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ビーチャムのフランク サイクリック・フォームあるいは家族的類似




サー・トーマス・ビーチャム指揮フランス国立放送管弦楽団による、セザール・フランク交響曲ニ短調を聴いた。カップリング曲は、エドゥアール・ラロの──あまり演奏・録音に恵まれないが、ドイツ・ロマン派風の重厚でなかなか聴き応えのある──交響曲ト短調ガブリエル・フォーレの洗練された憂愁の美が人気の『パヴァーヌ』作品50。


Symphony in D Minor / Symphony in G Minor / Pavane

Symphony in D Minor / Symphony in G Minor / Pavane



↑は国内盤の画像が表示されなかったので輸入版を選んだが、僕が聴いたのは「EMIクラシックス決定版1300]の中の一枚→ASIN:B000GUK6G2 だ。
東芝EMIの「お勧めマーク」によると「壮麗、重厚な響きの魅力」という☆に分類されている。

そのマークに偽りはない。イギリスの指揮者トーマス・ビーチャム(Sir Thomas Beecham、1879-1961)による気宇広大な音楽が鳴り響く。パワフル、と表現しても良いかもしれない。録音も1959年……と一見古いが、24bitリマスタリングが施されており、まるでLPレコードを聴いているかのような、初期ステレオ録音のマッシブな響きを十分に堪能できる。

LPと言えば、このCDには、浅里公三氏の2002年に発売されたときのCD解説と、1965年に発売されたときの大宮真琴氏のLPレコードの解説が両方とも転載されており、結果として、ヴォリュームのある非常に読み応えのあるブックレットに仕上がっている。

浅里氏の「ビーチャムとフランス音楽」によると、サー・トーマス・ビーチャムは富豪の家に生まれた人物で、正規の音楽教育を受けず独学で音楽と指揮を学んだそうだ。しかもその莫大な財産をロンドン・フィルやロイヤル・フィル、他のオペラ団の創設に注ぎこんだという。
そしてビーチャムの有名な語録……「音楽史上3大退屈男」。これは、いわゆるドイツの3B、すなわちバッハ、ベートーヴェンブラームスを評したビーチャムの言葉としてあまりにも有名ある。音楽大学で専門の音楽教育を受けなかったからかどうかわからないが──彼はオックスフォード大学(ウォダム・カレッジ、Wadham College, Oxford)出身である──そんな大胆なことを平然と言ってのける人物……それがサー・トーマス・ビーチャムである。
ビーチャムは、とりもなおさず、英国音楽界に多大な貢献をした、高貴な人物、かつ「偉大な変人」なのである。

ウィキペディアにも、ビーチャムの「情報」が載っている。ビーチャムは、世界有数の製薬企業グラクソ・スミスクライン(gsk、Glaxo SmithKline)の前身/ルーツである「ビーチャム製薬」の御曹司であり、その独特の音楽活動においてディーリアスやシベリウスをコンサート・プログラムに定着させた。

Beecham was born in St. Helens, Lancashire, England and brought up in the Blacklow Brow area of Huyton, now in Merseyside. His father, Sir Joseph Beecham, 1st Baronet (1848–1916), was a wealthy patent pill manufacturer and civic leader, who had been awarded a baronetcy for continuing the work of his father Thomas Beecham (1820–1907), the inventor of Beecham's Pills. He was educated at Rossall School and then at Wadham College, Oxford, whose music room now takes his name.



Wikipedia

[Beecham's Pills]

Beecham's Pills were a laxative first marketed around 1842 in St Helens, Merseyside. They were invented by Thomas Beecham.

The pills themselves were a combination of aloe, ginger, and soap, with some other more minor ingredients. They were initially advertised like other patent medicine as a cure-all, but they actually did have a positive effect on the digestive process. This effectiveness made them stand out from other remedies for sale in the mid-nineteenth century.

The popularity of the pills produced a wide range of testimonials that were used in advertising. The poet William Topaz McGonagall wrote a poem advertising the pills, giving his recommendation in verse. Two slogans used in Beecham's advertising were "Worth a guinea a box," and "Beecham's pills make all the difference."

The pills, and their marketing, were the basis for Beecham's Patent Pills, which became Beecham Estates and Pills in 1824, eight years after the death of Sir Joseph Beecham, the son of Thomas Beecham. The pills continued to be made by a succession of Beecham Pills Limited, Beecham Pharmaceuticals Limited, Beecham Health Care, and SmithKline Beecham. The manufacture of the pills was discontinued in 1998.



Wikipedia


[GlaxoSmithKline]


また、大宮真琴氏による1965年のレコード解説も、とても参考になる。というか、この時代の「教養」があり方が伝わってくるようなのだ。
まずセザール・フランクの略歴や代表作、音楽史におけるポジションが示される。目を惹くのが、以下のような部分。

フランクは、一家の生活を支えるために良家の子女にピアノを教え、ひまを見つけては演奏会に供えて指の練習に余念がないといった毎日を送っていた。


そして交響曲ニ短調の解説に入る。

交響曲ニ短調》は、彼の唯一の交響曲で、1889年にパリ音楽院演奏協会で初演された。この曲は、あらゆる点でフランクの創作の頂点に立っているが、殊にフランクが育成し、近代フランス音楽の全体に影響を与えた循環形式が、徹底的に用いられている点で、特に注目すべき作品である。
循環形式というのは、もともとばらばらだった交響曲(またはそれに準じる交響曲)のひとつひとつの楽章を、緊密に結び合わせ、一貫したものにしようとするものである。そのために、ひとつまたは数個の中心主題を定めて、これが各楽章に変化して現れる。すなわち、曲の全体が主題的に結び合わされるだけで、個々の楽章は、独立のものでありながら、しかしまた有機的な全体を形づくることになる。


次いで、循環主題の3つの形が譜例つきでA、B、Cと記され、第1楽章、第2楽章、第3楽章の──徹底的な──解説になる。第3楽章の最後の部分を引用してみたい。

まず、高らかに第1主題が名のりを上げ、次いで経過の部分に移るのである。ここでは第2経過動機の再現が省かれて、直ちに3/4拍子の循環主題Cがニ短調で再現する。その後、再び2拍子に戻って経過部へ入っていくが、そこでは、変ロ長調で第1楽章の循環主題B、次いでハープの伴奏に導かれて循環主題Aが再現し、さらにB動機も加わる。このB動機に押まれて、この楽章の第1主題が控え目に現れる。しかし、やがてこの主題が力を得、音量を増し、コーダに突入して圧倒的に全曲を終結する。


そういえば、家にあったLPレコードの解説も、ベートーヴェンにしろブラームスにしろ、ショパンでさえも、みんなこんな風に、作曲家の人生と作品が「一心同体」のようなフォームで──作者の人生と作品は、一貫した「主題」で緊密に結ばれている……かのように──書かれていたように思う。そして、単に「音楽を聴く」というだけではなく、「音楽(家)について読む」ことが、自然に刷り込まれていった、ように思う。
ただ、「音楽(家)について読む」ことが、「知識」や「教養」を身につけることかどうかはわからない。だってそんなことを意識するまでもなく、ただ単に家にあったレコードを聴いて、解説を読んでいただけなのだから。楽しみながら。



再び、浅里公三氏の「ビーチャムとフランス音楽」に戻ろう。浅里氏はビーチャムの件の「3大退屈男」発言について、次のように書く。

ビーチャムがバッハ、ベートーヴェンブラームスを「音楽史上の3大退屈男」と呼んだのは、3大Bはイギリスの音楽趣味にとって人生の必需品であることを認めていたからで、「私が関心を持つのは人生の贅沢品だよ」というのが「彼の芸術哲学の根本だったようだ」という。

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