『5万4千円でアジア大横断』


 アジア・ハイウェイという道があることを知らなかった。元々は国連の事業で、アジア32ヶ国を巡る現代版シルクロードのようなもの。その1号線の東の端は東京。この本は著者の下川裕治が、カメラマンの阿部稔哉、調理師の橋野元樹とともに、東京の日本橋からトルコ、ブルガリア国境の町カピクレまで、AH−1(アジアハイウェイ1号線)を中心に、27日間かけて旅した記録だ。

 AH−1とは言っても、整備された高速道路がずーっとつながっているわけでは無い。元々ある各国の道路をつなぎつないでAH−1としているので、日本の国道1号線が東京日本橋から大阪の梅田まできちんとつながっているのとは違うのだ。そしてこの旅の移動手段は主にバス。だからこそ東京からトルコまで5万4千円で移動できるのだ。長距離の高速バスもあれば、町中を走る路線バスもある。冷房の効いたデラックスなバスもあれば、異臭の漂うオンボロバスも。この旅は町から町へバスを乗り継ぐ旅。夜行バスでの車中泊が2日3日と続く旅なのだ。「遅い」「狭い」「揺れる」「故障する」というのがアジアのバスで定番の四重苦らしく、これまで何度もアジアをバスで旅行している著者は慣れたものだが、さすが51歳(!)の体にはキツかったようだ。

 本当に辛い旅だったのだろう、文章が粗くて詩情が無い。しかし粗い文章それ自体が、来る日も来る日もバスに揺られる過酷過ぎる日々に、ささくれ立った著者の気持ちを雄弁に物語っている。普通、旅行記といえば見知らぬ土地で名所旧跡を巡り、現地の人々とのふれ合って、おいしいものを食べて、喜びと驚き、新しい発見に満ちているものだが、この本は全く違う。途中幾多のトラブルに見舞われながら、まるで苦行僧のようにストイックにバスに揺られる男3人の27日間が記されている。あなどれないアジアの奥深さ、陸路を行くからこそ感じられる、アジア各国の微妙な違いが面白い。夏の日、冷房の効いた部屋で読んでスミマセン!そんな一冊。

5万4千円でアジア大横断 (新潮文庫)
作者: 下川裕治
メーカー/出版社: 新潮社
発売日: 2007/04
ジャンル: 和書