『坂の上の雲』


 『坂の上の雲』 司馬遼太郎
 四国の松山と縁が深い。この10年程、仕事で毎月一度はこの地を訪れている。温暖な気候と瀬戸内の海の幸、優しく耳に響く伊予言葉が心地よい、すてきな町だ。この町に生まれた3人の明治人を描いた小説『坂の上の雲』を読んだ。以前から読みたいと思っていて手を出せなかったのは文庫本で全8巻というボリュームのせいだ。ゴールデンウイークに読破する予定が読みきれず、昨日読み終えた。
 この作品が産経新聞に連載されたのは1968年から72年、なんと40年前だ。作者の司馬遼太郎は当時40代後半、入念な調査、資料集め等、精力的な仕事ぶりが伺われる長編だ。
 前半は同郷の3人の若者、秋山好古秋山真之正岡子規が明治という新しい時代の中で成長し、それぞれ陸軍騎兵、海軍参謀、俳句という別々の道へと進む姿が描かれる。作中描かれる明治日本の若者達は、自分自身の成長を後進国日本の発展に重ね合わせ、一日でも早く、少しでも多く成長しようという気概に満ちている。「自分の一日の怠慢が国家の進展を一日遅らせるという緊張感」の中で生きてたという。腑抜けた現代人が「大げさだなぁ、考えすぎだよ…」などと言おうものなら瞬時に罵倒されるだろう。天下国家を本気で熱く語り、実際にそれを動かし変えていく。そんな時代の若者をうらやましく思う。
 後半は日露戦争という圧倒的な現実の前で、翻弄されながらも果敢に生きていく人々が描かれる。戦場の記述だけでなく、日本政府の動きやロシア側の状況など視点を変えながら物語は進む。旅順攻略、二百三高地奉天決戦、日本海海戦。戦争は終わり、物語も静かに終る。読後感はなぜかとてもさわやかだった。


 司馬遼太郎によると、明治の日本軍は後年精神論でもって第二次大戦に突き進んだ昭和の日本軍とは大きく異っていたそうだ。「日露戦争当時の最高指導者層は三十数年後のそれとは種族までちがうかと思われるほど合理主義的計算思想から一歩も踏み外していない」という。そして司馬遼太郎はその根源を朱子学に見ている。朱子学は合理主義的な考えで貫かれ、神秘的な考えを極度に嫌う。明治と昭和の日本軍が大きく異なるというこの考えは新鮮で印象的だ。

 さて、この『坂の上の雲』がNHKスペシャルドラマになるそうだ。松山の町を歩いていると、そこかしこにポスターが貼ってある。秋山好古阿部寛、真之を本木雅弘正岡子規香川照之が演じる。放送は第1部が2009年の11月から12月、第2部が2010年、第3部が2011年の秋。3年がかりの大作ドラマになるという。小説の映像化についてはイメージが変わってガッカリする事が多いのだけれど、そぁどうなるか?楽しみだ。NHKのホームページによると子規の妹の律を菅野美穂、真之の妻李子を石原さとみが演じるという。小説ではそれほど目立つ役ではなかったが、どうなるか。こちらも楽しみだ。

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作者: 司馬 遼太郎
メーカー/出版社: 文藝春秋
ジャンル: 和書