なぜ「デザイン」という行為、「デザイナー」という職業は誤解されるのか

私は個人的興味からゲームデザインについて色々と調査・研究を追いかけている。巷では「ゲームデザイン」という概念はあまりなじみが無いらしく、こういうことをしているんですよ、と説明が必要な機会は多々ある。

こういったときに感じるのが、「デザインは誤解されているな」ということである。たとえば、「ゲームデザインとはゲームのグラフィックやキャラクター、世界観などをつくる仕事である」、という誤解があったりする。このような誤解は、ゲームデザインが理解不足というよりも、デザインという概念そのものが一般的に誤解されているとしか考えられない。

「デザインであると同時に技術でもあるような、ある一つの行為」をすることでしか、真にすぐれたインタフェースというのを作れない場合っていうのが、けっこうあるからなんじゃないかと。(中略)技術を精密に認識できていないから、その技術で可能となるユーザインタフェースを十分にイメージできないわけで、いいデザインするための持ち駒の数が、ハイブリッド君よりずっと少なくって、不利なわけですよ。

この記事を読んで思ったことは、この記事でいう「ハイブリッド君」(デザイナーとエンジニアのハイブリッドみたいなやつ)のことを本当はデザイナーと呼ぶのではないか、ということだ。というのも、エンジニアリングを理解せずにデザインなどできるわけが無いと考えるからである。

ゲーム開発での「デザイン」の日米差の例

北米のゲーム開発の話(GDCだとかGamasutraの記事だとか)を見ている人にはよく知られていることだが、「デザイン」の意味が日本国内の「デザイン」のそれとは異なって捉えられている。北米のゲーム開発で「designer」といえば、日本国内でいうところの「ゲームデザイナー」のことをさす*1。わざわざ接頭語として「game」と付ける必要は無い。一方、日本国内で「デザイナー」と呼ばれている人たちは、北米では「artist」と呼ばれている。日本国内ではグラフィックデザイナーという役職がゲーム開発であったりするが、おそらく通じない*2

北米のゲーム開発で「designer」と呼ばれる職業は他にもある。level designer(レベルデザイナー)やinterface designer(インターフェイスデザイナー)などだ。特にFPSRTS、スポーツ物*3が人気のある北米ではlevel design(レベルデザイン)がかなり重要視されている為、必然的にレベルデザイナーという職業に対する注目度も高い。interface designはゲーム産業のお家芸のひとつなのでわざわざ取り上げるまでもないくらいだ。

ゲームデザインにせよ、レベルデザインにせよ、あるいは引用元でも触れているインターフェイスデザインにせよ、エンジニアリングを理解せずに出来る行為ではない。一方で北米でartと呼ばれるそれは、(誤解を恐れずに言えば)エンジニアリングをたいして理解していなくとも―もちろん、理解していることに越したことは無いが―可能な作業である。かつてのドット絵やビープ音の世界ならともかく、近年のハードの表現力を持ってすれば殆どエンジニアリング・原理を理解せずともartistは感性を発揮し表現できるようになった。開発の分業化が進むにつれて、designerとartistの区分が明確になってきた、とも言えるだろう*4

デザインは意匠よりも設計

ゲームデザインを例に取れば、コンピューターゲームゲームデザインはもちろん、コンピューターエンジニアリング(ソフトウェア・ハードウェア共に)の理解が絶対に必要だ。あるいは、スポーツのゲームデザインならば人体の力学的構造などへの理解が必要だろう。理解が無ければ、「人間並みのAIが搭載されているゲームソフト」「腕が10本、足が15本必要な競技」をデザインしかねない。ゲームデザイナーはスーパーハッカーやオリンピック選手である必要はない*5が、その動く原理*6については専門家でなくてはいけない

このことは「デザイン」が「設計」という言葉で置き換わりうることを知っていれば、当たり前のことだ。構造計算のできない建築設計士(=デザイナー)がどれほどあり得ないことなのか、わざわざ私が主張するまでもないことだろう。だがしかし実際には「デザイン」は「意匠」という言葉で置き換えられて理解されている。冒頭で紹介したゲームデザインに対する誤解の例も、「デザイン=意匠」という理解が生んだ誤解だった。根本的な原因はここにあるのだろう。

デザイナーはもちろん、意匠に対しても意識を集中させなくてはいけない。だがしかし、意匠に終始するのであれば、それはart(アート)である。design(デザイン)ではない。同時にengineering(エンジニアリング)に終始してもそれはdesign(デザイン)ではない。アーティストとエンジニアのハイブリッド*7こそデザイナーと呼ぶべきであり、どちらに偏っていても、どちらかが欠けていても、それはデザイナーではない。

*1:ゲームを作っているのだから、その際にデザインといえばゲームデザインのことをさすのは当たり前だ、と思うのだが何故国内はそうではないのだろう。何故誰も疑問を呈しないのだろうか。

*2:別にゲーム産業だけではなくて、ハリウッドなどの映画産業でも彼らはartistと呼ばれている。

*3:リアルタイム性が高く、ちょっとしたlevel designの良し悪しがプレイに大きく影響するジャンル

*4:国内のゲーム開発ではそこまで分業化は進んでいない分、未だデザインとアートが混同されている状況が続いているが、北米の分類にあわせる形で徐々に区分けがされつつあるようだ。

*5:つまり、かならずしも優れた技術を持っている必要は無い

*6:工学・エンジニアリング

*7:あるいは芸術と技術がかつてのように未分化の状態で一人の人間に存在する状況