ジュリスト2005年11月1日号(No.1300)

新会社法と企業実務」と銘打って今年7月に行われた
有斐閣主催の講演会の内容が、今号に完全収録されている。


当の講演会は、
江頭教授の基調講演に始まり、
今やベストセラー作家(笑)となられた法務省の相澤参事官や、
新日鉄の西川チーフリーガルカウンセルなどの法制審議会メンバーを
パネラーに据えて、「企業買収・防衛策」や「ガバナンス体制の問題」
を語らせるパネルディスカッション(司会は岩原教授)を行うなど、
なかなか華やかな催しだったようである。


会社法改正は、好むと好まざると、
企業法務実務にかかわるものにとっては、
今年一番のホットなトピックスだから、
こういう形で誌上に掲載していただけるのは非常に有難い。


だが、よく考えると、
この講演会、会費3,000円の有料講演会だったはず。
その内容が定価1400円(コピーすれば180円(笑))で入手できるのだとすれば、
わざわざチケットを買って見に行った人が
少し気の毒なような気もする。


普通のイベントなら、“生で見ることのメリット”が
少なからずあるので良いのだろうが、
生・江頭教授や、生・相澤参事官を見ることにメリットを感じる人が、
どれだけいるかは疑問の残るところである。
ま、良く見ると、上の3,000円は資料代込みということだから、
当日配られた資料が相当立派なものだったに違いない、と思って、
罪悪感は忘れることにしよう。

特集・刑事裁判の充実迅速化

会社法改正より刑事訴訟制度の行方の方に関心が強い
企業法務人失格人間(涙)の自分としては、
裁判員制度の露払いとしての、
いわゆる「公判前整理手続」がどのように機能するのか、
という問題は非常に気になるところである。


今号は、裁判所*1、検察官*2、弁護人*3三者が、
上記の問題について、それぞれの立場から論稿を寄せている。

裁判員制度の下では、長期にわたる審理は困難であり、よって、公判の準備段階における十分な争点・証拠整理と審理計画の策定が必要となる。」

という点については三者とも一致しているのだが、
それでは具体的にどこまで事前の段階で「整理」すべきなのか、
という点に関しては、弁護人サイドの強い“警戒心”を伺うことができ、
なかなか一筋縄ではいかないように思われる*4


日経新聞の5日付朝刊では、
既に公判前整理手続の決定が相次いでいる、と報じられているが、
当面は、「比較的争点が単純で、証拠の整理がさほど困難でない事件」*5から、
手探りで始めていく、ということになるのだろうか。


報道されるような「複雑な」刑事事件は、現実には稀にしか起りえない*6
と思われる以上、現在議論されている問題点の多くは、
実務の場面では杞憂に終わることになるのかもしれない。


だが、訴訟手続にスピーディさが求められるようになれば、
刑事事件に“専念”できる訴追側の方が今以上に有利になることが予想されるし、
仮に弁護人側が互角に渡り合えるような態勢を整えたとしても、
そこで、法学教室佐藤博史弁護士(東大客員教授)が言われているような、
開示証拠の検討を

「鳥の目による巨視的な見方(鳥瞰)と、虫の眼による微視的な見方(虫観)を使い分け、何度も繰り返し」*7

て行うことができるほどの“余裕”が残るか、は疑問である。


裁判員制度の導入により、
これまで行っていたような
「合議体の構成員がそれぞれ記録を回し読みし、精査しておく」
という作業を放棄せざるをえない、ということは、
現役の裁判官自体が認めていることであり*8
それによって、佐藤教授が言われているような、
「口頭主義・直接主義の本当の意味」を知ることができる*9としても、
そのような“メリット”と表裏一体のものとして失われる何かが
あるのではないか、という危惧を抱かざるをえない。


“明日はわが身”である・・・*10

樋口範雄「金融・信用情報の保護と利用のあり方−アメリカの場合」*11

関連会社への情報提供をめぐる連邦控訴裁の判決が素材となっている。
当該判例で争点となっている専占法理の問題はさておくとしても、
わが国の“個人情報保護”のあり方について考える上で、
樋口教授が味わい深いコメントを残されている。

探究・労働法の現代的課題・第3回*12

楽しみにしているシリーズの3回目。
このテーマもいろいろと根は深い。


間接差別とは、

「それ自体としては性別による区分を含まない基準等が、男女間で不均衡な結果をもたらす場合に適用される*13

ものであるが、
何をもって「不均衡な結果をもたらす」基準とするのかで、
おそらく論者によって、決定的な見解の違いが生まれる。


本稿では、現在研究会で検討されている事例として、

①募集・採用時の身長・体重・体力要件
②総合職の募集・採用時における全国転勤要件
③募集・採用時の学歴・学部要件
④昇進時の転勤経験要件
⑤福利厚生や家族手当に関する世帯主要件
⑥処遇決定における正社員の優遇
⑦福利厚生や家族手当に関するパートタイム労働者の除外

の7つが紹介されているが*14
②や④を間接差別の認定基準とするのは、
転勤をいとわない女性や、逆に東京を離れたがらない男性が、
それぞれの嗜好にあわせて“コース”を選択できるようになっている
実務の現状を考えると、あまりに時代錯誤的な発想のように思えてならない*15


もっとも、⑥、⑦について、
間接差別とする余地はない、とまで言い切ることには抵抗が残る。


使用者側の木下弁護士が述べられているような、

「パートタイマーと正規社員との処遇格差について間接差別とすることは、多様な契約形態で雇用の機会を広げることを阻害することになりかねない」*16


という意見にも一理はあるのだが、
20代、30代で“働きたい”という意欲をもっている女性の多くが、
キャリアブランクを経て仕事に復帰しようと思った時に、
“パートタイマー”“契約社員”“派遣社員”以外の形態を選択しがたい、
という現実と*17
業務量自体は正社員と大して変わらない非正規社員の存在が、
「当該女性の意思や選択に基づくもの」という前提*18
重大な疑問を投げかけているような気がしてならない*19


また、使用者側からは、

「間接差別の概念を取り入れることより、ポジティブ・アクションの企業の積極的な参加をより評価すべき」*20

という意見も出されているが、
間接差別禁止の法制化と、ポジティブ・アクションの推進は、
そもそも相反するものではないと思うので、
上記のような主張には、あまり説得力を感じない。


ポジティブ・アクション施策を打ってさえいれば、
他の部分での差別的処遇が免罪されるというものでもないだろう。
あと、女性の目から見ても、男性の目から見ても、
ポジティブ・アクション」はいろいろと問題の多い施策だと思う*21
同じ目的を達成することを目指すのであれば、
「不合理な格差」の解消に向けてのより直接的なアプローチである
「間接差別禁止」策を推し進める、ということに合理性があるように
思われるのである。

不動産法セミナー・第8回*22

前号からの設例をめぐる議論の中で、
明確な結論が出ないまま、立法論の方に話が流れていったような気がするが(笑)、
現実の取引形態と法の規律との整合性を図ることの難しさを、
如実に表しているテーマゆえ、非常に興味深かった。


とりあえず、今号の感想はこんなところで。

*1:大島隆明「刑事裁判の改革と裁判所の当面の課題」ジュリスト1300号44頁(2005年)

*2:谷川恒太「刑事裁判の充実・迅速化に向けた検察の取組と課題」ジュリスト1300号53頁(2005年)

*3:岡慎一「公判前整理手続における「争点の整理」」ジュリスト1300号60頁(2005年)

*4:例えば、前掲・岡65-68頁では、検察官立証の弾劾材料となる補助事実の公判前整理手続における「明示」や、検察官主張事実に対する「認否」、「否認主張明示」について消極的な姿勢が示されている。

*5:大島・前掲47頁

*6:少なくとも、自分がこれまで仕事で関わった刑事事件は、第1回公判で冒頭陳述、証人すら立てずに2回目に論告求刑&結審、3回目に判決言い渡し、というパターンで終わっている。

*7:佐藤博史「公判弁護の技術と倫理(2)」法学教室302号107頁(2005年)

*8:前掲・大島49頁

*9:佐藤・前掲114頁

*10:たまに、「自分は一生、刑事事件の被告人席に立つことはない」と断言している人間を見かけるが、どこからそのような自信が出てくるのか疑問である(笑)。過失犯がすべて不可罰になっているのならともかく、主観的には自分自身に何の落ち度もない、と思っていても、“罪を負うべき立場”にいる限り被告人席に立たされるリスクを逃れることができないのが、今の法制度というべきだろう。

*11:ジュリスト1300号108頁(2005年)

*12:中窪裕也=中野麻美=木下潮音「間接差別」ジュリスト1300号116頁(2005年)

*13:中窪・前掲117頁

*14:中窪・前掲120頁。中窪教授は、②④⑥⑦について、「仮に俎上に載せた場合にはどのような場合に間接差別になり得るかについて整理した」ものに過ぎない、と述べられている。

*15:概して、女性が華やかなコミュニティ(特に東京圏)を離れたがらない、というのも、また事実である。

*16:木下・前掲128頁

*17:ちなみに、派遣社員と派遣先の正社員との処遇格差の問題は、今回のテーマに直接つながるものではないが、今後検討されるべき最も重要な課題であることに変わりはないと自分は思う。

*18:中窪・前掲120頁

*19:このような事例に「間接差別」=「違法」という強烈な規範をあてはめることへの警戒感は当然出てくるであろうが、「当該制度の運用実態の中から直接差別を認定する」(中窪・前掲120頁)ための立証が困難を伴うからこそ「間接差別」という規範が持ち出されている、ということも忘れてはならないだろう。

*20:木下・前掲129頁

*21:運用の仕方如何によっては、かえって「不合理な格差」を増すだけの施策になってしまう。うちの会社に限らず、ポジティブ・アクションは、企業の経営陣が思っているほど理想どおりには機能していないように思われる。

*22:鎌田薫ほか「事業用借地権の使い勝手(下)」ジュリスト1300号130頁(2005年)

google-site-verification: google1520a0cd8d7ac6e8.html