拓海広志「初めてのヤップ(5)」
アルバトロス・クラブが発足してからまだ間もない1989年の初夏に、僕は岡山県高梁市の医師・野村勲さん(岡山ヤップ会)宅で、ミクロネシア連邦ヤップ州のヤップ島から来日中だったベルナルド・ガアヤンさん、ジョン・タマグヨロンさんと出会った。彼らはヤップに伝わるシングルアウトリガーカヌーの建造術と航海術を再現したいという思いから「ペサウ」という名のカヌーを建造し、1986年にヤップ〜小笠原父島間の航海を成功させた人たちだ。
学生時代から太平洋のカヌー建造・航海術に興味を持っていた僕と彼らの話は弾み、二人と別れた後も僕はカヌーについての情報収集と研究を続けた。そして、翌1990年の6月末、僕は彼らと再会するためにヤップを訪問した。これは極私的な旅だったが、結果的にはこの訪問を契機として「アルバトロスプロジェクト(ミクロネシアの伝統的帆走カヌーによるヤップ〜パラオ間の石貨交易航海の再現プロジェクト)」が発足へ向けて動き出すこととなる。このときの旅の話を、当時の日記からの抜粋で紹介したい。
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※6月27日
南国にいると毎日何度かはシャワーに襲われるが、それはギラギラと照りつける太陽によって焼けた大地をしばし冷ましてくれる。今日も朝一番にかなり強いシャワーが降り、その音で僕は目を覚ました。しかし、椰子の葉葺きの屋根に当たる雨音は、激しさの中にも優しさがある。僕はシャワーが通り過ぎるまでの間、その雨音を愉しんだ。
今日は終日タマンと付き合うことになっている。午前中は浜で僕が彼に柔道を教え、午後は彼が通っている小学校へ僕を案内してくれる約束なのだ。僕らは朝食を終えるとすぐに浜に出た。しばらくの間、軽く泳いだり、竹筏を修理したりした後、僕は拓海流水上柔道教室を開催することにした。まずは「礼」から。次は「よーし、来い!」という掛け声と共にいきなり取っ組み合いだ。水上柔道は受身の練習をする必要がないから、いきなり乱取りができるのである。
「よーし、来い!」「よーし!」「よーし!」と互いに大声を張り上げながら乱取りをやっていると、その声を聞きつけたのか昨日一緒に漁に出たモンガルフィと、まだ6歳だという腕白小僧・マロマオがやって来た。しかし、これからが大変で、僕は3人の少年を相手に延々1時間以上も乱取りを続けることになったのだ。やがて、モンガルフィが「また漁に出るよ」と、竹筏に乗って沖に出て行ったので、ようやく水上柔道教室は閉講することができた。やれやれ・・・。
ガアヤンの雑貨屋に戻ると、タマグ・ヨロンがいた。孫娘を見送り、ようやく空港から帰ってきたところだと言う。南国の飛行機はずいぶんルーズで、スケジュールが日本では考えられないほど大幅に遅れることも多いのだ。
ガアヤンとタマグは既に何やら2人で相談していたらしく、僕がコロニアに戻る日は金曜日がよいだろうと決めていた。それは、土・日曜は村からコロニアまで働きに出る人がいないため、出勤の車に便乗することが出来ないからだった。そして、明日の夜には僕の送別会を開こうと言ってくれた。その際にタマグの家族が僕のために伝統芸能の棒踊りを披露してくれると聞き、僕は大感激してしまった。
棒踊りは太平洋の島々の多くやニューギニアから日本の南西諸島にも伝わるもので、かつて太平洋の海洋民族がこれらの海域を往来したことを示すものだ。僕も今までに様々な島で棒踊りを見てきたが、ヤップ・スタイルのものを見るのは初めてなので、とても楽しみだ。
タマグがバチュアルに引き上げて行くと、僕はタマンと一緒に彼の学校を見に行くことにした。小学校と中学校は島に一つずつしかなく、子どもたちは皆そこに通う。タマンの通学路はなかなか素敵で、マングローブのジャングルを掻き分け、ハワイアンソングにあるような小さな竹の橋を渡り、バナナの並木道を抜けると海岸に出る。美しい砂浜をしばらく歩き、教会の横を通り過ぎてしばらく行くと、ようやく小学校だ。片道の所要時間は約30分だが、景色をゆっくり眺めながら歩くと楽しい。
小学校は海に面した斜面に建てられており、バスケットコートなんかもちゃんと整えられていた。タマンはここで米平和部隊の先生から英語で授業を受けているのだ。今はちょうど夏休みで、校舎の扉には鍵がかかっている。僕らは海を見下ろす木陰に寝転がり、そこでしばらく午睡をすることにした。
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