージングすることができます。テレビでもCSの専門チャンネルを自分で組み合わせて視聴する人が増えています。

このように、自分でコンテンツを好きなように組み合わせることができる時代になり、“万人向け”のパッケージング・メディアが衰退しつつあるというのが、マスメディアから専門メディア、ネットメディアへの流れのひとつの特徴です。

★★★

そしてこれと同時に起こっているのが、情報コンテンツ価格の急激な低下です。ここのところ、映像にしろ文章にしろ音楽にしろ、すべての情報コンテンツの値段が下がっています。

これも、従来のパッケージング・メディアの「見せ方」「売り方」が時代遅れになり、コンテンツを高く売ることができなくなったからでしょう。

コンテンツの価格はそれ自体の価値だけではなく、やはり「それをどう見せるか、どう売るか」という仕組みに依存します。今までは新聞や地上波テレビという圧倒的な力をもった「パッケージング・メディア」が存在していました。だからコンテンツにそれなりの値段が付いていたのです。

しかしパッケージング産業が(上に書いたように)市場の多様化についていけずにその価値を落としてしまったため、多くのコンテンツクリエーターや制作会社スタッフはワーキングプア状態に追い込まれつつあります。

海外の販路が新たに拡がりつつある漫画でも、そのパッケージングで一番儲けているのは漫画家でも日本人でもなく、外人のアニメファンの周囲にいる人達だったりします。


コンテンツの価格が下がっているのは、コンテンツの価値が下がったからではなく、パッケージングメディアの価値が下がったから、というのは皮肉なことです。

これから誰かが「情報」という分野に関して、「お金のとれる」=「消費者がお金を払っても手に入れたいと思うような」新しいパッケージングの方法を生み出さない限り、コンテンツクリエーターにとっては受難の時代が続くことでしょう。

そんじゃーね。

2009-08-10 プレイバック(時代)

このまえネットであちこちのブログを見てる時、テレビから60年代のフォークソングが流れてきた。音楽専門チャンネルをBGMとしてつけっぱなしにしているので、たまたまそういう特集をやってたみたい。


で、どっちもぼんやり見たり聞いたりしていたのだが、目と耳から入ってくる情報がシンクロして「あれっ?」って感じになった。耳から聞こえてくる音楽の歌詞と、目から入ってくるブログの文字が、シンクロしてる。「主張が同じじゃん!?」と。



2009年現在のネットでブログを書いてる30前後の若者と、

1960年代のフォークソングをうたってる30前後の若者、

この両者の主張が極めて酷似してる。




どちらも、


「自分の人生を取り戻せ!」


「企業の奴隷になるな!」


「大組織の歯車になるな!」


「個性を殺して生きるなんてなんの意味がある?」


「大きな力にへつらうな」



みたいな感じ。





おもしろいよね。50年の時を超えて、同じ世代が、同じような主張をしてる。なんでだろ?



仮説1)時代は繰り返すのだ。


仮説2)実は時代は変わっていない。


仮説3)若者の主張はいつの時代にも同じ。

(シニアな人の主張もいつの時代も同じ)


仮説4)同じように聞こえても50年前の若者の主張と今の若者の主張は違う。




どれなんだろ。



んじゃ。

2009-08-09 国民の代表の選び方

今回“政権交代がありそう”ということで選挙への関心も高まっているし、マニュフェストに関する議論や報道も多い。せっかく議論が盛り上がっているので、是非「これも話し合ってほしいな」と思うのが、選挙のあり方。

選挙制度全般について、ネット選挙から国会議員の定員削減までいろんな論点があるんだけど、その中でも「国民の代表の選び方」について一度根本的な議論をすべきなんじゃないかと。結局のところ「誰を国民の代表とすべきか」ってのが国の在り方を決めるよね〜と思うので。


まずはおさらい。現在の国会議員の選ばれ方は下記の通り。今月末には衆議院選挙が、来年の夏には参議院の選挙があります。


<衆議院>

・定数は480名、任期は4年(解散制度あり)

・小選挙区300名(各選挙区から1名選出)

・比例選挙区(拘束名簿式) 180名(全国11ブロックごと。北海道8、東北14、北関東20、東京都17、南関東22、北陸信越11、東海21、近畿29、中国11、四国6、九州21)

・重複立候補可能


<参議院>

・定数は242名(任期6年で、3年ごとに半数の121名を改選。解散はない。)

・都道府県ごとの選挙区選挙146名(半数で73名)・・(大まかな人口比割り当て。地方は大半が一人区=小選挙区状態。人口の多い都道府県は2〜5名選出の中選挙区制的な割り当て)

・比例代表96名(半数で48名)(非拘束名簿式。政党名か、候補者名簿にのっている個人名か、どちらか1つを投票)

・重複立候補不可


おおざっぱにいえば両院とも「個別選挙区と比例区の組み合わせ」で、個別選挙区については、「多くが小選挙区」です。衆院は全部小選挙区だし、参院でも大半の都道府県では定員が1名のみです。


選挙区選挙と比例選挙はどう違うか。

・選挙区選挙は「個人を選ぶ」色合いが濃いですが、比例選挙は「政党を選ぶ」という意味が大きい。

・選挙区選挙の大半が小選挙区なので、二大政党が圧倒的に有利だが、比例選挙では小政党も当選が出しやすい。

というわけで、まずは「選挙区選挙と比例選挙をどう組み合わせるべきか?」というのが「国民の代表をどう選ぶか?」という点に関する最初の判断ポイントとなります。


次に、選挙区選挙には「小選挙区か、中選挙区か」という選択があります。ひとりしか当選できない小選挙区制は、二大政党制を生みやすくなる選挙方式です。というか、小さな政党から当選者を出すのは極端に難しいです。なんせ一地域でひとりしか当選しないのだから、普通は「第一党か第二党の候補者」が当選します。一方で中選挙区制で一区の定員数が多いと小政党に有利になります。

中選挙区にして小政党にも議席を与えたい、という意見があるのは極めて自然だし理解できるのですが、一方で「小政党が乱立」すると、「常に連立政権」になって政権基盤が不安定になります。誰もリーダーシップがとれず、全部足して6で割る、みたいな政策になりがち。もしくは、自民党が圧倒的に強かった時代のように、第二党以下の勢力が多数の小政党に分散してしまい、政権交代がおこりにくい状態になってしまいます。一長一短ですよね。


また選挙区選挙では、「境界線として何を使うか?」も重要。なぜなら現在、参議院選挙区は都道府県を基礎単位と考えているので、どんなに人口(有権者数)の少ない県でも最低1名は選出できる。これが“一票の格差”を生む大きな原因になってます。

そもそも「都道府県の代表」を国会に送る必要があるのか?という点も、ひとつの判断ポイントです。国会議員は“国のために働く人”であって、必ずしも都道府県の利益代表ではないので、必ずしも都道府県ごとに人を選ぶ必要もないはずです。


次に比例選挙に関しては、衆院のような「地域ブロック」で行うか参院の「全国比例」で行うか、というポイントがあります。地域ブロックで行えば「地域の利害代表」を国会に送ることになります。

一方で「全国区の比例」もメリットとデメリットが明確な方式です。全国区で選ぶと「地域の利害」から完全に離れて、この国がどうあるべか、というような「国の在り方論」で立候補したり選出したり、ということが容易になります。たとえばカリスマリーダーが「思想」を高らかに語ることで一定の支持を集めることができるでしょう。

たとえば共産党とか社民党のように「思想的な主張」がある政党にとっては、政党名で投票も可能な方式の比例選挙が最も有利と思います。

なんだけど、一方で「全国比例区」というのは広すぎて“選挙宣伝車で回る”という選挙活動は不可能です。そうなると事実上「マス」に既に知名度のある人でないと当選しません。このためタレントや有名人が担がれやすくなります。


さらに比例選挙には重複立候補の可否や名簿の拘束・非拘束、投票を個人名、政党名のいずれとするか、議員数の割り当て方法などに、無数の詳細がありますが、細かくなりすぎるのでここでは割愛します。

★★★

というわけで、「国民の代表をどう選ぶべきと考えるか?」という質問に答えるためには、下記のサブ質問に答えていく必要があります。


(1)選挙区選挙と比例選挙のどちらにするか?(どう組み合わせるか)

(2)選挙区選挙は、小選挙区か中選挙区か

(3)選挙区選挙の単位に市町村、都道府県などの行政単位を使うか?

(4)比例選挙は、全国区にするか、地域ブロックなどにするか?(どう組み合わせるか?)


また、「衆議院と参議院」の両方について(1)から(4)を考える必要があります。両院同じ制度もありえるし、違う制度も可能です。


うーん、選挙制度の設計って複雑ですよね。詳細をのぞいて大枠だけ決める場合でも、上記くらいは考えないと話が進みません。


というわけで、とりあえずちきりんの意見。

衆議院は、

(1)選挙区選挙と比例選挙のどちらにするか?(どう組み合わせるか)→全部選挙区選挙

(2)選挙区選挙は、小選挙区か中選挙区か →全部、小選挙区

(3)選挙区選挙の単位に市町村、都道府県などの行政単位を使うか?→使わない。地域代表にしない。

(4)比例選挙は、全国区にするか、地域ブロックなどにするか?(どう組み合わせるか?)→無関係(比例選挙しない)



そして参議院は、

(1)選挙区選挙と比例選挙のどちらにするか?(どう組み合わせるか) →全部、比例選挙

(2)選挙区選挙は、小選挙区か中選挙区か →無関係

(3)選挙区選挙の単位に市町村、都道府県などの行政単位を使うか?→無関係

(4)比例選挙は、全国区にするか、地域ブロックなどにするか?(どう組み合わせるか?) →半分を全国区、半分を地域ブロック 地域ブロックの代表は必ずしも人口比の定員である必要はないと思います。



つまりちきりんとしては

「衆議院選挙では“国民が国の方向性を選ぶ選挙”ができるようにし、

参議院では“少数意見と地方の意見の代表者”も取り入れるための選挙と位置づける」ってことかな。


これで衆議院は二大政党なるけど、法律を通すためには参院の少数意見の代表者達を説得する必要もある。だけど「リーダーシップ」は明確になる。

それにこの方式だと「衆議院と参議院の違い」も明確になる。参院はまさに「数の論理ではなく、多様な意見を代表する良識の府」になるわけですよ。


なお、衆議院の選挙区選挙は、常に直近の有権者数に基づき「定員が自動調整」されるように法律で決めちゃうことを提案したい。都道府県などの行政単位とか完全無視。選挙公示日の住民登録に基づいて“はてなマップ”と同じ方式で毎回選挙区の境界線を変えちゃえばいいんだよね。

たとえば人口の減った田舎では選挙区が統合され、人口の増えたエリアでは選挙区が分割される。その際、毎回、若干でも境界線を動かす。たとえば広島県は前回は岡山県とくっついてたのに、今回の選挙では山口県とくっつくとか。世襲もやりにくくなるし、いいんじゃないの?


さて、皆さんの意見はどうでしょう?


別に結論はなんでもいいんですが、「国民の代表をどう選ぶべきか」、「誰を国民の代表とすべきか」ってこと、それなりに大事そうだし興味深い話でもあるので、議論が盛り上がったらいいな、ということでちょっくら書いてみた。


そんじゃーね!

2009-08-05 市場として捨てられた日本(製薬編)

2029年、Z氏は上海行きの飛行機に乗っていた。短いフライトタイムが過ぎ飛行機が下降体勢に入ると、上海の見慣れた景色が目に入ってきた。上海の空は今日も排気ガスで煙っている。

機内アナウンスが現地の気温を伝えていた。今日はそんなに暑くないようだ。体調が悪くなければ診察の後、少し街を歩いてみてもいいかもしれない。

Z氏が2週間に一度上海を訪れるようになってから既に1年近くになる。昔は仕事で何度か中国を訪ねたけれど、まさか“病院通い”のために上海に通うことになるとは当時は想像もしていなかった。



海外旅行が好きだったZ氏は昔よく「日本に生まれた幸運」を感じた。発展途上国に行くと、教育も医療も、また文化的な一切の恩恵も受けられない多くの人達を目にしていた。海外旅行を繰り返すZ氏に比べ、彼らの多くは一生海外を訪れるチャンスを得ることはなかった。

先進国に生まれるか最貧国に生まれるか、政治的に安定した国や時代に生まれるか、戦争中やテロが頻発する国に生まれるか。同じ才能を持ち、同じだけの努力をする、全く同一の人間が地球上に二人存在しても、生まれる国が違うだけで二人の人生は全く違うものになる。

Z氏は「日本に生まれるということは、世界から見れば本当に恵まれたことなのだ」と何度も痛感した。当時の日本でもホームレスが問題になっていたが、日本では公園の隅にある古びた水道の水を飲んでも病気にならない。海外でそんなことをしたら感染症で命さえ失いかねない、そういう国がたくさんあったのだ。


★★★


おかしくなりはじめたのは2015年くらいだっただろうか、とZ氏は振り返った。いや2009年にも既にその兆候は始まっていた。

最初は“HIV(エイズ)薬”の話だったと記憶している。当時アフリカはHIVが猛威を振るい、滅亡の危機にある民族さえあると言われていた。既に欧米で開発されたHIV薬は一定の効果が証明されていたが、貧しい国が多いアフリカではそれらの高価なHIV薬を利用できる人はほとんどいなかった。

HIV薬の開発には多額の研究開発費がかかっている。それらの投資がまだ回収できておらず、かつ特許も切れていない時期に、欧米の製薬会社もおいそれとそれらのコピー品を認めるわけにはいかなかった。

しかし「アフリカ大陸をエイズから救え!」という運動は世界的に拡がり、多くのミュージシャンや文化人が欧米製薬企業の姿勢を非難した。国際会議でも対策が話し合われた。「薬は存在するのに、お金のある国の人達だけしか救われない。それでいいのか」と。

最後に製薬会社が妥協した。彼らは「特定の国でしか使用しない、その国内でしか売らない」という条件の下で、HIV薬のライセンス製造をアフリカやインドの企業に任せた。これにより、それらの国においては「格安のHIV薬」が利用できるようになった。


次に、同じことが2013年に大流行した鳥インフルエンザでも起った。東南アジアから発生した猛毒性の鳥インフルエンザは急速に拡大した。しかし一方で世界トップクラスの製薬会社が一斉にワクチン開発に資源を集中し、一定の効果がある予防接種薬が開発されたのだ。

ところがその薬は(開発費が膨大なだけに)極めて高価な薬であった。一回1万円を超える単価の接種薬を2週間の間隔で2度打つ必要があるという。貧しい国の人には手の届かないワクチンであった。

その時、欧米の製薬企業と交渉を続けていたWHOが緊急声明をだした。「欧米製薬会社は発展途上国内でのみ販売することを条件に、ワクチンの製造ライセンスを格安で現地製薬企業に供与することを決定した」と。

これを機に発展途上国では一斉に「ワクチン」の製造が始まり、アフリカ、インド、東南アジアなどでは「格安」で手に入るようになった。なんとそれらの国では同じワクチンが一回300円という価格になったのだ。


その時、日本人は気がついた。それらの「格安ワクチン」は、「日本人」だというだけで自分の手には入らないのだ、という事実に。

欧米製薬企業はあくまで「人道的見地」から、また「自分達の国への感染を防ぐ目的で」、まだ開発費の回収が終わっていない新薬を発展途上国に分け与える決断をした。しかし、その分は米国、日本、欧州などで儲ける必要がある。彼らだってボランティアではない。利益を出さなければ次の薬の開発費は確保できない。そのため、発展途上国でのコピー薬が先進国に流入しないよう、極めて厳重な管理が行われたのだ。

その結果、HIV薬も鳥インフルエンザワクチンも、アフリカではひとり分600円程度なのに日本では二万円以上となった。継続して飲み続ける必要があるHIV薬の負担は特に大きい。また鳥インフルエンザのワクチンも、保険で3割負担でも一人6000円かかる。もちろんこちらは、保険に入っていて経済的に余裕のある層にとっては決して高い価格ではない。命がかかっているのだから。


しかし、その時日本では恐ろしいことが起った。6000円さえ払えないホームレス、保険証を失効してしまった貧困層や派遣切りされた失業者達、そして家族5人分の3万円はとても払えないという低所得で子だくさんな家庭などを中心に鳥インフルエンザが広まったのだ。お金のある人の中には「危ないから貧乏な人が多いエリアや、格安のお店には行かないようにしている」という人まで現れた。派遣村支援のボランティアに行こうとする息子を親が引き留める、という事態にまで発展した。



「貧乏人は死ねというのか!?」


連日デモが行われたが、多くの「それでもまだ経済的な余裕のある日本人」達はそれらの運動を冷ややかな目で見ていた。所詮は他人事のように見えていたのかもしれない。また、そんなデモをしている人はワクチンを打っていない可能性がある。近寄らない方がいいという判断だったのかもしれない。


「インドなら300円でワクチンが打ってもらえる」という噂は拡がっていたが、当然それらの国までの旅費はワクチン代よりも高い。「日本でお金のある人」は問題なかった。「インドの人」も問題なかった。それぞれワクチンが手に入ったからだ。しかし、「日本に生まれたばっかりに」格安ワクチンが手に入らない人達がたくさん出現した。

テレビでは、経済的理由からワクチンが打てず8歳の子供が亡くなったという父親が涙をこらえながら声を絞り出して訴えた。「インドに生まれてさえいれば助かったのに・・・。日本に生まれたばっかりに・・・この子にワクチンが買えなかった」と。



しかし、本当に深刻な事態が起ったのはその後だった。

中国は2010年にGDPで日本で抜き世界第2位の経済大国になった後も順調に経済成長を続けていた。一方で日本はいつまでも高齢者と農家と官僚が既得権益を手放さず経済がずっと停滞していた。

そんな日本を、欧米の製薬企業は「市場として見放し始めた」のである。


どういうことか?

欧米の製薬会社にとって、日本市場は非常に魅力的な市場だった。薬会社にとって魅力的な市場とは、「病人が多い」(=高齢者が多い)、「経済力が高い」「医療保険制度が整っている」の3つの条件を兼ね備えた市場である。日本はまさにそういう市場だった。

だから、彼らは日本を「最重要市場」と認識し、欧米で開発された最先端の薬を日本でも販売できるよう“認可”を得ようと努力した。

この薬の認可プロセスは極めて複雑、煩雑で手間がかかる。国際的にも特に日本のプロセスは大変だと言われていた。また、厚生労働省が「日本の製薬企業を守るため」「欧米製薬会社の新薬が入ってくるタイミングを少しでも遅らそうとしているのではないか?」と言い出す人もいた。昔、薬害問題を引き起こした非加熱製剤事件と同じことが起っているのではないか、というのである。官僚と学者が製薬会社からバックマージンをもらって、日本人の健康を売り渡しているのではないか、と。

その真偽はわからないが、それでも2012年くらいまでは問題なかった。日本はまだまだ「高齢者が多い」「お金持ち」で「医療保険制度が整備されている」国であり、世界中の製薬会社にとって「最重要市場」の一つだったから、いくら薬の認可プロセスが煩雑でも、治験コストが高くても、彼らは「なんとかして日本での販売認可を受けよう」と努力をした。


ところが2015年くらいからその傾向が変わりはじめた。欧米の製薬企業は新薬の開発が終わると、日本よりも中国での治験、そして販売認可の取得を優先するようになったのだ。すでに中国の富裕層の数は1億人に達し、日本の人口と同一規模になっていた。つまり、中国も薬の市場として魅力的になりつつあったのだ。また中国での治験コストは安く、新薬の認証プロセスでも欧米での臨床データが活用できるなど柔軟かつ非常にシスティマティックで、現場のリーダー達の意思決定も早かった。

中国政府は欧米製薬会社に多額の関税をかけるなどややこしいところもあったが、不文律の規制が多く、治験体制に圧倒的な不備があり、意思決定スピードも非常に遅い日本での認可申請を優先する必要は、欧米製薬企業にはもうなかった。しかも日本は人口も減り始め、一方で貧乏な人が増え始めており、市場として必ずしも中国より魅力的とは言えなくなってきていたのだ。


そしてその後10年、欧米製薬企業が開発した画期的な新薬は、まずは欧米で利用可能になり、その次には中国とインドで利用可能になるという時代がやってきた。

画期的な新薬については、患者達とその家族から「早く認可してほしい!」という声が非常に強いにもかかわらず、欧米製薬企業は“日本市場の優先順位”をどんどん下げていた。「最初に中国で認可をとり、次はインドで、その次はブラジルで認可をとり、その後で日本でとればよい。」という感じだった。


厚生労働省はその時になってようやく「認可プロセスをスピーディに行います。不透明な判断は排除します。治験体制の整備にも協力します!」と訴えたが、もう手遅れだった。いくら「プロセス処理を速める」といっても、日本での申請自体が後回しにされてしまいなかなか行われない時代になってしまったのだから・・・



Z氏は、ある日診察の最後に医者から言われた言葉を聞いて驚愕した。「Zさん、残念ながら日本にいるとこの病気の特効薬は処方できません。おそらく認可までにまだ数年はかかるでしょう」と。「でも、もし上海の病院に通う気であれば、すぐに治療が始められます。健康保険もききませんし交通費もかかります。でもZ氏さんの経済力であれば月に2度ばかり上海に通い処方を受けることは可能ではないですか?やってみられますか?」と。

そんな時代になっていたのだ、とZ氏は驚いた。鳥インフルエンザワクチンが発展途上国の人は格安に手に入るのに日本人の貧困層には買えなくなっている、という話は数年前から聞いていた。しかし、お金のある人達にまでこんな影響がでるなんて・・


Z氏は経済的にも恵まれており、今の段階ならまだ「上海まで通院する」ことができる健康状態であったが、もしも飛行機に乗れない病状になれば薬を手に入れることさえできなくなる。

Z氏は迷わず医師に答えた。「中国で診療が受けられるよう、紹介状を書いてください。」


「わかりました」と医師は答え、インターホンで助手を呼んだ。“王美齢”という名札を付けた女医さんがでてきた。「この方のカルテと紹介状をお願いできますか?」と医師は書類を渡しながら彼女にいった。王さんは「任せてください」と答えてZ氏の方にやさしく目を向けた。「安心してください。中国で治療を受ければ治りますよ。」



Z氏の心に、ある言葉が響いた。

「日本に生まれたばっかりに」という時代になったのだ。





Z氏は滑走路が見え始めた窓の外にぼんやりと目をやりながら、右手でシートベルトを握りしめた。自分は若い頃「日本に生まれた幸運」を何度もかみしめた。でもこれからの日本人達は「インドに生まれていれば」「中国に生まれてさえいれば」と思うようになるのかもしれない。



いつからこうなってしまったのだろう。

なんでこんなことになってしまったのだろう。



Z氏はランディングの軽い衝撃をシートに感じながら、合わせて深く息を吐いた。






★★★

参考サイト:外資系製薬企業のグローバル戦略について

http://www.randdmanagement.com/c_gijuts/gi_248.htm

2009-08-04 「性悪説の労務管理」は企業の責務になる?

ちきりんは株式投資をしているので、この季節、何社かから「株主優待品」が送られてくる。伊藤園のお茶飲料セットとか、コーセーの化粧品セットとかはなかなかよい。

これらの多くが「ゆうパック」で届くのだけど、ちきりんは大半不在なのでマンションの宅配ボックスに入れられている場合が多い。つまりちきりんは「受領印」は押さずにこれらを(実質的に)受け取るということになる。


で、今年はそれらの品が届いた数日後に日本郵政から“ご確認のための葉書”というのが届くようになった。昨年はこんな葉書をうけとった記憶はないので今年から始まったように思う。

葉書にはたとえば「先日、伊東園様からの荷物を配達しましたが、受け取りましたか?」と書いてある。受け取った、受け取ってない、のいずれかに○をつけてポストにいれてください、とのこと。

ちなみにゆうパックを自分が送り主で使う時には、「配達記録を受け取りたいか?」という選択肢があり、それに「はい」としておくと「配達日が書かれた葉書」が戻ってくる。でも、今回届く葉書はそれとは違います。文面的には「配達がきちんとなされたかどうか、日本郵政という会社が確認したい」という感じだ。


どういうことかって?


ちきりんは、これは「配達員が、お届け品をネコババしたために、本来の宛先に届かない」という事態を想定して、日本郵政が宛先人に直接「あなたは本当に受け取りましたか?」という確認を始めたのではないか、と考えてる。

実際にそういう「不着事故」が多発したからこういう制度が始まったのか、それとも、そういう事故が起こるかもしれない、という想定に基づき(抑止策として)こういうことを始めたのかそれはわからない。が、何にせよ、そういう「不着事故」が起っていないかどうか探ってる、って感じに見える。


今のところ、普通の(たとえば遠くに住む家族とか、知り合いからの)ゆうぱっくの場合はこういう“確認葉書“は届かない。つまり、「株主優待品」の場合だけそういう葉書が届くんだよね。それがおもしろいな、と。

たしかに親戚や別居の家族になにか品物を送ると、普通は別の手段でそれを知らせるでしょ。電話して「昨日荷物送ったよ!」とか。あと、お中元の品などは普通は「お礼」が来る。だから「ナンのお礼もない」と「あれ?届いたかな?」と当然、送り主側が疑念を持つ。配達記録を求める送り主も多いだろう。ネットでの購入品なら、届かなければ間違いなく問い合わせをする。

でも株主優待品なら万が一届かなくても気がつかない人も多そうだ。たとえば今年伊藤園から何も届かないからといって、伊藤園のホームぺージを確認したり問い合わせをする人は少ないでしょ。「不況だから株主優待品、やめたのかな」くらいに思うし、そもそも今年初めて伊藤園の株を保有しはじめた人で(株主優待が目的ではなかった人は)そういうものが送られてくること自体、知らない場合もあるだろう。

つまり、株主優待品って、普通の“個人から個人へ送られたゆうぱっく”に比べて「届かなくても不審に思う人が少ない」という特徴がある。そして時期が集中的で、かつ、一定のエリアに山ほど同じ商品が届くから、誰が見ても(配達員がみても)「これはお中元ではなく、個人の贈り物でもなく、株主優待品だ」と分かる。送り主の会社名をみれば商品内容も想像が付く。しかも、ちきりんのように「宅配ボックスで受け取る」人も多数いる。

たしかにちきりんが“ネコババ”するならこういうカテゴリーの商品を狙うだろう、という条件が揃ってる。ということで、確認を始めたのかも?と思ったりした。いや、あくまで想像ですけど。


★★★


ここで思い出したのは、昔の共産主義の国の“外貨ショップ”。ゴルバチョフの時代のモスクワとか、15年近く前の北朝鮮とか、外貨ショップでお買い物するとそのプロセスが結構めんどくさい。


(1)品物を売り場で選ぶ。ショーケースや棚にある商品の中から、買うモノを決める。

(2)その売り場の担当者(セールスレディ)が、その品物の名前と価格が書かれた売上伝票みたいなメモを作る。わら半紙をちぎった一片に手書き、みたいなみすぼらしい場合も多い。

(3)そのメモ(売上伝票みたいなもの)をもって、ちきりんは、売り場の端の方にあるレジに向かう。たいていレジは店にひとつしか存在しない。

(4)そのレジでお金を払う。すると、売上伝票に「支払い済み」というハンコが押してもらえる。

(5)そのハンコ付き売上伝票をもって売り場に戻る。すると、その売上伝票と引き替えに品物が受け取れる。


という「行ったり来たり」が必要になる。しかもレジは大抵一カ所しかなく、売り場からやたら遠い場合もある。何のためにこんなややこしいシステムなのか?理由は「売り場のセールスレディに外貨を触らせない」ためだ。

具体的に言えば、販売員がレジからお金(外貨)を抜いたり、商品と引き替えにお客さんから受け取った代金(外貨)を自分のポケットに入れるのを防止するためにってことだ。商品在庫の確認なんて毎日行うわけじゃないから。

なので、「お金」はレジに座る一人(店長とか主任)にしか扱わせない。他の販売員は“決済以外の販売”のみを担当するというシステム。その根底にあるのは、店側は「販売員を信じていない」ということ。


たしか中南米の田舎で(比較的単価の高いモノを売っているお店)にも同じシステムの店があった。こちらは「従業員にキャッシュを扱わせない」という目的の他、「強盗よけ」もあるとのことでした。あちこちにレジがあると押し入ってきた強盗がレジごと持ち出してしまう可能性があるんで。

だからレジは店の奥にひとつだけ作り、(南米の)銀行の窓口みたいにハイエンドカウンターにガラス越しの丸い穴から支払う方式だったりしました。


そういうのを見ると、当時はつくづく「日本は平和でいい国だよね」と思えた。

が、実際には日本でももう長らく「コンビニ」の監視カメラは「従業員の万引き防止」が主な目的だと言われている。コンビニ強盗もなくはないけど、日本ではまだまだ少ない。

それよりは、24時間あけているコンビニで、夜間のバイトも客も少ない時間帯に、バイトの人が「レジからお金を抜く」「お酒のような単価の高い商品をくすねる」という事故の方が実質的には「警戒すべき事」なのだ。だからコンビニってバックヤードも含め「一切死角がないように」カメラを設置してたりする。

というわけで今回の葉書をみて、「ああ、そういう感じになってきたのかな、郵便の配達も」と思った。そもそも配達してる人が100%正規雇用の社員でもないのだろうしね。


★★★

ちきりんはこういう「会社が従業員(販売員)を信じなくなる」、さらに言えば「性悪説に基づいて労務管理を行う」ということに関して、別に感慨はないし、そういう信頼関係が崩れてはいけないのだ、という道徳観もあんまりない。

むしろ「会社は俺を裏切らない」「社員が会社を騙すなんてあり得ない」という過剰な信頼関係が続くことの方が妙だと思ってる。


てか、戦後とか日本もぐちゃぐちゃだった時代には、会社や店だって社員や店員をやたらと信じたりはしていない。「社員による売上の持ち逃げ」だってよくあることだったと思う。

高度成長してからだって、銀行のように現金が商品という業態では「異動は辞令がでてから2日以内」みたいなことを言う(=不正を隠す時間を与えないため)し、実は支店長は行員すべての貯金通帳の明細を監視させられてる。(多分ね。)


なので、本音では日本だって会社が社員を「100%信じている」わけではないし、ある程度の性悪説に基づいて不正防止と不正発見の仕組みを組み込んでいる。

なんだけど、今までは比較的「社員を信じている」という建前を大事にしてきていた気もする。「コンビニの監視カメラはあくまで客の万引きと強盗抑止のためなのだ」ってことになってるとかね。


が、なんとなく、そういう精神論も終わりかなあ、という気がしてきた。会社と社員の間に、心温まる信頼物語が必要だと言い張る時代の終わり、というか。今更「会社と社員、共に苦労しながら共に幸せになろう」とか言っても誰も信じないし。

少し前までは(裏では疑っていても)会社は「社員は会社の宝」とか「株主より社員」とか綺麗な言葉をちりばめて、「会社に人生を捧げる社員を、会社は裏切りません」という虚構を続けようとしてきた気がするのよね。



最近、金融機関から顧客名簿が流出する事件も多いでしょ。内部関係者(社員を含む)がお金のために名簿を外部に売っているようなケースもある。

これからは金融機関は「自社社員によるデータへのアクセスを監視するもっと強固なシステム」をもつことを要請されるだろう。特にネットだけですべてを行う“ネット金融機関”は、「社員を見張るシステム」を導入することが最優先のシステムニーズになるんじゃないかな。

ああいうところって、そもそも「終身雇用」でもないし「異動」もあまりない。長く一人の社員に「あいつはシステムに強いから」とかいって一分野を長く任せていると大変なことが起るケースだってでてきそうだ。


つまりそこには「社員管理は性悪説で行う」という原則が「企業の義務として」課される世界がやってくる。「心の中では疑っているけど、一応“信じてるよ!”と言う、という建前と本音を分ける世界」じゃなくてね。



「会社は社員を信じない。もちろん、バイトや契約の販売員や配送員も信じない。」

「だから、内部者の不正を疑い監視するシステムをきちんと業務フローに取り入れる。」

という中で、

「これって、俺たちを見張るシステムだよな」ということを理解しつつ従業員は働くことになる。




世界ではごく普通の世界が、日本にもやってくる。



そんじゃーね。

2009-08-02 “ヤミ専従”摘発が意味すること

7月以降、“ヤミ専従”摘発のニュースが相次いでいます。

以下ニュースからの抜粋です。(青字とか太字にしたのはちきりんです。)


自民、公明両党は1日、公務員が休職許可を得ずに労働組合活動に従事する「ヤミ専従」の撲滅に向けた国家公務員法改正案を議員立法で衆院に提出した。ヤミ専従の背景となっていた短期従事制度の廃止や労使交渉の内容の情報公開が柱。

元記事:http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20090702AT3S0102101072009.html


無許可で組合活動に従事する「ヤミ専従」問題で、農林水産省は17日、関与した職員やその上司ら計1237人を処分すると発表した。一度の処分としては異例の規模。組合活動中に支払われた約25億円に上る給与の返還も求める。

1日7時間以上の組合活動を年間30日を超えて行っていた23人は停職1カ月。減給が114人、戒告が208人で、懲戒処分の対象者は計345人。このほか訓告や厳重注意、口頭注意、他省庁への出向者なども含めて処分した。

元記事:http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20090718AT1G1703Q17072009.html


国交省で12人ヤミ専従、違法活動932人


国土交通省の出先機関・北海道開発局で、過去3年間にヤミ専従を行っていた疑いのある職員が12人いることが31日、同省の調査で分かった。


 このほか、常習的なヤミ専従とまでいえないものの、勤務時間中に無許可で組合活動に従事していた職員も932人に達した。いずれも国家公務員法に違反する行為で、国交省は近く、第三者による調査委員会を設置、関係者の処分や給与返還請求を行う。


(中略)

総務省では、社会保険庁のヤミ専従問題発覚後の昨年5月にも、全省庁にヤミ専従調査を指示しているが、国交省は「ヤミ専従はなかった」と回答していた。

 読売新聞の取材に対し、全開発は「職場にはヤミ専従はないと認識している」としている。

(2009年8月1日03時08分 読売新聞)

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090801-OYT1T00033.htm


社会保険庁は31日、給与を受けながら労働組合活動に従事する「ヤミ専従」を行っていたとして、職員2人を2カ月減給の懲戒処分にしたと発表した。元職員1人のヤミ専従も判明したが退職しており、処分できなかった。同庁は3人が不正受給した約5600万円の返納を求める。

http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20090801AT1G3102Q31072009.html


この話、自民党と民主党、どっちへの打撃が大きいのか判断が難しいなあと思います。


まず民主党。彼らがこの一連の動きにたいして笑えるほどナンにも言及しないことがすべてを表していますが、上記記事にもあるようにヤミ専従とは、公務員が国民の税金から給与やボーナスを受け取りつつ、事実上仕事をせずに“組合運動”をやっている状態をさす言葉です。

で、“組合運動”って何なのでしょう?

いったい仕事時間中にどんな組合活動をしてるんですかね。上記の記事を見ると「すごい人数だな」と思われるかもしれませんが、実際にはこんなの氷山の一角です。桁の違う数の公務員が全国でヤミ専従組合員として毎日毎日、何年も何年も(仕事せずに)“組合活動”をやってるわけです。


で、具体的にその組合運動って何?って話になる。



このヤミ専従がなぜ7月から一気に摘発され始めたかを考えると明らかですよね。


8月の一ヶ月間、すごい人数の“ヤミ専従”の人が必死で“組合活動”をすれば、相当数の“ポスターを貼ったり”“個別の家のポストにビラを配布したり”“依頼電話を掛けまくったり”“候補者の車の運転を担当したり”“サクラとして集会で拍手したり”ができるから、でしょう。

7月中にこれらを取り締まり、社保庁については「ヤミ専従で処分を受けた人は、日本年金機構に変わる時に再雇用しない」くらいの圧力をかけておけば「8月の組合運動の総量」を相当程度、抑えることができる。すなわち、「組合が支援している政党」の選挙活動に打撃をあたえ相手陣営の勢力拡大を阻止できる。これがここに来て一斉にヤミ専従の摘発を始めた最大の理由でしょう。

自民党も必死です。



そもそも“ヤミ専従”問題の本質は、与党自民党による「野党対策費」です。

昔は(戦後から60年代までの政治の時代は)、組合は本気で権力(なり経営者側)と対峙していました。権力側も本気で労組を潰そうとしていました。でも、その後の高度成長の中で経営者側と労組はお互いに利益のある“強固で甘いなれ合い関係”を築いていきます。そしてそれはそのまま「権力側の自民党」と「労組が支持する野党側の政党」の関係の変化を表していました。

ヤミ専従は今に始まった話ではありません。何十年も前からそうだったわけです。しかし“左系野党”との穏便な関係を維持するために自民党はそれをずっと見逃してきました。これって費用は「国民の税金」です。この件を“見逃す”行為により、自民党の予算を使うことなく野党に恩が売れる。自民党はそう考えていたのでしょう。

そして組合が応援している多くの“左系”の政党は、この恩恵を長く、“ありがたく”頂戴してきたわけです。だって自民党と違って、彼らには大企業からの献金はありません。こういう「税金からの活動費補填」は彼らの活動の非常に重要な資金源だったのではないでしょうか。


55年体制とかいうけれど、実際には高度成長の途中から「保革対立」はある種のフィクションとなっていた。「政権を本気で狙わず“反対パフォーマンス”で存在意義をアピールする」野党、国民の税金を使って野党を子守&懐柔する自民党。その関係を象徴するひとつが、この“ヤミ専従黙認方針”だった。

ところが今は自民党は本気で「政権を取られる」と感じています。だったらいつまでも“買収費用”を野党に与え続ける必要はありません。さっさとヤミ専従問題にもメスを入れよう、という話になったのでしょう。しかも8月の選挙月、ヤミ専従員が自由に動けるかどうかは非常に大きい。そうでなくても選挙情勢はとても厳しいわけで、“まずは専従の活動を止めないと・・”と考えたわけです。


上の記事で赤字にしたところを再度抜き出したので見てみましょう。

総務省では、社会保険庁のヤミ専従問題発覚後の昨年5月にも、全省庁にヤミ専従調査を指示しているが、国交省は「ヤミ専従はなかった」と回答していた。

ここが一番おもしろいですよね。これは何を意味するのでしょう?そう、「昨年の5月には自民党にも官僚組織側にも、この問題を表面化させる意思も必要性も全くなかった」ということを意味します。ところが一年後の今は「状況が完全に変わった」のです。だから突然千人規模の処分を行った。一年前には「いない」と言っていたのに今は千人を処分。ほほお!って感じです。


また民主党は「官僚の天下り」「随意契約」などを指摘して「税金の無駄遣い」と声高に叫んでいます。それなのに自分達に便益が回ってきている“ヤミ専従”という大きな“税金の無駄遣い”については一切何も言わない。自民党としては「いい加減にしろよ」という気持ちになるのも自然なことです。

今まではお前等も俺たちと一緒に税金を無駄に使って楽しくやってきたじゃないか。それなのにいきなり“税金の無駄使いを正す”とかいって政権を取りに来るのはルール違反だろう?」というのが自民党の本音なのでしょう。

今までずうっと一緒に「万引き」してきたA君とB君。ところがA君はいきなり「先生、B君が万引きしています!僕はそういう行為を撲滅したい。」とかいって生徒会長に立候補した、みたいな感じでしょう。


なお、どうやらこの問題、野党側は黙殺するようです。なにしろこれだけ摘発が続いているにもかかわらず、官僚問題には常に舌鋒鋭く切り込む長妻議員を初め、民主党の政治家でこの問題に積極的に言及する人は皆無なんですから。(民主党以上にヤミ専従の恩恵を受けていると想像される共産党、社民党ももちろん何も言わない。威勢のよい辻元議員の意見とか聞いてみたいモンですよ。)


ただ、国民側からみれば“漁夫の利”ではあります。元々自分達が払った税金であるとはいえ、巨額の無駄遣いが是正されるのは悪くありません。ヤミ専従の大量摘発は、与党と野党の蜜月の時代の終焉を示しています。それだけでも“政権交代”の意義がある。




自民党の焦燥は相当のものだし、その巧みさもなかなかです。一方で「無駄を徹底的に潰す!」と叫ぶ民主党の厚顔さもまたすばらしい。

まあ、ちきりんとしては、自民党の姑息さの方に軍配をあげようかな。民主党は本気で政権を狙うなら、まだまだ“自らの血”を流す必要のある部分が相当ある、ってことだろう。と思います。


そんじゃーね。




追記)関連記事を見つけたので、“組合が何をやってるか”"組合が権力側とどれくらいツルんでいるか”詳しく知りたい方はこちらもどうぞ。猪瀬直樹氏の、農水省の組合活動に関するコラムです。http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20090707/165395/?P=1