崖っぷちで注入する映像体験。

 ポイント・セットさんのご招待で「さまよう刃」試写へ。復讐の話ではない。全身がひりつくような復讐に至る逡巡の話である。「母なる証明」や「ポエトリー アグネスの詩」、あるいは「母なる復讐」などで描かれる少年犯罪としての集団強姦やその動画のネットへの拡散、これらの作品の元ネタとなった“密陽女子中学生集団性暴行事件”等の野放しの性犯罪を韓国では否応なく想起するはずの物語だけに、現実では処罰されていないその加害者達を意識して映画化権が獲得されたのは間違いない。だからこそ余計に、復讐バイオレンス物語の本場としては、日本の原作を下敷きにすることで類型的な復讐譚に終えることを拒絶したかった意図があるように見える。よってパク・チャヌク監督の“復讐三部作”や「悪魔を見た」や「殺人の告白」などとは真逆の、韓国の現実から復讐が生まれやすい葛藤と、そんな現実に向けた教育的決断をドライに啓蒙する誠意と深い考察がある。「白夜行」や「容疑者X 天才数学者のアリバイ」の前例があるだけに、東野圭吾という作家の原作は韓国では映画原作としてネームバリューがあるのかもしれないが、俺はミステリーとか一切読まないので良く分からない。しかし事実上死刑がなくなり、日本以上に復讐感情を鎮められない割には凶悪犯罪の絶えない韓国を舞台にしてこそ、復讐に走らざるを得ない人間を諌めるかのような、間延びしたかつての邦画の映画化とも全く異なる、本質的かつ内省的バイオレンスに昇華していると言える。


 一観客として、「グランド・ブダペスト・ホテル」へ。宿なら過去に「ダージリン急行」もあったが、コアは「ホテル・シュヴァリエ」に分節されていたし、本編は東洋趣味と家族の話に上手く回避されていた。あの作品はウェス・アンダーソンにとってのリハビリという意味があるからあれでいいんだけど、今回は違う。とうとう作り込んだ世界観の遂に本丸へ突入した覚悟表明か、ヨーロッパ俳優を積極起用し、グランドホテル形式へのオマージュ+ガジェット満載のホテルがコンシェルジュ以外のもう一人の巨大な主人公として機能する。しかもベルボーイだった男が後に作家となる男に語り、その長じた作家が回想するという多重構造も、ドールハウスのようなホテルにあるドールハウスのように入れ子式であり、なんと時代によって画角の比率まで変わる徹底には恐れ入る。つまり本作をもってアンダーソンの箱庭的美学は、本場ヨーロッパの世界観構築に挑戦し成功したと断言してしまおう。しかも並行して描かれるファシズム台頭や脱獄、美術品争奪戦など、従来以上の活劇要素もふんだんに詰め込まれているのに、それらが一切冒険として機能して見えない緊張感のなさは、素直に職人芸と言っていい。そこに通低する淡いシアーシャ・ローナンとのロマンスが語り手のノスタルジーと恩義を唯一盛り上げるだけに、全体の低体温なトーンの中でホットな部分として機能し、じんわり染みてくるのだ。何といってもやはり「ムーンライズ・キングダム」でも言及されていたグウィネス系美女の系譜にローナンを位置させ、その顔に(グウィネスの指欠損のような)瑕疵を与える細心の配慮が嬉しかった。またブルネットでメイドコスプレゆえに判別に時間のかかるレア・セドゥーの贅沢な使い方が、個人的には最も鳥肌が立って好き。 


 一観客として、「複製された男」へ。秘密クラブ設定に、明らかに狂ってるイザベラ・ロッセリーニ母さんは会うと否定してるけどいちいち電話してきて臭いし、他人と思えない存在に近づくにつれ、自我の混同が生じ、真逆の属性としてそれぞれ持っていた個性は侵食し合い、当然のように主人公側には他人事のはずだった悪が転移して来るが故の原題「ENEMY」なのだと言える。その辺、「ブラインドネス」と同じ作者らしい寓意に満ちた原作は未読なのでなんとも言えないが、意識しているのは明らかに「ファイト・クラブ」や、そのまたルーツのドストエフスキー的な世界観である。それに監督的にも話がどんどん広がる前作「プリズナーズ」とは真逆のアプローチだ。さらに輪を掛けロケが寒々しいトロントだったり、もう一人の”母“として、妊娠中の主人公の妻がサラ・ガドンであるという凄まじいクローネンバーグ愛が炸裂してしまっている。そもそも「戦慄の絆」はドッペルゲンガーものの変奏曲であるし、「ザ・ブルード」において妊婦をグロテスクな存在と見なすテーマの深化でもあり、より遡れば異物に乗っ取られ意識を操られる「シーバース」的不安にも連なる。加えて全編を覆う蜘蛛(スパイダー)のイメージのとどめに、リアルな自動車事故を文字通り“クラッシュ”させるという徹底が気持ちいい。なお、被る音響が妙にペンデレツキを想起させるノイズであり、これはロッセリーニ母さんの起用でも匂わせたリンチによるドッペルゲンガーものの一解釈、「ロスト・ハイウェイ」オマージュでもあったのだと納得した。秋に控える「嗤う分身」への期待としても高まり、日本でソフト化すらされない「YOUTH IN REVOLT」へのプレッシャーになりうる良作!
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2014年08月17日のツイート