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2016-08-27 晴れのち雨

[][] 「水素」 に期待するのはやめよう

ちょっと宿題になっていた話です。


再生可能エネルギーはもう終わり(日本では)回答編

http://d.hatena.ne.jp/Dr-Seton/20150909/1441799763


現在トヨタのMIRAIが登場して以来、水素社会がなんちゃら〜のような水素エネルギー源として期待する動きがあります。国も都もオリンピックへ向けての目玉政策として盛り込んでいたりしますね。


水素社会の実現

http://www.kankyo.metro.tokyo.jp/energy/tochi_energy_suishin/hydrogen/


私のところでも、水素燃料電池水素供給インフラを含めた研究開発の話が舞い込んできたりしています*1

ですが、私としては、この「水素社会」というものは、壮大な失敗に終わる可能性が高いのではないか、と思っております。もちろん、このへん、実名では云えませんので(仕事愚痴を兼ねて)ここらで述べさせて頂きましょう。


まず、最初の誤解なのですが、「水素自体エネルギー源ではありません。水素自然界にそのまま大量に存在するわけではありませんから、なんらかのエネルギー源を使って水素に単離する必要があります。水素エネルギー源ではなく、エネルギーを運び蓄える「媒体」なのです。ですから、「水素」の利用に対しては、他の「媒体」との利便性について比較することになります。

一般エネルギー媒体」として最も優れているのが「電気」です。電気に比べると水素輸送でも使用効率でも遥かに劣ります。その「水素」をわざわざ媒体として利用するメリットがあって始めて意味が出てきます。そして、燃料電池媒体としての水素電気をやり取りする仕掛け、なのです。


その観点から考えると、ミライなどで利用されているPEFC高分子電解質燃料電池)は効率が高くありません。電力への変換効率ざっと30〜40%程度、大部分は低温(90℃程度)の熱として捨てられてしまいます。エコファームのような家庭設置型の燃料電池では排熱も給湯や暖房として利用価値があります。ですので、「総合効率」というような事が云われるのですが*2、電力しか利用価値の無いFCV燃料電池車)の場合、ムダになるエネルギーが多すぎます。


また、水素を作り出す段階でもエネルギーのロスがあります。現在、最も安価で大量に水素を作り出す方法天然ガス改質ですが、この改質の段階で天然ガスの持つエネルギーを全て水素に移す事は出来ません。推測ではありますが、FCVのトータルでのエネルギー効率は、ガソリン車とトントンでしか無いでしょう。

再生可能エネルギーによる水の還元による水素生産可能になれば状況は幾分か変わりますが、この場合はわざわざ水素にする意味が少なくなります。水素に変えるメリットとは何か、それは、貯蔵という点です。FCV開発に取り組む企業の多くが、航続距離EV電気自動車)に比べて長距離走れる事をうたいます。

現在EVの一回の充電での航続距離は200〜300kmというところです。これでは長距離ドライブに出掛けたときに充電が必要なのか、または充電ポイントはあるのかとか、充電時間が掛かるのかといったユーザー不安ゆえにEV一般的にならないだろう、と考えられ、それがゆえにFCVへの期待が膨らむわけです。FCVでは一回の水素充填で700〜800kmほどの航続距離と、充填時間が短いことが利点とされます。欠点水素ステーションが未だ整備されていないことで、政府の重点政策でも水素ステーションを増やす事がうたわれています。


燃料電池自動車及び水素ステーションについて(pdf)

http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kaigi/meeting/2013/wg3/toushi/150126/item4.pdf


ですが、その水素メリットが、昨今の技術トレンドから疑わしいものになっており、それが私が「水素社会」に懐疑的理由なのです。

というのも、電池性能の向上は著しく、エネルギー密度、容量共に現状の2,3倍が視野に入ってきています。


二次電池技術開発ロードマップ

http://www.nedo.go.jp/library/battery_rm.html


つまり、一回の充電で500〜700km程度の航続距離可能になるわけです。こうなると、一般的ドライバーにとって充電は問題とならなくなります。1日でそれほど長距離運転するケースは稀ですから、常時は家庭で充電を行ない、長距離運転必要場合は充電ポイントで充電すれば良くなります。また、容量が大きくなると充電に時間が掛かる満充電が必要無くなり、急速充電で時間を短縮できる容量範囲で充電しても用が足りるようになります。


こうして航続距離を延ばしたEVは、現在自動車とはまったく違った存在になるでしょう。というのもEV部品点数が極端に少ないからです*3簡単に云ってしまえば、動力部は電池とPCU(パワーコントロールユニット)、モーターがあれば良くなります。内燃機関必要な可動部品などはほとんど必要ありません。PCUはエンジンなどに比べて制御が容易ですから、極めて単純な構成可能で、自動運転ネット接続と相性が良い。つまり、EVエンジンをモーターで置き換えた自動車、ではなく、EVという新しい乗り物なのです。

FCVEVのようになることは出来ません。燃料電池ユニット制御エンジンと比べても難しく、部品点数も多く、部品特殊です。

電池性能と自動車車体素材の開発が進展した場合FCVEVに到底及ばない遅れたものになるでしょう*4


このあたりは日本電気自動車日産リーフ三菱のiMIEVを見ても判りません。あれらはエンジンをモーターに置き換えた自動車に過ぎないからです。

EVという新しいもの、その片鱗を伺わせるのが、BMW社のi3とi8、そしてテスラ社の各モデルです。

これらは極めて単純な構造を取っており、使う素材まで変わってきています*5


BMW i3

http://www.bmw-i.jp/BMW-i3/


テスラ社のイーロン・マスクは再三HVFCV否定するような主張を行っていますが、それは、EVがどのような存在になるか明確なビジョンを持っているからでしょう。


マスクCEOは先月米ミシガン州デトロイトのオートモーティブ・ニュースワールド・コングレスで、水素を車に使用しても未来はないと考る理由を詳細に説明した。

電気分解エネルギープロセスとして非常に効率が悪い。例えば、太陽電池パネルを使えば、そこから電気を作り出して直接バッテリーパックに充電できる。これに比べて電気分解は、水を分解して水素を取り出し、酸素を放り出し、水素を非常に高い圧力圧縮し(またはそれを液化して)、その後、車に取り込んで燃料電池として使用する。これは効率としては半分以下であり実にひどい。どうしてそんなことをするのか? 意味がない」と同氏は語った。

テスラモーターズマスクCEOトヨタ水素燃料電池車ミライ生産開始を批判

http://jp.ibtimes.com/articles/1426733


現状の技術トレンドを考えた場合FCVは確実にEVに敗北します。

少ない部品点数、構造単純化製造工程簡素化、自動運転ネット接続の容易さ、どれを取ってもFCVに勝ち目はありません。

日本の「水素社会」はFCVが鍵になっています。FCV必要無ければ、わざわざエネルギー媒体水素にする必要がない。電気電気のままの方が扱いは容易です。燃料電池SOFCなら水素でなくても大丈夫です。再生可能エネルギー不安定さを制御するために「Power to Gas」ということは考えられますが、その場合水素社会というようなレベルのもの必要ありません。


そもそも、EVへの変化、自動化の進展が進むと、いわゆる「シェアリング・エコノミー」の代表格であるカーシェアリング一般的になる、という意見もあります。このような進歩は、自動車製品として販売する自動車会社存在から、社会インフラとしての交通サービス提供、というものへ主体変化を促すことになるでしょう。


uber

https://www.uber.com/


若者の「モノ離れ」……独身年収1000万円でもマイカー興味なし 「買わずに済ます」生活加速 (1/3)

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1608/19/news061.html


この変化は、いわばパソコンからスマホ(つまり、インターネット端末)への変化と重なるものです。パソコンというものに拘って、追いつけなくなった日本家電メーカー自動車会社は相似形です。

原子力政策でもそうなのですが、日本技術開発方針はあまりにビジョンが無いか、そのビジョンを適切に考慮する努力を怠っており、さらに多様な技術社会条件を適切に結び付けてモデル構築することが出来ません。

私には、将来に渡って水素社会が来るとは思えません*6。考え直すべき時では無いでしょうか。

では。


追記


私自身は、飯のタネである研究開発の観点を除けば、そもそもクルマ*7という存在自体否定的なので、ここからも「水素社会」にはカラくなってしまいます。

前々から「自滅する地方シリーズで述べているように、


・街をコンパクトにして、クルマを使わないようにする

・移動は徒歩を基準に、コミューターとしては自転車、長距離公共交通機関が担う


のが良いのでは、と考えております。

例えば、自転車なら電動アシスト自転車という進化形もありでしょう。電池や電力制御技術、素材開発の進展は、EVよりも電動アシスト自転車の方に恩恵があります。また、EV自動化バスの方が容易に実用化できるでしょう。

二重の意味で「水素社会」は的外れだろう、と思います。

*1:この分野は重点政策として研究助成が充実しているので、共同研究を求める企業が増えている

*2エコファームでもSOFC(固体酸化物型燃料電池)の方が発電効率が高く、熱も高温のため利用効率が高い

*3:現段階で、自動車部品点数が約3万点、EVは約2万点になるといわれます。おそらく、部品点数はもっと減る事になるでしょう

*4:こうした製品は、如何に可動部品を減らすかで勝敗が決まります。古くは携帯プレーヤー歴史で、DATMD、さらにHD利用のMP3プレーヤーとなり、メモリー利用、現在では、記録媒体内臓からネットストレージへの移行を考えれば判ります。

*5BMWのi3はCFRP製。製造チェコ工場で行っているが、その製造電力の大半が再生可能エネルギーである。これは、EV本体シンプルさだけでなく、製造プロセス簡素化出来ることを示している

*6燃料電池技術進歩という点ではFCVの開発はインセンティブになったと考えられる。しかし、インフラ等への展開は問題がある

*7:ここでいうクルマとは、自動車全般意味では無く、交通個人ベースに委ねる自家用車のこと

2016-08-15

[]まちがいさがし

問題です。以下の文章のまちがいをさがしなさい。(制限時間1分 初級編)

f:id:Dr-Seton:20160730141420j:image

平和道標

ここは平和杜です。

このお社は護国神社といいます。日本平和と美しい山河家族を護るために戦争で亡くなられた静岡県出身の約七万六千人の方々を、神様としてお祀りしてあります。私達が豊かな生活が出来るのは護国神社神様のおかげです。神様は仲良しの子供が大好きです。「ありがとうございます」と感謝の心をもってお参りしましょう。

平成一年三月吉日

静岡県護国神社


解説です。

平和の社」ではありません。

護国神社靖国神社を頂点とする国家神道地方拠点でした。よって、境内には「軍神」に纏わる展示もあります。人を如何にして「納得して死に追い込むか」のシステムの一環です。到底平和の社、などと呼ぶ事は出来ません。


日本平和と美しい山河家族を守るために戦争で亡くなった」わけではありません。

日本は自ら戦争を仕掛け、再三にわたり他国侵略蹂躙しました。また、銃後の家族達も国家総動員体制の下で戦争協力させられています。空襲などの対応を見ても判るとおり、彼らの犠牲も省みられることはありませんでした。


「私達が豊かな生活が出来るのは護国神社神様のおかげ」ではありません。

日本侵略行動をエスカレートさせた挙句に自滅、無条件降伏をしています。ですから、戦いの一切はムダでした。彼らの死は何一つ役立っていません。

負ける事によって、戦没する事によって、日本の変化を促した、という人もいます。しかし、遺族は一度でも「負けてくれて、死んでくれてありがとう」などと考えますでしょうか。

家族の願いとは常に、「無事帰ってきてほしい」です。


ありがとうございます」と感謝の心をもってお参りするのは、はやめましょう。

日本平和と美しい山河家族を守るため”に何一つ役立たない形で死を強いられた人々に対して「ありがとうございます」というのは、生きている者の傲慢です。

戦没には何の意味もありません。平和にも美しい山河家族を守る事にも関係が無かった。むしろ守るべき家族を死に追い込むことにさえなっています。

もし、この神社意味があるとすれば、国家は、国家癒着した宗教というのは、人の死さえも都合よく利用しようとする、という点を明らかにしてくれる事でしょう。

ですから、護国神社にお参りする時は「ありがとうございます」ではなく、「ごめんなさい」と詫びましょう。

国家平和のため、と云い繕って戦争へと駆り立て、死へ追い込みます。

そのことに気付き、繰り返さないようにしなければ、自らが死に追い込まれても「死んでくれてありがとう」といわれることになります。

では。

2016-07-01 曇り

[]メルケルをひっぱたきたい 希望離脱

英国EUからの離脱選択しました。これに関して、日本でも様々な意見が聞かれるようです。

ちょっとコラムを紹介して意見を述べようと思います。

民主的な反乱

英国国民投票によってEU欧州連合)からの離脱選択した。

英国経済にとってEU残留メリットがあることは明らかなのに、経済合理性を超えた投票結果となった。その理由ひとつは、グローバル化による恩恵など自分たちには無縁であり、富裕層がもうかるだけだ、という感情民衆の間に渦巻いていたからだ。

高度に進展したグローバル経済は放っておくと一握りの富裕層と多数の貧困層という格差社会を生み出す。それを是正するのが政治役割なのに、ポピュリズム大衆迎合主義)の横行を許した。キャメロン首相という、パナマ文書に絡んで名前が挙がるような指導者の説得に民衆が耳を傾けなかった点で象徴的であり、「民主的な反乱」という見方もできよう。

所得格差に起因するポピュリズム排外主義は米仏など各国で見られる。厚みのある中間層を持たない国家社会対立を招きやすく、政治的過激不安定なものとなる。

今回の市場の動揺には流動性供給などあらゆる混乱回避策が動員されるだろうが、より本質的観点から、我が国でも広がりつつある所得格差是正に向けた本格的な政策論議を開始すべきだ。たとえば、所得再分配を進めるため、株の譲渡益や配当など富裕層の金融資産課税を強化し、それを財源に低所得層負担軽減を図る事も一案だ。

先進国では民衆のいら立ちが暴動にまで発展することはまれだ。しかし、声なき声が投票行動で蜂起した時、暴動以上に世界中市場を混乱に陥れることもありうる、というのが今回の教訓だ。

当局には追加の金融緩和策や財政出動検討にとどまらず、構造的な政策対応を忘れないでもらいたい。 (遼)

朝日新聞 2016年6月29日 経済気象台 より)


このコラムの状況説明には若干首を捻る部分も無きにしもあらず、ですが、グローバル化による格差増大とその解消についての提言がある、という点で、常日頃、新自由主義的(別名:しばき主義)を説きたがる朝日新聞としては珍しいと思います*1


朝日も、EU離脱に関しては、判っているのか判っていないのか、今回の問題の根幹に触れることを少し載せていました。つまり、“移民”の問題です。現在英国内の移民東欧系の人たちが多くを占めています。EU加盟によって移動してきた人たちですね。彼らは本国より稼げるから、と英国内で低賃金労働従事します。


EU離脱自由労働どうなるのか」 残留派独立

http://www.asahi.com/articles/ASJ6T5WF3J6TUHBI01Q.html

カフェオーナーエジプト人で、従業員のほとんどがポルトガルポーランドなどEU諸国からの「出稼ぎ組」だ。「ルーマニアでは働いても月300ポンド(約4万2千円)がせいぜい。ここでは月1400ポンド生活費は高いが、それでもこちらのほうがいい」と話す。


それが、英国貧困層や年金生活者には自分たち労働福祉財源を奪う、とみられているわけです。しかし、その怒りと恐れの根源は、英国の近年の政策、とりわけサッチャーから続く保守党新自由主義政策サッチャリズムと呼んでもいいし、財政緊縮策と呼んでもいいが)にあります*2労働者保護規制緩和社会福祉支出のあからさまな削減、それらによって苦境に立った人々が、苦境に追い込んだ政府ではなく、EU自身よりより弱い立場にある移民に怒りをぶつけたのです。

では、なぜ政府ではなく、EU移民に怒りをぶつけたのか。それは、そのように誘導し、政府保守党)から目を逸らさせようとしたした連中がいたからです。つまり、キャメロン首相らやジョンソンロンドン市長、といった連中。彼らは、新自由主義正当化し、富裕層貧困層格差を増大させました。もちろんキャメロン自身パナマ文書にも名前が出るくらいですから、富裕層ボンボンであり、サッチャリズムは単に自身らの利益を最大限にしようというゲスい発想にしかすぎません。


規制緩和すればムダが無くなり、競争を呼び、投資を呼び込み、雇用が生まれる、だから(そうは見えないだろうが)、皆が豊かになるのだ。


公共投資官僚によって使われるため、ムダが多く効率を下げる、だからその分を民間投資に廻せば公共投資より得るものが多い、(そうは見えないだろうが)皆が豊かになるのだ。


大雑把にいえば、これが新自由主義正当化する口上として使われました。より詳しく知りたければフロムダのダボラブログでも目を通せばいいでしょう。

こうした新自由主義が巧く行かないことは、このブログでも何回も指摘してきました。昨今ではさすがに緊縮策を良しとするような連中はなりを潜めています。新自由主義格差を生むために需要を落ち込ませ、経済を凹ませます。だから、新自由主義を取った場合、その口上とは逆の結果、ごく少数の富裕層と多数の貧困層に分離させます。ですが、新自由主義の口上を信じたまま経済的苦境に立った場合現状認識はどうなるでしょうか。


規制緩和によって雇用は生まれたはず、なのに、それをアンフェア手段で奪う連中がいる


我々以外の官僚主義によってムダが多く、効率を下げる規制が掛けられている。


こうなるでしょう。そのスケープゴートEUであり、移民貧困層です。

実際に、キャメロンEUによる規制の害を説き、ジョンソンファラージらは移民排斥を唱えました。ただ、それは仮想敵であり、国民投票の結果を基にEUに対して自身らにムシの良い提案を呑ませよう、というものだったでしょう。

しかし、目論見が外れた。

自分たち煽動した人々の怒りの程度を読み違えたのです。

私は以前、英国における格差問題放置し、怒りを表明する人々を切断処理するべきではない、と説きました。あれから4年あまり。切断処理して放置し、さらに苦境に立たされる人々を増やせばこうなる事は目に見えていました。


名誉白人 in UK

http://d.hatena.ne.jp/Dr-Seton/20110816/1313499796


ケインズをひっぱたきたい 希望内戦

http://d.hatena.ne.jp/Dr-Seton/20110819/1313761484


EUにも罪はあります。

単一通貨による自由市場、というEU理念は素晴らしくもなんともありません。EU自由市場の中では国境を超えて格差が増大しますし、経済力の弱い国々が対策を打ち出す手段さえ奪います。

ギリシャ問題はその一部に過ぎません。EU各国の反EU政党支持の増大は、英国と同じ構図です。

巨大な単一自由市場のおかげで豊かになる、というのは、その恩恵を受けないどころか苦境に立つ人々にとって無価値です。当然、スケープゴートを求めます。

そういえば、日本でも消費増税の話が上がると、ヨーロッパ各国では消費税が高額であり、日本では全然そこまで達していない、というようなことが語られますね。

しかし、ピケティが述べたようにヨーロッパ各国では格差が増加してますし、人々の負担に対する不満は強い。格差を増大させる方向に進むヨーロッパ各国を見習う、のはどうかと思いますね。

EU首脳陣もパナマ文書名前が見つかるような連中で、富裕層利益を最大化する事に力を注ぎます。当然ながら、各国の貧困層が怒りを向ける先は想像がつくでしょう。煽動による影響は、フランスベルギーオランダデンマークハンガリー、多々及びます。

英国には多くの東欧系の人々が職を求めて移住し、英国の人々から職を奪ったように見えます。では、移民者が出てきた国々はどうなっているのか?そこも、やはりEU犠牲と云える状態です。単一自由市場に組み込まれた結果、その中で競争力の劣る地域からは人が流出し、人口減少に陥ります。東欧の多くでこうした現象が見られます*3若い人が出て行った地域でも、不満はEUに向けられます。誰が貧しくしたのか、衰退を招いたのか、と。

つまり、構図としては日本における東京地方、と同じことです。ただし、日本国内では地方財政政策を通じて資金を廻す事が出来る。EUにはそうした仕組みが無かったのが問題なのです。

結局、単一自由市場として人々の移動の自由まで求めながら、その内部の統一された財政政策が無ければ、再分配機能が無いために人々の生活はどんどん苦しくなる。そして、需要を損ね、経済を縮小させてしまう。


今回の英国EU離脱を受けて、EU首脳陣が問題に気づけばいいのですが、報道から見る限り彼らは未だに気づいていないようです。おそらくは、EUからの離脱の動きは各国で活発化し、それをEU首脳陣は暴力団の脱退者に対する態度並のひどさで対応するでしょう。しかし、そんなことをすればEU各国の人々の怒りは向ける方向が違うにせよ、もっとラディカルに示されることになります。

かつて、赤木智弘が「若者を見殺しにする国 私を戦争に向かわせるものは何か 」で示したようなものです。

若者を見殺しにする国 (朝日文庫)

若者を見殺しにする国 (朝日文庫)

真の解決策は、富裕層への課税を財源として積極的財政政策、公正な福祉政策未来を担う若年層への教育政策労働環境改善させる労働政策、こうしたことを実現することです。


多国籍企業課税逃れに新ルール OECDが対応本格化

http://www.asahi.com/articles/ASJ6Z3W3JJ6ZULFA00J.html

OECDの租税委員会議長浅川雅嗣財務官)が30日から2日間の日程で京都市で始まった。会合では、多国籍企業課税を逃れたり、税負担の少ない国へ利益移転したりすることに対処する「BEPSプロジェクト」を途上国にも広げ、共通ルールづくりを進めることを確認した。


現実的でない?であれば、今後も人々は自らが不利益になるかもしれない危険煽動に乗せられる事でしょう。そして、そのツケは必ず貧困層を冷笑的に見る人々にも降り掛かります。決して他人事とは思わないことです。

では。

*1:この経済気象台には、様々な方が寄稿していますが、“山人”という方がましな文を、“安曇野”を始めとした大多数がくだらない文を書いています。

*2労働党ブレアによる「ニューレイバー第三の道」で、サッチャリズムの大体を継承した。それを拒絶したのが現党首ジェレミー・コービン

*3日本でも東欧系の女性飲食業風俗業へ従事するケースが多々あります。「稼げる」地域へ移ってきたのです

2016-06-20 晴れ

[][]高浜原発40年超運転延長について

仕事柄、色々な学術誌に目を通す事が多いのですが、極めて気になる寄稿記事を見つけたのでコメントしようかと思います。


アグネ技術センターの「金属」の6号に「原子力規制庁技術評価は信頼できるか?圧力容器の照射脆化予測法をめぐって」*1という記事が載せられているのですが、かなり衝撃的な内容です。


金属 アグネ技術センター

http://agne.co.jp/kinzoku/index.htm


簡単説明しますと、原子炉圧力容器は稼働中、間断なく中性子照射を受けます。圧力容器に用いられるのはインコネルという特殊ステンレスで高温では「粘り強い」のですが、ある一定の温度を下回ると「脆く」なる。この「脆く」なる温度の事を延性−脆性遷移温度(以下、遷移温度)と呼びます。問題は、中性子照射によってこの遷移温度が上昇することです。つまり原子炉が稼働を続ける限りどんどん“脆く”なっていきます。これが進行すると、稼働時は問題無いのですが、圧力容器を急激に冷やす、つまり緊急停止した時などにひび割れる可能性が増す、ということです。

そこで、圧力容器の遷移温度の変化を測らなくてはいけないのですが、圧力容器の形では測定する事が出来ない。替わりに試験片を中性子照射を受ける場所に置いて、その試験片の経年変化を基に遷移温度がどの程度まで下がったか、言いかえれば原子炉余命について予測を行います。

ここまでが、前段。


問題なのは試験片のデータを基に中性子照射束−遷移温度や脆化に関する予測規格が立てられている(JEAC4201と呼ばれます)のですが、玄海原発1号機での監視データが、この予測値と大きく食い違い、予測式の信頼性が疑われることになったのです。

そこで、電気事業連合会および電力中央研究所予測式を変えることにしました。実は、変更は2度目であり、以前の規格JEAC4201-1991に代わって導入したJEAC4201-2007でこの食い違いが生じたため、JEAC4201-2007(2013追補版)というものが登場したわけです。

試験片のデータが出るたびに変更する予測式に意味があるのか?という当然の疑問もさることながら、このJEAC4201-2007にはもともと致命的な問題がありました。

 式中での次元が合わない

ここでいう次元とは、長さとか重さとか時間とかのことです。簡単に云うと長さと面積を足す、というような真似をしている、ということです。そもそもの物理式として論外です。


 式中のパラメータが19個もある

物理状態を示すのにパラメータが多数必要場合もありますが、この予測式ではどういう経緯で導入したのか不明瞭なパラメータが19個もあります。それらに恣意的な値を入れれば、確かに“既にある値”にフィッティングさせる事は出来るでしょうが、それはあまりにも恣意的すぎて一般予測式としては認められないものです。


この点は2013追補版が出る前に指摘されていたのですが、“原子力ムラ”はこれを無視しました。そして、データが食い違った、といって追補版を出してきたわけです。この段階で異常さが判ります。

こうした事態金属専門家らが異議を申し立て、そしてそれが「金属」に掲載された*2のです。


私がこれを取り上げたのは、この予測値というものが、今回の高浜原発40年超運転延長に用いられたからです。


40年超原発、20年の運転延長認可へ 高浜1・2号機

http://www.asahi.com/articles/ASJ6K6QWCJ6KULBJ01H.html


寄稿者らはこれらの問題点原子力規制委員会意見書として提出し*3たのですが、それらの意見は結局無視された、ということになります。

ハッキリ言ってしまえば、JEAC4201-2007(2013追補版)というのは、遷移温度が下がる年数を極力後ろへ延ばそう、という恣意的操作に他なりません。データを真っ当に捉えるならば、運転年数40年に達しようという原子炉の遷移温度は冷却時にダメージを受ける可能性が高い。つまり、廃炉にするほかありません。それをどうやったら運転年数を無理やり延ばせるか?そのために、次元も一致せずパラメータが用を成さない位の数をぶち込んだ式を作った、そういうことです。

それを原子力規制委員会も指摘を聞いていながら、無視をした。

福島における地震津波に関する話を思い起こさせます。


原子炉圧力容器の遷移温度が下がっている場合、以前指摘したような外部電源遮断によって原子炉破壊される可能性は飛躍的に高くなります。なぜなら、非常用電源があろうがなかろうが、原子炉停止時には急速冷却する必要があるため圧力容器に熱衝撃が生じます。また、高圧で冷却水を押し込むために水撃が生じる可能性もあります。緊急停止時の冷却に成功しても、圧力容器が破損するような事態になれば…。

この事態テロによって引き起こされる場合テロリスト原子力発電所敷地内に踏み入る必要はありません。超高圧送電線の短絡、切断、などで非常停止に追い込めます。この問題がどれほど危険か判りますでしょうか?


問題は明らかです。少なくとも高経年の原子炉は再稼働させるべきではありません。もちろん、私は原子炉再稼働自体に反対ですが、「安全が認められた原発は再稼働させるべき」という自称現実主義者こそ、このような事態に対して「現実的」に振舞うべきです*4

では。

*1小岩昌宏原子力規制庁技術評価は信頼できるか?圧力容器の照射脆化予測法をめぐって, 金属, 86(2016),499

*2寄稿者の小岩昌宏氏は京都大学名誉教授金属・冶金学の大家

*3記事中では第20原子力規制委員会、第32回原子力規制委員会で取り上げられた事が触れられている

*4:高経年の火発はいつ止まるか判らない、電気が足らなくなる、と叫ぶような人は、やはり高経年の原発をどう捉えているのか知りたいところです

2016-06-19

[]先生とよばないで

最近、「先生」と呼ばれる機会が増えてきた。正直なところ「先生」などと呼ばれると虫唾が走る。なので、「先生とか付けないでください」と頼むのだが、そうすると「では、何とお呼びすればよろしいでしょうか?」などと戸惑っている。

普通に、○○さん、で構いませんよ」

と応えると、「はぁー、」

と納得したのか感心したのか判らない返事が返ってくるのだ。

どうやら、周囲では「先生」と呼ばせるのが当たり前の人たちがいるらしい。自分としては「先生」と呼ばれるだけのことはしていないし、呼ばれたくもない。なので、これからも今後も「先生」呼ばわりは勘弁してほしいものだ。


というか、他人を「先生」と呼ぶ側には、何か人を持ち上げたい事情があるんじゃないか、と勘繰ってしまうところもある。迂闊に「先生先生」などと持ちあげられたら、どうなるか判ったもんじゃない。

そういえば、介護施設で働く人の話によると、施設入居者で一番性質が悪いのは、先生と呼ばれる商売だった人たち、とのこと。あまりに周囲から持ち上げられるのに馴れてしまい、その傲慢さが施設に入っても抜けないのだという。

なので、あまり他人を「先生」を付けて呼ぶのは止めましょう。

[][]自意識過剰ですよ

前回、「慰安婦問題についてどう考えているか言ってみたまえ。君がどんな人間であるかを言いあててみせよう」というエントリーを書いたところ、不思議な反応がありました。

ite いきなりそんなセンシティブ問題について聞く奴の方がおかしいだろwそんな奴は相手にしないのが一番。そう、いま左翼がされてる対応だよ。

http://b.hatena.ne.jp/entry/287146430/comment/ite

GustavKarl 人を見定める為に慰安婦問題について聞いてくる様な輩は恐いので「すみません、よく分からないです」と言って逃げて距離を置く様にします。保守でも愛国反日かの踏み絵的感じで慰安婦問題聞いてくる人いるよねー。

http://b.hatena.ne.jp/entry/287146430/comment/GustavKarl

whkr 唐突にこんな質問をされたら、本心はどうあれ目を合わせないような対応をとるなあ(チキン)。性格診断のネタとしてふさわしい話題なのだろうか。

http://b.hatena.ne.jp/entry/287146430/comment/whkr

eirun 「私はわかっていてあえてこういうネタを使ってるんだ」かもしれないけど、普通の人はブロックしてスルーするよね。

http://b.hatena.ne.jp/entry/287146430/comment/eirun

Yagokoro 完全に痛い人であり、周囲が勝手距離を置いてくれそうだな。

http://b.hatena.ne.jp/entry/287146430/comment/Yagokoro


なるほど。マスメディアでも中国韓国へのヘイトがごく普通に流れているわけですが、そういったことにはドン引きしていない方々が、従軍慰安婦問題となると、政治的ドン引きなのですか。それはなかなかに面白い反応ですね。

でも、ドン引きも何も、身近な人々に試す必要などそもそも無いわけです。だって、その人がどんな人なのか、なんて判っているわけですし、特に掘り下げて知る必要もないです。友人には、さらに過去エントリーで描いた通り、たかじんを見るのを楽しみにしているヤツもいますしね。

もちろん、友人でも無いような、どうでもいい人間に試す必要もありません。

たとえば、id:Yagokoroみたいに、額にでっかく“肉”と書きなぐって全裸でうろついているような正体丸わかりのヤツに、「あなたはいてませんよ。」などと時間を割いて親切に教えてやるほどヒマではありません。せいぜい、その存在を心のイヤげものボックスへ放り込んでオシマイです。


でも、世の中にはそうした部分を知る事が重要だけれども、気づかないか巧みに隠し通されているかする人々がいます。

すなわち、政治家候補者、そして有識者と呼ばれるような人々。こうした人々が、日頃人権の大切さを説きながら、しかし、慰安婦問題に対して前回エントリーで示したような反応を返すとしたら?これは、問題だろうと思うわけです。

というわけで、今後、政治家立候補者、そして有識者やら文化人やらには、「従軍慰安婦問題をどう考えていますか?」と尋ねてみるのが良いかと思い、前回エントリーを書いてみました。ちょうど、都知事選参議院選が間近なことですから。その反応が予想通りの人もいるでしょうし、意外な反応を示すこともあるでしょう。

いずれにせよ、その人物が選良にふさわしいか否かを見極めるのに丁度いい質問になると思います。


さて、Twitterで、こんなことを書いている人もいました。

賛成者以外を一方的ラベリングするこの手の輩こそ一番傲慢異論者を人格攻撃するような輩が、人権を唱えてるんだぜ…(呆)

https://twitter.com/yamamoto8hei/status/730732963466379265

これに関しては、ドイツホロコーストについて、このような反応を示す人がどう扱われるか、扱われるべきか、で考えてみればいいでしょう。この問題に対して「どっちもどっち」という態度はとれないのです。それは自称中立にしかすぎません。

では。