『ジョン王』


 英国史上最も評判の悪い王様なのだそうだ。十字軍で活躍した兄のリチャード1世が「獅子心王」と呼ばれるのに対し、ジョン王は17年の在位期間に大陸での領地の多くを失ったため「失地王」と呼ばれている。戦争に負け、ローマ教皇からは破門され、イングランドの貴族たちとは対立。貴族たちの怒りを静めるため、王の権限を制限する「マグナ・カルタ」を承諾したことが後世への唯一の貢献と言われる。散々だ。この戯曲のジョン王もやはり有能で立派な王様ではない。かと言って痛快なダーティー・ヒーローとして描かれているのでもないし、実はイイ奴だった…などというオチでもない。全くなんでシェイクスピアはこんな王様のお芝居をかいたのか、チョット不思議だった。

 作中から一つだけエピソードを紹介しよう。ジョン王は一人の腹心にある人物を殺すようほのめかす。『死だ』「え?」『墓だ』腹心は王の心を読み「・・・・生かしてはおきません」と承諾するのだが、後になってこの事が問題になると『お前はなぜ止めてくれなかったのだ!』と言い出す。ひどい話だ。全く人の上に立つ者のセリフじゃないと思うが、いやいや、ある程度の権力を手にしてしまうと、こんなワガママさえ許されると思ってしまのかも。そして、周りもそれを許してしまうのだろう。これは現代でもありそうな話だ。さすがに人を殺せとは言わないが、ずっとスケールの小さい版で周りの人間の目が点になるようなワガママを自分は絶対言っていないと言い切る自信はない。逆に「オレは絶対言っていない」と自信を持っている人こそ危ないような気もする。

 人間の弱さやずるさ、計算高さや浅はかさ。声高に「大儀」という名の「エゴ」をがなりたてる人達・・・。人間のもつこんな醜い一面をシェイクスピアは描きたかったのだろう。後味はあまり良くなかったけれど、結構面白かった。

ジョン王 (白水Uブックス (13))
作者: ウィリアム・シェイクスピア, 小田島雄志
メーカー/出版社: 白水社
発売日: 1983/01
ジャンル: 和書