days of cinema, music and food

徒然なるままに、食い・映画などの情報を書いていきます。分館の映画レビュー専門ブログhttp://d.hatena.ne.jp/horkals/もあります。

Burn After Reading


コーエン兄弟の新作コメディ『バーン・アフター・リーディング』に行って来ました。
ゴールデンウィークも実質終わってからの金曜、朝9時半からの回は10人程度の入りです。


アル中で職を辞したCIA分析官のジョン・マルコヴィッチが、自伝執筆を始める。
しかしその妻ティルダ・スウィントンは、財務省役人のジョージ・クルーニーとの不倫に本気になっていて、離婚を有利に進める為に夫のPCを内密にバックアップ。
ところが自伝データのCD-ROMをフィットネスセンターで入手した従業員、筋肉バカのブラッド・ピットと、整形手術に取り付かれたフランシス・マクドーマンドが、機密情報だと勘違いし、マルコヴィッチをゆすろうとする。
そんな2人を心配するマジメな上司リチャード・ジェンキンス
やがてCIAにも錯綜した情報が届き始める。


と、このように幾多もの登場人物が入り乱れての騒動が起こるのですが、正直に言って物足りなかった。
90分とタイトな上映時間だし、話も入り組んでいるのに、テンポが悪い。
話ももっとはじけていても良かった。
アテ書きされたスターたちの怪演に見合っていないように思えたのです。
肝心のCIAがまるで状況を把握していなかったり、クルーニーの工作がバカバカしかったり、内容はコミカル、しかしブラックユーモアなのはコーエン兄弟らしいし、暴力描写が結構凄惨でギョッとさせられたり、カーター・バーウェルの音楽もやたら大仰だったりと、面白い部分も幾つもあるのに、それらが全体の可笑しさ・面白さに繋がっていません。
これだけ騒動になっているのに小ぢんまりしていて、個々の人間が意外に狭い世界に生きる様を上から目線で皮肉っぽく描く意図は伝わるのですが。


俳優たちは皆可笑しくて、ドンピシャ。
いつもピリピリしているティルダ・スウィントンコーエン兄弟の世界の住人に、意外にもはまっています。
彼女の職業が最後に明かされて、それも可笑しかったです。
CIA幹部役のJ・K・シモンズコーエン兄弟作品らしい演技で面白かったのですが、個人的には彼に報告する局員役デヴィッド・ラッシュ。
そう、1980年代、テレビ東京で放送されたテレビシリーズ『俺がハマーだ!』の滅茶苦茶刑事スレッジ・ハマー役の彼です。
相当久々に観ましたが、顔に皺が増えた以外は変わりなく。
出番の度にラッシュの顔ばかり見ていました。
吹き替え版の彼の役は、羽佐間道夫で是非。

Milk


昼食後、今度はガス・ヴァン・サント監督、ショーン・ペン主演の『ミルク』です。
1日2本のハシゴは久々かな。
こちらも10人程度の入りでしたが、観て良かったと思える映画でした。


カミングアウトしたゲイとして初めて当選した政治家ハーヴィー・ミルクについては、1988年に日本でも公開された長編ドキュメンタリ『ハーヴェイ・ミルク』(1984)を未見ながらも知っていました。
しかし何となく知識として知っているのと、映画で観るのとでは、当たり前ですが印象度が全く違います。


ヴァン・サントの演出は正攻法。
一部映像的に意匠を凝らしてもいます。
しかしミルクと彼の恋人たちとの関係や、ミルクの視点からのゲイを取り巻く世界など、真摯でありながら堅苦しくない見せ方をしています。
声高に叫ぶのではなく、冷静に伝える。
その語り口。
そのテンポ。
素晴らしいですね。


演出は正攻法ですが脚本は入り組んだ構成となっています。
ミルクが暗殺されたと報じるニュースに始まり、自分が暗殺された場合に聞いてもらいたいと、自らの過去をテープレコーダーに語り出します。
映画はミルクがサンフランシスコに来てからの人生の合間に、レコーダーに語る場面が挟み込まれる構成で進みます。
これが自分を振り返るミルク像と重なり、映画自体に冷静さをもたらしています。
しかし描かれる内容自体は熱いもの。
政治のどちらに恋愛に対しても一生懸命な男の像を描き出します。


ミルクを演ずるペンは素晴らしい。
彼が同じくアカデミー賞主演男優賞を受賞した『ミスティック・リバー』同様に、演技らしい演技ではあるのですが、求心力があります。
彼の演技そのものが見ものとなっており、映画を見終えた後に一番印象に残るのはミルク=ペンとなっているのです。
ミルク=ペン=ヴァン・サントを含め、映画のスタッフが訴えているのは、寛容さ。
同性愛も人種も性別も年齢も含めて、人々が少数派を受け入れられる心を持てるように、と主張しているのです。
いや少数派に限らず、自分と違う人間を認め、受け入れる寛容さ、でしょうか。
この不寛容な時代だからこそ、心に響きます。


ミルク自身は殺されても、先日のカリフォルニア州における同姓婚禁止が可決されたように、まだ戦いは続いているのです。
傑作です。
お見逃し無きよう。