魔術講義
Do what thou wilt shall be the whole of the Law.
“<大作業(Great Work)>とは相反するもの同士の結合である。それは、魂と神の、小宇宙と大宇宙の、女性と男性の、自我と自我ならぬものとの結合を意味するであろう”
アレイスター・クロウリー Magick Without Tears
自己と対局に位置するものとは何でしょう? クロウリーが示唆した<大作業>の定義は、セレマの実践的哲学を理解する上での重要な鍵となります。自己の対極にあるが故に、それは未だ補足不可能で曖昧な抽象概念、または形而上の「なにものか」であるはずです。セレマの実践哲学では、その対極を幾つかのレベルで想定しますが、究極的には自己の対局としての<消滅>がその結合の対象となります。
“ 無はこの法における秘密の鍵の一つなり。61とユダヤ人達はそれを呼ぶ。われはそれを8、80、418と呼ぶ。” 『法の書』第一章46節
61はカバラにおけるアインの数値であり、『トートの書』中に提示された<ナポリ式配列>ではアインは<零>の概念を表しています。いわば究極の
OTOの標語でもある Deus est Homoほど容易に誤解され、人々に無視され続けるものはありません。私達が<大作業>に挑み、自己の相反物との合一を目指すとき、あるいは能動的に<消滅>の径に足を踏み入れるとき、私達は明確に「何」を目指し、「どこ」へ向かおうとしているのかを十分に把握していなければなりません。
この度、OTO Sky Goddess Nu Lodgeのご厚意で、大阪にて<大作業>の全体像を俯瞰し、その径を解説する特別講義を行うことになりました。ここでは<大作業>にまつわる誤解を解くと共に、クロウリー、あるいはクロウリー以後の現在進行形の魔術について解説したいと考えています。例えば、クロウリーの代表作でもある『虚言の書』(The Book of Lies)に付与された数値は、なぜ深淵の大悪魔コロンゾンの数値である333なのか? そもそもクロウリーが定義した<大作業>は人間たる<第一質量>を、どのようなプロセスによって何に変成することを目的としているのか? アイオンの主ヘル・ラ・ハとは、果たして単なるホルスの一形態であり、古きエジプトの神でしかないのか? といった事柄について、なるべくシンプルに解説したいと考えています。Deus est Homoの真義は本来至ってシンプルで、アジアでは数千年の歴史を持つものです。そこには唯一絶対で支配的な人格神などは存在しません。そのような神は既に死にゆく運命しか残されていないのです。
講義に参加を希望される方は、問い合わせ先のメール・アドレス経由で予約して下さい。講義終了後は質疑応答やリラックスした座談会的な時間ももちたいと思います。皆さんにお会いできるのを楽しみにしております。
Love is the law, love under will.