『世界を知る力』

 我々現代人の行動半径は果てしなく広がってきた。主に農業に従事していた日本人の多くは、つい百数十年前まで、生まれた村とその周辺で人生の大部分が完結していた。徒歩で日帰りのできる半径20kmが世界の全てと言ってもよかった。それが今、航空機を使って「アジア日帰り圏1000km」などというのは別世界のことのようだろう。交通機関の発達に伴い、我々が入手できる情報も格段に増えた。あわせて情報網の発達がこれに拍車をかける。さっき地球の反対側で起こったことが、今テレビでお茶の間に放送されるのだ。圧倒的な情報量の中で我々は生きている。

 一方、我々自身の「知る力」も情報量の増大に比例して増強されているのだろうか?著者の答えは否。この本は、現代日本人に「世界を知る力」が欠如していることに対し警鐘をならす。その取っ掛かりは第一章。戦後日本人はアメリカを通じてしか世界を見なくなったと言い切る。そんな事はないでしょう・・・。そう思いながら読み進むと、イキナリ話は18世紀ロシアに飛ぶ。え、そうだったの???意外な展開に驚かされた。明治の歌人与謝野晶子の世界地図は上下逆さだった(?)という話も面白い。第三章では2009年夏の自民党大敗以降の日本を、冷戦終結以降、ブッシュ前大統領のアメリカに大きな期待を寄せて思考停止状態になっていた小泉政権からの「チェンジ」を選択したものと位置づける。日本の有様は、世界の潮流を常に映し出してきたのだ。何かと議論の的となる日米同盟も「中国」無しには語れない。「日米関係は米中関係」だという。中国のここ十年の目覚しい経済発展ゆえではない。20世紀初頭からすでにそうだったというから驚く。「え、そうだったの・・・?」だ。

 物事を見るとき、できるだけ公正に、より広い視野から見渡したい。誰しもそう思うのだけれど、どうしても限界がある。まっすぐなつもりがバイアスのかかった見方をしている。公正なつもりが、偏った見地から見ている。仕方がない、これまでの人生、親兄弟は言うにおよばず、出会った教師、付き合ってきた友人達からの大小さまざまな影響の結果として今の自分がいる。「子供の頃からあの子はそうだった」とか「あいつのお袋に会って何であいつがあんなにキレやすいのか分かった」とか、身近な例はいくつもあろう。著者の寺島実郎三井物産出身。海外勤務の経験も豊富な論客だ。日本人に共通するものの見方や考え方もわかっていよう。この本では著者がこれからの時代に必要と考える「世界を知る力」について書かれているのだが、日本人にとって盲点となりがちな視点や世界観の事例を数多く紹介している。事例で分からせる手法なので、ノンフィクションのルポルタージュを読むような面白さがある。まぁ、事例の拾い方一つで如何様にも書けてしまおうから、油断は禁物なのだが、精神論っぽくなくて良かった。

 「あ、コレいただき!」と気楽に読めるHack本と違って、考え方や生き方にまつわる本は重い。大切な事だと分かっているし、自分が一朝一夕に変われない事も分かっている、分かっているからこそ読んでしまうのだよなぁ。

世界を知る力 (PHP新書)
作者: 寺島実郎
メーカー/出版社: PHP研究所
発売日: 2009/12/16
ジャンル: 和書