『虚人のすすめ』


 「100%絶賛」という本にめぐり合うことはほとんどない。「大方OKなんだけど、この章だけは納得できない」「半分読み飛ばしたけど、50%位はためになったナ」こんな本が多いのが現実。『虚人のすすめ』はページ数でいったら「7割NG、2割まぁまぁ、でも1割最高」だ。一点豪華、最高の1割がすべてを良しとする、そんな印象を受けた。

 著者の康芳夫はイベントなどを企画するいわゆる「プロデューサー」。あえて括弧つきで書いたのは、ギョーカイ的で、六本木あたりでチャラチャラしてて、その実サラリーマンで、企業人だから上司の顔色が気になってて・・・・というような軽――――いイメージで捉えてほしくないから。本人は「呼び屋」と自称する。モハメド・アリvsアントニオ猪木戦を企画した人だ、というだけで「オオスゴイ!」と思い、オリバー君を日本に連れてきた人だ、と言われて「あー、オリバー君ね、懐かしい!」と思える人はオジサン世代であることは間違いないのだけれど、そういう人なのだ。イベントの企画というのは、当たれば破格の利益を生むが、外れればケタ違いの大赤字。実際著者も大失敗して夜逃げ同然の逃避行をしている。そんな浮き沈みの激しい、振幅の大きな人生から生まれた哲学。

 千の修羅場をくぐったそうだ。モハメド・アリを日本に呼べたのは8年越しの悲願達成だそうで、ものすごく儲かったそうだ。そう、この本は自慢タップリの本で、概算7割が自慢話。そんなところが気に入らない。基本的に自慢したがる人を好きになれないから。しかしこの人の哲学の根底にあるものにものすごく共感してしまう。「世の中はすべてフィクション」と言い放つのだが、どんなに権威があるものも、どんなに万人に認められているものも、決して絶対ではあり得ない。お金はそれをお金であると皆が認めているからお金なのだけれど、本質的には紙切れに過ぎない、というのと同じ。究極の相対主義者。原理主義がはびこる世の中は危ないと警告する。まさにそのとおりだと思ってしまう。1割大絶賛なのだ。著者は日中のハーフで1937年5月の生まれ。戦中はひどい差別を受け、終戦と同時に価値観が180度変わるのを目の当たりにした。世の権威のはかなさを強力に刷り込まれた経験がこの哲学の根底にあるのだろう。

 真面目すぎる人、今の不況下でへこたれそうな人、企業にしがみついてアップアップな人はこんなストロングなおじいさんの人生訓に触れてみるのも良いかも。肩の力が抜けてファイトがわくと思う、そんな一冊だ。

虚人のすすめ ―無秩序(カオス)を生き抜け (集英社新書)
作者: 康芳夫
出版社/メーカー: 集英社
発売日: 2009/10
メディア: 新書