『無人島に生きる十六人』

 明治31年の暮、中川倉吉船長以下16人の男達を乗せたに「龍睡丸」は東京の大川口を出帆した。この2本マストの帆船は翌32年、太平洋の真ん中で大しけの犠牲となり大破。16人はたどり着いた無人島でただひたすら救助を待つ生活を余儀なくされた。この本は彼らのサバイバルの記録である・・・・などと書くと、窮乏を極める壮絶で悲壮な人間ドラマ的だが、この本は全く違う。

 彼らは根っからの海の男で、何と言っても生きる知恵にあふれていた。何もないと思われる無人島でも、皆で協力し、力と知恵を合わせて生き抜いていく。実にほがらかで明るくそして力強い。

 無人島に着いて二日目の朝、中川船長はある事を心に決めた。それは、どんな事があっても怒らないこと、そして叱ったり小言を言ったりしないこと。皆がいつでも気持ち良くしているためには、小言はじゃまになると思ったからだ。島の生活がどんなに苦しかろうが、この船長の下だったら明るく暮していけると思う。生死を分ける危機的状況下の指揮官たるものかくありたい。

 司馬遼太郎『坂の上の雲』を読んで明治人の気概のようなものに畏敬の念を持った。この『無人島に生きる16人』を読んで明治人の気概、礼節、そしてほがらかさは、決して軍人と俳人だけのものではなかったのだとしみじみ思った。

無人島に生きる十六人 (新潮文庫)
作者: 須川 邦彦
メーカー/出版社: 新潮社
ジャンル: 和書