ブログトップ 記事一覧 ログイン 無料ブログ開設

Chikirinの日記 RSSフィード

2011-03-30 休眠口座とか休眠宝くじとか

「休眠口座」をご存じでしょうか。10年など長きにわたってなんの取引も行われないままの銀行口座のことです。「よく覚えてないけど、自分にもそういう口座があるかも?」という人もいるでしょう。

小さい頃にお年玉用に作ってもらっていた口座、大学近くの銀行で作った口座、引っ越し前や結婚前の銀行口座などで、数百円の残高があるかもしれないけど、もう通帳も判子もなくしちゃった、銀行の名前も何度も変わってる・・みたいな口座です。

こういう口座はものすごい数、存在していて、合計するとその金額も相当です。銀行、信用金庫などはもちろん、郵便貯金にもあります。

昔は口座開設の本人確認が緩かったので仮名での休眠口座もあり、既に亡くなっている人の口座がそのままという場合もあるでしょう。(おばあちゃんが亡くなった後、すべての口座からお金を引き出して精算したりしてますか?)


これらの口座にあるお金は、一定期間たつと会計上、その金融機関の利益に計上されます。それ自体は正当な会計処理なので問題ありませんが、「金融機関の利益になるなんて、なんか釈然としない」と思う人もいますよね。

で、イギリスや韓国では、休眠口座のお金を福祉目的に活用しようという制度ができているようです。また、今年の1月末には国会議員の田中康夫氏が、休眠口座のお金を金融機関から国に移し活用してはどうかと提案しています。

★★★

休眠口座の存在自体は昔から知っていたのですが、東北・東日本大震災で「街ごと流された」「一家全員が流された」ような被害がでたことから、ふと休眠口座のことが頭に上りました。

ひとり暮らしの方や、高齢者ふたり暮らしの両方が亡くなられた場合、もしくは一家全員が流されてしまったら、そういう方々の貯金や保険を誰が請求するんだろう?って思ったのです。

もちろん他都市に子供や兄弟、親戚がいる場合もあるでしょう。しかし「田舎の親がどこに貯金や保険をもっているか」「地震保険に入っていたか」などを把握している子供は多くはないですよね。ましてや親戚ではそんなこと知ってるほうが稀でしょう。しかも今回は通帳や保険証書は見つからない場合がほとんどだし、判子だってなくなっています。

金融機関側には「預金者が亡くなっていないか?」などを調べる義務はありません。すると、この災害を機に、相当の銀行口座が「休眠口座への道」を歩み始めるんじゃないの?と思ったのです。しかも今回の場合は「端数が残ってる放置口座」ではなく、津波直前まで生きていた生活口座ですから残高もバカになりません。

しかも、こういうのって後処理の手続きも面倒なのです。たとえば「亡くなった両親の貯金があったはずだからお金をおろしたい」と子供が窓口に言いにいっても、他に相続権者がいないか確認するため、遺産分割書や印鑑証明が必要、などと言われます。そうなると相当多額の貯金でないかぎり放置してしまう人もでてくるでしょう。


「そういうのが増えそうだなー」、「それ全部、将来は銀行の利益になっちゃうわけ?まじー?」と思ってツイッターで「コレどーなるの?」とつぶやいたところ、病児保育のNPO法人を運営されている駒崎弘樹さんからツイートを頂きました↓。


とのこと。


特に休眠口座が他国では活用されているという資料を見て、こういう具体的な方法論の提案まであるなら是非やるべきと思いました。

→「日本における休眠口座基金の創設プランの策定



ちなみに報道では、三メガバンクだけで21年3月末に242億円、平成22年3月末に303億円の休眠口座を益金計上し、日本全体では数千億円規模の休眠口座があるとのこと。(関連資料)今、益金計上されているのはかなり昔の口座です。昔の人なんてそんなにたくさんの銀行口座をもっていたわけではないのにこの額ですから、今後は急増するんじゃないでしょうか。

銀行も大げさに「我が行はこんなにCSRに熱心です!」とかアピールするより、「休眠口座のお金は、銀行の利益にするのではなく、災害復興基金にします!」と発表したらどうでしょう?

そういえば昔、銀行が潰れそうになった時、「銀行には公的な使命がある」とかいう理由で税金で助けてもらったことがあったのでは?その「公的な使命」とやらを発揮するいい機会だと思いますけど。

なお、今回の震災で発生し始める将来の休眠口座&保険に関しては、東北の小さな街という場所柄、郵便貯金と簡易保険や学資保険などが圧倒的に多いでしょう。ぜーひ、そちらもよろしくお願いしたいです。


あと、「当選してるのに、誰も賞金を受け取りに来ない宝くじ」も相当あるはず。これを機に、それも復興財源など福祉に使うべきだよね。それってまさに国民からの寄付じゃない?


f:id:Chikirin:20150810175729j:image:medium

そんじゃーね。


-------------

!)上記の話を読者の方が動画にしてくださいました!! 是非、多くの方にご紹介ください! → http://www.youtube.com/watch?v=j1QRWDOsI4A&feature=player_embedded


http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+personal/  http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+shop/

2011-03-27 「フクシマ以降」の時代

多くの人がいうように、日本の社会は3月11日を境にそれ以前とは異なるものになるでしょう。どのような点で変わると思うのか、ちきりんの意見をまとめておきます。


1.ジャパンブランドの深刻な毀損

311の前、日本は世界が憧れる国でした。綺麗な空気、清潔な街、多彩で一流のグルメ、安心で安全な国、ポップでユニークな文化・・・海外旅行をする余裕のできた多くのアジア人が日本を訪れ始めていたし、日本食は世界で大ブームになっていました。

この“日本ブランド”の価値は今回の原発事故で(地震でも津波でもなく原発事故により)深く傷つきました。今や「中国産野菜や中国産ウナギ、中国の牛乳は日本の野菜や魚介類、牛乳より安全だ」と思う人もいます。

それが事実かどうかは問題ではありません。ブランドの価値は高まる時も減じられる時も風評により変化するのです。ハウステンボスを経営するHIS会長の澤田秀雄会長は、「地震以来2週間、海外からは誰も日本に来ていない状況」とおっしゃっていました。東北から遠く離れた長崎でさえそうなのです。

消費人口の減る日本にとって、世界に売れる「ジャパンブランド」は大きな財産でした。実際に、日本人客の減少分を外人で埋め合わせていた分野もたくさんあります。銀座やお台場、表参道、秋葉原などのショッピングエリア、北海道のスキー場や九州の温泉地、テーマパークなどの観光地、各地の私立大学、中国人が買いあさっていた東京のマンションなど。

一斉にいなくなってしまった海外顧客を呼び戻すには、相当の努力を前提として、最低でも数年単位の期間が必要となるでしょう。

また、「日本支社」を「アジア支社」に統合し、本社・本拠地をトーキョーからシンガポールや香港に移す外資系企業もでてくるし、日本で働きたいと考えていたアジアの人も他の地を目指すようになるでしょう。日本の受けた傷は本当に大きいです。



2.東京一極集中から分散立地へ

電力不足と水や野菜の汚染可能性は、東京の価値も大きく減じました。さらに日本にはあちこちに稼働中の原発があり、また、地震も津波もどこでも起りうる国です。こうなると大事なことは「一極集中を避け、複数の都市に機能を分散すること」です。

この動きはすべてのレベルで起こり始めるでしょうが、特に行動・決断が早いのは企業でしょう。彼らは夏の電力不足とその結果としての計画停電に備え、夏までに東京電力管外への生産設備の移動、分散ができないか、既に真剣に考えはじめているはずです。

個人でも、一カ所に不動産を所有し、根を張って暮らすことのリスクを感じた人も多いのではないでしょうか。今後、高層マンション、埋め立て地、海のそばに不動産を購入しようとする人は、相当の勇気と財力のある人に限られることでしょう。

さらに小さな子供や乳児のいる家では、田舎の実家に身を寄せた家庭も少なくありません。一種の「疎開状態」です。夫の実家は関西にあり、妻の実家は北海道にある。そして自分達は東京に住んでいる、という家庭なら、どこで何があってもお互いに助けられます。

これは政府も同じです。今回は東京は電力問題と放射能汚染問題に直面しているだけですが、直下型の地震に襲われれば東京のライフラインが止まることもありえます。そういう時、枝野官房長官が指揮を執る場所は、東京以外でも確保しておくべきだし、官僚機能だって、すぐにでも移転できる場所を確保しておくべきではないでしょうか。

大阪や中京圏はもちろん、福岡や北海道も、さらには四国や日本海側の地域も、「日本全体のポートフォリオの中での自分達の地域の意味」を考えることができる好機とも言えます。

ちきりんは、道州制や首都機能分散も含め、日本の新しい国の姿として「多極化時代」の到来を強く感じます。



3.「フクシマ」以降のエネルギー

1974〜79年のオイルショックから35年、私たちは「エネルギー」を社会運営の制約条件と考えなくなりつつありましたが、今回の事故はその安逸を根底から覆しました。

オイルショックの時、先進国は驚愕しました。いつまでもタダのような値段で買えると思っていた石油の価格決定権をいきなり奪われたからです。このことは世界を大きく変えました。

たとえば、あの時を機に欧米先進国の人は、初めて“燃費”という概念を理解しました。そのおかげで日本の自動車が売れ始め、日本は一流工業大国に飛躍するきっかけをつかんだのです。また、それまでは“原子爆弾”と結びついていた、原子力の死のイメージは、無理矢理“明るい将来の、夢のエネルギー源”に変換されました。


しかしその後、スリーマイル事故とチェルノブイリ事故が起ります。チェルノブイリから漂ってくる放射能物質を含む雲におびえたドイツは「原子力発電の全廃」という驚くべき決断をしました。あのアメリカでさえスリーマイル事故以降は原発の新設ができなくなり、(それでも“エネルギーリッチ”な生活を変えたくない彼らは)相次いで中東に爆弾を落とし、石油ヘゲモニーを握るために戦争をしまくらなくてはならなくなりました。

そして今回、「フクシマ」は世界のエネルギー史の教科書に衝撃的な新章を加えました。日本はもちろん、世界の先進国はもう原子力を主要エネルギーとして考えることはできなくなるでしょう。(中国、インド、東南アジアなどの発展途上国は別です。)

そうなると、先進国にとって重要性を増すのは再び「中東」です。奇しくも中東では、前回の世界大戦以来の民族独立・民主化運動が勃興し、それに抵抗する独裁者と、国連軍の名の下に空爆に踏み切った欧米先進国が三つ巴で戦っています。


そして「フクシマ以降」、欧米諸国はその空爆の意味が異なり始めたことを意識しているはずです。

エコな生活を受け入れ、高コストでも自然エネルギーを志向するドイツ、原子力と心中するフランスにとってさえ「フクシマ」は大きな転換点です。まして放漫なエネルギー消費を抑えるつもりなどこれっぽっちもないアメリカにとって(彼らにとって“エコ”はセレブのファッションに過ぎません)、ようやくスリーマイルの悪夢を乗り越えて原発再開を目論んだ矢先の「フクシマ」は、国の経済全体を揺さぶる一大事です。

アメリカは(どちらかといえば)イヤイヤ参加したリビアへの空爆について、今、何を考えているでしょう。彼らはもはや石油を「アラブの一般民衆」の手に戻すことなど、できなくなりつつあると感じているのではないでしょうか。


これまで原子力の世界では、日本といえばオイロシマ(広島)とナガサキでした。これからは日本で原子力と言えば、「フクシマ」です。世界は「フクシマ以降」の時代を迎えます。


そんじゃーね。

2011-03-25 年功下落の時代へ!

日本国内で、主に20歳から39歳くらいの消費者に売れている商品やサービスを販売、提供している会社に勤めている場合、


<オヤジ世代>

1950年(戦後すぐ)からバブルピークの1989年あたりまでに働いていた世代

f:id:Chikirin:20110324234248j:image:w400


オヤジ:「わしらは必死で働いた。文句も言わずに土日も働いた。だから会社の売上もどんどん上がって、オレ達の給与もどんどん上がっていったんだ。」

   ↓

真実:ちゃいます。顧客人口が急増していた時代だから、売上がどんどんあがり、給与もどんどんあがっただけです。



<オレら世代>

バブルが崩壊した1990年以降に働き始め、今も働いている世代

f:id:Chikirin:20110325001132j:image:w400


オレら:「オレだって頑張ってるつもりなのに、ここんとこ売上も伸び悩みだし、給与も全然あがらないよな〜。なんだよ、これ。」

   ↓

背景:顧客人口が増えなくなってるんで、そりゃあ売上も上がらないし、給与もあがりません。仕方ないんです。



<これから世代>

来年以降に働き始め、2050年(60歳程度)まで働く世代

f:id:Chikirin:20110324234246j:image:w400


彼ら:「来年から社会人です!頑張って働いてキャリアを形成し、どんどん稼いでいつかは家庭を持ち、家も買いたい。頑張ります!」

予測:多分無理です。これから企業業績は予想を遙かに超えたスピードで悪化し、みなさんの給与は、なんと新入社員の頃をピークとして、どんどん下がり続けます。なぜなら、顧客人口が・・・


“年功下落”時代の始まり始まり〜!



★★★


下記の本の内容を“超抄訳”すれば、だいたいこんな↑感じのことが書いてあります。「ほんまかいな?」って?ホントだよ。ちょっとだけ“抄訳しすぎ”だけど・・・。なおこの本の内容については、最後の「じゃあ、どうするべきか?」の部分を除き、ちきりんの考えとほぼ同じです。



上記グラフの人口データ出所は昨日のエントリをご覧ください。



そんじゃーねー。

2011-03-23 日本の将来

地震も津波も原発も放射能も怖いけど、日本の将来も結構怖いよ。

下記は、過去から将来の日本の年齢別人口の推移 & 予想グラフです。直近の 2009年と 2050年の予想値を比較してみました。


まずは 20代と 30代の合計人口・・・2009年にくらべて 2050年は 49%減少。つまり半減します。

これね、子供を産む世代の人数が半分になるということです。せっせと保育園を増やして出生率をゼロコンマいくつ改善しても、何の意味もないです。

親の数が半減するんだから、ふつーに子供の数も今の半分になります。子供向けのビジネスやってる人は、ふつーに売り上げが半分になります。

f:id:Chikirin:20110323085150j:image:w450



一方、75歳以上の人口は 73%も増加する。しかも数字を見てね。

20代と30代を合せても 1658万人しかいないのに(上記グラフ)、75歳以上が 2373万人(下記)いるんだよ・・・。

f:id:Chikirin:20110323085149j:image:w450



65歳以上人口は、約 3割( 29%)増えて・・・

f:id:Chikirin:20110323085148j:image:w450



人口全体に占める割合は4割に達します。10人に 4人が 65歳以上の国。

20才以上だけで見れば、有権者の半分弱は年金で暮らしてる感じ?

     ↓

  <2050年の人口構成比>

f:id:Chikirin:20110714201807j:image:w400


これだと20代、30代の人の意見など(たとえ投票率が上がっても)政治には一切反映されません。“20代税”とか“若者税”が創設されてもおかしくないレベルですねー。



前回のエントリに書いたけど、地震とは関係なく早急に「生活支援生産性」を高めないと、将来の担い手(今の子ども達)の生活は成り立たないよん、というお話でした。



そんじゃーね。




<年齢別人口データ出所>

・1950, 1960, 1970, 1980, 1990, 2000: 国勢調査

・2009: 2005年の国勢調査に基づく人口推計 by 総務省(2010年の国勢調査の年齢別人数データはもうすぐ発表かも)

・2020, 2030, 2040, 2050: 国立社会保障・人口問題研究所 長期予測 死亡中位、出生中位データ




人口問題が経済に与える影響については、このベストセラーがオススメ↓ 

2011-03-21 “生活支援生産性”の高い街作り

「生産性」という言葉は「工場の生産性」とか「オペレーションの生産性」を指すのが一般的で、もっぱらビジネス分野で使われています。

この「生産性」の概念、今後は福祉や支援の分野にも積極的に導入すべきだと以前から思っていたのですが、今回の震災で、より一層そう思うようになりました。

震災がなくても、日本は急速な高齢化が進み、経済の停滞もあって生活保護世帯もどんどん増えています。20年後にはロスジェネ世代から、年金ももらえないまま(しかも単身のまま)高齢者となる人も増えてきます。日本では、今後「福祉で食べていく人」が急増するんだと思うのです。


加えて今回の災害で、家から職場(畑、田んぼ、港、店舗)、商売道具(農機具、漁船その他)などすべてを失った人も相当数です。これらの方が「再び自立して自分の経済力で食べていけるようになる」には相当の年数がかかるし、それが不可能なくらい高齢の方も多いでしょう。

生きていくために公的な支援(ボランティアやNPOの支援を含む)を必要とする人が急増する時代、増税や国債の発行で必要な資金を調達することも不可欠ですが、同時に「生活支援の生産性をあげる」という概念も重要だと思います。

支援の生産性をあげるとは、「一定額の資金や一定数の人手で供給できる支援の量と質を最大化する」ということです。具体的には・・


たとえば、介護業者やヘルパースタッフへの介護料は「介護をしている時間」にたいして支払われるのであって、介護のために訪れる家と家の間の移動時間には支払われません。(事業者はスタッフに移動時間を含めて法定の最低時給を払う必要はあります。)

訪問する家が広い地域に点在している場合にはこれは大きな問題です。1日8時間働くとして、移動時間のために5軒しか訪問できないのと、10軒訪ねることができるのでは収入は倍も違います。また介護を受ける側でも、(常時人手不足の介護業界において)ひとりのスタッフに来てもらえる人数が倍になるというメリットがあります。


50戸から100戸のマンションに介護を受ける人が一定数以上住んでいて、ひとりの介護スタッフがその中の家をまとめて訪問することができれば移動時間は最小化できます。月・水は1階から3階の家、火・木は4階から6階の家・・・などと担当するイメージです。

といっても100戸のマンションに介護を受ける人だけを入居させる必要はありません。ひとつのビルの中で10軒まとめて訪問できれば介護生産性は圧倒的にあがるので、入居者のうち3分の1程度が該当者であればいいし、また介護業者が一社独占だと問題が起りがちですが、一棟で30戸が介護を受けるマンションであれば、3つの業者が10軒ずつ担当でき競争原理も働きます。


医療の場合は往診にたいしても健康保険から代金(対価)が支払われますが、それでも「片道1時間かかる」家を訪問するのでは、医師の時間が有効活用できません。これも同じマンションに定期的な往診が必要な人が10人住んでいれば、計画的かつ効率的に在宅医療が行えます。

最近でき始めている「シニアマンション」的なるものはこの発想で作られています。ビルの一階にクリニックと介護ステーション、弁当宅配業者をテナントとして配置して、そのビルに住む人の介護や医療、生活支援を請け負えば、業者は売上を確保しやすく、入居者も安心で便利になるのです。


これらは生活保護のケースワーカーでも同じです。この分野もひどい人手不足ですが、移動時間が最小化できれば一人のケースワーカーが担当できる人数は倍増できます。

民間のサービスも同じ。高齢者向けに食事(お弁当)を宅配する業者も増えていますが、顧客に一定の集積がない地域には業者が進出せずサービスが利用できません。しかし、ひとつのマンションに毎日ランチを何十人分かまとめて宅配できるなら、近くで営業しようという業者もでてきます。

買い物の通販、宅配、配送サービスなども同じです。車に乗れなくなった高齢者が日々の買い物にも困る「買い物難民」が問題視されていますが、100戸のマンションの住人が3日に一回、毎日33軒ずつ買い物をしてくれるなら、配送サービスを新たに始めようという店もでるでしょう。

介護とそういった民間のサービスを組み合わせも有効です。介護時間の中で「買い物の補助」をするのではなく、事前合意に基づいて介護業者が個々の家庭が必要なものをまとめてネット注文しておき、介護サービスを受ける日の午前中に各戸に商品が届けられるようになれば、ヘルパースタッフは限られた介護時間を有効に使えます。

★★★

このように「支援生産性の高い居住区」が作られれば、将来の現役世代の負担を下げ、一方で、経済力の低い人でも支援が受けやすくなるわけで、これはいずれにせよ必要なことだったと思います。

けれど、問題はそういう街作りのプロセスです。既存の街では既に皆が自分の家やマンションをもち、それぞれに思い入れのある場所で暮らしています。いくら「こちらに引っ越してくれば、格安で支援サービスが受けられますよ!」と言っても、移動コストは低くありません。もちろん強制的に転居させることなど今の日本では不可能です。

だからシニアマンションや高齢者にやさしい街作りは遅々として進まず、それが高齢化のスピードに全く追いついていません。


しかし今回の地震では、街ごと津波で流された地域や、ライフラインインフラが全壊した地域もあります。原発の影響で元の村には戻れない人もでてくるでしょう。今は避難所にいるこれらの方々も、仮設住宅や(関西など)疎開地を経て、最終的にはどこかに定住の地が必要だし、中には公的支援が必要になる方も多いはず。

であれば、たとえば雪の少ないエリアを選び、東北新幹線の駅から徒歩圏内に、ゼロから「生活支援生産性の非常に高い街」を復興資金で作り、希望する方を受け入れるというのもアリなんじゃないでしょうか。

新たに作る場合(しかも時価の安いエリアなら)マンションの1Fにみんなで食事をするスペースを設けることもできます。弁当の宅配業者はそこに一括してランチを届ければいいし、ひとり暮らしの人も1日一食は皆で食事することができます。

ゼロから作れば、電線も埋められるし、段差もゼロの街にして、道路を車、自転車、電動車いす、歩行者と区分することもできます。徒歩と小型のコミュニティバスだけで必要な施設に移動できる、完全バリアフリーの街が設計できるのです。


災害復興支援のひとつとして、まずはひとつ数万人くらいの規模でこういう「生活支援生産性の高いモデルタウン」を開発し、次第に受け入れ人口を増やして20万人くらいの新しい街にしていけばいい。

また、これを東北新幹線の駅近に作れば東京から数時間で行けるので、将来的には都心の高齢者で移住を希望する人もでるかもしれません。親が入る高齢者用施設を東京で確保できるのは相当のお金持ちだけでしょうが、新幹線の駅さえ近ければ2時間で地価の安いエリアに到達できます。孫や子供らが週末に訪ねることも可能です。

これらの都市作りには災害復興費用としての寄付や財政資金が使われればよいし、復興支援と同時に、急速に高齢化が進み「生活支援を受けながら暮らす人の比率」が高まる日本全体への「モデルタウン」の姿を示す役割も期待できます。

津波と地震で故郷も家も無くしてしまったけれど、代わりにこういう街に住むことができた、と将来的に被災者の方に思って頂けるような街を作るため、日本中の英知を結集するのもいいんじゃないの、とか、思いました。


そんじゃーね。

2011-03-18 “大混乱への便乗”の勧め

直接の被災地ではない東京も、電力不足、配送力不足、物資の不足、さらに買い占め騒ぎなどで混乱が続いている。で、どうせならこの混乱に便乗してもっといろんなことが起ってもいいと思った。


たとえば・・・


(1) 日本新聞協会のこの記事によると、今回の地震で新聞用紙を生産する4工場が操業不能となったらしい。

へえー。

じゃあ対策として、当面の間、紙の新聞は止めてみるっていうのはどう?経過措置的に月水金は紙で発行し、他の日はネットで全部の記事を出すというのでもいい。

牛乳など食品を入れる紙パックや、トイレットペーパー、ティッシュなどいろんな紙製品が品薄になっているのだから、新聞各社もこの際、紙の節約に協力してみるのもいいんじゃないかな?と思った。



(2) 計画停電で東京が最も混乱しているのは、通勤時間帯の電車の間引き運行とそれに伴う混雑。一部の会社は既に在宅勤務やフレックス通勤を始めてるけど、どうせなら一斉にやってみたら?

たとえば、東京の全企業は「社員を週3日しか出社させてはいけない」と決めてしまい、残りの2日は在宅勤務にする。これで全体の通勤量は4割減る。

向こう数ヶ月、メールやスカイプなどをフル稼働して仕事してみたら、案外出社の必要性は低い企業もたくさんありそう。この際まずは「ホントに出社する必要があるの?」と、確認してみたらいいと思う。



(3) ついにラジオ放送がネットで全国に流れ始めたけど(radiko.jpのプレスリリースはこちら)、こんなの、もうこのまま続けるべきだよね。


地上波テレビもこれを機に「当面の間」、全国すべてのエリアでネット配信してみたら?と思った。そういえば日経新聞も“混乱に乗じて”NHKにこんなことを頼んでいたみたい。

NHK、ネット通じた地震映像の配信認めず


 NHKは11日、他の報道機関がインターネットを通じてNHKの東北大地震の放送映像を配信することを受け入れなかった。NHK広報部によると「NHKの放送やウェブサイトで流すために現場に人員を投入しており、NHKの媒体で見てもらうのが筋だ」という。


 NHKは新聞紙面上で放送映像を「NHKの映像」と断ったうえで掲載することを認めているが、他の報道機関がネットに配信するのは認めていない。日本経済新聞社は、今回は未曽有の非常事態で、公共性の高いNHKの重要な映像情報を幅広く提供したい意向を伝えたが、受け入れられなかった。

    ・元記事はこちら


「日経新聞、おぬしもやるなあ」って感じはあるけど、確かにそもそもNHKって利益出す必要ないんだから、こういう時こそ持っている貴重な情報はみんなに開示すればいいじゃん!

(2011/03/21追記:NHKはその後、一次的措置として情報をネットに配信していました。何人かの方からご指摘があったので追記しておきます。)



(4) 4月になると就活シーズンが始まる。電力も輸送力も全然足りないのに、学生が説明会の参加や面接のために高速バスや鉄道で大量に移動するのは復興の妨げだよね。

一部の会社は採用選考時期を数ヶ月遅らせるらしいけど、電力も輸送力も数ヶ月程度では回復しないし、そもそも採用時期を数ヶ月遅らせて真夏の電力ピーク時にぶつけたりしたら百害あって一利無し。

なので、すべての企業に「企業説明会は全部 ustream配信し Youtubeにアップすべし」って命じたらどうだろ?

これなら学生は無駄な移動をする必要がなくなるし、説明会の定員と学歴フィルターがどうのという不毛な議論も避けられる。企業側もどでかい会場を用意しなくて済むからコストカットにいいでしょ。

浮いたお金は是非被災地の寄付に回そうよ!



(5) 4月の地方選挙。被災地は数ヶ月遅らせるらしいけど、それくらい遅らせても「選挙どころではない」地域も多そう。そもそも投票会場になる自治体の建物や小学校などの多くは、東北地方でも、また東北から避難した人を受け入れて始めた関東や関西などでも、避難所として使われるケースが増えている。まさか選挙のために彼らを追い出すなんて非人道的なことはしないよね?

それに数ヶ月後くらいなら、「今はまだ関西などに避難しているけど、東北の県知事選に一票を投じたい!」という東北の方もいらっしゃると思う。そういう人も、選挙のためにわざわざ東北まで戻るのは無理だよね。

であれば、この際いっちょ「電子投票」でもやってみたら?テクニカルにはいろいろ課題もありそうだけど、この混乱下、物理的に投票場所を全国に設けたり、票を数えるために大量のアルバイトを税金で雇ったするコストだけでも大幅に削減できるじゃん!



(6) 東北の中でも、宮城県や岩手県の被害が相当大変そうで、山形など被害が比較的軽かったところが、人の受け入れなども含め相当の支援をしているみたい。実際のところ宮城県あたりは、向こう数年は通常の行政サービスには気が回らない状態なのではないかしら??

であれば、当面の間、東北は「東北州」的に動いてみたらどう?宮城県の行政サービスは復興と支援関連だけに限定し、それ以外の通常時の行政サービスに関わる判断や指揮系統は、山形や秋田などの比較的余裕がある県の議会、役所、などに委託してしまうのはどうだろ?

仙台を抱える宮城県としては「とんでもない!」アイデアなのかもしれないけど、背に腹は替えられないところもあるはず。この際、地域で一体化して動いてみるのもアリだと思う。

もちろん「被災地だけにそんなことを押しつけるのはひどい!」という意見が多いだろうから、この際、全国で県を廃止し、行政単位は各地域ブロックにまとめてしまってもいいかも。実際、関西も名古屋もそういうこと言い出してる人がでてきてるわけだし!



(7) なんでこんな小さな国で、西と東で電気のヘルツが違うとかアホみたいなことをいつまでも続けているのか、ちきりんには全然わからない。技術的にはいろいろあるんだろうけど、この際、統一することを考えてみたら?

そして復興後は、全国で東京電力と関西電力と中部電力がサービスを提供し、消費者は「どこの会社の電気を買うか」を選べるようにすればいい。今までなら東電が強すぎて他のエリアの電力会社は反対だったのかもしれないけど、東電なんてもうヘロヘロなんだから、今ならみんな賛成できるのでは?



(8) ついでに、企業の解雇規制も撤廃しちゃえ!と思ったけど、今回の地震との屁理屈付けを思いつかなかったのでとりあえずパス。



というわけで、今は本当に世の中が混乱しているので、これを機に今までできなかったいろんなことを大胆にやってみるのもいいと思う。


そんじゃーね。

f:id:Chikirin:20150810175729j:image:medium


http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+personal/  http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+shop/

2011-03-15 首都大混乱 by 「計画停電」

今回の「計画停電」で、東京はプチパニック。

月曜日の通勤時はどの駅も大混乱、昼間はインスタントラーメンやミネラルウォーターを買いだめするおばちゃんが街に溢れ、オフィス街には仕事そっちのけで懐中電灯と電池を探し回る会社員が多数出現しました。

東北がリアルに大変だというのに、首都トーキョーがこんな笑える状態に陥った最大の理由は、東京電力の「計画停電」というネーミングにあります。

前回のエントリーにも書いたように、日本人は超がつくほどマジメ。

だから「計画停電」なんて言われると、「計画的にきちんと停電するんだ」と思いこみます。

そして、「であれば我が家も計画的に準備しなければ!」となり、「電池が足りない!」→「あなたっ買ってきて!」となったのです。


役所や企業も同じです。

東電が夜の 8時に翌日の停電スケジュールを発表するという挑戦的な態度に出たため、国土交通省も厚生労働省も警視庁も頭に血が上りました。「おい、経産省! もっと早めに教えろよ!」って感じです。

東電はエネルギー庁や経産省としかコンタクトを持っていませんから、経団連の都合くらいしか考えていませんでした。

しかし電力問題は他省庁の分野にも大きく影響します。

国土交通省は鉄道の運行について、厚生労働省は病院の停電対策について、警視庁は信号に派遣するお巡りさんについて考えなければならないのに、夜の 8時に発表なんてされた日にはとても“計画”が間に合いません。


しかもJRや私鉄も「1分ごとに運行する電車の時刻表を作る」パラノイアみたいな会社です。

そんな妙な鉄道会社が何社もあり、しかもあちこちで乗入れ運行しているなんて、世界広しといえども日本だけです。

だから前の晩に「地区により計画停電」と聞いた時点で、すわっ、電車 8割間引き!、特急全部中止!!と、「ええいっ、計画的に準備できないなら、全部止めてしまえ!」的に電車の運行を大幅に間引いてしまいました。

彼らは、「我々が柔軟であることを許されるのは災害時だけである。それ以外の時は秒刻みで計画的であるべきだ」と信じているのです。


しかもこの国のサラリーマン界には、「ストでも大雪でも台風でもY2Kでも、何があっても出社できた社員しか出世させない」という鉄の掟があります。

なので彼らは必死で出社する。その結果、朝の駅が大混乱したというわけです。

しかし月曜日、実際には停電はごく一部のエリアをのぞいて実施されませんでした。

それでまたみんな頭にきた。「こんな大変な思いをさせて何なんだ!! ちゃんと計画的に停電しろよ!」と。


コレね、ちきりんは「計画停電」という名前が生んだ不幸だと思うんです。

最初から名前を「無計画停電」とか、「もしかしたら停電」、「通電、午後ところにより時々停電」くらいにしておけばよかったんです。

「皆様の節電のご協力もあり、電力が足りるかどうかはやってみないとわかりません。というわけで、明日は“もしかしたら停電”を実施します」とでも言ってれば、

みんなももうちょっと落ち着いて「今日さあ、もしかしたら停電らしいよー」程度のことですんだんです。


私たちは、「計画」されたことがほぼ必ず「実行」されるという、世にも珍しい国に住んでいます。

しかも“ほぼ官”ともいえる東京電力様が「計画」という言葉を使ったら、そりゃあみんな「当然、実行されるんだろう」と思います。

これが、ソフトバンクあたりが言ったことなら、「まあ、一応計画してるらしいよ」くらいのことで済んだかもしれません。でも、なんといっても天下の東京電力ですからね。


★★★


しかも東京電力様は、どうやら毎日夜遅くに翌日の停電スケジュールを発表すると決めたらしく、関係各所にしてみば、「せめて朝、発表してくれよ(涙)」であろうとは思うけど、でも仕方ないでしょ。

東電は今、マジで忙しいんですよ。そんなことより福島の原発のほうが圧倒的に重要です。


とか言うと、「そんなこと言っても、停電したら命に関わる人もいる」とか言い出すまじめな人がいっぱいいるのがまたこの国のすごいとこなんだけど、そもそも日本以外はしょっちゅう「無計画」に停電してるんです。

発展途上国なんて最初から「電気はたまにつくもの」という感じだし、エジプトあたりでも「ついたりつかなかったりするもの」程度の受け止め方です。

アメリカやイギリスでさえ、なんの前触れもなくいきなり停電するのは珍しくありません。

特にサッチャー以前のロンドンなんて、ちきりんは出張や旅行で行ってるだけなのに何度も停電に遭って驚きました。

そのたびに「地震?災害?」って聞くんだけど、向こうの人はきょとんとしてる。「なんで災害が停電と関係あるの?」って感じです。

日本人にとっては「停電するってことは何か大災害があったんだろう」と思いますが、ロンドンの人にとっては「停電? ストかミスかネズミ(が電線をかじったか)でしょ」くらいです。


それにこれ、東京にとってもすごくいい予行演習になってますよね。

停電した時の電車の運行、病院のオペレーション、信号で何が起きるか、いつもは縦割りで全然話もしない各省庁が、今は「東京大停電」の可能性に向けてあらゆる面から検討を始めてる。これこそリアルな予行演習。

実際に月曜日の 1日混乱しただけで、東電(経産省ファミリー)と鉄道会社(国交省ファミリー)が話し合いを始めました。まさに混乱から生まれた幸いです!(よかった確認)

そしてこの「本当に起るかどうかわからない計画停電」が 1ヶ月も続けば、日本人もすっかり停電慣れした国民になれるはず。

いや、この国の人の勤勉さから言えば、世界に冠たる“停電エキスパート”な国になるでしょう。


なので、東京電力さんにはとりあえず福島の原発対策に頑張って頂いて、東京の停電に関しては(“計画”などという爆弾ワードを使わずに)少しばかり気楽に考えて頂ければと思います。

そして私たちはみんな、もうちょっと混乱に慣れればいいと思う。

世の中も人生も計画通りになんて進まない。明日電気が通じるか、明日電車が走ってるか、明日自分が生きてるか、そんなもん明日にならないとわからない。

そう考えればインスタントラーメンを買いだめするより、とりあえず家族でおいしいものでも食べといたほうがいいんじゃないかと思うでしょ。


しかも今日ラーメンの買いだめに走った人は、前回の豚インフル騒ぎの時に買いだめたマスクや消毒液がまだどっさり残っているような人達に違いない。

どーすんすか、それ?


そんじゃーね!

f:id:Chikirin:20150810175729j:image:medium


http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+personal/  http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+shop/



----------------

Chikirinの日記は本日より「通常おちゃらけモード」に戻ってお送りしています。

2011-03-13 03.11 大惨事とミラクル

地震の当日 11日、夜 10時過ぎにホテルの方がロビーに小さなテレビを設置してくださった。

この時点では何が起こったのか全くわかっていなかった人達が、寝ていた床からゆっくり起き上がってテレビの周りに集まった。

私もくるまっていた毛布から出て見にいった。

午後 2時 46分に地震があってから 7時間後、初めて情報らしい情報に触れたのがこの時だった。


テレビは信じられない映像を流していた。

文字通り一瞬のうちに津波で流される街。


衝撃だった。

テレビを見始めた人はみなひとつの声もあげず、誰も彼も沈黙して画面を凝視した。

見ていられなくなってテレビの前を離れる人もいた。


テレビの中の津波に飲み込まれる街を見ながら、神戸の地震を思い出した。

あの時も私はテレビを見ていた。

早朝に地震があって、東京にいた私は仕事の最中もずっと関西にいる家族に電話をかけ続けたけれど、誰にも全くつながらなかった。

もしかして天涯孤独になったんだろうかという恐怖と共に、夜までずっとテレビで火災の映像を見ていた。

なんの消火活動も行われにまま燃えていく街を前に、「テレビの中継車が来とるのに、なんで消防車が来おへんのや!?」と関西弁で詰め寄るおばさんの声が悲痛だった。


今回の津波も同じに見えた。

地震じゃなく、火災や津波など「地震の次」がむごたらしく街を破壊してしまう。

テレビの映像はそれをキレイに捉えているのに誰にも何も出来ない。

あっという間に多くの人の命が“映像に記録されながら”無下にされてしまう。


今回の地震があった時、私がいたのは茨城県。

東京よりは強い揺れを感じたはず。幸いにもその場でのケガはありませんでした。

長い揺れだったし瞬時に停電したのでタダごとじゃないのはすぐに理解できました。

参加していた会合は即時停止され、7階から階段でおりて建物の外に避難。


その会合に東京から参加しているのは私だけだったので、ひとりで東京に戻ることになった。

動いていたローカルバスに乗って最寄り駅に向かった。

後から考えれば、その時間には既に幾つかの沿岸部の街は津波に襲われていたのだとわかる。


地震から 1時間もたっていない頃で、みんなまだ何も判断ができなかっただろう。

私もこの時点では、震源が東北で相当な規模だということ以外は何もわからなかった。携帯も全く通じなかった。


駅ではすべての交通機関が止まり、多くの人が(今から考えれば何の意味もない)長い列を作っていた。

動いているのはいくつかのローカルバスだけで、土地勘のない私には意味のない行き先だった。とりあえず東京に戻れる方法がありそうか情報を求めた。


動いている自動販売機があったので、甘いジュースとお茶を買った。

何か食べ物も買いたかったけど、お店はどこもかしこもドアを閉めてしまっていた。

停電しているからレジも動かないし、店に人をいれたら危ないのはよく分かる。

でも、こういう時は少なくとも食料を売っている店は客を受け入れるべきだと思った。


トイレも長蛇の列だったし、水も流れない状態だったけど、みんなが譲り合って使っていた。

女性用トイレでは誰ともなく使用済みのペーパーを便器にいれないように皆が次の人に伝えていた。


とりあえず 4時間くらい、日が暮れる頃まで駅にいたけど、どうにもならないことは誰の目にも明らかだった。

難しかったのは、その土地に関するなんの知識ももっていないこと。

どの程度のホテルのキャパがある街なのか、来る時に使った以外のどんな交通機関があるのか、歩いて行けるのはどの範囲までなのか、そういう知識がないとなにひとつ適切に判断できない。

「遠出をする時は最低限の地理を頭に入れとくべき」と学んだ。


暗くなりかけた頃、駅の方が「もう今日は何も動きません。行政より帰宅を諦め、夜を過ごせる場所を探すよう案内がありました」と伝え始めた。

その声に応じて三々五々、人が散り始めた。職場が近い人は帰宅を諦めそこに戻るのだと思われた。

残っているのは土地勘のない、近くに行き場のない人だけ。野宿はきついと思われる温度と風だったので、とりあえず夜を過ごす場所を確保しようと思った。


駅員さんにホテルのある方向を聞いて歩き始めた。

幸いにも最初に行ったホテルで、(満室なので)ロビーに寝てもいいと言っていただけた。タイトスカートをはいていたちきりんは、子供らの次に毛布も貸していただけた。

同じくロビーに避難されていた多くの男性の方々は毛布もなく、椅子に座って一夜を過ごした。

防災用毛布は、ラムで目のつまった非常にあたたかい毛布だった。

街は停電していたけどホテルは電気がついていたから、近くから携帯の充電をするためにホテルに来る人もいた。(周囲の一般家庭では電気、水、ガスも止まっているようだった)


この日、私は半年ぶりにスーツを着ていた。

ユニクロにスニーカーの日には元カレに会い、たまにスカートをはくと地震に遭うのが人生。

毛布が大きかったので一瞬、毛布にくるまってスカート脱ごうかと思ったけど、

余震が続いていたので、イザ逃げる時にスカートを履くヒマがないとまずいと思いそのアイデアは却下。 (当日の私の格好はこちら


ロビーにはずっと起きてる人もたくさんいたけど、私はできるだけ寝ようとした。

4時間も風に当たっていて悪寒がしていたし、体力勝負だということは明白だった。

貴重品と体を毛布にくるんで寝られるだけ寝た。


真夜中にホテルの方が炊き出しをしてくださった。小さな塩おむすびとお味噌汁が半分ほど。

ロビーにいた多くの人が粛々と列を作り受け取った。

総出・徹夜で支援してくださったホテルの方にも感謝だし、ものすごい秩序だって行動していた避難客もすごいと思った。みんな本当に静かだった。


ホテルでは携帯電話の充電器もいくつかロビーで使えるようにしてくださってたけど、使用したい人が多くて電源は全く足りなかった。

それにどうせ携帯は全然つながらない。

ロビーにはひとつだけ公衆電話があったので、そっちの列に並んで自宅に電話をした。固定電話は夜中の 3時につながった。

家族に身の無事を報告した後、電話を切ったら、投入した 100円玉が戻ってきた。NTTは既に公衆電話回線を無料で開放していた。


朝にもホテルの炊き出しでおにぎり一個を頂いた。

地震に遭ってから上野にたどり着く 20時間余で食べたのは、このホテルで頂いた炊き出しのおにぎり 2個だけだから、本当にありがたい。

駅前のコンビニもレストランも全部閉まっていたので、これがなければ何も食べられないところだった。

夜中のあいだずっと余震があったけど、不思議と怖い感じはしなかった。

一番怖かったのはテレビに映る東北の惨状。私も途中見るのをやめた。見ないほうがいいものもあると思えた。


朝、駅で状況を確認した。この駅まで電車が動く見込みはないと言われた。

ただ、電車が動き始めた駅まで車で 1時間ほどらしく、そこまで臨時バスがでることになったと聞いた。ありがたい。

こんなに迅速に臨時バスが出せるってすごいなと思った。

運転手やバスをどうやって確保したんだろう? 徹夜でそういうことを手配してくれた人がいるんだよね。


長い長い列に並んだ。花粉症で困っている人に予備のマスクをあげた。一番うらめしかったのはパンプス。

スニーカーが欲しかったけど、お店は開いてなかった。

すごいなと思うのは、食べ物を置いている店も含め、どの店も全く襲撃されないこと。

カリフォルニアにいた頃、山火事があると繁華街の店のガラスが割られいきなり襲撃されていて驚いた。

大ハリケーンが襲ったニューオリンズも、被害の後すぐに州兵が四辻でライフルを片手に警備を始めていた。


大規模な災害が起っても全くそういうことが起らない日本は本当にミラクルだ。

ホテルが配るおにぎりだって、最後にまだ余っていても誰も「 2回目」を取りに行かない。

残ったおにぎりは、まだ食べていない人が他のフロアにいるだろうとホテルの人が配りにいった。この 24時間で何度も「この国はちょっとありえない」と思った。


臨時バスの長い列もみんな静かに並んでいた。

途中から、座っていきたい人と、立ってでもバスに乗りたい人、と列がふたつに別れた。なんと秩序だった国かと驚いた。

料金は 1200円。私はいつも余り現金を持ち歩かないのだけど、ある程度の額のキャッシュを持ち歩くことは大事かもと思った。


所要 1時間と聞いてちょっと悩んだけど、次のバスはいつ来るかもしれないので立ち席で乗ることにした。

そもそも路線のない場所を走るので、ものすごく細い道をクネクネ走行しちょっと大変だった。

くたびれ切った時に到着したJRの駅もまたごった返していた。(今この時点でも、この駅から北は不通なので、ここから先は本格的な被災地なんだと思う)


エレベーターも止まっていて、長い階段を昇った。駅員さんも「電車がいつくるか」「来た電車がいつ発車するか」全くわからない状態だった。

それでもみんな静かに待っていた。そんなことを聞いても、不眠不休で働いている駅員さんを煩わせるだけなのだから。


電車がホームについた時、それは満員電車だった。

そりゃそうだ。東京で足止めされ、(こちら側まで)帰宅できなくなっている人の方が圧倒的に多いはずだ。

いつものようにアナウンスがあった。「降りる人を優先してください!」


どのドアでも、降りる人がみんな降りてから、列を作っていた人が粛々と乗り込んだ。席を取ろうと走る人さえいなかった。(みんなそれほど疲れ切っていたとも言えるけど)

揺れ揺れのバスに立ちっぱなしで足の皮があちこちすりむけていて痛かったので、途中からパンプスを脱いで裸足で立った。


ツイッターもネットも災害時に様々に役立つとは思うけど、私が家に着くまでの 24時間に関していえば、ネットも携帯も全く見られなかった。

外部とつながったのは緑の公衆電話と、ホテルが用意してくれたテレビだけ。

途中で一緒だった多くの人達の中にはスマートフォンやタブレット、パソコンを持っていた人も多かったけれど、ネットに接続できていた人はほとんどいなかったと思う。

電気も電波も後方支援のツールとしては価値があるけど、現場に情報を伝える力に関しては過信しないほうがいいと思った。


上野駅に着いた時、驚いて思わず声がでた。

東京で足止めされていた人の数は、私のように地方で足止めされて東京に戻れなくなっている人とはケタが違うんだと初めて理解した。

しかも、この上野駅の秩序は驚愕モノだった。


ホームに一定数ずつの人を順次いれるために、階段や改札、いたるところで規制線が張られ、ロープで止められた人達が指示通りに少しずつ前に進んでいた。

警備をしているのは警察庁のおまわりさん。

ものすごいかっこよかった。


待っている人達の落ち着き振りもすごかった。

ほぼすべての人が着の身着のままで一夜を過ごし、みんなが空腹で寝不足で不安で。

しかもこれから東北方面行きの電車に乗る人には、家族が心配な人もたくさんいるはずなのに。


私は断言できる。

あれだけの人がひとつの駅に押し寄せた時、あれだけの秩序を保てるのは世界に日本しかない。

私たちは本当にこの国を誇りに思うべきだ。


JRを出る時、地方に向かう人で埋め尽くされた改札ではなく、事務所通路を通って外に出るよう誘導された。

切符はチェックされなかった。運賃を取るより大事なことがある。

その他も含め、JRのオペレーションには凄みに近い気合いを感じた。

「オレ達の使命は一刻も早く電車を動かすこと!」という気合い。

「やっぱり元“官”って違うんだな」って思った。NTTやJRって“官”だった時の行動様式が組織に残っている。自然災害時に自分達がどう動くべきか訓練されている。


コンビニだって(どうせ腐らせてしまう)弁当やパンだけでも(停電したからといって店を閉めずに)手作業ででも売る(配る)べきだったと思うし、停電したショッピングセンターもドアを閉める前に毛布やスニーカーだけでも門前で売ってほしかった。

そういうのを見て初めて、神戸の震災の時、被災地のダイエーをすぐさま営業させた中内功氏はすごい人だったのだと理解できた。

普通はみんなそこまでなかなか頭が廻らない。


何かが起った時に、その場で適切な判断ができるのは相当の人だけだ。

であれば、事前にそういう想定をしておくことが大事なんだと思う。

元官の企業ってそういうコンセプトがまだ組織に残ってるのねと思った。

でもこれからは民間企業含め、多くの企業が学ぶんだろう。


その後は動いている地下鉄を乗り継いで家に辿り着いた。

途中で足が痛すぎて裸足になった。

上野駅のコンビニで買ったチョコが美味しかった。

チョコか飴を常時持ち歩くべきだと思った。


ようやくマンションについたらエレベーターに“要点検”の赤い札。なんだか笑っちゃいながら、最後の階段を上った。

自宅に着いたら東京に戻ろうとしてからちょうど 24時間が過ぎていた。


★★★


自分がこんなに大変だったというために書いてるわけでないことは、理解していただけると思います。

ちきりんが体験したのは、地震の被害でもなんでもない。

混乱とさえいえないようなちょっとした不便にすぎないけれど、覚えているうちにどんなだったか書いておきたかった。


最も伝えたいことは、この国の人のミラクルに近い行動様式のこと。

私はこの 24時間に「怒っている人」「怒鳴っている人」「文句を言っている人」に、ひとりも会わなかった。

上野駅で我が儘を言う酔っぱらいのおじさんを一人見ただけ。

この国は本当にミラクル。


戻ってからあれこれ倒れてる部屋の片付けをしながらテレビを見てるけど、企業も個人もみんな一生懸命頑張ってる。

特に余震の続く中、原発の敷地内で作業をされている方には心から感謝と尊敬を感じます。


他にもいろいろ書き止めておきたいことはあるけれどとりあえずここまで。


直接的な被害に遭われた方、大切なご家族を亡くされた方には言葉もありません。


たくさんのミラクルが起ることを祈ります。


f:id:Chikirin:20150810175729j:image:medium


http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+personal/  http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+shop/


-------------------

(追記)当エントリは、英語、スペイン語、オランダ語、フランス語、ポルトガル語に翻訳されています。英訳は下記ページに掲載。他の言語へのリンクも下記ページにあります。

”On Catastrophes and Miracles, a Personal Account”, Global Voices

2011-03-08 「イクメン」どころの騒ぎじゃない時代が来ます

日経新聞を読んでいると、企業が海外シフトを加速する様子が手に取るようにわかります。

それに伴い、10年後に結婚する世代(今の高校生か大学生あたり)からは、結婚や働き方のスタイルも大きく変わるでしょう。


日本の消費市場は急速に縮小するため、今後も企業は仕事、そして雇用をどんどん海外に移します。

前に 「あなたの孫はインドか中国で生まれます」 で書いたように、今よりずっと多くの日本人が、しかも長期間、海外で働くことになるでしょう。


大企業の製造業では主な市場は否応なく海外市場になるし、飲食や小売りチェーンもアジア展開を加速しています。

またその内容も変わります。

今まで海外赴任の行き先は西欧先進国が中心でした。

しかし今後は、中国、インド、ベトナムやインドネシア、その他のアジア諸国が主な赴任地となります。商社など資源系の業務が多いB2B企業では、中東、南米、ウイグルや極東ロシアへの赴任も増えるでしょう。


本社のエリートにたいする「箔付け」と「経験をつけさせること」が海外駐在の目的であった過去は、数年の赴任が主流でした。

でもこれからは5年以上か、もっと長期の赴任も増えるでしょう。海外をあちこち転々としながら、キャリアの大半を海外で積む人もでてきます。

なにしろ日本市場が縮小するのですから、「日本で出世するために海外で経験を積む」なんて無意味です。「収益源である海外で主に働く」ことが求められるようになるのです。


また、コストのかかる駐在を避け「長期出張」の形で海外にスタッフを送り込む企業も増えています。

1ヶ月単位で出張を繰り返し、滞在先はホテルや借り上げアパートですが、飛行機での移動、自宅外で長期の単身滞在を繰り返す働き方は、若い人にとっても負担は小さくありません。


★★★


さて、そういう状況において、彼ら世代の結婚生活や子育てスタイルはどう変化するでしょう?


昔のように「数年だけパリやNYに駐在」であれば、一流企業の社員である彼らの「専業主婦」になりたい女性も多かったでしょう。そういう都市なら子供を育てる環境も整っています。

けれど、赴任先がケープタウンだ、チリの鉱山の近くの町だ、ムンバイだ、ウラジオストクだ、ジャカルタだということになり、しかも 2年じゃなく て5年だ、もしかしたら 10年かも、下手したらあちこち回ってもっと長くかも、と言われても、

彼女らはこういう人の専業主婦になりたいと思うんでしょうか?(いやもちろん思うんでしょうけど。)


もっと大変なのは、自分もキャリアをつみたいと思う既婚女性です。

夫・妻とも東京での勤務なら、不十分とはいえ子育て環境も整う方向に進んでいます。なによりも男性が「イクメン」(育児に熱心なメンズ)を目指す時代です。

また、相手の海外赴任がNY 2年であれば、自分も休職して一緒に赴任し英語を学んでくるとか、学位をとってくるとか、もしくは 2年くらいなら別居生活を楽しむのも悪くないかもしれません。

しかし赴任が 5年となれば、もしくは中東だという話になれば、別居して暮らすのはかなりやっかいな話です。

ましてや南米の鉱山開発に一年に 4回くらい一ヶ月を超える長期出張をする夫と“共働きで子育てをする”なんてのは、たとえ夫がすばらしきイクメン君であっても全く成立しえない生活スタイルじゃないでしょうか。


更にいえば、女性側にも海外赴任を打診される人が増えてくるでしょう。

妻はアフリカに赴任が決まり、夫はアラスカで資源開発だ、と言われるかもしれないのです。そうなれば、このふたりはいったいどういう生活を選ぶのでしょう?

というように、10年後に結婚する世代からは、こういう判断を迫られる人達が珍しくなくなると思うわけです。


もちろんこういう選択を迫られるのは、大手の一流メーカ−や商社、外資系企業の他、小売りや飲食店チェーン、グローバル展開を目指す成長企業などに勤める人達だけです。

でもだからといって、それ以外の業界や企業に勤めていれば安心か?というと・・・夫婦して「海外では全く通用しない。日本だけで頑張る」企業に勤めているのも・・・それはまたそれで、別の不安がでてくるような気もします。


★★★


欧米企業にはグローバルローテーションでリーダーを育てる企業がたくさんあります。

どこの国で採用された人でも、マネージャー以上になれば(日本みたいな一方的な辞令や赴任命令ではないですが、)他国のオフィスで経験を積んでみないか、という話になります。


こういう時、中には家族と相談の上、断る人もいます。それ以外に会社に残る道がないとなれば転職する人もいます。もちろん赴任する人もいます。

赴任する場合、欧米人で単身赴任を選ぶ人は少数派でしょう。たいていは配偶者も赴任先に同行し、現地で仕事を探します。妻が夫についていく場合もあるし、反対に「妻の転勤に夫がついていく」ことも少なくありません。

「妻が香港ですごくいい仕事をオファーされたんだ。だから自分も退職してついてく。ボクが現地で仕事を探す間は、子育てを担当するつもりなんだ」みたいな男性も結構いるわけです。順番にキャリアチャンスを譲り合い支え合うスタイルです。


★★★


これ、ちきりんは全く同じことが日本人夫婦にも起るようになると思います。

今までなら妻が妊娠した時に「やったー! で、でも、オレは今の仕事を続けられる?」と考えた男性はほとんどいないでしょう。

一方で働いている女性は、妊娠となればほぼ全員が「仕事、どうしよう?」と考えるし、中には「首にならないかな」と心配になる人さえいるはずです。

考えてみてください。

共働きの妻の妊娠が判明した後、夫に南米への辞令がでて5年は戻ってこれないとなったら、二人はどんな選択肢を検討するでしょう?


妻が会社をやめて専業主婦となり、南米にふたりで赴任して現地で乳飲み子を育てる?それとも妻が日本に残って(仕事をしながら??)一人で子育てをする?

それに加えて「オレが南米への辞令を断るべきではないか?」という、男性側がキャリアを変更する選択肢も、検討することになりますよね?


小さな子供のいる共働き夫婦で、妻に海外赴任の打診があった場合も同じです。

それが妻にとって大きなキャリアチャンスだとしましょう。夫は妻に「赴任を断れ」と言うでしょうか?

それとも「子供は日本に残して行っていいよ、オレが育てるから」とか、さらに、「もしかしてオレが辞めてついていくべきじゃないか?」と考えたりしませんか?

このふたつの選択肢の場合、男性は自分の働き方を変える必要がでてくるわけです。


実際にどういう決断をするかは別として、「出産・育児のために働き方を変える」という判断自体を、これまでほとんどの男性はしてきませんでした。そういう判断を迫られるのは99%が女性側だったのです。

けれど、これからはそれが変わります。一気に半々になったりはしないでしょうが、男性側にも「妻が妊娠したので、辞めます」とか「妻が転勤するのでついていくことにしました。なので転職します」という人が少しずつ増えていくと思うのです。

皆さんが既に中高年であるならば、遠からず部下(男性)があなたにそういって辞表をもってくるでしょう。

もしくは、海外赴任の辞令を出した男性部下が「妻と相談しましたが、もうすぐ子供も生まれるし、私には海外赴任は無理です」と断ってくるケースもでてくるでしょう。

画期的なことですよね。「家庭と仕事の両立」という「女の課題」が本当の意味で「男女の課題」に昇華されるのですから。


★★★


女性にとっての最も大きな負担は、(育児そのものの手間に加え)出産や育児によって自分のキャリアが影響を受けるという点にあります。

これからは男性も「自分の家の出産や育児」と、「自分の働き方、転職や退職の判断」をリンクさせて考える時代がやってくるでしょう。


「イクメンが増えています!」と無邪気に騒ぐマスコミの報道は牧歌的で微笑ましいけれど、今の学生さんあたりからはそれどころじゃない時代になるかもよん、と思ったので書いてみました。



f:id:Chikirin:20150810175729j:image:medium

そんじゃーねー。


http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+personal/  http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+shop/

2011-03-03 岡本太郎先生 生誕100周年!

本日の朝日新聞朝刊に『ゆるく考えよう』の広告が載りました。

まさか岡本太郎先生と並んで新聞に載る日がくるなんて・・・


f:id:Chikirin:20110303102619j:image:w400



これを見た時に思いました。もしも2年前に出版していたら、大大大好きな太宰治氏の生誕100周年だったわけで、もしかして彼と並んで広告に載ることができていたのかも、と。でももちろん・・・わりと大好きな岡本先生と並べただけで十分嬉しいです。



こんな感じで↓

f:id:Chikirin:20110303103530j:image:w400




・・・すいません・・・




もうひとつ。3月1日の毎日新聞の夕刊で、荻原魚雷氏が『ゆるく考えよう』の書評を書いて下さいました。その時の記事タイトルがこれ↓

f:id:Chikirin:20110303111812j:image:w500


ブログ界の賢者ですよ、私。

しかも“おちゃらけ賢者”じゃなくて、普通の賢者だよ。

感動して生まれて初めて毎日新聞を買いました。



たたかれまくって苦節6年。人生が報われた感じです。(やや棒読み)



そんじゃーね!

2011-03-01 政変は中国に飛び火するのか?

チュニジアに続きエジプトでも独裁体制が崩壊し、リビアは内戦状態に突入、サウジアラビアやバーレーンでもデモが始まりました。加えて韓国は“中東では民主化デモで独裁者が倒れているぜ!”などと書いた扇動ビラを北朝鮮にまき始め、中国でもデモの呼びかけがなされるなど、アジアにも影響が及び始めています。

ちきりんも先日、「アラブの政変で負けようとしているのは誰なのか」というエントリで、中国にコトが及んだ場合の日本への影響について書きました。しかし、実際に中国や北朝鮮でも政変が起りうるのでしょうか?今日はそれらに影響を与えるであろう要因について考えてみました。



(1)一般人の経済的な豊かさ、将来性

最大の分岐点はこれでしょう。エジプトでは一般人の経済的な豊かさはここ何十年も変わらないどころか、エネルギーや食料の高騰で寧ろ苦しくなっていました。イスラエルと平和条約を結び、米国の支援もあったわけですから、巧く運営すればそれなりの経済発展も可能だったはずです。しかしそれらの果実はすべて、独裁者と特権階級層に独占され浪費されてきました。

しかもこの情報化社会では、彼らは中国やインドがいつのまにか豊かさレベルで自分達を越えつつあることや、ドバイのあり得ないような国土開発のスピードまで目にしてしまいます。これでは「オレ達の国はなんかおかしいだろ?」と思って当然です。

反対に、中国はここ数十年、圧倒的な力強さで経済発展を遂げてきました。たしかに貧富の差は大きくなったけれど、過去と比べて貧しくなった人の数は限定的です。共産党も「特権階級の豊かさ」だけではなく、「一般人の豊かさ」を向上させるためにも多大な努力をしています。

中国の民衆にしてみれば、言動の自由がない、不正が多く格差が大きいなど不満はあっても、「今は経済発展を優先させるべき時」、「自分のキャリアを積むことを最優先に考えよう」と思うのは合理的な判断です。



(2)情報統制のレベル

国家がどの程度、情報を遮断、統制しているか、も政変が起るかどうかの重要な条件となるでしょう。多くのアラブの国ではアルジャジーラを見ることは難しくなく、エジプトでは一般人が日常的にムバラク氏の悪口を言っていました。

この点、北朝鮮ではテレビのチャンネルまで固定されるくらい情報統制が行われているし、中国でもインターネットは広範に規制されています。当局に反抗する活動家は容赦なく投獄されたり治安警察の監視下に置かれます。

人の国際異動を積極的に推進している中国では、“都市部のエリート層”は世界の情報を持っていますが、同時に、彼らはまさに現在、(1)で書いた経済発展の恩恵を受けている層でもあります。経済的に成功した国際的なビジネスパーソンになりたいか、国内で投獄されたいか、前者を選ぶ人が多いのもまた合理的な判断と言えるでしょう。



(3)軍と現政権の距離

今回、最後にエジプトで政変が実現したのは、軍が中立的な立場を示した(=事実上、民衆側についた)ことが大きかったと思います。今、内戦状態になりつつあるリビアでも、軍の中から民衆側に造反する人がどの程度でてくるかが、政変の正否を分けるでしょう。

北朝鮮はこの条件を非常に重要視しており、“先軍政治”と称する“軍を最優先する政権運営”が長らく実行されています。中国でも今のところ、軍と共産党は一体化しており、天安門事件の時と同様、軍が政権側に忠実である限り、民衆側のデモが成功する可能性は非常に限定的と言えるでしょう。

この点については、軍隊のプレゼンスの弱い日本ではなかなか実感がもちにくいのですが、中国とは「軍の力によって存立している国」なのです。



(4)民族的なプライド

エジプトは「アラブの盟主」と言われます。しかし実際には、真っ先にイスラエルとの平和条約を結んだ「アラブの裏切り者」でもありました。国民はこれらを非常に“恥ずかしいこと”と感じていました。

チュニジアという小国で政変が成功した時、エジプト人の多くは「オレ達もなんかやるべきだろ?」と感じたのでしょう。もしもチュニジアからリビア、サウジアラビアなど他国に政変が伝播し、それでもエジプトだけはムバラク氏の独裁が続くとしたら、彼らは「オレ達は本当にアラブの盟主なのか?」という屈辱を味わうことになります。そういった“プライド”がエジプト人の気持ちに火を付けたのではないでしょうか。

中国でも知識人は今の体制を「恥ずかしいこと」と感じています。人権活動家を拘束し、インターネットを国家の好きに規制する政府を誇りに思う人はいません。もしも北朝鮮で政変が成功したら、「アジアで独裁なのは中国だけになった」「あんな小国で民衆が立ち上がったのに、オレ達はこれでいいのか?」と、彼らもまた当然に考えるでしょう。

実際には北朝鮮での政変が中国より先に起る可能性は非常に低いので(下記参照)、「中国人のプライドに火を付けるもの」が何か他にでてくるか?という点がポイントとなります。

ただ、日米欧のすべてが中国の経済力に依存している現状では、彼らの体制にあからさまに文句を言う国は世界にありません。これでは中国人の多くは自分の国に誇りをもつことはあっても“恥ずかしい”と感じる機会が増えることは当面ないでしょう。

そういう意味ではノーベル財団というのは、さすがにさすがな組織ではあるのですが・・・。



(5)独裁者に後ろ盾があるか

ムバラク氏はアメリカに見放されました。欧州もチュニジアの独裁者を見放しました。これが独裁者の最後の頼みの綱を断ち切りました。

この点で、“中国という後ろ盾がある北朝鮮”の崩壊は考えにくいです。中国と北朝鮮の(しかもかなり長い)国境は夏には泳いで渡れる程度の川です。北朝鮮の親中政権が崩壊して韓国に併合されれば、その川のすぐ向こうに“在韓米軍”の基地が配置されるでしょう。中国がそんなことを許すはずがありません。彼らにとっては北朝鮮は国防上非常に重要なエリアなのです。

人権だ民主化だのと言ってきた手前、民主化運動と対峙するムバラク氏の支援は憚られたアメリカと異なり、中国は北朝鮮支援に葛藤はありません。この意味で、ちきりんは北朝鮮の単独政変は起こりえないと思っています。(もちろん、北朝鮮の後継者が中国に刃向かえば、首をすげ替えられることはあるでしょう。)

一方の中国には国際的な後ろ盾はありません。まさか中国で政変があっても、ロシアが政権維持に尽力するなどと思う人は誰もいないでしょう。中国の独裁政権はまさに「自力で」自分達の体制を維持する必要があるのです。


★★★


まとめると、中国では、

(1) 現時点では経済発展を優先させたほうが合理的と一般の人も判断している。

(2) 情報管理は一定の効果を上げており、情報をもつ都市部の知識層には経済発展の恩恵が大きい。

(3) 軍は現政権に高いロイヤリティを示している。

(4) 知識人のプライドを揺さぶる国際的圧力は、中国が経済発展を続ける限り大きくならない。

(5) ただし一旦何かあれば、現政権に国際社会の後ろ盾はない。


という感じですね。


となると、中国共産党にとって重要なことは、「経済発展を持続すること」と「軍を完全掌握すること」のふたつなのですが・・・実際にこのふたつは、現在の中国共産党がまさに心血を注ぎ込み、細心の注意を払って維持しようとしていることでもあります。

“共産党”という党が、なぜあそこまで資本主義的な思考や仕組みを取り入れるのか、今でも違和感を感じる人は多いでしょう。しかし彼らにとって「経済発展のために最も効率的な方法を選ぶ」のは、彼ら自身の存立基盤維持のために最も重要なことだというわけです。


彼らだって「何が大事か」よーくわかっている、のでしょう。


そんじゃーね。