HODGE'S PARROT

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検察側の証人/共和党側の証人

クリスティーのプロットは大半がある単一の至極単純な状況に基礎を置き、しかるのちに複雑な工夫や隠れた部分が付加されていく。『スタイルズ荘の怪事件』を例にとると、プロットの下地は、イギリス訴訟法では、ひとたび無罪になった人物を再審にかけることはできないという一事不再審の原則である。そういうことなら、あなたが人を殺すにあたっての障害が、立場上あなたがいの一番に容疑者と目されることにあるならば、あなたは──かりにかくも巧緻な悪知恵をお持ちならばだが──種々の手がかりがあなたを指し示し、ひいてはあなたの逮捕につながるように工夫することによって、この状況そのものを有利に導くことができよう。逮捕され、裁判にかけられるのを待って、あなたはアリバイを提出し、かくてめでたく無罪放免になるというわけである。


ジュリアン・シモンズ『謎解きの女王』(吉野美恵子訳、早川書房アガサ・クリスティー読本』より p.124)

しつこいようだが、「ジェフ・ギャノン事件」について書いておきたい。といっても、今回は、別の視点からである。

例によって「暗いニュースリンク」の記述を参照したい。

ジェフ・ギャノン事件:共和党活動とゲイ専門売春を兼務するスキンヘッド男はいかにしてホワイトハウスに自由に出入りできたのか? [暗いニュースリンク]

しかもこのゲイ売春サービスのプロフェッショナルは、スコット・マクレラン大統領報道官とは顔見知りではないかとの疑惑がもたれている。過去2年間、ホワイトハウスでの通常会見で、マクレランは政権に都合良い発言をさせるべく、記者席のジェフ・ギャノンを何度も指名しているが、マクレラン報道官本人は当初関与を否定していた。しかし、疑惑が持ち上がった直後のホワイトハウス記者会見で、緊張した報道官はジェフ・ギャノンの本名を知っていたとウッカリ自白してしまった。

ブッシュ政権の反同性愛政策を熱心に説いているマクレラン報道官は、実のところ地元テキサスでは同性愛者と噂されている。

政府から報酬をもらってブッシュ政権を賞賛する極秘任務を担っている保守派評論家アームストロング・ウィリアムズも同性愛者である

暗いニュースリンク」に典型的に見られる──「リベラル・ブロガー」としての──「反ブッシュ、反共和党」陣営は、この「ジェフ・ギャノン事件」を、「共和党の悪辣なプロパガンダが曝露された」と浮き足立つ。それによって「共和党の悪辣さ」を批判できるチャンスを得る。

しかし、この「チャンス」を獲得するのは、反共和党陣営だけだろうか。「ジェフ・ギャノン事件」によって、「得をする<陣営>」が反共和党陣営以外にも考えられないだろうか──むしろ、リベラル・ブロガーの「一枚岩的追求」が、結果として、その<陣営の存在>を隠蔽することになっていないだろうか。リベラル・ブロガーの噴きあがった「祭り」は、単一の至極単純な「解答」に傾いていないだろうか。「本当の目的」をスピンすることになっていないだろうか? 

すなわち、ホワイトハウス内/共和党内から、ゲイやレズビアンを排除したい「陣営」──共和党内の反同性愛陣営だ。

同性愛者の権利剥奪に熱心なブッシュ陣営が、共和党支持のゲイ層に対してはお得意の“思いやりある保守主義”を発揮したとしても何ら問題ではない

そうではない。「思いやりのある保守主義」に反対する極右的(宗教的)保守主義者が、「ジャフ・ギャノン事件」を仕組んだら、別の展開が見えるのではないだろうか。

暗いニュースリンク」氏は、

ブリーフ一枚で誘惑ポーズのジェフ・ギャノン。本人運営のWebサイトに掲載されていた写真。バレないと思っていたんだろうか?

と、疑問を呈しているが、そのこと──バレること──自体が「想定の範囲内」であり、「バレること自体が目的」であり、そしてリベラル・ブロガーの存在は、まんまとその「筋書き(プロット)」通りの「役割を果たした」としたら? レッド・ヘリング(偽の手がかり)に翻弄されているとしたら?

共和党内で権力争いがあり、マクレラン報道官やアームストロング・ウィリアムズを失脚させたいと願っている勢力がいたとしたら……。

ジェフ・ギャノンという「売春サービス」をしている男、誰でも──リベラル・ブロガーでさえ──カンタンに情報を手に入れることができるインターネット上に「わざわざ」裸体を晒している男の「存在」は、とても興味深いものではないのだろうか。
プロパガンダはバレてはならない。すぐにバレるプロパガンダは、それ自体、プロパガンダではない。「すぐにバレるプロパガンダ」は「すぐにバレることを目的とした、入れ子の中の、プロパガンダ」でなければならない。

(『スタイルズ荘の怪事件』における)クリスティーの犯人はポアロに裏をかかれる。ポアロは彼の計画のからくりを見抜き、逮捕を阻止し、彼の容疑を晴らすはずであったアリバイまでも明るみに出してしまう。ポアロには読者も一杯くわされる。探偵がこの容疑者の潔白を立証するのを見て、それならばと読者はこの男を容疑者リストから除外してしまうのだ。


ジュリアン・シモンズ『謎解きの女王』p.124