リベラルと保守の道徳

macskaさんのエントリ「わたしは左翼であるのかないのか、あるいは経済学をこのブログで取り上げる理由」にコメントしたのをコピーして、ちょっと追記しておく。コンテクストは元エントリを参照。英語部分は適当に訳しておいた。


 はじめまして。ブクマで思わせぶりなコメントなんかしてすみません。

 レイコフは自分も読んだのは”Moral Politics”(邦訳『比喩によるモラルと政治』)だけです。政治関係の他の民主党応援本みたいなの?は読んでません。
“Moral Politics”は、なぜリベラルと保守派は話が通じないか、またmacskaさんが文中で述べている「政策セット」のようなものが形成されるのはなぜかという疑問に対して1つの解答を与えていて、なかなか印象的でした。
 ハイトのほうはNYTの記事“Is ‘Do Unto Others’ Written Into Our Genes?”で読んだのですが、彼も同じ問題に取り組んでいるようです。最近ピンカーが書いたエッセイ"The Moral Instinct"でも採りあげられていたので、ひょっとしたらmacskaさんの話もこれかなと思ったのです。


 大学院生のジェシー・グレアムと共同研究をおこなったハイトは、道徳と関連した顕著な政治的特質を発見した。ハイトとグレアムはまず調査対象にリベラル-保守の軸のどこに位置するか確認したあと、5つの道徳システムそれぞれをどれだけ重視するか評価する調査票を埋めてもらった。(「道徳的基礎についての質問」と名付けられたこのテストはYourMorals.orgにてオンラインで受けられる。)

 彼らが発見したのは、リベラルを自称する人々は、個人を守る2つの道徳システム(人に危害を加えない、自分がしてもらいたいことを他人にする*1)を非常に重視することである。だが、リベラルは集団を保護する3つの道徳システム(忠誠、権威の尊重、純潔*2)はそれほど重視しない。
 
 保守は5つすべての道徳システムに価値を置くが、個人を守る道徳をリベラルほど重視しない。

 リベラルと保守の不一致の多くは、それぞれが5つの道徳的カテゴリーに置く強調の相違を反映しているとハイト博士は考えている。

 目次とか公式ページとかをごく大雑把にみたかぎり、”The Happiness Hypothesis”ではこのことは書いてないようです。記事のこの部分のもとになっているのは“When Morality Opposes Justice: Conservatives Have Moral Intuitions that Liberals may not Recognize”(.pdf)でしょう。

 レイコフの家族メタファーは他の学問領域の知見と接続するのが困難ですが、ハイトの理論は本人も記事中で素描しているようにいろいろ発展性がありそうで期待しています。


 道徳システムによって提供された結合を強化し、拡張することによって、宗教は人間の進化に重要な役割を果たしたとハイトは考えている。「われわれが宗教的な心を持っていなかったら、大きな集団への移行を始めることはなかっただろう」とハイトは言う。「移動生活をする小さなバンドにとどまっていたかもしれない」

 彼の考えでは、宗教的行動は自然選択の結果であり、初期の人間集団が競争しあうなかで形成されたという。「成員をお互いに結びつける方法を見つけ出した集団はよりいい結果を得た」とハイトは言う。

 ここは個人的に非常に興味深かったです。
レイコフについてはid:Apemanさんの「認知科学と倫理」を参照。この理論を知ったときは感動したものだ。ただ、コメントには「他の学問領域の知見と接続するのが困難」と書いたが、ここからどう進んでいけばいいのか途方に暮れるというか、認知意味論についてもっと知らなきゃなあ的な感じになってしまって、あんまり個人的には発展しなかった。以降研究が進んでいるのかもわからない。
ジョナサン・ハイトのほうは研究がまだそれほど進んでいるとは言えないのでこれからに期待だが、こういう進化論的枠組みのほうがいろんな方面に繋げやすいというのはある。ピンカーもハイトには注目しているようなのでまた彼がやってくれるんじゃないか。
まあ、レイコフとハイトのはレイヤーの違う話なので、どっちかを選ばなきゃならないということはない。これはmacskaさんの元エントリにApemanさんがつけたコメントが示唆的。
追記。
macskaさんは左翼の非束縛的価値観に対する解毒剤として経済学を挙げているけど、自分はプロパーな経済学はほとんど知らない。自分にとってなにが「経済学」にあたるかといえば、進化論(および、そこから帰結する人間の本性についての考え)だろう。ただ言うまでもなく、ここでいう経済学と進化論は相当重複するところはあるけど。
ピーター・シンガー『現実的な左翼に進化する』ASIN:4105423053(原題"A Darwinian Left")って本もあった。このへんの話はやる気があったら後日。

*1:後者はいいかえれば「公正さ」。

*2:purity。「純潔」だとコノテーションが狭すぎるかもしれない。