アメリカがめちゃ立派な戦争墓地を造る意味

ここのところ書いてきたハワイ訪問シリーズ。

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今回は真珠湾の戦争博物館に加え、もうひとつハワイで訪れた戦争関連施設である、国立太平洋墓地についてのレポートです。

マウイ島が見下ろせるすごく景色のよい高台の広大な土地に作られており、下記は全景模型。歩いて回ると1時間ではまったく足りない広大さ。

入り口には大統領と副大統領の絵がかかっていました。

こちらが入り口で、中央に半旗が掲げられています。

下記がメインの建物なのですが、上部に彫ってあるのが太平洋の周りで行われた戦争の名前です。レイテ(島)や硫黄(島)の名前に加え、

沖縄、東京、韓国の名前もあります。すべて米軍が戦った場所ですね。

上記の写真でも見えてると思いますが、このホールの内部には地図と文字で、それぞれの戦争の詳細を説明するパネルが掲げられています。

たとえば下記は 1942-1945年の太平洋戦争の記録。日本との戦争ですね。
細かくてわかりにくいのは、米軍と日本軍がどこでいつ戦ったか、めちゃくちゃ詳細に記録されているから。
    ↓

下記の地図の下側はミッドウェイ海戦の説明です。

日米の戦局を逆転させた有名な海戦ですが、地図の左右にもぎっしりと戦いの説明が書いてあります。
恥ずかしながら私もここにきてこの地図を見るまで、戦いの詳細は理解できていませんでした。
    ↓

こちらは硫黄島の戦いについて書かれた地図と説明。こうして重要な戦いはすべてその詳細が説明されています。
    ↓

もちろん朝鮮戦争の説明も

なぜこんなに詳細に昔の戦争について記録するのか?
しかも兵士のお墓(慰霊塔)に?

その理由は音声配信 Voicy のほうでお話させていただきます。

★★★

他の場所には比較的あたらしいお墓もありました。
米兵はいまもあちこちで戦い、亡くなっているからね。

ひとつひとつのパネルには亡くなった兵士の名前、年月、場所などが彫られたパネルがついていました。

詳しくは Voicy で話しますが、こうして「国のために死ぬことは決して無駄ではなかった」「あなたの息子さんは、この場所で、こういう戦いの中で、立派に戦い、亡くなった。その意義は常にここで称えられている」それが、こういう墓地を造る意味なのでしょう。

★★★

あと、こちらは1995年に収められた記念パネルで、日本とアメリカは永久の友人になった、というメッセージが彫られています。それぞれの戦いを生き抜いた退役軍人からの寄贈かな。


米軍の基地はここだけではありません。

一年前、私は釜山で、朝鮮戦争の米軍(+連合軍)犠牲者が眠る墓地を訪れています。

国連記念公園という名前ですが、事実上、朝鮮戦争でなくなった兵士を弔うための場所です。

こちらも、高台の風光明媚な広大な場所に、ものすごく立派な施設が作られています。


アメリカ軍の墓地といえば、アメリカ、ワシントンDCの近くにあるアーリントン墓地が有名で、大統領はもちろん、アメリカを訪問した各国首脳も多くが花輪を備え、祈りをささげに訪問します。

私はまだ行ったこともないのですが、近いうちに、アーリントンにも行ってみたい。

ところで・・・日本には「お国のためになくなった人たち」を弔う、こんな立派な「国立の」施設がどこかにありましたっけ?


そんじゃーね


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