『秘密のミャンマー』


 インドシナ半島の西側の付け根、西はインドとバングラディシュ、北は中国、東はタイ、ラオスと国境を接する国ミャンマー。軍事政権に軟禁されているアウンサンスーチー女史がらみで時折ニュースになる以外、この国の名が話題に上る事はきわめて少ない。そんな未知の国、秘密のミャンマーへの旅行記だ。

 椎名誠と3人の男達がこの旅に出たのは2001年の秋、9・11の同時多発テロに対抗し、アメリカがアフガニスタンへの攻撃を開始しようとしていた頃だった。きな臭い世界情勢とは裏腹に彼らを待っていたのはのどかなアジアの田舎の風景だった。アウンサンスーチーさんの話は仲間内でも決してしないようガイドのチョーさんから釘をさされるというエピソードをのぞいて「軍事政権」を意識させられることはない。少し物足りないというか、不思議な気がするが、この地に生まれ育ち死んでいく人々にとっては実際そんなものなのかも知れない、少なくとも表面的には。


 金箔を作るため、15kgのハンマーを一日中打ち付ける人々、山から非合法的に切り出したチーク材を組んだいかだで川を下ることを生業とする家族、サラリーマンの平均月収は当時のレートで2,500円。ミャンマーGDP的には決して豊かな国ではない。しかし市場には熱帯の日差しを浴びた元気な野菜が山と詰まれ、豊富な川魚とタップリのお米があふれている。湖の上の浮島では塩以外は自給自足できる人々がいる。多くの女性は今も昔も日焼け防止に「タナカ」という木の粉を顔にぬり、男も女も民族衣装の腰巻「ロンジー」に身を包む。上座部仏教徒が国民のおよそ9割を占め、人びとは日々パゴダで瞑想し、金持ちは競ってお坊さんへの喜捨をするという。

 ぬるくて甘いビールにも、油を大量に使った料理にも、決して負けない男達。楽しい旅行記なのだが、豊かさとは、幸せとはいったい何なのかを考えさせらる一冊。

秘密のミャンマー
秘密のミャンマー (小学館文庫)
作者: 椎名 誠
メーカー/出版社: 小学館
ジャンル: 和書