後藤明生 - 短篇「恢復」

恢復 後藤明生・電子書籍コレクション

恢復 後藤明生・電子書籍コレクション

アーリーバードブックスより刊行開始された後藤明生電子書籍コレクションの一つの目玉として予定に挙げられていた単行本未収録短篇「恢復」が刊行された。

この作品はまったく存在を知らなかった。1959年11月文芸日本社「文芸日本」に掲載されたもの。二段組十頁ほどの短めの短篇だ。
文芸日本 (文芸日本社): 1900|書誌詳細|国立国会図書館サーチ
掲載号の目次には外村繁、尾崎秀樹の名前が見える。

読んでみると、これがまた非常に後藤明生らしい、楕円の関係を描いた作品となっている。性病にかかって病院に通う主人公と、関係を深めながらも決して肉体関係を持つまいとするサト子との関係を描きながら、CとC子という同棲する二人が主人公たちの関係を嘲笑う状況が描かれている。

サト子とのプラトニックな関係を維持しながら風俗街に通い詰め、ついには性病を得る主人公の皮肉さとともに、そういう行為に走ってしまう自分のさまざまな分裂を想起しながら、サト子は「おれのこんなグロテスクな分裂のありさまを知らない」と嘆く。

精神の好みの方は非科学的であり得ても、この肉体というやつは、どうもいたって科学的にできあがっているらしいからな。だから、わたしの住む世界はいつも楕円形にひしゃげ、歪んでいるのだ。

性病の治療という専ら科学的対象としての自分と、サト子へのプラトニックと風俗通いのこの分裂にくわえ、Cらによって嘲笑される、互いに互いを批判したり笑ったり見下したりという喜劇的関係のありさまを描くなど、のちの後藤明生らしい部分はすでにここで全面的に展開されている点、非常に興味深い。

分身、分裂、楕円のテーマとして「ウィリアム・ウィルソン」や「ジキル博士とハイド氏」が出て来るとか、顕微鏡で自分の性病の病原菌を見るという即物的な描写などものちの後藤明生の手法そのままだ。

「関係」に先立つこと三年、「異邦人」こと「丘の上」で読売新聞小説賞落選の半年ほどあとになる時期にこのような作品が書かれていたというのは面白い。


ただ、読んでいる最中、どうにも既視感が強く、これたぶんどっかで一度読んだことがある、と思えてならなかった。性病を書いた後藤明生の作品を探してみたら、「私的生活」もそうだけれど、これは違った記憶があるな、と初期作品を探してみたら、作品集『関係』所収の「青年の病気」(1969.1「月刊ペン」)という作品があった。

関係 (1971年)

関係 (1971年)

いまざっと見比べてみた所、「恢復」と「青年の病気」はほぼ同一の作品だろう。場面、展開、人名、文章に至るまで相当に似通っており、同じ作品を十年あけて改稿した、という関係ではないか。既視感が強いのも当たり前で、上に引用した文章とほとんど同じ文章に付箋が貼ってあったから笑ってしまう。

単行本未収録なのは、デビュー前の作品をリライトした改稿版が『関係』所収だからだろう。

とはいえ、上述のようにこの時期にこれだけ明確な楕円の思想が現われていることは注目に値する。